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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第一章:家族とは
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第六話 豊穣祭

 今年も秋がきた。十三歳になった。


 女子バレ事件から半年。あれから髪を伸ばし始めたんだけどまだまだ短い。でも肩にかからない程度まで伸ばすことはできた。

 実は自分自身、髪を伸ばす経験が初めてだから、どんな感じになるのか密かに楽しみにしているのだ。


 周りの人たちは私のことを本当に男の子だと思っていたらしく、女の子の恰好に突然変身した私を見てよく驚かれた。内緒だけれど、面白かった。


 一番驚いていたのはたぶん門番のおじさん。あれからすぐお礼に行ったんだけれど、最初私だって気づかなかった様子で、

「おまえ、ホントにアレク坊やか!? ……こりゃもうからかえなくなっちまったな」

 などと頭を掻きながらバツが悪そうにしていた。ごめんね、みんな騙していたようで。


 一番大変だったのは実はおとうさんの相手。今でこそ「おとうさん」って普通に呼んでるけど、最初に呼んだ時の喜びようがもう大変だった。


「最初から自分がしっかり技術を教え込めばよかった」だの「外に出るときは一緒に行ってやらないといけない」だの盛大に親バカをこじらせた挙句に、「ある程度の技術を身に着けるまで街の外に出てはいけません」などと宣言され、その宣言通りみっちり裏庭で仕込まれたのだ。


 なぜ魔法使いであるはずのおとうさんが剣士とかスカウトとかレンジャーっぽいことこんなに知ってるの? というくらいそれはもうお腹いっぱいに。


 当たり前だけれどおとうさんは魔法使いなので、剣の知識など最初からあったわけではない。駆け出しの時に知り合った人からさっきの技術は教えてもらったそうだ。


 ラウレという、少し年上の、女の人。そして私と同じ魔法を使えない、『忌み子』の人。


 でも彼女はそんな境遇を儚むでもなく、剣をはじめ冒険に必要なさまざまな知識を豊富に持ち、魔法使いの実力者達の中でも一目置かれる、そんな人だったらしい。

 駆け出しのころにパーティーを組んで、それから同じギルドのよしみで何度も共に冒険して。


「とても笑顔の素敵な、芯の強い、ひまわりのような女性じゃった」


 遠く彼方を見ながら、少しおとうさんは目を細めて。懐かしむようにそおっと語ってくれた。そんな様子に我慢できずについ聞いてしまって。


「ね、そのラウレさん、今どうしてるの?」


 するとおとうさん、眼を閉じて人差し指を天井に向ける。

「ワシの身代わりになって死んじまった。ワシもそのあとすぐ、足を洗った」


 ずきんと胸が痛む。いけないことを聞いてしまった。


「あ、ご、ごめんなさい」


 おとうさんは少し寂しそうに微笑みながら首を振った。

「いや、昔の話だ。気にするな」そういって手に持ったお茶のカップを傾ける。


「おとうさん……さ、そのラウレさんのこと、好きだったんだ」


「ふ、爺をからかうもんじゃない。……でもまぁ、そうだな」


 カップを置くと指をさする。


「ありていに言うなら、愛してた。いや、妻のラウレを、今でも心から愛しとる」


 さする左手の指にはキラリと指輪が光っていた。


「そっか」


 ラウレさん。私と同じ、『忌み子』で、女性。

 別の国の人だったようだから、事情は違うのかもしれないけれど、それでも大変だったに違いない。かなり努力したのだろう。つらいこともあったに違いない。


 そしてきっと素敵な人だったのだろう。そんな強く、美しく、自分もありたい。

 そのためにはもっと、もっと知識が、技が必要だ。


 もっとがんばって、がんばってそうすればきっと、認められる時が来るはず。

 それが私を捨てた両親の呪縛から、解き放たれるきっかけとなることを信じて。



 ◇ ◇ ◇



 私は今、店の奥で一年の中でもっとも大きな祭り、「豊穣祭」の露天に出す本を選んでいる。

 当たり前だけどふだん私が読んでいるような本は、それこそ学術的な価値以外には枕にするしか使い道がないから、わざわざ露天なんかには持っていくだけ無駄。


 小説とか伝奇とか、恋愛とか。そういう世俗的なものが好まれるし、やっぱりよく売れる。

 そして意外なものが魔術書の類。祭のあいだはウチの店も特価で売るから、下手をしたら一番に売り切れてしまうぐらいだ。いつもチップをくれるあのお兄さんとか、結構買っていってくれる。いつもの半額近いからだろう。


 チップのお兄さんで思い出したけれど、先日彼からすごいことを聞いた。

 私も本当は魔法使えるそうだ。いやそれは言い過ぎか。例えると、外に力を開放する出口がないのが『忌み子』なんだという。この間店に来たチップのお兄さん……名前を知らないのでチップさんとする。そのチップさんが教えてくれた。


「魔力は本来、この掌のこの部分を中心に放射するのだが、忌み……き、キミ達にはそれができない……いや、む、難しいようだ」


 その教えてくれたこと自体はすごく興味深かったんだけれど、なんだかやたら手やら肩やらを触ってくるのがいただけない。それとなく身をかわして逃げてるのだけれど、最近ちょっと私を見る目が怖い。


 でもこれで先天的に魔法は使えない、ってことがはっきりした。もしかしてっていう思いもあったけれど、仕方ない。それに今さら「あなた、実は使えたんです!」なんて言われでもしたら、私の十年返せってその人をぶん殴ってしまいそうだ。


 チップさんだけでなく、周りの人の態度が変わってきたのも最近気づいた。


 本を探すだけ探させて買わないおじさんは、私が気づいてないのをいいことに、梯子に登って高いところの本を探している、私のスカートの中を覗こうとしてたところをおとうさんに見つかって怒られていた。


 それからというもの、お店ではパンツスタイルにしている。それを見たおじさんはすごくガッカリしたようだったけれど、知ったことではない。


 おばさんたちはずいぶん優しくしてくれるようになって、過ごしやすくなったんだけれどな……正直戸惑っている。



 そしてお祭り当日。玄関を開けると外はきれいな秋晴れ。ひんやりとした朝の空気が気持ちいい。ぐーっと一回伸びをしてから気合をいれて。

 手早く朝ごはんを食べて身支度をしたら、お祭り会場に出発だ。


 商品の本が満載の荷車を引くのも、陳列するのも、おとうさんが魔法で済ませてしまうので、私は見てるだけ。簡単な仕事だ。

 あっという間に会場について、あっという間に準備完了。


「本当に魔法って人をダメにする堕落の神のようだね!」


 て言ったら何罰当たりなこと言っとるんじゃ、という言葉と共におとうさんの杖が降ってきた。痛い。冗談が通じないんだから、もう。


 よし、そろそろ開店だ、くだらないこと考えてる暇なんてない、今日は忙しくなる!



 祭りが始まるころには、周りにはおとうさんの古本屋だけでなく、いろんなお店が並んだ。洋服屋さん、骨董屋さん、食器屋さん……食べ物屋さんの屋台も入り混じって、広い街の中央広場はあっという間に人で賑わいはじめた。


「いらっしゃいませ~! 本日特価サービスしてま~す! ぜひ見て行ってくださいね~!」


 このごろは私も手を振りながら営業スマイルができるようになってきた。前はおとうさんに「不気味だからやめろ」とまで言われてたぎこちない笑顔を、何とか見れるものに持ってきたのだ。慣れるまで何度も頬が筋肉痛になった。


 私の渾身のスマイルが功を奏しているのかわからないけど、客の入りはなかなかのものみたいだった。魔術書を中心に飛ぶように売れていく。普段からこれだけ売れればいいのにと思う。



 それは売り上げが順調に伸び、お昼の休憩に入ろうかという時に起きた。


「おい、アレクじゃねーのか? へへ、久しぶりじゃねーか!」


 突然のなれなれしい声かけに若干の不安を抱えながら目を向けると、そこには『あの』牢獄での元同居人が立っていた。残念ながら覚えている。『幸せな方』の奴だ。

 男であるにも関わらず、司教たちのお眼鏡にかなわないという理由で「儀式」へのお呼びがなかなか掛からなかった幸運の持ち主。確か三つくらい年上だったかな。


「あ、うん。……久しぶり。生きてたんだね」


 えーっと……名前何だっけ? 忘れちゃってるから名前で呼べない。なるべく捨てたい記憶しかないし。


「なんだよツレないな。 ん? よく見ればなかなかお前……そうだ久しぶりに会ったんだ、ちょっと付き合えよ」


 そういってこの名前を忘れた男は私の左腕を乱暴につかむとぐいぐい引っ張る。ちょっと、手掴まないでよ、引っ張らないでよ!

 ああもう。なんでおとうさんが居ない時に限ってこんな。


「……今、仕事中だし。そもそもあなたに付き合わないといけない理由、無いし」

 引っ張られるのに逆らいながらどっか行けと念を送る。


「仕事ぉ? んだよこんな小汚ねぇ本なんかほっといて、俺と遊ぼうぜ」

「ちょ、やめてよ!」

 何とか掴まれた手を振りほどいて向き合う。


「仕事放り出してなんでアンタみたいなのと遊びに行けるってのよ!」


 周りになんだ、なんだと野次馬が集まりだし、私の発言にどこからか失笑が漏れた。「振られたなぁ、色男」などとヤジが飛ぶ。それが彼の怒りに火をつけてしまったようだった。そういえばこいつ、名前なんだったか。名前を思い出せないのでとりあえずトムとしておこう。


「てめぇ。少し見た目がいいからって調子に乗っちまったなぁ。俺を怒らしたからにはその可愛い顔にちょっとばかしコレで落書きされても文句はいわねぇよな!」


 そういってトムが振り抜いてきたのは小ぶりのナイフ。不意打ちしたいんならいきなり振りぬけばいいのに。そんな私の心の声は聞こえるはずもなく。そんな大振り当たるわけないでしょう?


 周りの群衆は悲鳴や怒号などあげつつ三歩程後ずさった。


「ほらほら、謝るなら今のうちだぜぇ? いま謝るんだったらぁ、一晩相手するだけで許してやるぜぇ?」


 判を押したような小悪党のようなセリフをトムが口にしたので、思わずため息が出てしまった。


「はいはい、御託はいいからさっさと来なよ。もうお昼ご飯の時間だからお腹空いてるんだよね、私」


「てっ、てっ、てめぇぇぇ!!」


 ウサギといい、バカといい。おつむの重量が心もとない連中は、どうしてこうも攻撃が単調なのだろうか。熟れた真っ赤な果物みたいな顔をしたトムは、本当に演舞のように。それはもう邪気のない突きを繰り出してくれた。


 こちらは左でナイフを持った手を思い切りはたいてから、一歩踏み込んで股ぐらを蹴り上げてやる。するとトムはナイフを取り落とし、股間を押さえて「ぐふぅ」と一言うめいた。

 脂汗を滲ませつつ顔を下げたので、後頭部に回し蹴りを食らわせる。

 するとそのまま顔面から地面に倒れこみ動かなくなった。


 そんな感じでこの三下の典型のようなトムは初撃であっさりと悲鳴を上げる間もなく沈んでしまったのだ。


 スカートの埃を手で払ってから、


「勝利です! いぇい!」と勝利ポーズを決めた直後、

「お前は仕事さぼってなにやっとるんじゃ!」と背後から杖で殴られた。


 一瞬遅れて野次馬からドッと笑いが起きた。

「おとうさん、遅い。それに痛い。娘のピンチになんで駆け付けないの!?」



 ◇ ◇ ◇



 祭りも終わると行きかう人もまばらになってきた。それに合わせてか、まわりの露店を出していた人たちの、店じまいする姿が目立ってきた。


 先ほどの大道芸の披露が功を奏したのか。露店は始まって以来の好況だった。結構さばけて、帰りの荷車に乗った本は、床がだいぶ見える状態にまで減っていた。もっとも売れ残っているのは昔の本ばかり。やはり昔の技術などにはみんな興味が無いようだ。


 おとうさんが少し待っていてくれとその場を離れた時、もう一つの事件は起こった。


 突然数人の男の人が近づいてきたかと思うと、いきなり荷車が燃え始めた。

 最初、なにが起こったのか理解できず、身体は硬直し驚くことしかできない。火はアッという間にその勢いを増し、瞬く間に荷車全体を飲み込んだ。


 周りにいた人たちがすぐ気づいて水の魔法で消しにかかってくれたけれど、火が収まるころには本のほとんどは燃えてしまっていた。燃えてないものも水浸しで、いずれにせよダメそうだった。


 男の人たちは消火のどさくさで、いつの間にか姿を消していた。


「なにがあったんだ!?」

 聞きなれた声に振り向くと、おとうさんがいた。すると突然、体の力が抜けた。途端に涙があふれてくる。


「お、おと、おとう、さん」

 崩れ落ちそうな私を、かろうじておとうさんが支えてくれた。


「なにが、あったんだ?」

 抱きすくめられた私は、徐々に落ち着きを取り戻すことができた。


「男の人たちが何人か近づいてきて……そしたらいきなり本が燃え出して。私、何もすることができなかった。ごめんなさい、おとうさん。大事な本、ダメにっ……!」


 後はもう言葉にできなかった。おとうさんの腕の中で、わんわんと泣いてしまった。

 結局は荷台もダメになっていたようで、その日は私が落ち着いてから歩いて店に帰った。




 それから数日は衛士の人がいろいろ調べてくれたようだったけれど、その男たちが魔法で焼いたんだろう、程度のことしかわからないようだった。結局何もわからないまま、調査は打ち切られた。


「アレクシア。お前は何も悪くないんだよ」

 おとうさんはそう言ってくれる。けれどもし、私が魔法が使えたなら。大事な本があんなことになることは防げたかもしれない。


『忌み子』の女は役立たず――。

 修道院で受けた有象無象の仕打ちが、今でも私の心を苛む。エプロンの裾をぎゅっと握って、涙をこらえた。


「ありがとう、おとうさん。次はしっかり見張りをするね」


 私、もっとがんばるから。だからお願い、捨てないで。




 豊穣祭が終わると街は冬の装いに姿を変えていく。

 そして私はまた、一年生き延びたことに胸をなでおろす。

 願わくはこの先も穏やかに過ごせたらいいのに、と願うばかり。


 けれど生きていくということは、ほかの生き物の命を奪うことに他ならないという事実を、私は否応なく目にすることとなったのだ。


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