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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第四章:彗星
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第六十一話 雪は解け鳥は詠う

 ヴァイスが駆ける脇を並行して飛びつつ、指示を出す。

「ディル! エドに合図! 北門から逃げるよ!」

「わ、わかった……ちょっと、ヴァイス。も少し静かに走って」


 ”そこそこのは手先は割と不器用だな”


「ディル。私が身体を支えてあげる」

「エル……ありがとう」

 双子は不安定なヴァイスの背に乗りながらエドに連絡を取ろうとしている。エルがディルの身体を落とすまいと必死に掴みながら。ディルはそんなエルを完全に信頼し、黙々と準備していく。


 パシュッ。前方の空に向かって打ち上げ花火のようなものが飛んでいき、輝きながらゆっくりと落ちていく。そちらの方向に移動する合図だ。エドがそれにあわせ、馬車を走らせてくるはず。

 街は火の海。幸い北門に抜ける道はある程度の広さがあるので、火の手をかいくぐりながらなんとか進んでいく。


 街と外の境界。その北の端に大きな門がある。立派で巨大だった門は破壊され、見る影もなかった。幸いに破壊が進んでいたため、敵の姿は見当たらなかった。エド一人で敵と遭遇することを一番心配していたけれど。


「おーい、アレクシアさーん」


 その心配はなさそうだった。門から少し離れた街道の脇で彼は馬車を停めて待っていた。街の外を大回りしていたはずだ。相当荒れた道だったろうに。疲れた様子も見せずにヘラっと彼は笑って迎えてくれた。


「さ、早くここを離れよう。いつ追っかけてくるかもわからないし」

 私たちは素早く乗り込むと、エドが馬車を走らせ始めた。



 馬車の後ろから王都を眺める。整然とした美しい街並みも、難攻不落とまで言わしめた立派な王城も、いまやすべてが炎に包まれていた。

 金融と物流の国リンブルグランド王国。その王都リンヴァルトベルグはたった半日余りで陥落し、千年もの長きにわたり権勢を誇った西大陸最大の国は、こうしてあっけなく終焉の時を迎えたのだった。


「さて、アレクシアさん。これからどうします」

 エドが馬車を繰りながら問いかける。


「北のデュベリア領に行くわ。確かアーリードという港街があったはず」

「ああ、それなら僕も聞いたことあります」

「東は? そっちのほうが東大陸に近いんじゃないの」

 ディルが話に加わってくる。その意見にエドが答える。


「今、魔族は東へ、東へ進軍しているんだ。僕たちも東に行くのは戦場に向かうようなものだよ。北はそんなに人が住んでないから、魔族もそんなに大部隊を回していないはず。……大方そんなところでしょうか、アレクシアさん」


「エドが説明した通りよ。私たちは危険を避けて北の港町から西大陸を右回りに迂回し、海峡を渡ってコンベビアに入るつもりよ。……ま、当面の目的地はそれとして」


 そこで私はエルを見た。エルも私を見ていたようだったけれど、私が見るタイミングで視線を外した。


「あ、あの……」

 エルが裾をぎゅっと握りながら口を開いた。けれどそんな辛い切り出し方をさせたくない。


「よく無事に生き残ったね、エル。うれしいよ」

 かぶせるように放った私の言葉に、エルははじかれたように顔を上げた。


「お、お姉様……私のこと、お怒りなんじゃ、ないんですか?」

「いや、私はべつに……だってハーフエルフってのは事実だし、あなたのお兄さんのこと」


「誤解だったんです!」

 エルは私の言葉を遮るように叫んだ。


「え?」

「フレディ兄さまのこと……エルフがその、手をかけたというのが、誤解だったんです!」

「え、うそっ!? それホントなのエル?」

 今度はディルが驚く番だった。


「ええ。すべては……母様の差し金だったんです。王位をリカルダ兄さまに継がせるための、すべては罠だったんです。ベルナルド兄さまが母様に騙されて、フレディ兄さまを……!」

「そんなことが……」ディルの顔色が、心なしか色をうしなった。

「だから、お姉様! エルフは何も悪くなかったのです! それなのに私は……私は……っ!」


 ああ。エルは誤解を相当気に病んでいるのだろう。無理もない。別れ方があれでは。

 よし。それならば、私はエルに正直に気持ちを伝えよう。


「エル……大丈夫だよ」

「! お姉様……」

 エルは不安げに私を見上げる。


「エルフに対しての誤解が解けたのなら、よかったじゃない。エルも私に対して、わだかまりがなくなったのなら、以前のように接してほしいな」


「で、でも私はもう嫌われたものかと」

「嫌っていたら、こんな時に助けに来ると思う?」

 エルはふるふると首を振った。


「で、でもそれは。ディルが、お願いしたから」

「私そんなこと言ってないわよー」

 ディルが即座に突っ込みを入れた。


「ディルにお願いされたからじゃない。私が。ここにいる全員が、エルのこと、大事だと思っているからよ」

「わ……私は、お姉様を再びお慕いする資格があるのでしょうか」

 上目づかいでおずおずと尋ねるエル。この子らしくない。よほどつらかったのか。


「ああもう、面倒くさいなエルは! お姉ちゃんのこと、好きなんでしょ? だったらいいじゃん、細かいことなんてどーでもいいよっ」

 ディルがエルの背中をグイっと押した。その勢いでエルは私の膝に倒れこんで来た。


「ほんとうに? 私は、お姉様を」

 馬車の床に手をついて、むくりと起き上がった。けれど顔を上げようとしない。


「もちろんだよ、エル。ずっと大好きだよ」

 エルは答えない。

「エル?」

「うっ、ううっ。うえぇ。おねえさまぁああぁあっ!」

 いつの間にか涙でぐちゃぐちゃになったエルが、胸に飛び込んでくる。


「ごべんなさあぁぁぁあぁい!」

「なによ、みっともない泣き方して」

「だっで。だっでぇぇぇ。うえええぇぇん!」

 苦笑いするもお構いなしに泣き続ける。

 それから優に一時間は、抱き着かれて泣かれていた気がする。



 ◇ ◇ ◇



 馬車はリンブルグランドを北へ、北へと進む。

 途中の穀倉地帯はまばらに一部残ってはいるが、大部分が焼けてしまっている。豊穣祭直後の刈り入れを待つばかりだった麦は、無残に焼き尽くされ、一面黒いじゅうたんのようになっている。


 川べりで馬を休ませている間、焼けた畑を眺めるエルに気づいた。

 無言で隣に並んだ私をちらと見て、「お姉様」と一言つぶやいた。


 麦畑は、いまだ焼けた炭のにおいが立ち込めていた。

 そんな一面の黒い畑を眺めていると、やがてエルがぽつぽつと口を開く。

「私がやってきたことって、何だったんでしょうか」


 立ち尽くすエルの表情はうかがい知れない。

「お姉様を振り切って国に帰ってきても、お父様は何も聞いてくださらなかった」


 足元を見つつ、つま先で土をいじりつつ話を続ける。

「魔族が来るって、わかっていても何もできなかった」


 しゃがみ込み、土をつかむ。黒く焼けた麦の穂が、ポロリとこぼれ落ちる。

「この一面の黒い地面。今まで長きにわたって我が国を支えてくれた穀倉地帯です。けれど麦は収穫前にみんな燃えてしまいました」

 手の土をサラサラと落としつつ、エルは遠くの稜線を眺める。見渡す限りの黒い地面。


 ふう、とため息をひとつ。手を払いながら立ち上がる。

「結局、私は無能だったんです」


 そしてゆっくり私に振り向く。

「リンブルグランドは、もうおしまいです」

 エルは、静かに泣いていた。


「エル」

 私は思わず、彼女を抱き寄せた。驚くくらい軽い彼女の体は、まるで羽のようにふわりと私の胸に収まった。


「エル。あなたはよくやったわ。あなたのせいじゃない。仕方のないことだったのよ」

「ですがお姉様。何が起こるかわかっていたのですよ。それなのに何もできなかった」

 腕の中でいやいやをするようにエルが首を振る。


「いいえ。これはみんなの罪。あなただけが負い目を感じることはないの」

「でも、それじゃ。命を落とした人たちが」

 エルをきゅっと抱きしめる。これ以上、不安にならないように。


「先だった人たちは、あなたを生かしてくれたのよ。その意味をしっかり受け止めて、貴女自身がこれから、なすべきことを考えるの」

「私が……なすべき、こと」


「あなたがここに生きている意味。それも含めて、貴女に何ができるのか。それを考えなさい。私はいつでも相談に乗るわ」

 するとエルは私の身体に腕を伸ばし、ぎゅっと抱き着いてきた。


「え、エル?」

「いま私がなすべきこと、それは! ……お姉様からパワーをいただくことなのです!」

「ちょ、なんなのそれ。馬鹿いってないで離れて」

「すーはーすーはー。 ああ、お姉様の匂いがします……! む、ちょっと汗のにおいが」

「! ちょっと! 離れなさい!」

「いやですー。まだ補給の途中ですー」

「やだもう、離れてぇっ」

「昔、私が嫌がっても、お姉様は嗅ぎまわったくせに! いつでもいいっての、嘘なんですかっ!?」

「何言ってんの!? それは相談事の話よぉっ!」


「ねぇー! 出発準備できてるんだけれど、まだーっ!?」

 ディルが馬車からうんざりしたように声をかけてきた。




 リンヴァルトベルグから街道上、北に位置するトラウゼンに向かう途中、壊れた馬車を見つけた。比較的新しいその馬車には、真新しい血痕がこびりついている。北に逃れようとした王都の住人だったのだろうか。持ち主の姿は見えない。いずこかに逃げたのか、連れていかれたのか。


「役に立ちそうなものをいただいていきましょう」

 エルは冷淡にそう宣言し、馬車を降りて近づいていく。


「危ない、下がってエル!」

 ディルが叫んで飛び出す。ヴァイスも呼応して駆けだしていった。

「えっ? なに?」

 エルは状況を飲み込めず、振り返る。その背後にオークが荷台の影から飛び出してきた。

 手近なエルにオークは襲い掛かる。突然のことに何の構えもできていないエル。

 オークがさび付いた斧を振りかざす。

 振り降ろされようとしているまさにその時、ディルの剣がオークの手に襲い掛かる。斧は大きく軌道をずらし、エルの脇の地面に叩きつけられた。

 鈍い音と振動が辺りに響く。


「ばかっ! 油断しすぎっ!」オークをにらみつけながらディルが叫ぶ。

「なっ」エルはカッと頬を赤らめて眉を上げた。


 再び掛け声をかけると、ディルは斧を地面から抜くのに手間取っているオークに切りかかる。たまらず、といった様子で斧を手放し逃げ出そうとしたが、彼女の剣にあえなく背中を切りつけられ、倒れた。


「ヴァイス、もう一体をお願い!」

 ディルの声を待つまでもなく、ヴァイスはもう一体のオークをあっさりと狩っていた。

 私は出る間もなく、片が付いてしまった。まぁ、オークの二体くらいなら、ヴァイスだけでも全く問題ない程度だけれど。


 さっそくディルとエドが並んで馬車の荷台に登って物色を始めた。


 確かにこれからは食料確保が喫緊の課題となるのは間違いない。チャンスがあれば逃さない、の姿勢で行くべきなのは間違いないけれど。


「んじゃま、せっかくなんで、食料なんかがあればうれしいなっと」

「保存がきくものならいいんですけれどね」


 彼らのたくましさには舌を巻く。でもそんなことより……。

 ディルたちが談笑しながら物色する様子を、難しい顔をして見つめているエルが気になる。


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