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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第三章:失われし伝承
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番外 エル編 四話 業深き血脈

 謁見の間に突然現れたシェッセに、私はもちろん驚いたけれど、ベルナルド兄さまのうろたえようは尋常ではなかった。


「な! ……お主、先の戦いで戦死したのではなかったのか!?」


 ベルナルドの言葉にシェッセはニヤリと頬をゆるませ、口を開いた。


「は、エインクラネル王女を護衛しつつ北天騎士団の戦場跡を調査しておりましたところ、奇妙な(・・・)集団に襲撃を受けまして、数の不利から王女には先に逃れていただきました。まさかその後このようなことになっているとは思いもよりませなんだが……」


 ここで一旦シェッセが言葉を止め、ぐるりと見回した。ネイルと目が合うと、ネイルは慌てた様子で視線を外した。


「敵はなんとか撃退し、捕虜を伴っての帰還となりました。……が、残念ながら四名の犠牲も出してしまいました。しかしこのように王女がご無事であることを知れば、倒れたものも浮かばれましょう。王よ、身を挺して王女をお救いした彼らに、何卒栄誉を」


 そういってネイルは頭を下げた。


「そ、そうだな。うむ! 報奨は別途検討するゆえ、まずは下がって休め。ご苦労であったな」

 ベルナルドはやや早口でそういうと、周りの衛士にシェッセを下がらせるよう促す。


「待て、ベルナルド」


 その動きをピシャリととどめる声が響いた。王だ。


「は、いや、でも、その」ベルナルドは慌てたように、意味もなく手をわたわたと振る。


「なんじゃ、なにか問題でもあるのか」王はその様子に不審さを見たのか、眼を細めて問ひ返す。


「いえ、決してそのような」ベルナルドはそのまま押し黙る。


「ならよいではないか。……シェッセよ。久しいな、息災であったか。王女を救ってくれたこと、感謝しておるぞ」

「はっ、このおいぼれに勿体ないお言葉でございます。若者を先に逝かせ、また死にぞこなってしまいました」


 シェッセは頭を下げたまま答える。


「うむ、勇敢な騎士たちには相応の栄誉を授けよう。……そうかしこまってくれるな。わしとおぬしの仲ではないか」

「何をおっしゃいますか。私は一介の騎士。あなた様は王。身分が違いますれば」

「ああもう、よいから顔をあげよ。ほら、もっと近う寄れ」


 そこでようやくシェッセは顔を上げ、数歩近づくと再び膝まづく。

 父様とシェッセは昔、何かあったのかしら。


「さて聞くところによると、エインクラネルがおぬしたちにウィゲンシュタインの住人を一人一人縛り上げて拷問をさせただの、言うことを聞かなかった騎士を処分しただの聞かされたのだが、それはまことか?」


 王の言葉にシェッセは一度目を瞠って私を見ると、王に向き直ると露骨に合点がいかなさそうに首をひねった。


「どういうことでしょう? そのような事実、ございませんが」

「ふむ。どういうことなのじゃ、……ネイルよ、答えよ」


 そこで末席のネイルは体をびくりと震わせた。


「お、王よ! 今日はもう日が暮れまする。この件は後日改めて審議いた」

「だまれベルナルド! さ、答えよネイル」


 ベルナルドがたまらないという様子で口を挟んだが、王はそれを許さない。ネイルはというと、床を見つめたまま口を開こうとしない。しばし重苦しい空気が流れる。その雰囲気を破ったのはシェッセだった。


「ネイル。貴様も通じておったのだろう? 『暗部』に」

 そういってシェッセは懐から奇妙な曲線を描くナイフを取り出した。私は思わずあっ、とつぶやいた。そのナイフを見るや、王は軽く眉を上げた。


「捕虜を連れてきて話させても良いですが、いかがですかな? ベルナルド王子」

 シェッセは証拠のナイフをひらひらさせながらわざとらしくベルナルドに問いかける。対する彼は憎々し気にシェッセをにらむが、そこは年季の差。素知らぬ顔で受け流している。


 そしてそのナイフはきっと王も見覚えがあるはず。なぜならば一昨年まで暗部を取り仕切っていたのは、ほかならぬ王である。


 王はしばらく押し黙ったかと思うと、苦虫をかみつぶしたような顔になった。


「ベルナルドよ。どういうことか」


 王の言葉にベルナルドは顔を真っ赤にし、押し黙ったままだ。


「おぬし、まさか」

「母上の!」その時王の言葉に被せるようにベルナルドが叫んだ。


「……王妃から指図されたのです。フレデリックを殺せと」

 王妃ヴィクトリアを睨みつけるように見上げ、小声でつぶやいた。


「は? どういうことじゃ。申せ」王は片眉を上げ、さらに詰問する。


「フレデリックの方が優秀だから、このままでは国はアイツのものになる。そうなる前に、魔族に襲われたように装って消せと。……だから私は『暗部』を使って!」

 ベルナルドが自らの罪ではないことを懸命に話そうとしているようだけど、そうするほどに周りの空気は冷えていく。


「なぜです! なぜそのような出まかせを!? 母に何の恨みが」

 王妃ヴィクトリアが立ち上がり、悲し気に叫ぶ。それはそうだ。いきなり殺人の指図をした張本人だと名指しされたのだ。無理はない。


「何をおっしゃっているのですか母上!? あなたがお命じになったではありませんか! 更にエインクラネルに調べられたらバレるからと、妹も黙らせろともおっしゃったではないですか!!」

 震える指で私をさしながら母に向かって叫ぶ兄、ベルナルド。


「おお、おお。なんと嘆かわしい、我が息子よ。なぜ私がそのようなことを命ずるのですか。いうに事欠いて母に罪をなすりつけようなぞ、王者の風上にも置けませぬ」

 ついにヴィクトリアは大粒の涙をハラハラと流しながら、隣に腰かける王の腕に手を添え泣き縋った。


 王はヴィクトリアの手に自らの手を添えしばらく押し黙っていたが、大きくため息を一つつくと、ベルナルドに向け静かに口を開いた。


「ベルナルド。おぬしはしばらく地下の牢で大人しくしておれ。ベルナルド不在の間の政務は大臣に一任する」


「父上!!」ベルナルドは玉座に縋りつかんと一歩踏み出し、衛士に押しとどめられた。


「腹違いとはいえ、フレデリックはお主の弟ぞ。それを何のためらいもなく殺害するなど。……つれていけ」

 最後に衛士に連行するよう、手を振って指図する。


「ちがう、ちがうんだ! くそ、なんでこんな事に。すべて母上からの指示で! 何で何も言わないんだよ、何かいってくれよ母上。ちくしょう、何か言えよ! ははうえーっ!!」


 ベルナルドは両脇を抱えられ、引きずられるように部屋を出ていく。重々しい謁見の間の扉が閉まると、恐ろしいくらいの静寂が再び訪れた。

 王は長いため息をついた。


「我が息子ながら情けない。……さてネイルよ」


 ネイルは先ほどから全身を震わせていた。顔には大量の汗をかき、両の手は白くなるほど固く握りしめられている。


「お主には、聞かねばならないことがまだまだありそうじゃ」

 王の瞳の奥に、激しい怒りの炎がチロリと見えた気がした。




 ネイルも『暗部』の一員だった。第二夫人のナターシャ様に取り入り、シェッセの配下となり、ナターシャ様やその周辺の動向を監視する任を帯びていたようだ。


 そして残念なことに、フレディ兄さまを殺したのも『暗部』だということが確定した。心ではエルフでないなら誰でもいいと思っていたのでホッとした半面、腹違いの兄弟同士で争ったという事実は、私の心に陰を落とすのに十分だった。


 父様――王は、ベルナルド兄さまをこのまま幽閉することにしたようだった。さすがに殺すのは忍びないと考えたのだろう。それか実の息子をその手にかけるという業を背負いたくなかったのか。まぁ、ディルの件と同じといえばおなじ。


 ナターシャ様の心中はいかばかりだろうか。エルフに害されたとばかり言い聞かされ、魔族との戦闘で命を落としたなら仕方ないと、あきらめかけていたところへの急展開だ。心労がたたらなければいいけれど。


 そして私もそう。

 エルフのせい、と思い続けていたために、私はお姉様にずいぶんヒドイ態度を取った。ディルに対してもそう。

 謝って、許してもらえるものだろうか。いや、たとえ許されなくても謝るしかない。とにかく誠心誠意、謝罪するしかない。

 けれどそれでも許してもらえなかったら? ……その時は潔くあきらめるしかないだろう。それだけのことをしたんだ。


 自室のテラスへと出る。さっそく吹き付ける風に髪がみだされる。目を細め髪を押さえていると、やがて風は落ち着きをみせた。

 既に日は落ち、夕焼け空はその色をほぼ失い、夜の闇がじわりと空を覆い尽くさんとしていた。

「お姉様。ディル。……ごめんなさい」


 今日何度となくつぶやいた謝罪の言葉は、夕闇のヒンヤリとした風にさらわれ、散り散りに消えていく。


 ああ、私のこの言葉を、想いを、だれかお姉様に届けて。


 せめてひとこと。一言だけでいい、謝らせてほしい。「ごめんなさい」と。



 ◇ ◇ ◇



 ――同時刻。この辺りはこの時間、昼間とは打って変わって人の気配がパタッと途絶える。そんな薄暗い廊下を歩く二つの影。コツコツと二人がたてる靴の音以外はわずかな衣擦れの音以外、何も聞こえない。


 前でランタンを持つ一人は侍女のようだ。質素だが清潔そうなドレス。仕立てがいい。身分の高いものに仕える者だ。


 後ろを歩く女は対照的だ。きらびやかに多くの宝飾を施されたワインレッドのドレスに身を包んでいる。

 ランタンの光さえとらえてキラキラと輝く長い髪。これほどまでに見事なウェーブを描く美しいブロンドの髪を持つ貴婦人は、この城においてもそうはいない。

 第一夫人、ヴィクトリア。先程まで泣き腫らしていたはずのその顔はすっかり整えられ、再び見事なまでの美しさを放っている。


 二人は無言で廊下を城の奥に向かっていた。いくつかの扉をくぐり、やがてたどり着いた重そうな樫の扉を開くとそこは中庭だ。

 通いなれた道なのであろう、一切の迷いなく中庭に足を踏み入れ、さらに進む。しばらく進むとそこには一軒の建物がある。王族専用の教会だ。


 教会の前にたどり着くと、階段を照らすように侍女は脇に控え、軽く頷いた王妃は階段を上がり扉を開いた。そのままスルリと建物に滑り込むと、侍女は立ちふさがるように階段の下で建物に背を向けた。


 教会の中は蝋燭の明かりだけがうっすらと照らす。

 説教台には人影があった。ずいぶん背の高い人物だ。正面の神々の像を見ているため、表情をうかがい知ることはできない。


「――上手くいきましたか」


 誰が来たのかはわかっているようだった。


「ええ。あの人は私の言うことは何でも聞いてくれるから。何の疑いもなく、ベルナルドを牢に入れましたわ。そして私はお咎め無し。本当、かわいい人」

「ふむ。やはり愚王、……といったところですね」


「あなたもあの場にいらっしゃればよかったのに。なかなか見ものだったのよ」

 ヴィクトリアの言葉に背を向けた人物は身じろぎをする。


「いつも言っているではありませんか。私は騒がしいのが嫌いだと。しかし本当によかったのですか? アレでも貴女がお腹を痛めて産んだ子なはずです」


「そうね……でもベルナルドには悪いけれど、すべてはリカルダを王位につけるため。かわいいかわいい、貴方と私の子(・・・・・・)のためですもの。仕方ないわ」


 そしてヴィクトリアはその背中にそっと手を添える。


「悪い人ですね。でもそのようなこと、迂闊に口にするものではありません。誰が聞いているか」

 そういって男は振り返った。神官服をまとっている。


「人払いをさせております。誰もいやしませんわ」

 うっとりと彼女はその神官を見上げる。


「ね……少しの間、よいのでしょう? ユストゥル」


 大司教ユストゥル。リンブル正教の頂点に立つ聖人。普段はあまねく信者に向けられる慈愛に満ちた笑顔が、今はただ一人の女に向けて注がれる。それに愉悦を感じるのか。彼女は頬を染め、妖艶な笑みを浮かべる。


「大変な日だったというのに。本当に仕方のない(ひと)ですね、あなたは」

 ため息をつきながらも、ユストゥルはゆっくりと彼女を抱き寄せる。


「あら。そういう日だからこそ、欲しくなるものよ」

 顔を上げ、ユストゥルを見つめるヴィクトリア。


「違いないですね」

 彼女を見下ろす格好でつぶやくと、そのまま唇を重ねた。



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