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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第四章:彗星
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第六十三話 傀儡の街

 私の言葉に、場はにわかに沸き立った。

「へっ。少しは使えるみたいだが、俺らは十人だ。勝てると思ってんのか?」

「私とこの狼の二人で十分よ」

 傍らのヴァイスをひと撫でして答える。


「ひゅー、かっこいいねぇ、お嬢ちゃん。じゃ、イケない遊びに威勢のいいお嬢ちゃんと後ろのポニーテールの子も参戦だ。こりゃ幸先いいね」

 エルを捕まえている男の背後から、別の男がはやす。


「御託は良いからさっさとかかってきなさい」

「いいぜ、楽しもうじゃねぇか」

 そういって男はエルを離した。怯えた表情のエルは私に駆け寄る。


「ごめんなさい、お姉さま」

「気にしないで。さ、ディルと一緒にいて」

 エルはひとつ頷くとディルの方へと向かった。


 ”さて、掃除の時間よヴァイス”

 ”朝飯前の準備運動になるか、これ?”


 呆れたようにヴァイスがぼやく。そんな間も男は剣で肩にトントンと叩きながら、こちらの様子をにやけた表情で見ている。大方自分が勝った後(・・・・)のことを考えているのだろうけれど。


 生憎そんなときは永遠に来ない。


「来ないなら、こっちから行くわよ」

「おう、いいぜ。ハンデだ。どっからでもかかってこいよ」

 男は両手を広げて余裕の表情を見せる。相手の力量が見えないやつほど相手を侮る。


「それはどうも」そして私は遠慮なく男に襲いかかることにする。


「へ?」

 直後、剣が地面に落ちる音と男の間抜けな声が響いた。

 あるはずの右手がなくなっていることに呆然としているようだ。自分の手首と地面に落ちている手と剣を何度も見比べている。

 どこまでも間抜けな男だ。


「斬られたこともわからないなんて、よほど鈍感なのね」

 剣を軽く拭いて鞘に収めながらわざと大きなため息をついてやる。


「あ、あ、ああああ! お、おれ、俺の手がああああ!」

「あら起きてたの。ようやくお気づきになったのね。てっきり寝てるものだとばかり」


「て、てめぇ。何しやがった!?」後ろの取り巻きの一人が叫んだ。


「何って、普通に斬っただけだけど」

 他に言いようがない。肩をすくめて答えた。


「ふつうって……」

 どうやらお望みの回答ではなかったようだった。

「お前、見えたか?」「いや……」


「あああ、いてぇ、いてぇよぉぉ!」

 先程の男は相変わらず大騒ぎしている。何もしていてもうるさい男だ。


「痛い? そうね、あの子もきっとそう思ったはずよ」

「そ、そんなの知るかよぉ、治療、血、血が」

 先程までの威勢はどこへやら。今度は泣きそうな声で治療をせがむ。


「そういえば衛兵にもひどい扱いをしたらしいじゃない。彼らが入っている牢屋に放り込んであげようかしら」

「や、やめ、あっあっ、そんなことより血が、ちが」

「ツバでも付けときなさい」あっちに行けと手でジェスチャーをすると、愕然とした表情を見せて仲間の方を向き直った。まさか、私が治療するとでも思っていたのかしら。


「そんな、おいお前ら誰か血を止めて」

 ぼたぼた血を垂らしながら近づく男に仲間たちが後ずさる。


「あら、みんな仲間思いじゃない。ま、どっちにしてもアンタたちは生きている価値もない」

 私が再び剣を抜き放つと男はぺたんと地面に座り込み、ジリジリと後ずさりし始めた。


「たすけて。おたすけを」

あの世(あっち)であの子にわびなさい」

 その脳天に剣を振り下ろす。


「あ」


 直後男は力なくドサリと倒れた。その音を最後に、広場は静寂に包まれた。

 チョロチョロと男の股間から水が流れる音が聞こえる。


「ひっ。ま、まさか」

「殺してないわよ。寸止めしただけ。まったく、シマリのないこと。……ところでようやく静かになったわね。これで勝負に集中できる。さて、お次は誰かしら」

 剣の刃こぼれを確認しながら、正面に居並ぶ次なる挑戦者たちに声をかけた。


「じょ、冗談じゃねぇ。あんなバケモン相手にできるかよ」

「あら化け物扱いは心外ね。決闘してあげてる分、アンタたちよりよほど人道的よ」

「なんの決闘なんだよこれ」

「アンタたちがあたらしい慰み者が欲しくて始めたコトでしょ」

 チラとエルを見ると、彼女は男たちを睨みつけてべっ、と舌を出した。


「お、俺たちはもう戦う意志はない、降伏する」

「それは困るわ。頑張ってもらわないと、アンタ達を殺せないじゃない」

「とにかく! 戦わない、このとおりだ!」

 そういって男たちは次々と武装を投げ出した。こうなっては戦えない。


「はぁ、なら仕方ないわね。じゃアンタたちは自分の命と引換えに何を差し出せるの」

「へ?」

「へ、じゃないでしょ。助命を乞うなら対価が必要でしょう」

「そんな、代わりだなんて何も」

「それは困ったわね……ん?」

 よく見ると男の一人の背後に子供が隠れているのが見て取れた。


「そこにいる子供、アンタの子供かしら?」

「あ、ああ……そうだが」探るような目つきで返事をしてくる。バカではなさそうだ。


 私はわざと目を細め尊大な態度で言い放った。

「丁度いいじゃない。その子を磔にしましょう」


「なっ! じょ、冗談じゃない! なんでそんな」

 信じられない、といわんばかりの表情で男は叫ぶ。


「アンタ達のルールでは全然不思議じゃなくない? だって、子供を磔にしてなぶり殺しにするのがアンタたちの流儀なんでしょ。はやくやりましょうよ」

 私がニヤリと笑うと男たちは皆一様に青ざめた表情に変わっていった。




「しかしお姉さまもえげつないですわね」

 馬車で街を出てしばらくしてから、エルがつぶやいた。


「えっ、何が」

「だって、あそこまで追い込むなんて」

 批判めいた色を帯びているのは気のせいだろうか。


「あれくらいしないと堪えないでしょ。最期は手も元通りに繋いであげたんだから、大サービスよ?」

「アレクシアさん何ですか。その火を付けて『火事だ!』って叫んでから、自分で火を消して有難がられる、みたいなのは」

 今度はエドが声を上げた。なんだか気になる例えだけど、的確すぎて何も言えない。


「そうだよね、よく考えたら最初に因縁つけて手ちょん切ったの、お姉ちゃんだよね」

 ディルも乗っかってきた。これはもう、集中砲火だ。


「ちょっと! 因縁つけてきたのはアッチが先」

「いや、でもね?」

「な、なによみんな。なんか私がヒドイ事したみたいに言わないでよ」

 三人してなんで咎めるように見てくるのか。私はあの街の問題を一つ解決した気でそれはもう気分良く出てきたというのに。


「まぁ、あの状況を放置していたらもっと悲惨な事になっていたことでしょうから、お姉さまがなさった事は正しいとは思います。思うんですけれど、やり方」

 ジト目でエルが止めを刺してきた。


「あーもー、わかった! わかった! お姉ちゃんが悪かった」

 たまらず降参の意思を見せると、しばらく経って三人が吹き出した。


「ふふ、次からはも少し穏やかな方法でお願いします、お姉さま」

「わかれば良いんだよ、お姉ちゃん」


 なんだか良いように遊ばれた気がする。


 けれどあれでしばらくは、むやみに魔物と諍いを起こそうとは思わなくなるだろう。多少は彼女の供養になっただろうか。

 名前も出自もわからない、哀れな獣人の少女に心の中で祈りを捧げた。



 ◇ ◇ ◇



 数時間馬車に揺られ、デュベリア王国との国境にやってきた、はずだ。


「これはまた……キレイに壊されていますね。いや、壊されているからキレイではないか」

 エルが門だったらしいものを見上げて呆れたような声を上げた。


 国境の関所は壁が打ち破られ、無残にも柱だけとなっている。衛士たちはとうの昔に逃げ出したか捕らえられたか。定かではないが無人の関所は一種不気味な雰囲気を醸していた。

 だがおかげで心配していた足止めもなく、私達はデュベリア王国に入ることができた。


 道は一転して下り。エルの記憶では、坂を下り切ったらアーリードはすぐだという。



 アーリードの街に近づくにつれ、不穏な雰囲気に辺りが包まれていることにいやでも気づく。道すがらには戦いのあと。折れた剣、打ち捨てられた木製の盾。割れた兜も転がっていた。どうやら果敢に戦った衛士のものだろう。そうすると街は既に。


「止まれ! 貴様ら、人間か!?」

 街の入り口に差し掛かろうとしたとき、門を護っているのであろう魔物が声を張り上げた。獣人ではない。皮膚がまるでトカゲだ。


 恐らくリザードマン、と呼ばれる種族だろう。昔、店の本で読んだことがある。あの時はおとぎ話だとばかり思っていたけれど、実際にこのような種族がいるのだと、感心して見下ろしていたら、更に声を掛けてきた。


「おい、貴様! 人間だな!? 馬車を降りろ!」

「失礼ね。コレ(・・)、見てわからない?」

 私は左手の指輪をトカゲ男に見せた。美しく緑色に輝く指輪。エルフの眷属としての証。

 彼は首をかしげてしばし瞬膜をぱちくりしていたけれど、やがて理解したのか私を指さして叫んだ。


「あ! あんた、エルフか!?」

「遅いわよ」

 不機嫌さを装い、トカゲ男を睨む。


「あ、こ、これは失礼した」

「偉い人に会いたいんだけれど。船が欲しくてね」

「それならば町役場にいるはずだ。案内する。……ところで後ろの人間と……ま、魔狼か。なんだか凄い組み合わせだな」

 ヴァイスを見てあからさまにひるんだ様子のトカゲ男は、世辞にもならないことをいう。


「よく言われるわ。この人間たちは私の奴隷兼世話係なので、手出しは無用に願いたいわ。こっちの魔狼はボディーガード。いっとくけどあなた程度なら瞬殺だから、せいぜい気を付けることね。なんだったら試してみる?」

「い、いやわかった、で、アンタ、いやあなた様も」

「私? 精霊術師よ。なに、私と相手したいの? こんがり焼いて差し上げましょうか?」

「いや、遠慮しておく……おきます」


 リザードマンに案内されて町役場に向かう。周囲からは容赦ない奇異のまなざしが突き刺さる。魔族からの視線は予想の範囲だったけれど、まさか人間からもあるとは思っていなかった。


 人間は皆殺しにはされていないようなのだ。

「思ったより人間が生き残っているようだけど、どうしてかしら?」

「ええ、なんでも俺たちの住居を作らせるためだそうで」

「なるほどね」


 すぐに役場の建物にたどり着く。そこで出会ったのは、一見普通の人間だった。

「アーリードへようこそ、エルフとそのお付きの方々」

「あなた……人間じゃなくって?」

 眉をひそめ、そのでっぷりとした男をにらみつける。


「ええ、以前はこの街の長をしておりましたが、今は魔族の方に代わりまして統治を代行しております」

 肩をすくめて男は笑った。


「随分と変わり身の早いことね」

「魔法が無い以上、下手に逆らってもかないっこありませんからね。それにこの統治は長くは続かないでしょう。だから貴方がたも我々に無用な危害を加えない」

 上目遣いに品定めをするように見る視線、気に入らない。修道院に来ていた男どもを思い出してしまい、心の中で舌打ちする。


「へぇ。どうしてそう思うの?」

「いずれ魔法は戻ります。仮に迫害してしまっていたら、その時困るのはむしろ魔族の方。そう言った面でも、あなた方は我々とうまくやりたいはずなのです。ちがいますか?」

 首をかしげて右手を差し出し、返事を促す。本当にこの男、いけ好かない。


「そうかもしれないわね。仲良くできるならそれに越したことはないけれど」

「なにか、ございましたか」

 少し、男の表情が曇った。トラブルを極端に嫌うタイプのようだ。


「門番にはもう少し利口な者を置くべきだとおもうわ」

「はっはっはっ。リザードマンの門番が、何か粗相をしましたか」


 まあね、と私は視線を窓の外に向けた。そこからは港が見える。

「ところで船が欲しいんだけれど」

「なるほど、旅をされているのですね」

「せっかく人間が大人しい期間なので、ね」

「ああ、それはようございます。……ただ」

「ただ?」

「今魔族の方が頻繁に使われるので大きな船が出払っておりまして」


「四人と魔狼が一匹乗れればいいわ。用意できない?」

「あいにくと」

「そう。邪魔したわね」

 そう言い残し、部屋を出ようとしたときに、突然廊下で大声で男を呼ぶ声がした。


「ちょっとぉ? ワインがなくなったんだけれど、どうなってんのぉ?」


「は、はい、只今!」男は顔色をなくした。

「誰?」

「今のですか? 魔族の部隊長です。あ、ちょうど良い。直接頼めば船を出してくれるかもしれませんよ。となりの部屋にいらっしゃいます」


 そう言い残し、男はあわてて階下に降りていった。ワインを取りにでも行ったのだろう。

 魔族の部隊長がいるなら話が早い。交渉して一隻譲ってもらおう。


 さっそく廊下から、となりの部屋の扉を叩く。「あいてるわよぉ」と気の抜けた返事が返ってきたのでそのまま扉をゆっくりと開く。


「すいません、お願いがあるんですけれど」

「ちょっと遅いわよぉ、さっさと持ってきなさ……ん? あれ? あんた」


「はい? なんでしょうか……って……嘘でしょ……」


「「なんであんたがここにいるのよ!!」」


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