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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第四章:彗星
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第七十二話 少女の願い

 それはエルフの里に滞在しているときのことだった。ある日の夕食がすんでお腹がくちくなり、手持ち無沙汰になったときのこと。ふと考えていた疑問を口にした。


「――ねぇ、ヨルグ。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど」

 お茶のカップを置いて切り出すと、合わせるようにヨルグもカップを置く。


「何だ娘よ。パパがわかることなら、なんでも教えてやるぞ。そうかそうか、ママとの馴れ初めをもっと詳しく聞きたいんだな?」


「いや、それはいいわ。ね、精霊の力って誰でも使えるようにはならないの?」

 ぶれない対応に彼はあからさまにガッカリしたような表情を見せる。


「相変わらずのしょっぱい対応だな。……んんっ? でもパパ、だんだん悪い気がしなくなってきたのは、もしかして自分はそういう性癖をもっていると?」

 顎をさすりながらバカなことを真剣な表情で語るこの男、どうして話を脱線させたがるんだろう。ちょっぴりイライラしてくる。


「そういうのもいいから! どうなの?」

「はあ、パパは悲しいぞ……ええと、やり方は二つある。以前お前に与えたやり方ともう一つ。最初のケースは、術者が『あそこに行って力を貸してやってくれ』と精霊を使役する方法。期間限定のお試しってところだな。せいぜい三日ってところだ」


「もう一つは?」

「ほぼ永続的に使える方法。期限は力を与えた術者に精霊が契約している間、もしくは術者本人の寿命のどちらか短い方」


「それはどうやって力を分け与えるの?」

「それはな――」




「――アレクシアさん。アレクシアさんってば!」

 ユルスラの言葉に、現実に引き戻される。


「あ、ああごめんなさい。どうしたのユルスラ」

「どうしたもこうしたも。あれどうやって止めるの?」

 彼女が指差す先にはにらみ合い、今にも取っ組み合いを始めようかという双子の姿があった。


「私に考えがあるわ」

「え、考え?」

 不思議そうに首を傾げる彼女の頭をなでつける。くすぐったいのか、ユルスラの目がすっと細められる。


「私の力を、分け与える」



「ねぇディル。私を助けるというなら、今すぐ魔法の力を復活させてよ! そうすればいつでも私があなたを守ってあげる。それが、姉としての責務だから」

「責務とかそんなのおかしいってエル。私はエルに一方的に守って欲しいなんて思ったことない! どっちかが守るってやっぱ変だよ。互いに助け合えばいいじゃない」


 互いに身振り手振りを交え、かなりヒートアップする二人。そろそろ割って入るべきか。


「それじゃ意味ないのよ! 魔法を使えない私なんて、なんの価値もない。こんな私、誰も必要としない。もういや。消えてしまいたい……!」


「はーい、そこまで」

 立ち上がり、パンパンと手を軽く叩いて二人の会話を止める。


「なに、お姉ちゃん。できれば邪魔、しないでほしいんだけれど」

 ディルにしては珍しく私に突っかかってくる。よほど腹に据えかねているのだろうか。


「まあまあ。……ね、エル。魔法が使えたら。みんなの役に立てるなら、あなたには再び価値が生まれて元のエルに戻れる。そういいたいの?」


「……そうです。けれどお姉さまといえどもそんなこと!」

「そうだよ、それができないからこんなことになってるんだから」


 瞬時に双子が共同戦線をはってくる。やっぱり仲いいわね。


「魔法ではないんだけれど……精霊の力をあなたにも使えるようにしてあげられるかも、って言ったら?」

「えっ! そ、そんなこと」

「うそ、そんなことできるの!?」

 双子が二人して、ぐいっと身を乗り出してきた。


「できると言ったら私の話、聞いてくれる?」

「聞きます。いえ、聞かせてください! 私に、活躍の場を与えてください、なにかしなければならないなら私、なんだってします!」


「なら決まり。早速今夜やろ? ディル、ユルスラ。悪いんだけれどふたりとも、今夜はジェフリーの方の天幕で休んでもらえるかしら。私はエルと二人で、もう一つの天幕で休むわ」


「でも待ってお姉ちゃん、私達の話まだ終わってない」

「わかってるわよ。今はお互い頭を冷やしなさい。互いに相手のことをよく考えてみるといいわ。その上で、朝にもう一度話し合いなさい」


「……わかった。お姉ちゃんがそういうのなら、そうする」

「ありがと、ディル」

 頭を撫でると彼女は目をそらし、頬をぷうとふくらませた。そして何やらつぶやく。

「え? なに?」

「……なんでもない! いこ、ユルスラ」

「あ、ああうん。じゃ、おやすみアレクシアさん」


「勝手に決めてしまったけれど、あなたもそれでいいかしら、エル」

「は、はい。先程のお話を聞かせていただけるのなら、なんだって」

「よかった。じゃあ、今日はもう休みましょう」

 そして火の始末をしたあと、ヴァイスに見張りをお願いしてから解散となった。


 先に天幕に潜り込んだエルの背中を見送りつつ、独り言をつぶやく。

「……気がすすまないけれど、しようがない」


 今が夜で本当に良かった。

 自分では抑えきれない頬のほてりが、彼女たちに悟られずに済みそうだったから。


 私も、覚悟を決めないと。




「――同衾(どうきん)? それって一緒に寝るってことよね?」

「ああ。知ってのとおり、精霊術は血と契約で行使するものだ。血の繋がりがないと契約そのものが出来ないと言ってもいい。そこまではいいか」

 ヨルグはお茶のカップに口をつけた。


「ええ。だからこそ、エルフの民しか精霊を使役できないと聞いているわ」


 お茶を飲みながらこちらに視線を合わせた彼は、カップから口を離すとうなずいた。

「おおむね合っている。だがそれには例外があってな」

「例外?」


 手振りを交えながらヨルグが話を続ける。

「ああ。家族に自分の契約を限定的にだが使わせることができる。その手段が同衾だ。よく人間の王族や貴族もやってるだろう。あー、たとえば互いを侵犯しない証として」


「偉い人たちのことはわからないけれど、それって一緒に寝ればいいってこと? なんだ、簡単じゃない」


 私の言葉にヨルグは軽く手をふる。

「ああ、それじゃダメだ。ちょっとした儀式のあと、下着だけでくっついて寝るくらいでないと多分ダメだ」

「えー。そんなの」

「なんだ」

「マチガイが起こりそう」

「マチガイってお前」

 思わず、といったふうにガクッと肩を落としヨルグが苦笑する。


「お前なら大丈夫だろう」

「どういう意味よ」

「そのままの意味だよ。なんかされそうになったら軽く吹き飛ばしてやればいいだろう」

「あー、そうね。信頼してくれてありがと」


「ちなみにこれは異性間でなくても問題ない。双方に『愛』があれば、な」

「ねぇ、時々自分のセリフまわしがクサイって思ったことない?」

 お茶のポットを手に取って目で合図すると、ヨルグはカップを突き出した。



「そうか? 愛という言葉にはなにかこう、特別な力があるとパパ思うんだよな」

「はいはい、わかったわかった」

 コポコポと小気味良い音と湯気を従えて、良い香りのお茶がカップに注がれていく。


「あ、まともに取り合ってないだろう? 大体精霊術というのはだな――」




「――あの、お姉さま」

 我に返るとすっかり休む準備を整えたエルが、寝床にぺたりと腰をおろして不安げに見上げていた。


「あ、うん。ごめんなさい。説明をしなきゃね」

 装備を外しながら、説明を始めた。



「つ、つまり、お姉様と半裸でイチャコラしながら眠るという、千載一遇のチャンス、もとい儀式なわけですね」


 向き合うように座り一通り説明をした結果、そこにはすっかり元気になったエルがいた。


「ちょっと言い方。もうヨコシマな感情しか見えない」

「え、そんなことないですよ? わたくし、神聖な儀式の前に緊張で打ち震えております」

 エルは頬を赤らめ、おじさんのように興奮した様子でしおらしいポーズを決める。


「あー、はいはい。くれぐれも変なところとか触んないでね」

「『変な』というのは具体的にどこを差すんでしょう?」

 芝居がかった振り付けをしながら質問してくる。


「そりゃあなた胸とか……ってそんなのきいてどうすんのよ」

「それ以外の部位はおさわり放題ということですよね?」


「前言撤回。触らないで」

「えー? おかしいですそれー。改善を要求します!」

「なんで私が非難されないといけないの」


「もう、わかりましたよ。そのあたりはお姉さまが眠ってからこっそり触ることにするので、さほど問題ありません」

「こっちは大ありよ!」


「そんなことよりもう一つのご褒美、いや儀式を、はやく」

「ご褒美って言った」

「気のせいです。さ、早くキス! さぁさぁさぁ」

「ああもう、なんなのこの儀式……」


 やれやれと、エルに向き直る。


「さて、この力を得ることに際して、言ってみればあなたは人の手の届かない力を手にすることになる。それはあなたにとって後々辛い結果をもたらすかもしれない。その覚悟はあるかしら?」


 私の言葉に、さきほどまで野獣のような目をしていたエルは、途端に理性をたたえた穏やかな表情にかわる。


「覚悟、と言われれば正直よくわかりません。なにせ今まで得たこともない力、周りの者や長老達の中でさえそのような者がいたとは寡聞にして知りません。なので正直、出たとこ勝負です」


「正直でいいわね」

「お姉さまに虚勢を張ったところでどうしようもないですし。でも、みんなの役に立ちたい。ディルとこれからも共に生きていくために、あの子の力になりたい。その想いに嘘偽りはありません。だからこそ今、力がほしいんです」


「さっきもそうやって言えばよかったのに」

「んー、なんだか自分が情けないやら腹立たしいやら色んな気持ちでもやもやしているところに、あの子は順調に力を着けている。そんな中でのあの騒ぎでしたから。焦っているんでしょうね、私。かっこ悪い」


「明日の朝はきっと、素直になれるわよ」

「そう、ありたいです」


「エルの気持ちはよくわかった。協力するよ。じゃ、始めようか」

「お願いします。私に、力をください」


 目を閉じ、静かに式句を唱える。

「精霊たちよ。我が名はアレクシア・ムジェール。我が求めを聞き届けよ。そして為すべきことをなせ。ここに控えし少女は我が新たな眷属とならんと欲す者。古の盟約に従い、この者に力を貸し与えよ」


 ゆっくり目を開けると、まっすぐに私を見つめるエルと目が合った。私がかるく首をかしげると、彼女はわずかにうなずき、目を閉じた。


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