第六十七話 家族。それは絆、それとも軛
門をくぐると途端に周囲からは焼け焦げた匂いが漂う。相当の戦いがあったのだろうか。街はすっかり破壊しつくされていた。
すぐそこには魔物が簡単な柵をめぐらし、門番をしているようだった。私達の姿を認めると手を振って近づいてくる。
「おい、とまれ! ……なにもんだ、アンタら?」
ヴァイスを気にしながら犬のような獣人が尋ねてくる。いつものように旅をしている、通り抜けるだけだと告げるとようやく得物を下ろした。
「じゃ、失礼するわね……って」
馬車に戻ろうとすると、数人が立ちふさがるように立っている。
「道を空けてくれるかしら」
「いやなに、タダでというわけには……なぁ?」
そういって門番の一人は私に手をのばす。だらしなく垂れ下がった目線は胸に釘付けだ。軽く払いのけ一歩下がる。
「ねぇ、あなた」
腕を組んでニヤニヤしながら言ってやる。
「あん?」
男は少し苛立たしそうに手首をさすっている。
「なにか、焦げ臭くない?」
突然尻尾が燃えだして騒いでいる連中を尻目に、市中へと馬車を進めていく。
「ね、エド……ここには確か」
「ええ……兄と、妹がいるはずです。まずは兵舎から」
エドの表情はいつになく真剣で、こころなしか顔色も悪く、青ざめているように見える。
すっかり変わってしまった街の雰囲気から、なんとか記憶をたよりに兵舎があったと思われる場所にたどり着いた。
「ここ……なの?」
「はい。ここが、軍の兵舎の一つ。……だったはずです」
そこは一面の瓦礫と焼けた木切れが散乱する広場だった。入り口の石造りの門に掛けられた看板から、かろうじてそこが軍の施設だったことを読み取ることができるくらい。それほど徹底した破壊が尽くされていた。
「そんな、兄さん……」
瓦礫を見下ろしエドがつぶやく。
「……もう少し探そう」
彼に声をかけたその時、不意に顔を上げた。
「そうだソニア ……ソニア!」
そう叫ぶがはやいか、エドは突然駆け出した。
「あっ、まってエド! どこいくの!?」
ディルが慌てて後を追う。ちょっと、二人だけじゃ危ない!
”ヴァイス!”
“やれやれ、世話の焼けるおぼっちゃん達だな”
ヴァイスがその後を追っていく。
「ジェフリー、馬車お願いね!」
「お、おい! 俺馬車あつかったことなんてないって!」
「なんとかなるわよ、なんとかして!!」
まじかよ~と背後で聞こえたが今はエドだ。
幸いエドはすぐに見つかった。先程の兵舎からそれほど離れていない、割と原型をとどめているだろう建物の前で立ちすくんでいた。
「ソニア……そんな」
同じように門に掲げられた金属のプレートには、「王立ウィーゼン初等女学校 宿舎」と書かれていた。建物に人の気配は見られない。それでもエドは建物の敷地に踏み込んでいく。
「ソニア! ……ソニア! どこだ!?」
必死に妹の名を呼ぶエドの背中を、手を胸元できつく握ったディルが、つらそうに見つめる。
遅れて馬車がやってきた。
「ふう、むちゃ言わないでくれよ。エルちゃんが居なかったら大変な事になってたぞ」
「そうですよ、私がいるんですから、私に言えば良いものを」
「なんだジェフリー、結局オマエは荷台に座っていただけじゃないか」
「あっ、ユルスラそれは違うぞ? 俺はだな」
ジェフリーは早速ユルスラとやり合っている。結局はエルが扱ったようだ。
馬車から降りたエルが私のもとにやってくる。並んでエドの声がする方を見る。
「ありがとう、エル」
「……ここは、エドの妹が通っていた学校の宿舎ですか」
「そのようね」
私の答えにエルは鼻を鳴らした。
「いつまでさせておくんですか?」
チラとエルの顔を伺うけれど髪に隠れてその表情は伺い知れない。
「あら、冷たいわね」
「今更おべっかが必要な仲とも思えませんけれど」
「……そうね。けれど納得する時間は必要だと思うわ」
しばらくの間が空いて、「そうですね」と小さくつぶやく声が聞こえた。
それから間を置かずにエドが戻ってきた。その表情は憔悴しきっており、ディルはなんと声を掛けていいのかわからないのか、泣きそうな表情で彼の前でおろおろとするだけだった。
「エド、あの」
ディルが意を決して口を開いたと同時に。
「すみません、皆さん。時間を取ってしまいまして。さ、行きましょう」
妙にあっけらかんとした口調でエドが語った。
私はエドの肩に手を置いて語りかける。
「エド」
「ほら、何をしてるんですか、早く街を出ないと日が暮れます。厄介ですよ」
私から目をそらしてエドは言葉を続けた。
「あのねエド」
「……わかってた。わかってたんです。手遅れだっていうのは。 ただ……ただもしかしたら、って思ってたのも事実です。大丈夫、とっくに……そう。とっくに整理はできています」
「……いいのね?」
「ええ。それに早く家の様子も見たいですし。 さ、行きましょう。もしかしたら、兄も妹も、家に戻ってるかもしれない」
「わかったわ。じゃ、街を出ましょう」
街の南側はさらにひどいものだった。
人は環境の悪い川のほとりなどに追いやられ、着の身着のままの生活をしている。
エドが時折妹や兄の名を呼んでいたけれど、ついに見つけることはできなかった。
◇ ◇ ◇
「そんな……」
翌日。エドの両親が一部を統治していたヴィッテンに着いた私たちは、早速エドの屋敷にやってきたのだが、そこはもう、建物の基礎を残してただの更地となっていた。
「父上……、母上……」
他に目に付くのは無残に散らばる欠けた剣、バラバラになった鎧、首が折れた石膏像。
エドが使っている銃の弾丸もところどころ落ちている。
「あ、そんな……これは……」
震える手で拾い上げたのはくしゃりとひしゃげた金属――指輪だ。
「……それは?」
「これは爵位の証。父上が常に身に着けていたものです。それがこんなところに」
無言で指輪だったモノを握りしめるエド。力いっぱい握りしめるその手はかすかに震えている。
しばらく手を、肩を震わせ押し黙っていたエドがかすかにつぶやくのがわかった。
「くそっ……ろし……」
「ん、どうし」
「くそっ……! 魔族め……殺してやる! 一匹残らず!」
そして銃を抜き放つやユルスラに向ける。
「なっ、てめっ」
「ちょっと、止めなさい!」
彼らの間に割って入る。エドの表情にゾッとした。
いつもの柔和な雰囲気の彼からは想像もできないほどの形相。涙を流しながら、憤怒の表情でユルスラをにらみつけ、まさに引き金を引かんとしている。
「アレクシアさん! どいてください! まずはそいつから血祭りに!!」
「やめなさい、何をいっているのかわかっているの!?」
「わかってますよ、もちろん。この世から魔族を一匹残らず処分するんですよ、そのための栄えある第一号だ。さあ、そこをどいてください」
そういってエドはグイっと銃を私に突きつける。
「ダメよどかない。そんな風に考えてはダメよ。これはそもそもは昔に人から仕掛けた戦いなのよ」
「そんなの僕の家族には関係ない! いや、今生きている人たちにとってはそんなのタダの昔話ですよ!」
エドはたまらずといった表情で叫んだ。
「あなたが今立っている土地、もともとは魔族のふるさとだったのよ。争ってはいけない。争わずに済む方法を考えましょう」
「アレクシアさんはハーフエルフだからそういうことが言えるんです。僕には許すことなど!」
「ではまずその銃で、手始めに半分魔族の私を殺すといいわ。弾は入っているのでしょう?」
「そんな、できないとわかってて。その言い方は卑怯ですよアレクシアさん」
再び涙を流し始めたエドが、銃を構えながらいやいやをするように首をふった。
「エド。憎しみは憎しみしか生まない。トラウゼンで獣人の子がなぶり殺しにあっていたのを忘れたの? お願いわかって」
しばしのにらみ合いが続いた。時間にするとほんのわずかな時間だったのかもしれない。けれどこの時間はとても長く感じるものだった。首筋を一筋、汗が流れ落ちたとき、エドが再び口を開いた。
「くっ……わかりました」
そしてエドは銃を下げた。
「良かった。じゃ銃をしまって」
「ここでお別れです、アレクシアさん」
最初彼が何を言っているのかがわからなかった。
「えっ、なに、言って」
「あなたは魔族との共存を選んだ。僕は戦いを選んだ。同じパーティーにいれるわけがないじゃないですか」
手の甲で乱暴に涙を拭うと、悲しげに微笑みながら語るエド。
「でもだってあなた」
「魔法ですか? あとひと月とちょっとで復活するんだ、生き延びてみせますよ。それまでに殺されればそれまで。生き延びれば……」
そこでギラリと眼光が鋭くなった。
「僕が魔族を根絶やしにしてやります」
「そんな! 私との約束はどうなるの!?」
「ディル……」
「あなたは私の騎士じゃなかったの!? 私と共に生き、互いを守るって!」
「ディル。君はどっちの考え方なんだい? 魔族と共存か、争いか」
「わ、私は……」
そしてチラとエルと私を見る。
「家族を裏切ることはできない……それに魔族と争ってはいけない。私もそんな気がする」
「決まりだね。……解任して欲しい」
「エド……本気、なの?」
「うん。……ごめん、ディル」
その後略式ながらエドの解任を行い、直後に彼は私たちのパーティーから離れた。






