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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第四章:彗星
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第五十九話 大人の事情、それはあまりに

「ア、アレクシアちゃん……?」

 彼女は不安げに私を見つめた。その様子が更に私の心を焼き尽くしていく。


「十七年よ!? 気づいたときには私、修道院の暗い片隅で、他の『忌み子』とご飯を取り合っていた! 夜は粗末なベッドに肩を寄せ合って眠った! 下衆な男たちの慰み者にもなったわ! ……『お前は親に捨てられたんだ』そう言われ続けて育った。十歳までそうやって過ごした。そして突然放り出された。そのとき私がなんて思ったか、あなたにわかるかしら?」


「じ、自由になれた……?」一歩、二歩を後ずさりしながら王女様は言葉をかえした。


「自由? 確かにそうね。けれど残念、私はこう思った。『ああ、私はまた捨てられたんだ』って」


 王女様がビクリと震え、同時に息をのむ気配を感じた。


「そうやって私が苦しんでいるとき、母親のあなたは何をしてくれたの? ……なにもくれなかった。愛も、ぬくもりも、慈しみも、……たった一切れのパンでさえも!」


「おい、すこし加減して」

「何言ってるのヨルグ。これはあなたにも言えるのよ。あなた達には、私の言葉を聞く義務があるわ」


「最初の一週間は本当に大変だった。人の家の果物を盗んだわ。食堂のごみ漁りもした。墓場のお供え物はごちそうだったわね」


 王女様は口元を押さえ、立ちすくんでいる。いつの間にか周りの言葉は消え、波に揺れられる船の軋みだけが聞こえる。私は口元を憎悪にゆがめながら言葉をつづけた。


「みんなが私を避けるなか、一人だけ手を差し伸べてくれた人がいた。……お父さんよ」

 お父さんと口にしたとき、ポッと心が温かくなった気がした。


「ボルドは勇敢で、カッコよくて、優しくて、とってもチャーミングな、素敵なお父さんだった。『忌み子』の私が困らないように、いっぱい勉強させてくれて、いっぱい愛情を注いでくれて。……こんな立派な冒険者に育ててくれた。この鎧は奥さん、ラウレさんの形見。私、ラウレさんに何となく似てたから拾ったんだって。ほんと、お人好しな人。……けれどお父さんも居なくなってしまって、また独りぼっちになった」


 そして私は二人を再びにらみつける。

「でもそんなときも、アナタたちは私になにも与えてはくれなかった」


「お、俺達はお前に手出しをするなと言われていて、それで」

「知ってるわよそんなこと!! でもだからなに? 異種族に一目ぼれして、言い寄って好き勝手に孕ませて子供作って。でも王にいわれたから仕方なく放置していた? で、事情が変わったら途端に今度は父親面? 冗談じゃない!」


「私にとっての親は、今でもボルドであり、ラウレよ!!」


「アレクシア!!」


 パンッ! 一瞬何が起こったかわからなかった。次第に頬がじんじんと熱くなっていることで、私が頬を叩かれたことに気づいた。いつの間にか目の前には鬼の形相のトニエラおばさんがいた。頬に手をそえ、しばし呆然とした。


「おばさん……?」


「アンタ、言っていいことと悪いことがある。確かにアンタは大変な苦労をした。それはみんなよーく知ってる。よく耐えたもんさ。だからこそボルドの娘であるアンタを、アタシ達は暖かく見守ってきたんだ。そんなアンタがこんなにいい子に育ってくれた。本当に、自慢の娘だよ」


 おばさんが私の肩に触れた。びくりと震えた。

「けれどね、苦しかったのはなにもアンタだけじゃない。姫様たちだって辛かっただろうさ。わかってやれとは言えないよ。けれど他にも苦しんだ人がいたってことは事実なんだ。アンタもいい歳だ。アタシが言うことを理解できない訳じゃないだろう?」


 そこでハッとした。なぜならそこには、静かに涙を流すクリスティーナ王女がいたから。


「そうね、そうよね。いままで放置して、今更母親面できるわけないものね。ごめんなさい、アレクシア……さん(・・)


 途端に胸を締め付けられる感覚に襲われた。私が、彼女を、悲しませてしまった。


 本当はわかっているのだ。どうしようもなかったということは。


 これは、私の甘えだ。


 捨てられた子供がつらかったのと同様に、捨てた親がつらくないはずがない。ヨルグからどれだけ彼女が私のことを気遣っていたかを、散々聞かされていたではないか。私は冷静さを取り戻していくうちに、とてつもない自己嫌悪に押しつぶされそうになっていった。


「おばさん、わたし」

「アレクシア。今日の所はあたしらがやるからさ。あんた、もしかして初めてじゃないのかい? 物心ついてから母親に会うの。だったら積もる話もあるだろう。あたしに任せな」

 おばさんはやさしく笑った。


「でも」

「そんなに頑張らなくてもいいんだよ。たまにはアタシらに甘えな。ほら、行った行った。こんなあんたら(ポンコツ)にいられたら、むしろ邪魔でしようがないよ」

 つっけんどんな言い方もおばさんなりのやさしさだ。少し迷ったけれど、おばさんの好意に甘えることにする。


「ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えるね」

 おばさんは腕まくりしながらウインクで答えてくれた。


 申し訳なかったけれど、火だけはヨルグが準備し、それ以外はトニエラおばさんにまかせることにした。メインのウサギは、先ほどヴァイスが二匹ばかり捕まえてきた。

「少なくない?」と聞いたら自分は先にワイルドボアを一頭食べてきたから大丈夫だと。いつのまに。ていうかそっちを持ってくればいいのに。


 くるくる動くおばさんとディルを横目に、ママ……クリスティーナ王女は抱き着きこそしないが、目をそらしつつもいまだ私から離れようとしない。仕方ないのでヨルグと三人で話をする。


「あ、あの……さっきはごめんなさい、言いすぎました」二人に頭を下げる。


「ううん。いいのよ。事実だから。そんなことよりごめんなさい。あなたがそこまで思いつめていたなんて。やはり無理してでも」

「クリスティーナ。それは無理だったんだと何度も話したじゃないか」

 王女が言いつのるのをヨルグはやんわりと制した。


「でも、だってアナタ。やっぱり私達がもっとしっかりしていさえすれば」

 王女はヨルグの腕に手をのばし、彼をすがるような目で見つめる。そんな彼女をあくまでもやさしく見つめるヨルグ。


「……もう過ぎたことは取り戻せない。それに関してはアレクシア。本当に申し訳ないことをしたと思っている。すまない。けれどできればこれから、関係を築いていきたいと思っている。な、クリスティーナ」

「そうね。……アレクシアさん。その、これからいっぱい、お話してくれる?」

 おずおずと、王女は私に話しかけてきた。私の言葉が相当効いてしまったらしい。


「もちろん。その、ママ、とか呼ぶのはまだ先かもですが」

 贖罪、というわけではもちろんないが、気の毒になってしまった私は一にも二にもなく、彼女の願いを聞いてあげなければと感じた。


「いいのよ、ゆっくりで。これからお話していきましょうね」

 一筋、涙を流しながらも王女はやさしく笑った。


「ところで王都は、その、どうなったの」

 酷だと思ったが、状況が知りたい。たまらず私は王都レンブルンの様子を聞いた。しかし。


「それが……よくわからないの」

 ヨルグを見ると首を振った。


「ヨルグが私を連れに来てまもなく魔物が城内に入ってきて。ヨルグがあぶないからって言って、すぐに私を連れてこちらに来てしまったから、その後のことはよくわからないのよ」申し訳なさそうに彼女はうなだれる。


「だから父上や都がどうなったかとか……わからない」

「そう……落ち着いてから、様子を見てくるわ。ヨルグが」


「俺かよ!」ヨルグが悪態をつく。


「なに? ヤケに仲がいいのね、貴方達。ママは仲間はずれなのね。悲しいわ」

「そういうんじゃないって、わかってますよね?」

「あら、じゃあどういうの?」小首をかしげて彼女が尋ねる。


「仕事仲間です」

 私の渾身の嫌味に、ヨルグは「えっ」と一言言ったまま固まった。


 その直後エドが「ぷっ……あ、す、すみません」などと火に油を注ぐコメントをした関係で、このあとヨルグを慰めるのが結構面倒だった。私のせいではないと思う。



 今日は久しぶり、おばさん特製のウサギのシチューだった。身も心もとても温まる、本当に美味しいシチュー。


 結局無事連れ出せたのは長屋のおじさん達四人とトニエラおばさん、鍛冶のルドルフさんにギルド嬢のユリアンナさんの七人。門番のおじさんにも声を掛けていたけれど、街を守るのが自分の仕事と、辞退されてしまった。


 正直、私の言葉を半信半疑でついてきたおじさんたちだったが、徐々に数を増す、大型の魔物や獣に、いよいよ真実味を感じたようだ。同時に街に残った者たちはどうなったのか、心配でならないとこぼす。


「抵抗しなければ殺されることはないと思う」

 ヨルグの言葉におじさん達はそれぞれ、期待と不安がないまぜの表情を返した。


「そんなこと言ったって、今はどうにもならないだろう? さぁさ、さっさと食べてさっさと寝ておくれ! まったく片づきゃしないんだから!」

 こういう時に肝が据わるのはたいがい女性、特におばさんだ。ぐずぐずして食事が進まないおじさんたちの尻を叩くように、食べるのをせかしていく。


 その滑稽な様子に、少しだけ私の心も緩んだ。


 翌朝はリンヴァルトベルグに入り、エルを連れ出しに行く予定だ。防備の提案はうまくいかなかったと聞く。さぞ過ごしにくい毎日に違いない。私を嫌ってしまっているなら付いてきてはくれないかもしれないけれど、今の状況を考えると彼女を一人であそこに留めておくのは忍びない。


 けれどこの胸騒ぎはなんだ。いやな予感しかしない。あれほどの巨大な国、王都だ。ちょっとやそっとじゃびくともしないはず。なのになんでこんなに心がざわつくんだ。


 翌朝。ただならぬ雰囲気で目を覚ました。甲板に上がるとはるか沖を、船団が東に向けて航海しているのが目に入った。陽の光を受け、甲板上の何かがキラキラと光を反射している。

 ――大量の武器、だ。


「魔族……!? あんなに」

 準備は周到なようだ。どこへ向かっているのだろうか。直ちに船を出す準備をする。


 彼らの船団を追うように、けれど気づかれないように後を追う。胸騒ぎがする。こんな予感は外れてほしい。はやる気持ちを押し殺し、先行する船団を睨みつける。



 悪い予感は当たるものだ。船団はやがて北東に進路をむける。その先には、リンヴァルドベルグが。そう、リンブルグランド王国の王都に、船は向かっていく。


 我々の目的地でもある。


「大丈夫かな、エルたち……」

 ディルが船団を眺めながら不安そうにつぶやく。


「急ごう」

 私達は当初の予定通り、リンヴァルドベルグの東の港町、ハーファーに向かう。以前ここから船を出してもらった船長さんのところに再び向かう。彼をこの船の船長として迎える手はずを取っているからだ。


 ただハーファーまでいってから陸路をリンヴァルドベルグまで戻るなら、最短でも丸一日はかかる。とてもそんな時間を掛けられる状況とは思えなかった。

 なので少々危険だがリンヴァルドベルグから少し離れた岩場から上陸することにした。ここからなら四時間もかからない。


 船をヨルグに託す。


「まずはハーファーまでお願い。……ヨルグ」

 彼は一つ頷いて「早く行け」と送り出してくれた。


「行こう、ディル、エド、ヴァイス」

「気をつけるんですよ、アレクシアちゃん」

「わかりました、クリスティーナ様」


「アレクシア」

 出発しようとしたとき、ヨルグが声をかけてきた。

「なに、ヨルグ」

「……ちゃんと、連れ帰って来いよ。妹」

「うん。みんなのこと、お願いね」


 焦る気持ちがついつい馬に無理をさせそうなのを必死にこらえ、馬車を繰る。

 港に入り徐々に明らかになる雰囲気は、すべてを悪い方向へと想像させる、とても嫌なものだった。


 道端に無造作に転がる、馬車の部品、馬具。

 靴。剣。血のり。


 そしてはるか先には。

「そ、そんな……」ディルが絶句した。

 壮麗な王都からは、無数の火の手が上がっている。

 手綱を握る手に力が入ってしまう。



 無事でいて。エル。


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