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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第一章:家族とは
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第八話 別離

 何度目かの春が来た。私も十四歳になった。


 髪も肩を過ぎ、肩甲骨のあたりまで伸びた。プラチナブロンドのストレートヘア。……と言いたいんだけど、少し癖があるみたいでゆるくウェーブを描いてる。ホントはまっすぐな髪になって欲しかっただけに残念だった。

 そろそろ狩りの最中とかは邪魔になってきた。なのでそういう時はお団子とかにしてる。


 子狼はヴァイスと名付けた。最初の頃は警戒して机の下なんかに隠れて。なかなか近づいてもくれなかったけれど、今ではすっかり打ち解けてくれて、何をするにもついてくるようになった。

 基本的にまだ子供だから、ものすごく甘えてくる。寝るときは絶対一緒。店番をしていたら私の足元で寝そべっているし、ご飯を作るときも隣に座ってゆらゆら尻尾を揺らしている。

 外に買い物に行くときにも付き合ってくれる。この子のお陰で変なちょっかい受けることが随分減っているので正直助かってる。

 この間つかまっていたトーマスが牢屋から出たらしく、会いたくないのに市場でばったり。私を見たとたん因縁をつけそうな雰囲気だったけど、この子が唸って威嚇し始めるとおびえた感じで「そ、その犬引っ込めろ」などとしまりのない醜態をさらし、周囲の失笑を買っていた。


 そしてすごく頭がいい。

 狩りに連れて行けば、獲物を探しに行って私の方に追い立ててくれる。私は戦い易い場所で待って、一緒になって戦う。弓で射止めたいときは、吠えかたり威嚇して獲物の動きを止めてくれる。私としては止まってる的なのですごくやりやすい。

 さらにこの子は一匹で戦っても結構強い。正直言って私は戦わなくてもいいかもしれない。ヴァイスはできる子だった。


 いいことばかりじゃない。

 おとうさん、体調が良くないみたい。魔法を使うのも疲れるみたいで、最近は家事をするのは大体私の役目になった。今はむしろおとうさんがお店のカウンターに座っている。

 老化だけは魔法でどうこうするのは無理なんだそうで、おとうさんは仕方ないことなんだって笑っている。


 力仕事も私がやらないといけない。お店に入り切らない本を倉庫に入れる仕事。

 倉庫代わりに借りている長屋に運ぶのも、最近は私が一人でやってる。けど、やっぱり本は重い。なので小さい荷車を使って少しずつ移動している。


「なんだ、ボルドのじいさん、今日もさぼりか?」


 借りている長屋の部屋の前に荷車を止めると、長屋のおじさんが話しかけてくる。軽口に聞こえるけどいつも私たちを心配してくれている、実はいいおじさん。ちょっとスケベなのが玉にキズだ。


「うーん、まだ調子悪いみたい。最近ずっと辛そうなんだよね」

「そうか。お前さんがパンツでも見せれば元気になるんじゃないか?」

「おじさん、相変わらず頭おかしいね」


「そんなこと、年頃の女の子に対して言う言葉ですか? そういうの、嫌いです」

 面と向かってそう言ってやったら、おじさんは絶望的に悲しそうな表情をした。



 長屋の部屋を改造した倉庫から売れ線の本を見繕い、代わりに売れない本……主に私が読むような昔の本を棚に収めていく。

 私が本の入れ替えを行うようになってから、倉庫には昔の本が目立つようになった。読みたかったらその度に私がとりにくればいいわけだ。それにここにおいてある限り、売られることはない。どのみち読むのも私だけだ……商売としては本末転倒だが。


 再び長屋の部屋を施錠して、傍らで悲しそうにしているおじさんに挨拶をしてから店舗に戻る。


 荷車をひきながら思う。

 あの監獄から出て随分と時が経った気がするんだけど、まだ四年しか経っていないんだ。本当にいろいろあったなぁ。辛かったり大変な目にあったりした時もあったけれど、ほとんどが楽しい思い出。

 もっとずっと、思い出を積み重ねていきたい。



 ……でもやっぱり、『忌み子』は願ってはいけないのだ。そんな大それた願い。

 そんなこと願ってしまったから。きっと罰が当たったんだ。



 新たに店に並べる本を抱え、店のドアを開ける。


「おとうさーん、かえったよー。ちょっと聞いてよ、また長屋のおじさん……が」


 バサバサドサ。

 手から本がこぼれ落ちる。大事な本が傷んでしまう。けれどそんなことさえどうでもいいって思うほど。


「おとうさん!?」


 おとうさんが意識を無くし、蒼白な顔で店の床に倒れていたのだ。



 そこから先はもう、目まぐるしかった。

 知り合いの人たちを呼んでベッドに運んで、一生懸命に声をかけて。


 だけど。


 おとうさんは結局、そのまま逝ってしまった。


 若いころに繰り返し使った強力な魔法のせいで体は既にボロボロで。いつこうなってもおかしくないくらいだったと、長屋のおじさんが教えてくれた。


 なにそれ? そんなこと、私、初めて知った。だってあんなに元気だったじゃない。


 慌ただしく送り出し、埋葬し、そして。

 私はまた、一人になった。


 街はずれの墓地の、おとうさんの墓碑は真新しい。その隣には奥さんだったラウレさんの少しくすんだ墓碑が、寄り添うように並んでいる。


 また一人ぼっちになっちゃった。寂しい。つらいよ。

 どうしてみんな、私を置いていくの?


「ねぇ、もっと話したいことあったよ。もっと一緒に狩りにも行きたかったよ?」


 風が木々を揺らし、かすかにかさかさと葉擦れをあたりに響かせる。


「おとうさん、やだよ。……私を一人にしないでよ」

 枯れたはずの涙が再びあふれ出し、そのまま膝から崩れ落ちてしまう。


「うぅ、うぅぁ、おと、おとうさん、うっ。うっ。どうして。ねぇ、どうして私を置いて逝っちゃったの……」

 墓碑は何も答えてくれない。そんな私の頬を、ヴァイスが舐めてくれる。


「うう、ヴァイス、ヴァイスぅぅぅ、うあああああん!」

 少し大きくなった子狼は、私が抱きしめるに任せ、いつまでもじっとしてくれていた。

 冷え切った心に、ヴァイスの暖かさが沁みた。


 どれくらい経ったろうか。


「すん……ごめんね、ヴァイス。そうだね、頑張らなきゃね」

 ヴァイスは答えの代わりか、もう一度頬を舐めてくれた。



 ふと、おとうさんとの最後のやり取りになった言葉を思い出す――


「アレクシア……いよいよダメみたいだ。黙っててすまんかったなぁ」


 急に小さく、弱弱しくなってしまった、こんなおとうさんは初めて見る。


「なに、言ってるの? おとうさん。意味がわかんない、よ」


 わかんない。わかりたくない。


「……お前にこれ、を」


 そういって首に下げているチェーンを指さす。取り出すだけの力さえ、残されていないようだ。私はゆっくりそれを手繰り寄せると、一本の真鍮製の鍵だった。


「ギルドのか、貸金庫の鍵じゃ。これ、からの、お前に。……必要なもの、が入っている」


「なに、なにそれ。今そんなことどうでもいいじゃない。ほら、早く魔法でパパっといつもみたいに回復しなよ」


 私の言葉にしかし、おとうさんはゆっくりかぶりを振った。


「無理なんじゃ。ワシにはもう、……魔法は、効かん」


「な、なんで」


 思わずおとうさんの手を握り、叫ぶように言葉を紡ぐ。


「いや! おとうさん、やだよ、私、また何も返せてない! 私が受けた恩を返すまでは生きてよ、そんな、あたし、もう一人はやだよぉ!!」


「大丈夫。お前は……お前が思うより、ずっと周りから愛されとるよ。ワシが……いなくてもおまえは……」


 そしておとうさんの手は私の手からすり抜けるように滑り落ち。


「おと、うさん?」


 おとうさんは答えない。


 いや、いやだ。


「いやぁーーーー!! おとうさーーん!」



 ――勇敢で、強くて、かっこよくて、カワイイ私のおとうさん、冒険者ボルドはこうしてその生涯を閉じた。



「おとうさん、私、ほんとにやっていけるのかな。不安だよ……」


 墓碑を前に、首に下げた鍵を手に握りしめながら考える。


 だめだ、考えたところで今何かわかるわけじゃない。落ち着いたらまずは貸金庫の中を調べよう。

 これからは一人で、生きていかないといけないんだ。


 だから見守っていてね、おとうさん。


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