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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第四章:彗星
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第六十四話 因縁の相手は突然に

 言うが早いか、女は鞭を取り出しいきなり振りかぶった。しなる鞭は風切り音を立てて私の左をかすめるように床を砕いた。


「ああん!? ……あんた、魔法使いじゃなかったのかい! 精霊使いか、厄介だねぇ!!」

 私は今更ながら、風がとっさにかばってくれたことに気づいた。


「だが丸腰じゃあねぇ!!」

 再び振りかぶった鞭は、槍のごとく真っ直ぐ突きこんでくる。体を捻ってなんとかかわすと背後の壁を深くえぐった。


「ジョハン、バッセル! 起きな! 仕事だよ!」

「んぁ~、なんです姉御もう飲めない」

「だから姉御って呼ぶな!」


 チャンス! 私は廊下の奥の開いている窓に向かって走った。


「あ、くそ! 追うよ! ……コラお前たち起きな!!」

 部屋の前で叫んでいる女を尻目に、私は窓の外に身を躍らせた。


「みんな、敵よ! 戦闘準備!!」

 空中でくるりと体を捻ってふわりと着地する。


「それ便利ですね、アレクシアさん」

 エドがのんびり感心する。


「ばか、それどころじゃないわよ。あいつらよ。遺跡で大暴れした三人組!」


 馬車の中から剣を取り出して腰に吊るしたとき、ちょうど先程の建物から三人が飛び出してきた。


「ええー? またアイツらですか。よっぽど僕たち縁があるんですねぇ」

 エドはブツブツ言いながら、馬車の木箱から小ぶりの細い筒のようなものを取り出した。


「ちょうどいい性能実験ができるかもしれませんね」

 背後でエドは嬉しそうにつぶやいた。


「ジョハン、バッセル! やっておしまい!」

「ヴァイス、ディル! あの二人をお願い」


 そして私は剣を抜いて構える。

「私はこの女の相手をする」

「あらぁ。女、なんて呼び方やめてもらえる? 私『ベルナ』って素敵な名前持ってんの。ちなみにアンタ、名前は?」

 口元にわずかに笑みを浮かべ、ベルナと名乗った女は少しあごをしゃくった。


「……アレクシア」

「ふっ。ははっ。そりゃまた大層なお名前だこと。女神様かい」

「私もそう思うわ」

 残念ながら、その点の感性はこのコスプレ女と同じなようだった。苦笑いしながら肩をすくめ、こたえる。


「あはっ、それは気が合うわね。なら神様には……お空に帰ってもらっちゃおうか、なっ!?」

 来る。そう思った刹那、鞭が狡猾な蛇のように鋭く襲いかかる。直線の動きは読みやすい。剣で弾くと力を失った鞭はあっという間に勢いをなくし宙を舞う。


「ふっ!」

 短く息を吐き、間合いを詰めようとしたところを足元に左手の鞭から牽制が飛ぶ。リーチのある鞭はさすがに厄介だ。


「炎よ!」

 直後火でできた鳥か翼竜のようなものがベルナに向かい、()ぜた。たちまち広がる炎の光と熱に目を細める。鞭の一本でもダメにできたろうか。


 二人に目を走らせると、ディルもヴァイスも相手の男一人づつと戦っているのが見て取れた。早く彼らに合流しないと。


 焦りは判断を鈍らせる。あっ、と思った時には鞭がすぐ脇に襲いかかってきていた。身体をなんとか捻ってかわす。が、棘のついた鞭は太ももをかすめ、途端にぷくぷくと血のしずくが肌に現れる。


「へぇ、アレをかわすのかい。まいったねこりゃ」

 いつの間に。正面にいたはずのベルナは、先ほどと距離は変わらないが、今度は左手の真横に立っていた。炎もかわされたということか。


 鞭をあえて剣で受け、ナイフを投げてみても見事にもう一本ではたき落とされる。

 ヘラヘラしているけれど、この女、強い。


 互いに攻め手に欠ける戦いは、アクシデントで大きく動いた。


「あ、だめっ、戻ってきなさい!」

 鋭い女の声に視線を向けると、通りに小さな男の子がふらっと出てきていた。背後では母親らしき人物が短い悲鳴をあげてからしきりに子供の名前を叫んでいる。が当の本人は状況を理解できていないようだ。母親に向かってにへら、と笑うと逃げるようにさらに通りに出てきた。


「ちょっ、キミ! 隠れてなさい!」

 私の声にキョトンとした視線を向けてくる。ある意味胆力のある子どものようだった。しかしそれが今は非常にまずい。


「へぇ」

 ベルナはにやぁと笑うと、子供に向けて鞭を放った。無垢な幼児に対し、鎌首をもたげた毒蛇のように鞭が襲いかかる。


「くそっ」詠唱する暇もない。とっさに出た腕に、鞭が絡みつく。ギシリと棘に締め付けられ、あっという間に血が滴りだした。


「だ、大丈夫? ボク」

 この時点でようやく幼児は事態を理解したようだ。無言でコクコクとうなずく。

「さ、早く、ママのところに戻りなさい」

 怯えたような表情で母親のもとに駆けていくのを見届けるとベルナに目を向ける。


「ようやく、捕まえた」

 ベルナは満足そうに、妖艶な笑みを浮かべていた。



 ベルナが鞭を自在に操る。あの細っこい身体のどこにこんな力があるのか。腕を締め上げる棘の影響もあるが、身体はいいように振り回され、やがて引き倒された。

 受け身を取れず倒され、頭をしたたかに打った。とたんに意識がもうろうとする。


「お姉ちゃん!」

 ディルの鋭い声がワンワンと頭の中に響き渡る。

 敵と戦いながら叫んでいるようだった。


「ほら、よそ見してる場合じゃねえだろ、っと!」

「きゃあっ!」

 ズシャアと音がした。ディルも蹴り倒されでもしたようだ。私が生んでしまったスキのためか。ごめん、ディル。


 ”アレクシア! っち、コイツ、使えるな!”

 ヴァイスも声を掛けてはくれるものの、こちらには近づけない様子だった。


 そうこうしているうちに、不意に近くで声がかかった。

「気絶しちゃったかしら? ……まだ死んではいないようね」

 ベルナだ。嫌な汗がドッと出る。気持ちを振り絞って目をあけ、彼女をにらみつける。


「あら、女神様おめざめね。おはよう。でもすぐ元気になっちゃうだろうから、もう殺すわ。ほんとはもっとお話したかったけれど」

 彼女は腰からナイフを取り出した。頭を揺らされたからか、身体が動かない。


 私の首を掻き切るためのナイフが、ゆっくりと近づいてくるのを、ただ眺めるしかできない。

「さよなら女神様。楽しかったわ」


 くそ、動け私のからだ!


 歯を食いしばり、そう心の中で叫んだとき、遠くで何かが破裂するような鋭い音が轟いた。ほぼ同時に頭上でボスッというくぐもった音。


「あつっ! な、なんだい」それに遅れてベルナの声がわんわんと頭の中に響いた。

 彼女はナイフをとり落した。遅れて目の前にパタタッと落ちる鮮血。


「やった、当たった!」

 少し離れたところから、エドの弾んだ声が聞こえた。


 徐々に意識がはっきりしてくる。手足も動くようになってきた。二度、三度と破裂音がする。見るとベルナは身体のあちこちから血を流しはじめていた。肩の傷が一番重そうに見える。


「やだっ、ダーリンじゃない! すごい武器作っちゃったわねぇ! これはちょっと、さすがに、まずいわ」

 また破裂音が聞こえ、直後血しぶきが飛ぶ。


「姉御!」ディルが相手している男がベルナの様子を見て叫んだ。


「よそ見してる場合だっけ!?」

 彼女はそれを見逃さない。レイピアを相手に突き込む。慌てて身をよじってかわそうとしたものの二の腕に深々と刺さり、男はたまらず悲鳴を上げた。


「バッセル! ……くっ、引くよ! 運がいいね、次覚えてらっしゃいな、女神様!」


 ベルナが懐から取り出した丸いものを地面に叩きつけると、途端にもうもうと黒い煙が立ち込めた。


「またね、ダーリン。ますますあなたが欲しくなった。今度はあなたを奪うことにするわ」


 濃い煙のなか身を起こし身構えていたけれど、それから煙が晴れてもベルナが再び襲いかかってくることはなかった。


 生きてる。助かった。


 正直な気持ちだ。ベルナ。あの女、あんなカラクリで戦うより生身のほうがよほど強くないだろうか。はぁっと息を吐くとドクンドクンと今更のように早鐘のような鼓動が耳に障る。同時に身に受けた数々の傷が一斉に主張を始めた。


「お姉さま! 大丈夫ですか?」

 エルが慌てて駆け寄ってくる。脂汗を流しながらの笑顔じゃ、なんの気休みにもならないだろうけどニコリを返してみる。案の定、私の様子が詳細にわかるにつれ顔を曇らせていった。


「ごめんなさい、私、魔法使えなくて」

「大丈夫よ。今は仕方ない。それに――水よ我が声に答え、我の傷を癒せ」

 精霊に呼びかけ、傷を治してみせて「ほら、大丈夫でしょ」と笑うと、ほっとした明るい表情になったけれど、途端にその顔に影がさした。

「あ……そう、ですね。良かった。傷が癒えて」


 そしてすっと立ち上がると、「私、ディルの様子を見てきますね」と言い残して妹の方に駆けていった。



 ディルも少し負傷していたのでそちらの治療をしていると、ガヤガヤと周囲がにわかに騒がしくなった。何事かと思っていると、人垣の間からさきほど話した街の代表代行殿が割って入ってきた。


 一体何の騒ぎですかと尋ねてくるので、先程の出来事をかいつまんで話してやる。

「すると街の者を助けたと」

「ええ。間一髪だったわ」

 私の言葉に周りの者達も一斉にざわつき始める。魔物に抗せるものがいたことに驚いているのだろうか。しかし精霊術を見られている以上、私も魔物扱いだと思うのだけれど。


 しかし代行殿の言葉は、私の予想を大きく外れたものだった。

「なんてことをしてくれたんですか、あなたは」

 どういうことだと彼を見ると、憤慨している様子だった。意味がわからない。


「どういうことかしら」

「どういうこと、ですと? あなた、あの女を追い出してしまったらどうなるか、考えつかないんですか?」

 代行殿は更に真っ赤になった顔で詰め寄ってきた。そんな脂ぎった顔を近づけないでほしい。たまらずのけぞって可能な限り距離をとる。


「あの女は酒癖こそ確かに悪かったですが、無抵抗の住人には手出しをしなかったのです。それを追い払ってしまって。もし次の長が住人に危害を加えるような輩だったら、あなたどうしてくれるんですか!?」


 その言葉に頭を殴られたような感覚を覚えた。


「いずれにせよ、今すぐここから出ていってください! あなたが我々と同胞だと思われたらそれこそ事だ。さ、早く! 早くここから出ていってください!」




 町外れまで馬車を移動することでとりあえず折り合いがついた。しかしもう街には入れるような雰囲気ではなさそうだった。


「困りましたね。船も手に入りそうにないですし」

 エルが顎に手を添え、ため息交じりに呟いた。


「東に回るしか無いですかね」

「でも危ないんでしょ、東側は」

 エドの提案も、ディルの言う通り危ういものだった。


 そんな時エルが深い溜め息をつく。

「はぁ、またお姉さまの暴走が」

「ちょっと!? またって何よ。今回は、いや今回()私のせいじゃないよね!?」

「ですがお姉さま。私達からしたら、いきなり喧嘩に巻き込まれたようなものですし」

 ねぇ、とディルと二人頷きあっている。

「いやいやいや。私、喧嘩、売られた方。しかも押し売り。理解してね」


「あの……もし」

「だいたいあの、……はい? あ、さっきのお母さん、とボク。怪我しなかった?」

 気づけば先程救った幼児とその母親が馬車の近くに来ていた。


「はい。先程はありがとうございました。息子が危ないところを助けてくださって。せめて一言お礼をと……ほら、ごあいさつ。できるでしょ」

「おねえちゃん、ありがと」

「ふふ、どういたしまして。……でもこんなところ、見られたらまずいのでは?」

 街の方にチラと目を向けると、母親は苦笑いを浮かべた。


「ええ。でも助けていただいた身でお礼の一言もないとなると、父に叱られてしまいます」

「そうなんですか。とても厳格なお父様なのですね」

 母親ははにかむように笑うと、私達パーティーを見渡した。


「あの、見たところなにかお困りのご様子。私で役立つことがあれば」

 有り難い申し出だけれど、今のご時勢。お互いできることは限られていることはわかっている。そうそうわがままもいえないが、一つどうしようもない事を言ってみよう。


「実は……船がほしいんですけれど、さすがに船は……」

 ないですよね、で話を終わらせようとしたけれど。


「船、ですか? 漁船でしたらアテはありますが、それ」

「ホントですか!?」

 意外な回答に思わず食い気味で聞き返してしまった。


「え、ええ。亡くなった父が持っていたものがたしか」

 その勢いに目をパチクリさせた母親は、若干引き気味に返事をした。


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