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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第四章:彗星
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第六十話 それは明確な敵意

 街の入り口の手前でエドに馬車を託し、別れた。彼は大回りで王都の北側に移動し待機してもらう。

 当初の予定では東に取って返そうとしていたが、あいにく敵の進路も東のようだった。エルを連れ出したあとは、北に進路を取ろうと思ったからだ。


 久しぶりに見た王都は、記憶のそれとは似ても似つかないものだった。


 壮麗な街並みや堅固な城は見る影もなく、破壊の限りを尽くされ、火の海へと飲まれている。人々はなすすべもなく、魔物たちに蹂躙されるがままだった。


 リンブルグランド王国は、すでに魔族の手に落ちていた。


「ひどい」

 傍らの少女――ディルは目を細め、うめくように一言発した。目の前でまた一人、魔物の手に掛かった老人の姿が目に入った。短い悲鳴を上げて崩れ落ちる。


「あ」ディルが腰の剣に手を掛けるのを、私はそっと押しとどめる。

 泣きそうな顔で見上げるディルに首を振る。ディルはあきらめたように目を伏せた。


「数が多すぎる。……頭を獲らないと」

 私の言葉にディルと大きな狼――ヴァイスが頷く。


「風が教えてくれた。王城に居る。……そしてエルも」

 その言葉にディルは弾かれるように顔を上げた。私は頷き返し、ヴァイスの背に乗るよう促す。


「行って、ヴァイス」私もヒラリと背に乗るのに合わせ、彼は再び音もなく駆け出した。



 敵もそれほど訓練された兵ではなさそうだった。ほぼ無抵抗の市民や衛士、兵を相手にするのに夢中で私たちに気づく様子はない。結局城門にたむろしていた数匹を倒すだけで、私達は易々と城内に入ることができた。


 風によると裏手の中庭に居るようだ。ふたたびヴァイスの背に乗り軽く合図すると、彼は再び疾風のような身のこなしで城の裏手へと駆けていく。最後に立ちはだかった城壁を山鹿のように跳ね上がると、その向こうが中庭になっていた。


 塀の上に飛び乗った私達の眼前には、凄惨な光景が広がっていた。

「お、お父様……お母様……。兄さまも……そんな……」

 ディルの呆然としたような声が背中越しに聞こえる。ここからでも見て取れるあの累々と横たわる死体は、王族たちのものなのか。……エルは? まさか。


 そして正面にいるあの大ぶりな魔物が、お目当ての相手のようだった。


「なぜ、私だけ残したのです。私もまとめて始末するほうが容易(たやす)かったろうに」

 声に目を向けると、そこにはもう一人のお目当ての少女――エルが座り込んでいた。魔物と会話しているようだった。


「いえなに。ちょっとした勧誘をと思いましてね。あなたには前から目をつけていたのですよ。あなたの母上同様、私の好みでね」

 肩をすくめて魔物が答えた。


「……どうするつもりですか」エルは気丈にも魔物に問いかける。

「知れたこと。飼ってあげます。そして我が子を成すのです」


「ふん、ご冗談を。願い下げです。魔物の慰み物になるくらいなら、死んだほうがましですわ!」

 エルはせせら笑ってから、ぶつけるように言い返した。


「光栄なことと喜んで欲しいものですがね……まぁよいです。人族の女なぞ、そこにもいますしね」

 そこで魔物は私たちに向き直ってこちらを見上げる。気付いていたか。


「あなたの方が丈夫そうだ。ずいぶんよい子を孕んでくれることでしょう。いかがですか? 見たところずいぶんと器量よしですから、それなりに可愛がってあげますよ」


 ヴァイスが中庭にストッと降り立つ。


「私もお断りするわ」ヴァイスから降りながら断りを入れる。すると「おや、残念」と、さほど残念そうとも思えない声色でかぶりを振った。


 魔物とエルの間に入り、腰の剣を抜き放つと魔物の眼前に突き付ける。

「私の妹にずいぶん怖い思いをさせてくれたみたいね」


「お姉様……」背後でエルが声を掛けてくる。

「待たせたわね、エル。下がってなさい。ディル。お願い」


 ディルがエルをヴァイスに乗せ、離れるのを見届けてから喧嘩を売る。

「ほら、アンタの相手はこの私よ。かかってきなさい!」


「ふん、死にぞこないの仲間ですか。多少腕の覚えがあるようですが、勝てますかね?」


「試してみればいいんじゃない? ……光よ!」

 私の簡易詠唱に呼応するかのように、私の片手剣は光を帯び、やがて強く白い輝きを放つ。


 その姿に魔物は「ほう。これは楽しめそうですね」とにやりと口角を上げ、つぶやいた。


「おおっ!」掛け声一閃。魔物に切りかかる。


「かかってきなさい」魔物は悠然と鎌をもたげる。途端に鎌を黒い霧が包み込む。


 切り結んだ瞬間光と闇が弾け輝き、火花と激しい金属音をまき散らした。

 白い輝きと暗き闇。二つの稲妻のような力は拮抗し、互いを食い破らんと暴れる。


「やるではないですか」「お褒めにあずかり、光栄ね!」


 なかなかの強敵だ。剣を持つ手がじんわりと汗を帯びている。けれど口角が上がるのを抑えられない。更に力を込め、剣を押し込んでいく。光と闇の饗宴は、一層激しさを増した。


 一旦離れ、距離を取る。

 ただの魔物ではない。今まで相手した何物よりも強い。直感がそう告げる。首筋を嫌な汗が一筋流れるのを感じた。


「気を付けて、お姉様! そいつ、ユストゥルよ!」

 エルがヴァイスの上から立ち上がらん勢いで叫んだ。

 ユストゥル。たしかクソッタレ教団の親玉。奴隷政策を推進し、『忌み子』を次々と魔物の道具に仕立て上げた張本人。明確な、我々の敵。こいつが!


 剣を握り直し、突きを放つ。

「お前だけは許さない!」

 ユストゥルの顔から余裕が一瞬消えた。私の突きをたまらず、といった感じで奴は鎌で受けた。


 鎌にわずかにヒビがはいった。奴は鎌の刃をちらりと見やって舌打ちを一つ。

「ちいっ。この鎌によもや傷をつけるものがまだいたとは。いやはや、殺すには本当に惜しい。いかがですか、私と共に参りませんか」


「ご冗談を。顔を洗ってから出直しなさい」

 剣を引いて奴をにらみつけてやる。

「これはまた、とんだじゃじゃ馬なようだ。調教しがいが」


「土よ! 我が敵を覆いつくせ!」

 瞬間ユストゥルの周りの地面がせり上がり、さながら鳥かごのように奴を覆いつくしていく。


「はははぁ! これは素晴らしい」

 心底楽しそうに奴が笑った。

「後悔は、もう少し先にしておくべきだったと思うわよ」

 ユストゥルの姿はあっという間に土壁の中に消えた。鳥かごはもはや一つの岩塊に姿を変えていた。


「さ、あの世に行けるのかはわからないけれど、あっちでみんなに詫びなさい」

 岩塊に向かって、右手をぎゅっと握りしめる。


「つぶせ!」

 ゴギュン! ゴン! ボグン!

 いびつな音を立てながら岩塊は一回り、二回りと姿を縮めていく。四、五回縮んだところで静かになった。


 今までの騒ぎが嘘のように中庭は静まり返り、城を焼き尽くす炎の音がやたら耳につく。

「……やりました、の?」エルが恐る恐る声を出した。


「……いやはや」

 岩塊の奥からかすかに声が聞こえる。私は息をのんで岩塊を食い入るように見つめる。うそでしょ、この状態で生きているはずがない!


「本当に精霊術というのは恐ろしい」


 バガン!!


 一際激しい音と共に岩が割れた。もうもうと立ち込める煙から姿を現したのは、先ほどの僧衣姿とは、およそ似ても似つかない姿。

 全身は漆黒の衣。蝙蝠を思わせるフォルムの大きな黒い羽がゆっくりと広がる。頭部には禍々しくねじれた山羊のような角。怪しく光る血の色の瞳が私を見下ろしていた。


「あやうく殺されるところでした。まったく。なんで今、魔法が使えるんだと訝しんだのですが、そうですよね。精霊術なら合点がいく」


 ユストゥルが、すうっと私を指さす。


「あなた、ハーフエルフでしたか」

「だったら何よ」

「そうですかー! いや、私は実に運がいい! 俄然あなたが欲しくなりましたよ。ええ、ええ。エルフの力と人間の力。永遠に近い寿命と不屈の体力を併せ持つ者なんて」


 そして差した指を、今度は私のお腹に向ける。

「我が眷属の苗床にピッタリではないですか」

 そこで奴は舌なめずりをした。黒い中に黄ばんだ牙と真っ赤な舌がチロリと見えた。

「一粒種は、さっきうっかり(・・・・)殺してしまいましたしね」


 その態度に私は、戦慄と同時に全身の毛が逆立ったかと錯覚するような、激しい怒りを覚えた。

「誰がお前など……この場でケリをつけてあげる」

「相変わらずの威勢のよさ、いいですねぇ! 最高です!」


「抜かせ!」先ほどの勢いよりさらにスピードを乗せた突進。これならどうだ!


 直後澄んだ金属音がした。通らない。殺気を感じ距離を取る。


「可愛いものですねぇ」ユストゥルがにやりと笑った。

 一瞬の間を置いて近くの地面に突き刺さる剣先。


「そんな」折れた剣先を見つめてつぶやいた。信じられない。サルヴィオさん自慢の逸品のブロードソードが、こんなにいとも簡単に折れるなんて。


「さて。黙って着いてきてくれれば、私も手間が省けますし、貴女も傷つかずに済む」

「炎よ! 我が敵を焼き尽くせ!」

 瞬く間にユストゥルは炎の竜巻の中に飲み込まれる。エドのファイアストームの比ではない熱量。けれど。


 炎の柱から躍り出てくる影があった。とっさに横っ飛びに躱す。くるりと回り、起き上がると、目の前に奴がいた。


「少し、熱かったですね」

 奴が伸ばしてくる右手を折れた剣で受け止める。

 がしかし。


「あうっ!」


 信じられない力で奪い取られた剣は、そのまま握りつぶされた。粉々になって奴の手からこぼれ落ちる剣だったもの。バックステップで素早く距離を取る。同時に腰のナイフを抜く。


「さて、次はどうしますか? その手に持ったナイフで戦うんですか?」

 両手を広げ、首をかしげながらユストゥルは、ゆっくりと私に近づいてくる。

 とんでもなく恐るべき力。圧倒的な力の差をひしひしと感じる。体中から嫌な汗が吹き出し、手が小刻みに震える。


 悔しいが勝てない。あの子たちだけでも逃がさないと。そう思った時。

「お姉ちゃん!」

 ディルの掛け声とともにユストゥルとの間に投げ込まれた黒い球。刹那すさまじい光を放つ。閃光爆弾。何のことは無い、ただの目くらまし。


 けれどこのすこしの時間を稼げたことはとても重要だった。


 ”ヴァイス! 逃げるよ”

 ”そのほうがいいな! 北の門を越えるぞ。お前は飛んでついてこい”


 そしてヴァイスは双子を乗せたまま城壁を北へ駆けだした。


「風よ。 我に翼を」

 ふわりと舞い上がり、直後私の足元を鎌がうなりをあげてかすめた。


「私の人生をめちゃくちゃにした張本人! アンタは絶対許さない! 首を洗って待ってなさい!」

 宙に舞いながらユストゥルに叩きつけるように叫ぶ。対する彼は涼しい顔で笑みさえ浮かべ私を見上げる。


「ははは。妻になるならいつでも来るがよい。しばしの別れ、また相まみえるときを楽しみにしておりますよ」

 そしてうやうやしく神官風の儀礼を見せつけてきた。


 捨て台詞なんて格好悪いけど、これは私の覚悟。悔しいけれど、今の私ではアイツに手も足も出ない。

 けれどアイツは私だけじゃない。すべての『忌み子』と、『忌み子』を持った家族の人生を狂わせた元凶。アイツだけは。


 大司教ユストゥル。アイツだけは絶対に、許さない。


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