第六十六話 銃とジゴロと猫娘
「で、ユルスラとこの人間の男を連れて行きたい、と。こうおっしゃるわけですか」
獣人のリーダー、ゾバリがあごを撫でながら私達を見下ろす。
翌日の朝、私達が街を離れるのにあわせ、部隊を抜けることを隊長に告げに来たわけだけれど。
「ユルスラ、お前たちの意志か」
ワイルドボアっぽい大男は獣人の少女に問いかけた。
「あ、ああ。ジェ、……この男が部隊を抜けたいなんていうから、オレが監視につく。なに、コイツがおっ死んだら戻ってくるさ」
手で何やらジェスチャーをしながら女の子――ユルスラが隊からの離脱を説明している。それから何度か二人の間でやり取りがあったのち、ゾバリは再びこちらに目を向けた。
「ふむ。了解しました。エルフの民の役に立つなら構わないですが、ただ……」
そういって私に視線を送ってくる。
「なにか代わりに置いていけ、ということかしら」
「このままでは、我々が丸損なんでね」
二人を消耗品扱いしているヤツがよくいう。心のなかで毒づいてから口を開く。
「わかったわ。例えばどんなものが良いのかしら」
「そうだな……ん? その剣はどうですかな?」
そう言って私の腰を指差す。サルヴィオさんの剣。少し使っているので多少刃こぼれしているけれど。
「……これのことかしら?」
スラッと抜き放つと澄んだ金属音とともに青みがかった刀身が姿をあらわす。……やはり刃こぼれがあった。これでは――
「素晴らしい! ん、ごほん! ……どうだろう、その剣と引き換えというのは!?」
「え、でもこれ刃こぼ」
「あ、あー! ……こほん。良いんじゃないでしょうか、お嬢様」
突然脇からエルが割り込んできた。
「お、お嬢様?」
「ね、いいですよね、お・じょ・う・さ・ま?」
そしてエルは私の腕を掴み、キッと見つめてきた。
「え、あ、そうね。なら、交換といきましょう」
「おお、おお、本当ですか! では交渉成立ということで!」
渡す直前に馬車も付けてと言ってみたら、あっさり了解した。そんなにあの剣が欲しかったのだろうか。結局サルヴィオさんの剣一本と二人とひき馬、それに馬車とを引き換えた。複雑な心境だけど、予想に反して持ち出しが少なかったのは良しとしよう。
剣は基本消耗品。あと三本ある。いざとなれば持ってきてもらえばいいし、そのままミッドフォードに飛んで帰ってもいい。……ヴァイスは嫌がりそうだけれど。
実のところ少しずつだけれど、この旅を楽しみ始めている自分がいる。いつでも帰れるという気安さがそうさせているのだろうか。パーティーのみんなもそれに気づいているのか、すぐにミッドフォードに行こうというものは居なかった。
まったくもって残念な話だけれど、このパーティーには好奇心を抑えて現実的なプランを提示できるものは居なかったようだ。
みんながみんな、この世界がどう変わってしまったのか、確かめずにはいられない。すっかりそんな気になってしまっているにちがいない。根っからの冒険者の集まりなのだ。
こうしてパーティーはジェフリーと獣人の女の子、ユルスラを加えた七人となり、モンクの街を後にした。
戦力的にも余裕が出てきたので、それぞれ交代で見張りをしつつ休憩を取れるようになった。ウィーゼンに向かって南進し、しばらく進んだときだ。
「あ、あの、姫様」
休憩中に新しい剣の手入れをしている時、不意に声を掛けられた。顔を上げるとユルスラが真剣な表情でこちらを見ていた。
背格好はエルより小さいか。燃えるような赤毛に、少し釣り気味の勝ち気な赤い目。控えめな胸にキュッとしまった身体からは獣人らしい躍動感を感じる。人と違うのはやはり頭の上の方についている大きな猫のような耳とやはり猫のような尻尾。ときおりゆらゆらと揺れるのが気になる。この子は手足が毛に覆われておらず、人と同じだ。獣人でも個体差があるのだろうか。
「え、なに、ユルスラさん。姫って、もしかして私のこと?」
剣を傍らにおいて自分を指差してみると、ユルスラはうんうんと頷いた。
「うん。エルフの姫に……は、話したいことがある」
「ぷっ、え、エルフの姫? 私が?」
「ち、ちがうのか?」
驚いたように尻尾をピンと立ててから、ふにゃりと床に落とした。
「うーん、長老の孫娘、ってことになるから間違いではないかもしれないけれど……」
「なら問題ない」
ぱたん、と尻尾が大きくひとつ床を打った。いまいち表情が読めないときは尻尾を見ればいいかもしれない。
「でもユルスラさん」
「よ、呼び捨てでいい。姫」
「んー、わかった。なら私も姫はやめて」
尻尾がパタパタとせわしなく振られた。
「え……な、ならアレクシア……さん?」
「ふふ、それでいいわ、ユルスラ。で、話って?」
「あ……話とは……その……」
今度は耳がしおしおとしょげた。
「なになに、もったいぶって。スパッと言っちゃいなさい、スパッと!」
しばらく踏ん切りがつかない様子で床に視線をさまよわせていたけれど、意を決したかのように顔をあげると耳も尻尾もピーンと張った次の瞬間。
「じぇ、ジェフリーとはどんな関係なんだ!? ……ですか」
そのあまりに必死な表情に思わず吹き出してしまった。
「ぶはっ。なにそれー。あ、やっぱりユルスラ」
ニンマリする私の表情に、どんどん顔が赤くなっていく。
「やっぱりって何だよ!? お、オレはなんとも思ってないし!? たっ、ただいち兵士がなんで姫……じゃなかったアレクシア……さんに付いてきたのかが知りたかった、そ、そう! ただそれだけだっ……です」
もう言葉遣いが支離滅裂で、だんだん笑いを堪えるのが大変になってきた。
「あー、うん、そーなんだねー。仕事熱心なんだねー。わかったー」
「絶対わかってないだろっ!? よね、です? あれ?」
「ぷふっ……ソンナコトナイワヨー。……ふふ、なんてね。大丈夫、心配しないで。何の関係もない。タダの顔見知りって程度よ。以前別の町でパーティ組もうかって話になったけれど結局組まなかったの。今回も彼が大変な立場で戦っているなら救えたらなと思っただけで。本当にそれだけ」
必死になっちゃって、ホントかわいい子だ。
「そうなのか。そう、それだけ……ふふーん。そうなんだ……」
「納得してくれた?」
首をかしげて尋ねると、またこくこくとうなずいた。ゆったりぱたん、ぱたんと尻尾で床を打つ。機嫌が良くなったみたいだ。
「まぁわかった。でも気をつけてくれよ。アイツはひどい女たらしだからな? いつもオレが監視してないと誰彼構わずちょっかい出して本当に大変なんだ。なんかあったら言ってくれよな。その時はオレがバシッとシメるからさ!」
「わかった。彼の面倒、お願いするわ」
「おう、まっかせろ! へへっ」
親指で自分を指差し、ニッと笑うその姿はとってもチャーミングだ。
「じゃ、改めてよろしく、ユルスラ。これからよろしくね」
「まぁ少しの間だと思うけど、よろしくな、アレクシアさん!」
その後ジェフリーが「なんだ和んでるなぁ、なにかあったのか?」と尋ねてきたので「女の子の会話に入ってこないで」って追い返してやった。
途中野営をする中で、島のことを色々聞けた。
「――西の島の名前? 確か……ティル・ドゥハス。ふるさと、って意味らしい」
焚き火の向こうでジェフリーが自分の頭の中を探るように視線をさまよわせる。
彼の言葉にユルスラが続く。
「島には街が一つあるんだ。中心にカシュラーンと呼ばれる魔王様が住まわれる城があるんだ。人が作った城ほど立派なものじゃないけれど……なんかこう、カッコイイっていうか」
「ふーん。様子はあまり私達の街と変わらないのかしら」
「むしろ人が彼らの街を真似たんじゃないかって思うんだよな」
私の言葉にジェフリーが答える。人が真似た? どういうことかしら。
「それってどういう」
「なんていうか、原型が似てんだよ。街の作り方。古い街は特にそうなんだよな」
ジェフリーが身振りで説明すると、ユルスラがそれを受けた。
「それは当然だ。お前ら人族は最初、魔族が暮らしていた街を奪ってそのまま使ったわけだからな。その後参考にするのは自然な流れだ」
「ユルスラ」
「何だジェフリー」
「お前もたまには頭いいこと言えるんだな」
「いい加減ぶちころすぞ、コラ」
「あ?」「あ?」
「はいはい、仲いいのはわかったから。んでほかはどうなってんの? まさか街一つってわけじゃあないんでしょ」
ディルが一瞬険悪なムードになった二人の間に割って入った。
「な、べべつに仲が良いってわけじゃあ……なぁ、ジェフリー?」
そうやってちら、と途端に恋する乙女な表情をみせ、上目遣いに彼を見る。
「うん? ああそうだな、別に仲が良いわけじゃない」
直後ユルスラは固まった。
バッサリカットのジェフリーにエルが思わずといった感じで口を開いた。
「ちょっとちょっとひどくないですか、ジェフリーさん。流れ読んでくださいね? ほらユルスラちゃん、泣きそうですよ」
「ちょ、泣きそうなんて。……ふえぇ」
「ええっ、今のやり取りなんか俺、間違えた?」
「大不正解です。罰金モノです。腕立て伏せ百回です」
しばらくユルスラをなだめるのに時間がかかったが、なんとか持ち直した。今はジェフリーに唸り声でも聞こえてきそうな厳しい視線を送りながら、エルにピッタリとくっついている。
そんな様子を見て鼻を鳴らしてからジェフリーが話を続ける。
「あー、島には他に村が点在してて、意外と人間と変わらない暮らしをしている。まぁ多くは農業とか漁業とか。穏やかに暮らしてるな」
そうなると俄然どんなところなのか見たくなってくる。けれどそんなことよりもっと根本的な疑問がわきあがってきた。
「それなのにどうして。いくら魔法が使えない時期で有利だからって。いずれ使えるようになる。そうしたら反撃されて今度は逆に」
「そうさ。誰だってそう思ってる。俺だってそうだよ。魔法が使える人族に、魔族はかなわないからな」
「まさにそこなんです、お姉さま。このまま魔法使いを生かしておくのは魔族にとっては致命的なんです。きっと次の手を打ってくるはずです」
ユルスラの頭を撫でながらエルが心配を口にした。
途端に一人の男の顔が思い浮かぶ。
大司教ユストゥル。最後に見たあの余裕の表情。これでは終わらない、なにか隠し玉があるにちがいない。
アイツがしでかした事の影響は決して小さくない。
アイツは絶対倒す。けれど今はまだ力が足りない。この旅の中で、アイツに勝つ方法を見つけなければ。今度こそ、人族は滅んでしまう。
「ところでアレクシアさん。意見具申、よろしいでしょうか」
「ん、なんだねエドワードくん。発言を許可する……って何よいきなり」
にへら、といつものエドスマイルを見せてから、
「エルさんのことです。ちょっと、手持ち無沙汰なんじゃないかなと思いまして」
それは誰も口にしないけれど、きっとみんな思っていること。エルのパーティーへの貢献方法についての話題だ。これは慎重に進めないと。エルを盗み見ると、こころなしか顔がこわばっている。
「……うん、どういう提案かな」
「今後ボクとディル、エルさんの三人での小隊を構成したいと思っています」
「へぇ。具体的には?」
「ミッドフォードで開発した、この爆発する粉で金属を打ち出すカラクリ――あちらでは『銃』と呼んでいますが、いくつか特徴がありまして」
そこで彼が銃を取り出して指差しながら説明する。
「あっ、そうそうこれ! エドすごいね、あの女、これでやっつけちゃうんだもん!」
ディルが手を叩いて褒めるものだから、途端にだらしない顔になった。
「えと、エド。続きいいかしら?」
「あっ、すいません。最初に爆発する粉――炸薬と呼んでいます。これを銃口から入れて」
サラサラ、と入れるジェスチャーをしたのち、
「この棒で炸薬を突き固めます」
「なんで?」ディルがエドの顔をのぞきこむ。
「そうしないと勢いよく爆発しないからだよ。で、次にこの金属の丸い玉――弾丸といいます。これを入れます。もう一度突いて発射準備完了です」
そしてエドは銃を構える。
「発射直前に撃鉄……この部品です。これを半分起こして、次に火口を開いて炸薬を入れて、撃鉄をすべて起こしてから……よーく狙って引き金を引く。するとバンッ!!」
急にエドが大声を出すものだからユルスラがビクンと飛び跳ねた。
「……っと弾丸が発射される、という武器です」
「あ、そうだ。射撃した後すごくカスがたまるんです。それを掃除しないと次が撃てません。発射前後に準備が必要なので、基本的には準備した数だけしか撃てないんです。矢のようなものですね」
「んー、だったら矢のほうが良いんじゃない?」
「いやアレクシアさん。みなさんが使っている弓。あれ魔法使いには重くてとても引けません。……知らなかったんですか?」
「えっ、そうなの、エル?」
「それができてれば、とっくにやってるって思いませんか?」
「そう……そうね、そうだわ!」
「気づいてなかったんですね……」
たはは、と苦笑いしていると、再びエルが口を開いた。
「私に戦闘中に弾込めをしろと言ってるんですね」
「そういうことです。なんでしたらエルさんが射撃をしてもいいですが」
「自信ないからやめておきます。……わかりました、お手伝いさせてください」
「ディルは僕たちの護衛と、手が空いている間は弾込めよろしく」
「わかった」
「ところでこの褐色の粉……何でできているんです? 私達の国には無かったもので」
エルが火薬を手に取り、指につけてしげしげと眺める。
「はい。半分だけ燃やした木炭と、火山の噴気口で採れる黄色い粉、あとは……糞石です」
「え? ふんせき?」
キョトンとした表情で視線を粉とエドの間を行ったり来たりさせる。
「はい、コウモリの糞尿からできている石で」
「うひええぇぇっ!」
「あ」
「やだ汚いっ! もうバカッ! なんで先にいわないんですかっ!?」
「や、でも数年掛けて成分が変わった石ですから、その、臭くもないですし」
「そういう問題じゃないっ」
朝から馬車に揺られながらの練習が始まったけれど、慎重に、本当に粉に触れずに作業をするエルの職人技が見られた。よほど触りたくないらしい。
そして昼過ぎ。私達はウィーゼンが見えるところまでやってきた。
「ねぇエド。あれが、ウィーゼン、なんだよね」
「ええ……そうです。王都のウィーゼン、のはずです」
ウィーゼン。デュベリアの王都。森と静かな湾に囲まれた見事な白亜の城が印象的な街であった……はずだが、街の門の上に乱暴に突き立てられた槍には魔族のものだろうか。黒地になにやら白で文様が描かれた旗がはためいている。
ここには確かエドの兄と妹が残っていたはずだ。
逸る気持ちを抑え、私達は何食わぬ顔で街の門をくぐる。






