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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第四章:彗星
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第六十八話 眠れぬ夜を越えて

 その日はヴィッテンで朝を迎えた。


 長い夜だった。


 ジェフリーとユルスラはともかく、私達三人はとても眠れる状態ではなかった。

 ウトウトと、何度かまどろんではハッと目を覚ます。そんなことを夜通し繰り返していた気がする。そのうち天幕の外が白じんできたところで眠る努力を諦めた。


「お早いのですね、お姉さま」


 身を起こすと既にエルは起きていた。というより同じく眠っていないのだろう。


「エルこそ」

「ま、あの状況で眠れるのは」


 そこで彼女はジェフリーと、その腕によだれをたらして巻き付いているユルスラを見下ろしため息をついた。

 平気なようで彼女もやはり気にしていたのだろう。


 私自身もそうだ。もう少し彼のことを気遣うべきだったのではないか。

 彼の家族はおそらく、全員魔族の犠牲になったのだろう。それは双子も同じだけれど、彼女たちは王族、かたや貴族とはいえ田舎の平和な土地を長年守っていた男爵の息子。覚悟のほども違ったのかもしれない。


 彼は大丈夫だろうか。勢い飛び出していったが、魔法が使えない今の状況では命もあやうい。ディルもさぞや気をもんでいることだろうと、首を巡らせたところで彼女の姿が見えない。


「あれ……ディルは?」

「外にいます。剣を振ってます」

 首をめぐらせてエルが答えた。


 先ほどからときおり風きり音が聞こえてきていたのはそれか。


「何かしていないと落ち着かないんだとおもいます」

「……そうね」


 あの子も相当悩んだことだろう。彼についていくか、家族を取るか。辛い選択をさせてしまった。そんな思いを振り払うためだろうか。先程から聞こえてくる風切り音は止む気配がない。


「じゃあ、のんきなお二人さんを起こして、朝食にしましょうか」


 私の声かけにエルは軽くうなずくと、一つ伸びをしてから立ち上がった。



 ◇ ◇ ◇



「これでは進めませんね」

 エルは恨めしそうに前方の岩塊をにらんだ。


 ここはデュベリアとレンブルクの国境がある峠、のはずだった。しかし目の前にはおびただしい量の岩塊。その下敷きとなった格好の木切れは、両国の国境に申し訳程度にあった関所の残骸だろう。


「魔物の侵攻に対抗しようとした、のでしょうか」


 おそらくね、と返事をしつつ、回れそうなところがないかぐるりと見渡してみる。けれど元々が切通しの難所だったのだ。最初から有事の際には通行できないようにするため、素早く崩せるようにしていたに違いない。


「こりゃあ流石にオレも登れないなぁ」

 ユルスラが呆れた様子で岩塊の頂を見上げた。


 ”飛んで越えればいいじゃないか。……俺はもちろん、ちょっと回り道をして山を登るが!”

 ヴァイスは飛びたくないらしい。


「いいアイディアなんだけれど、飛ぶためには目的地の明確なイメージがないとダメなのよ。このあたりの地形は詳しくないし、街はきっと破壊されてるから、様変わりしてると思うの。だから」


 ”歩くしかない、ってか”


「残念ながらね」


 んー、としばらく考えてみたけれど、やっぱり案は一つしか出てこない。


「仕方ない。大森林を抜けましょう」


 その言葉に、双子はあからさまにげっそりした表情を見せた。


「やっぱりそうなりますか、お姉さま」

 エルは仕方なしといった表情で口にする。以前二人で森を抜けたとき、よほど散々な目にあったのだろう。察するに余りある。


「今回は以前のように二人だけじゃないから、辛くないと思うわよ……たぶん」

 納得したのか達観したのか、二人は乾いた笑いを発するだけだった。



 元関所から北西に進むと見えてくる一面の森は、大森林と呼ばれる。レンブルグ、デュベリア両国にまたがるこの巨大な森は、以前から魔物の類が数多く生息する危険な地帯であり、まともな者ならここを抜けようと思わないし、実際に抜けることができる者も稀だ。

 以前国から逃れた双子は身分を隠すためこの森を抜けてきたとのことだったが。


「あんたたち、本当にこんなところ抜けてきたの?」


 剣についた血脂を拭いながら、二人にたずねた。実際、こんなに忙しいとは思わなかった。いや、呆れた!


「なんでこんなにお客さんが!」

 乾く間も与えず新たな血が剣を濡らす。切っても切ってもオークやゴブリンなど、亜人の類が湧いてくる。


「なんだよこいつら、人間も魔族もお構いなしじゃん!」

 ユルスラはヒラリヒラリと木々を蹴り、地を駆け回りながら、自慢の爪で次々と相手を屠っていく。


「といってもオレもどっちの味方でも無いようなもんだけどなっ」

 最後の獲物を狩ると、スタリと地面に降り立った。


「さすがだな、ユルスラ。惚れ惚れするぜ」

「なっ、ほれっ!? ……当たり前だ。お前たちと一緒にしてもらったら困る」

 ジェフリーの言葉にあからさまな態度を見せるピュアピュア獣人を、エルが見逃すはずがなかった。


「うーん、どっちの味方でも無いというか、『特定の一人』の味方なんですよね?」

「なっ! ちょ、おまっ」

「まーたエル、すぐそうやってユルスラをからかう」

 ディルがため息をつきながら剣を鞘に収める。でもそうやって突っ込む表情も、随分と意地悪な色を帯びていると思うのは、おねえちゃんだけかなあ?


「あん? なんだよ『特定の』って」

「そりゃ、あな」

 ジェフリーの無意識なボケにエルがニヤリと口元を歪ませて返事をするも、


「ギャー!! あー! あー! 聞こえないー!! あ、アレクシアさん! オレ、ちょっと先行して様子見てくるな! じゃ!」

 ユルスラの元気な声にかき消されて不発に終わった。


「んだよアイツ、うるさいな……で、何だよ『特定』ってのは」

「さあ? 本人に聞いたらイイんじゃないですか~?」

 あわてるように先の森に消えるユルスラを尻目に、エルは今日もエルだ。


 幸いなことにそれから魔物に出くわすことはなく進むことができた。しかし細い道しかついていない深い森のこと。馬車を伴う移動は思うようにいかず、予定の半分ほどであたりが薄暗くなってきた。


「随分暗くなってきたぞ。もう野営の準備をしたほうがいい」

 ジェフリーの言葉に、皆一様にうなずいた。



 ◇ ◇ ◇



 幸い近くに小川が流れていたので水の心配はせずにすんだ。食材についても我がパーティーには優秀なハンター、ヴァイスがいるので苦労しない。


「やっぱりヴァイスがいるとありがたいなぁ」


 ”本当にそう思ってるのか?”

 ウサギを二、三羽ぶら下げて戻ってきたヴァイスが返事をする。


「あ、おかえり。もちろん、思ってるよ? ヴァイスありがとう、だいすき!」

 ”ふん”


 素っ気なくしてるけどシッポはブンブン振られてる。いつものことだけれど、ヴァイスもとってもわかりやすい。ちなみに今回もオークをまるごと一頭食べてきたから、後は寝るといって火から少し離れたところでさっさと丸くなった。



 私達はというとウサギのロースト、といえば聞こえはイイけれど平たく言えば丸焼きに、干し肉と干し野菜のスープを手早く調理して後は黒パンの簡単な食事。

 今日あったこと――主にジェフリーをいじる時間となったけれど――を互いに面白おかしく話しながら食事の時間は過ぎていった。


『彼』のことをなるべく意識しないように。



 食事が大方すんだ頃合い。

「さて、と」

 そう言ってエルがおもむろに立ち上がると、トトっ、と暗闇に向かう。


 私が目を向けると、エルはにっこり笑って「ちょっとお花を摘みに」。

 それにジェフリーが「なんだ、便所か」なんて言うもんだから、「やかましいですよ、死んでください!」と吐き捨て、走り去った。


「あのなお前、それ女の子に掛ける言葉じゃないぞ? ほんとデリカシーないのな」

 呆れたような口調でジェフリーにツッコミが入った。

「ほう、ユルスラにそんな奥ゆかしい感情があったことが俺に取っては今日一番の驚きだ」

「んだとコラ」

 そう言ってやおら立ち上がる半分猫の可愛い女の子。けれど怪しい炎を瞳の奥に宿らせ、纏う空気はちょっと、いや全然かわいくない。


「お、やんのか? いつでもイイぜ?」

 対するジェフリーも立ち上がり、パキパキと指をならす。


「ほーう、いい度胸だよ。獣人なめんな? いつものように地面舐めさせてやんよ」

 親指で首を掻くようにし、そのまま地面を指す。


「今日こそは『ごめんなさい、ジェフリー様』って言わせてやろうじゃねーか」

 毎回負けてるのね、ジェフリー……。


 あまりにも分が悪そうな争いを止めようと、

「ふたりともそのへんで」

 と割って入った次の瞬間だった。


「キャ――ッ!!」


 絹を裂くような悲鳴が、暗がりの奥から響いた。

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