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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第四章:彗星
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第六十九話 お花畑はどこ?

 聞き間違うはずもない。エルの声だ。皆はじかれるように顔を上げ、武器をとる。

 一人になったところを狙われたか。


 ユルスラが先行して駆け出していった。

「気を付けて、どれだけの勢力かわからない!」


「そんな悠長なこと言ってたら、エルが殺されちまうよ!」

 そういって彼女はさらに加速し、あっという間に闇に消えた。


「ヴァイス!」


 ”ったく世話の焼ける残念娘なこった”

 そうぼやくや否やヴァイスも音もたてず、前方の藪へと消した。


 少し遅れて声のした辺りにたどり着くと、ユルスラが真剣な表情で地面を見おろしていた。ヴァイスは周辺のにおいを嗅いで回っているようだった。


「え、エルは?」

「さらわれたみたい」


 地面に落とした視線はそのままに、かたい口調でユルスラが返した。


 ”負傷はしていないようだ。血の類が流れている様子がない”


「ケガしていないということは、生かしたままさらうつもりだったということね」

「そうなるかな」


 背後からの声に振り返ると、ジェフリーとディルが遅れてやってきていた。


「エルは!? どうしたの?」ディルが心配げにたずねる声に、あくまで冷静なユルスラは

「さらわれたみたいだ」とだけ答える。


「そんな……」ディルは口元をおさえ、言葉を無くした。大丈夫、すぐには殺さないだろうと付け加えるも、彼女の不安そうな表情が晴れることはない。


 さきほどから地面すれすれを眺めたり、かき分けられた草むらを腕や指で何やら測っていたユルスラが、納得したのか顔を上げた。

「数は三体。足跡からおそらくオーガだろう。大きいな。北に向かっている」

 そしてゆるゆると立ち上がる。


「こんな暗いのに、見えるの?」

「獣人なめんな」

 ユルスラから普段の砕けた様子は完全に消え失せていた。

「さ、行くぜ」


「ね、ヴァイス。においの追跡、できる?」

 彼女の言葉にヴァイスに目を向けると、

 ”当然だ”

 と即答で返ってきた。


「早速においをたどって動こう。時間がない」


 明かりを灯すと敵に見つかってしまう可能性が高い。夜目が効くヴァイスが前、ユルスラが後ろと固めることとした。私は風に頼んでイメージで周りの景色がわかるようになっているけれど、ディルとジェフリーにとって明かりがない中での追跡は難しいだろう。


「二人は馬車を守っていてくれない?」

「そ、そんなお姉ちゃん!」

「……わかった。無理するな」


 騒ぐディルを半ば無理やりジェフリーが引っ張って行ってくれた。たすかる。このような状況で、遭遇戦になってディルを守れるか正直不安だった。


「さ、いくわよ」


 ユルスラとヴァイスが一つ、頷いた。



 闇の中を、普段とほとんど変わらない速度で行軍する。ヴァイスが歩く先々、草などは自ら彼を避けているような気がする。そこを音もたてずに飄々と歩く魔狼。敵には回したくない存在だ。特にこんな周りがまったく見えない状況では。


 ユルスラもさすがに獣人というべきか。猫のようにしなやかに体をしならせ、こちらも一切音を立てる様子がない。


 対する私は普段通りザクザクと歩いている。そんなに慎重な性格でもない私におとなしく歩けって言われても無理なので、そこは風の精霊にお願いして隠ぺいしてもらっている。本当に便利な存在だ。私もそれほど長い付き合いではないけれど、その有能さには毎度舌を巻く。


 魔法は人の願望を精霊に依頼して具現化する。依頼の方法を体系化して使いやすくしたのが魔法だ。そういった回り道のような仕掛けであるために、人類はその奇跡の力のほんの一握りしか引き出せていないのだということがよくわかる。

 けれど同時に使えなくてよいのだとも思える。これ以上人に力を与えたら、魔族は本当に滅びてしまう――



 ”見えたぞ。前方。かがり火が見える”


「斥候は……いないようね」

「まさかすぐにここまで追ってくるとは思っていないんだろう。好都合だ」


 遠くで野太い歓声のような声がうっすらきこえる。獲物を前に大興奮の様子だ。相手は油断している、チャンスだ。


「あとは間に合うかどうか……だな」

「まずは近づいて、様子をみよう」



 明かりの手前の藪に陣取った。明かりのそばにも見張りの類がいない。完全に油断しきった様子が見て取れる。それは考えれば当然かもしれない。いつもは狩る側の人間が、今は完全に狩られる側。間違っても攻めて来られるとは思わないだろう。


 そこは確かにオーガの住処らしかった。洞窟がいくつも開いた岩場に取り囲まれた広場に、ざっと見渡して二十体程は見えている。穴の中も考えると、数は想像したくない。


「……いた。 中央の大きな焚き火の向こう。縛られて転がってる」


 しかし少し様子がおかしい。オーガにまじり、何やら人間と同じくらいの背格好の者が数人、上座と思しきところに座っている。


 状況をじっくり見回したあと、ユルスラがうめいた。


「……最悪だ」

「あれ、知ってるの?」

「ああ。中央のちびっこいの。あれは魔王の娘だ」

「えっ、あれが? ……なんだか人間みたいね」

「そりゃそうだ。魔王の祖先は元をただせば人間らしいからな。……まぁ、ただの人間じゃなかったことだけは間違いないだろうけど。けどなんでアイツがこんなところに」


 えっ、今さらっと衝撃の事実を聞かされた気がするんだけれど!

 その疑問を口にする前に、現場の方で動きがあった。少し離れてはいるが、幸い何を話しているかはかろうじて聞こえてきた。


「だから我は人は食わんと言ってるだろうが。そんな者をさらってきて。さっさと返してこい」

 頬杖をつきつつ、手をひらひらさせている。


「お、オレたちにとって、ヒトはごちそう。た、たべないのカ?」

 一段上に座るエル達と同じくらいの年恰好に見える女の子に、オーガはただオロオロするばかりだ。エルは猿ぐつわを噛まされているのか、ムームー唸るのが精一杯のようだ。オーガの足もとでバタバタあがいている。


「食わんったら食わん! あーもー、お前達で好きにしろ。ただし明日以降にしてくれ。我はこいつが皿に乗ってる様子を見たくもないからな」


「これはチャンスね」

 藪の中に戻りつつ、ユルスラと視線を交わした。


「ああ。少なくとも今夜の食卓に上がる様子はないみたいだから、アイツらが寝静まってから連れ戻して任務完了だ」

 親指を立ててニッと笑う姿はとってもかわいい。


 しばらく様子を見ていると、あの一件で場がなんとなく白けてしまったようだ。魔王の娘と思しき娘が穴の一つに引っ込んでからは皆バラバラと穴に引きこもりはじめ、小一時間で広場には木の枝などで組まれた檻に閉じ込められたエルだけとなった。


 やがて中央の火も落ち、熾になった。広場を照らす明かりがすっかり暗くなったところでユルスラが立ち上がった。


「よーっし、じゃあいっちょお姫様の救出といきましょうか」


 お姫様ってなによ、って言いかけてやめた。時々忘れるけれど、そういえばあの子お姫様だった。

 流石に鼻歌までは歌わないけれど、それくらいの上機嫌さでユルスラが藪から出ていく。


「ちょっとちょっと! オーガ達がもしかして起きてるかもって思わないの?」


 コソコソあとをついていくと、ケロッとした様子で、

「大丈夫、起きてる気配ないし」

 などとスタスタ歩いていく。起きてる気配って……獣人の感覚っていうやつかしら。


 精霊術で眠らそうとも思っていたけれど、確かにその必要はなかったようだ。皆ぐっすり眠っているようだった。


 そんなこんなで労することなく、エルが囚われている檻の前まで来た。

 扉をナイフでこじって外すと、その音で目覚めたのか、ビクリと震えて身を起こした。


「……ずいぶん遠いとこまで花を摘みに来たわね」


 エルは身を乗り出してきた。


「! ムー!」

「しーっ。声が大きい。……さ、とりあえずここを出るわよ」


 ユルスラがエルの手足の戒めを解こうとした時だった。


 ”む、アレクシア、まずいぞ”


「おやおやぁ? これはとんだお客人の登場だの。食べられ(・・)ぞこねのお仲間さんではないか」


 ヴァイスと、別の若い女の声はほぼ同時に発せられた。声の方を見るユルスラの顔から、目に見えて血の気が引いていく。


「ラ……ラトラ……様」


「人を食おうとは思わんが……せっかく鬼どもが捕えてきた獲物だ。それを奪いに来た眼前の敵をみすみす逃したとあっては、家名を汚すことになるのでな。まぁその、なんだ」


 そういってポリポリ頬をかきつつ、背中の大剣を抜いてニヤリと笑う。


「すまんが死んでくれ」


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