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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第四章:彗星
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第五十八話 苦い再会

 直後、手に嫌な感触が伝わる。肉に突き刺す感触。

 ラウレさんの形見を、こんな形で初めて使うことになるなんて。鎧とお揃いのダークレッドの美しい意匠が施された白銀のレイピア。それがガードに向け伝う血によって、刃は鮮やかな赤に彩られていく。


「あ、アレクシア。テメエ……」

 細く鋭い刃に右手を串刺しにされたトーマスはそれだけ絞り出すようにつぶやく。ついにこらえきれなくなったか、トーマスはナイフを取り落とす。職員が落ちたナイフを素早く回収した。


「さ、大人しくして」

「テメエ! 今の言葉! 黙ってられんのかよッ」

「私はそこまで自分の境遇に悲観もしてないし、いまは未来も見てる。あなたとは違うと思ってるけれど、それはおいといて」


 そこで職員を見やる。

「今の発言は取り消してください。あれはすべての『忌み子』に対するひどい侮辱です。もし取り消さないというのでしたら……」


 彼の血まみれの右手を指さして言ってやる。

「今すぐ彼の手を治療して、私の剣を貸してしまうかもしれませんが、よろしいですか?」


 私の発言に剣呑さを見たのか、生白い顔を更に青くした。

「わ、わかった。劣等人種という言葉は不適切だった。訂正する」


 私は軽く頷いて、トーマスを見る。

「あなたもそれでいい?」

「ふん、どうせ納得しろ、っていうんだろ? わーかったよ! それより手がめっちゃ痛えんだけど」

 右手を押さえながら悪態をつく。


「何言ってるの、自業自得でしょ。ツバでも付けときなさい」

「おい冗談だろ?」

 レイピアを軽くぬぐって鞘にしまいつつ、あきれたふりで言ってやると、途端に不安げな表情を見せるトーマス。そうだ。基本的には彼も、というか大体は弱い人間なのだ。


「もちろん、冗談よ。治療薬をあげるわ。お友達に塗ってもらいなさい。でもその前にあなた、縛らせてもらうわよ」

「っけ、好きにしろ」

 そういってトーマスはその場にどっかと胡坐をかいて座った。

 今度はしっかり縛ることね、と職員に告げると、こくこく頷きつつ今度は二人がかりで縛りにかかった。ときおり「いてえ!」と叫ぶところをみると、必要以上に縛り上げているような気もしないでもないけれど、まぁ自業自得ね。聞かないふりをしてポーチからお手製の治療薬をとりだす。


 この薬、治りは早いけれどその分回復痛が大きい。私も昔、文字通り痛い目にあったあの(・・)薬だ。つまりは、とても痛い。


「じゃ、これ。治療薬。傷口にたっぷり(・・・・)塗り込んでね。ヴァイス、見張りよろしく」

 そう言い残して貸金庫へ続く扉を開ける。階段を降りきったところでトーマスの悲鳴が聞こえた。ああ、やっぱり痛いんだろうなぁ。


 貸金庫は魔法が切れている影響で明かりがなく真っ暗闇だったが、光の精霊の力を借りて明かりがとれるので問題はなかった。

 基本的には物理的な鍵だけだったので後はすんなり取り出すことができた。残りの宝石と、お父さんの手紙をしっかり押し抱いたあとそれぞれをリュックに入れた。


 カウンターの前に戻ると、そこには脂汗を垂らして床に転がっているトーマスがいた。騒ぎを聞きつけた衛士が数人来て事情を職員に聞いている。


「おい、アレクシア! メチャクチャ痛かったぞ! どうなってやがんだこの薬!」

 私が戻ってきたことに気づいたトーマスが床から起き上がりながら不満げにいった。

「そういえば言ってなかったわね、メチャクチャ痛いって。でも治ったでしょ? 傷」

 私は回復速度は半端ないけれど、回腹痛も半端ないこの薬の説明をしてやると、興奮したように言葉を返す。

「そ、そんな知識どこで仕入れたんだよ」


「そんなの決まってるじゃない。あなたが以前バカにした、古い本からよ」

 彼は間抜けにポカンとした表情を一瞬見せ、そのあと顔を伏せた。

「……お前は努力したんだな」


「ま、それなりにね」

 私は肩をすくめて笑った。でもあなたもまだ間に合うわよ、という言葉はさすがに掛けられなかった。まもなく魔族がやってくるだろう。その時どうなるかわからない。



「さて、ユリアンナ。時間使っちゃったわ。すぐ私の店に来てね。私は寄る所があるから」

 衛士が来たからもう安心だろう。ユリアンナに集合するよう言葉をかけてから、私は最後の目的を果たしにいく。


 途中で市場に寄って花を買った。生活必需品の類は軒並み売り切れていたけれど、花は無くても人は死なないから残っていた。良かった。


 街はずれの墓地に立ち寄る。


「もうここには来れないかもと思って。だから顔見せにきたよ、お父さん。ラウレ……お母さん」


 二人の墓石は以前と変わらずそこにたたずんでいる。


「もうすぐここは魔族であふれる。でも仕方ないんだ。元々ここは魔族の土地。人間がそれを奪っちゃったから、取り戻しに来る。彼らにしてみればそれが悲願だから」

 墓石の周りの雑草をむしりながら話す。


「けれどそれが可能なのは『天馬の変』のおかげ……それが終わったら今度は人族が取り戻しに来るんだろうね。そしたら敵わないってわかってるはずなのに、どうして彼らは攻めてくるんだろう」

 花を手向け、手を合わせる。まずはお母さん。


「もしかして、攻め返してこないように、人族は皆殺し……なんてこと、ないよね?」

 お父さんに花をお供えして、墓石を見つめる。


「私、今から起こることを言わずに去って、本当にいいのかな……?」


 その時不意にヨルグから連絡が入った。

 ”アレクシア。無事か”

 ”あ、うん。大丈夫。そっちはどう?”

 ”大丈夫だ。クリスティーナを連れて移動中だ。王都はもうだめだ。どのみち彼女一人くらいしか逃がすことは難しかった”

 ”そう”

 ”間もなく魔物はそちらに着くだろう。まだ街に居るのだろう? さっさと逃げろ”

 ”わかったわ。ヨルグも気を付けて”


「……というわけなのお父さん。もう時間みたい。それじゃ、いってくるね」


 そしてそのままヴァイスの背に乗るやいなや、彼は風のように私を運んだ。




 その日の夕方にはフリエア近くに停泊させていた船に戻ってくることができた。夜の暗闇のなか航海するのは少し怖いので、今夜はこのまま船内で夜を明かし、明日の早朝出航することとした。


 ヨルグとクリスティーナが現れた時はさすがに一同身構えた。それはそうだ。空から舞い降りてきたのだから。今の状況でそんな芸当ができるのは魔族だけ。私が害意をもってはいないことを説明したけれど、なかなかに骨が折れた。

 そのために自分もハーフエルフであることを話し皆一様に驚いていたが、私から、ヨルグからそれぞれ説明をし、ようやくおじさんたちは納得した。


「さて、まずは受け入れてもらったところで……。さ、感動の対面だ、アレクシア」ヨルグがにやにやしながら身を引くと、脇から美しくも品のある女性が一歩進み出た。ドキリと胸がひときわ高鳴る。


「あ、アナタがアレクシア、なのですか?」

 ふらり、と危なっかしく進み出た彼女は、見た目より体が弱っているのかもしれない。

「あ」

 倒れこみそうになった彼女を思わず支える。見上げる彼女と目があう。ゆるやかなウエーブを描く豊かなプラチナブロンドの髪。深い海のような青い瞳。白い肌。鏡で見る私にそっくりな、年上の女性がそこに居た。


「はい。私がアレクシア」

 そこまで言うが早いか、私は彼女に抱きしめられた。

「ああ、ああ! アレクシア。私のかわいい娘。またこうやって会えるなんて夢のよう。もう離しません、絶対、もう二度と、貴女を奪わせない!」

 叫ぶようにそれだけ言うと、そのまま彼女はわんわん泣き出した。


「よ、ヨルグ。私どうしたら」ヨルグに助けを求めるものの。

「しばらくそのまま好きにさせてやってくれよ」などと返される。

 ええっ、そういうものなの?

 私は胸に取りすがり、子供のように泣き続けるクリスティーナを見下ろしながら、ただされるがままにするしかなかった。


「で、アレクシア。……そちらのご婦人は、まさか」

 トニエラおばさんが恐る恐るといった感じで尋ねてくる。


「あ、……うん、クリスティーナ王女殿下。レンブルグの王女様、だよ」

「あー、どこかで見たお顔だと思ったら。やっぱりそうなのかい。……で、さっき娘がどうしたとか言っていたけれど、まさかアンタ」

「あーうん。どうも私、この人の娘らしくって」


 するとクリスティーナ王女は急に顔を上げたかと思えば、目に一杯涙を浮かべつつキッと私を睨みつけた。

「なんですかアレクシア、母に向かって『この人』呼ばわりとは! ……ママ寂しい~!」

 するとまた突っ伏して泣き始めた。な、なんなのこの人。


「す、すみません、王女殿下」とりあえず、なだめるために謝るが。

「ママ」

「へっ」

「ママ、もしくは母様とお呼びなさい。それ以外は許しません」

 それだけ言ってプイっと顔をそむけた。抱きついた姿勢は変わらずだ。


「あの、王女殿下」

 完全無視。

「あの、クリスティーナ王女?」

 同じく無視。

「はぁ。……あ、あの。ま、ママ?」ああくそ、恥ずかしい。

「なにアレクシアちゃん?」


『ちゃん』づけか。


「えと、できればその、そろそろ離れて欲しいんですけ」

 彼女はぎゅっと私の腕をつかむ手に力を込め、私の言葉をさえぎった。


「やだもうアレクシアちゃん、『欲しいんですけれど』なんて他人行儀よ?」

 私を見上げて小首をかしげる王女様。


「じゃあ、とりあえず離れて欲しいんだけれど」

「いや」「えっ」

「どこか行っちゃうから離れません」

 ほっぺたをぷぅと膨らませた王女様はそうやって宣言すると、また私の腕をしっかとかき抱く。字面だけみればかわいいが、私の母なのだ。だから年は四十近くなはずだ。はずなのだ。


「いや行かないし。夕食の準備をするだけだし」

「そんなの家来にさせればいいじゃない」

「家来なんていないわよ」

「何人か連れてるじゃない」つい、と人差し指を伸ばしてディルたちを指す。


 王女様の指をたどった先を見た私は、瞬間、眼を見開いて彼女に向かって叫んだ。

「あれは仲間よ!」

「もう何でもいいわ、誰かにさせれば」

 とうとう面倒くさそうに手をひらひらと振る。


「だめよ!」

 余りに無邪気にニコニコしていうものだから、つい頭に血が上り声を荒げてしまった。

「いつまで王女の気分でいるの!? もう国はなくなったのよ!」


「……アレクシアちゃん?」きょと、と私を見る王女様。


「これからみんなで助け合って生き抜かなきゃいけないんです! ですから生活の準備もみんなでやらないといけません。王じょ……ママも。だから、すみません。離れてください」

「わかったわよぉ。もう、せっかくの親子(・・)の対面なのに」


 その言葉に心の奥底にしまい込んでいた何か(・・)が不意に顔をのぞかせた。


「なによ……いまさら……」

「アレクシア、ちゃん?」

「今さら母親面しないでよ!!」


 私は王女様の腕を振り払って、彼女に向き直った。

 彼女は困惑したような表情で私を見上げる。


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