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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第三章:失われし伝承
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番外 エル編 三話 血濡れた宿命

「のどかな風景ね」

 馬上から見る景色に私は当初の目的を忘れ、つい漏らしてしまった。


 ここはリンブルグランドでも有数の穀倉地帯。なだらかな丘陵には、見渡す限りの麦が広がり、風に優しく揺れている。さらさらとかすかに聞こえる葉擦れの音が耳に心地いい。空にはぷかぷかと羊のような雲が流れ、麦の平原に次々と影を落としては去っていく。


「こんなところで、いったい何があったのですか……フレデリック殿下」

 隊長のシェッセがひとり呟くのが聞こえた。


 豊穣祭があった。間もなく刈り取りも始まるはずの金色の平原に、答える者はいない。しばらく私たちは無言で、遠くに見える森へ向かって歩を進めた。



 のどかな雰囲気は、森の入り口にたどり着いた時に一変した。


「これは……!」

 唐突に現れた光景に、私たちは愕然とした。その一角だけ周りとは大きく様子が異なり、異質な感覚を覚えてしまう。

 日が経っているとはいえ、それとわかる杖、剣の数々。いずれも原型をとどめ、ある物は半ば土に埋もれ、あるものは突き刺さり蔦が絡まっている。しかし戦ったにしては見た目がきれいすぎるそれらが打ち捨てられている様子は、あまりに異常だった。


「シェッセ、これは」

「は。……この柄の紋章。北天騎士団のそれに間違いありません。が、なぜこのような」

 私の確認に、残念ながらシェッセは同意した。ならば北天騎士団はここで?


「姫! こちらを!」

 騎士の一人が私を呼ぶ。はやる気持ちを押さえつつ、その者の指さす先を目で追う。


 ――ああ。ようやく見つけた。


 風雨にさらされ多少くすんでいるがその刀身。見間違えようがない、兄さまの物だ。ようやく見つけたと思った反面、やはりダメだったのだと心の中の何かがフッと消えた気がした。兄さまの剣に手をかけようとした時、その傍に妙な形のナイフが落ちているのに気づく。


「……これは……」

 私の声にシェッセが何事かと、私が摘まみ上げたナイフを覗き込む。

「これは……黒竜の暗部が好んで使う毒ナイフですな」シェッセが険しい表情で注意深くナイフを見る。


「暗部? それに黒竜って」私の背中を悪寒が走る。

「ええ、ベルナルド様率いるあの(・・)黒竜騎士団の、暗殺部隊です」

 老騎士は、苦々し気にこたえる。


「そんな、ということは」自分でも血の気が引いていくのがわかる。そんな、フレディ兄さまを殺めたのは、まさか。

「もしかすると、フレデリック様を殺めたのはエルフなどではなく」

「……ベルナルド、兄さまが?」


「まぁ、それはどうなんでしょうな、姫様」不意に森の中から聞き覚えのない声がした。


「っ! 誰か⁉」シェッセが鋭く声の主に向かい叫ぶ。


 これに呼応するかのように一人の男が現れた。いや、声だけ判断するとそう聞こえる人物は、全身を黒で統一した服をまとい、顔のほとんどを覆い目だけがぎょろりと光っている。


「姫様……こんなところまでのこのこ来てしまって。男勝りとのうわさは伊達ではございませぬな。残念ながら我々はあなたを排除しなければなりません。主の命にござりますれば」

 黒づくめは淡々と語る。


「ベ、ベルナルド兄さまが、私を?」ぐらり、と視界がゆがんだような気がした。


「姫は姫らしく、政などに関心など持たぬほうが良かったのです」

 すらり、と先が曲がったナイフを抜き放ちながら男は続ける。


 背後を見ると、いつの間にか同じ装束の者が数名、回り込んでいた。

「囲まれましたね」ネイルがぼそりとつぶやきつつ、私の背後の守りについた。

「いやはや、なんとも周到なことですね。よほど私は兄さまに嫌われたようです」


「姫様。できればこのまま投降願いたいのですが」

「はっ、ご冗談を。素性も知られ、兄さまの命で来たことを話しておきながら、投降しろですって? 子供でももう少しましな騙し文句をしゃべりますよ」

 私の軽口にも何も反応しない黒づくめ。


「そうですか。残念です。姫様はなるべく殺すなとの指示でございますが、偶発的な事故(・・・・・・)が起こってしまうと……まぁ、仕方ございませんな」

 黒づくめは淡々と言葉を続ける。


「よく言う。最初から殺すつもりでしょうに。まぁいいでしょう、フレディ兄さまへの贄としてくれよう。……シェッセ!」

「まったく、やんちゃは現役でしたな……総員、抜剣!」

 シェッセの号令に合わせ、それぞれの騎士が剣を抜き放つ硬質な音があちこちで響く。私も護身用のナイフをスラリと抜きはなった。ナイフに目を落とすと、刀身に映り込む自分と目があった。私がこれを手にし、実際に戦う時が来ようとは。


 ――エルは実際使うことがないだろうけれど、お守りだと思って持っていてほしい――

 そう言われて渡されたナイフ。フレディ兄様がくださった、私の大事な宝物。


 ジリジリと、互いに間合いを測る。


「姫。ここは我らが支えます。その隙に」シェッセが小声で逃げるよういってきた。

「ばかな。私も戦います。それに相手はたった数人ではないですか」

「いいえ。ほら」


 すると森の中からさらに十人程度が、音もなく現れた。


「さ、お逃げください」

「嫌です、私も」


 その時背後からにわかに火球が沸き起こり、森から出てきた者に向かって飛んで行った。恐らく騎士たちが放ったファイヤボールだ。


「姫様! お逃げください、ここは我らが!」

「ネイル、姫を頼む!」シェッセが叫ぶ。


 あっという間に騎士たちは私の前に立ちはだかり、黒づくめは見えなくなった。


「姫、ご無礼を」

「へ、あ、きゃっ」


 気付けばネイルに小脇に抱えられ、あっという間に馬の背に乗せられた。間髪入れずに

 ネイルが馬にまたがる。


「頼むぞ! 行け、ネイル!」


 シェッセが合図をすると、馬は弾かれるように走り出した。

 そんな。また私は逃げるのか。国から逃げ、お姉様からも逃げ、そして今また、家臣を置いて逃げるのか。 


「止まれネイル、私も戦う!」

「わがままを申されるな、まずは城に戻りますぞ」

「いやだ、いやだ!……みんな、シェッセぇー!」

 先ほどまでいた場所は、炎と雷などが一気に勢いを増していった。互いの魔法戦になっているようだ。


「シェッセ……みんな。死なないで」


 丘の上の戦闘は、馬が坂を駆け降りるにつれあっという間に見えなくなった。

 すぐに戦闘音は聞こえなくなり、後は馬が走るひづめの音と、風を切る音だけとなった。


 ネイルはその後も馬の勢いを緩めず、二人は無言で街まで一気に走り切った。


「このまま隣町まで走ります。おそらくそこで一晩宿をとらねばなりません」

「で、でも一刻も早く城に」

「お気持ちはわかりますが、今は慎重に行動するのが得策かと。なにせ敵はおそらく」


「あ……」そうだ、敵は、ベルナルド兄さま。国の二番目の権力者。


 押し黙った私を見かねたのか、ネイルは気遣うように優しい口調になった。

「とはいえ、こう走りづめでは馬にも良くない。ここまでくればひとまずは安心でしょう、小休止を取ります」


 そして馬を徐々にゆっくり走らせ、道端の小川のほとりに馬を止める。降りてから気づいた。お尻がゴワゴワだ。ネイルが馬に水を与えるため小川に引いていく隙に、お尻のマッサージとストレッチをする。


「しかし姫もそうとう迂闊ですね」

 ネイルが馬に水を飲ませながらのんびりと口を開いた。


「え?」


「どうして暗部から逃れられたと思われたのでしょう?」

 その瞬間、強烈な眠気が私を襲った。これは、ねむ、りの。


「あ、なた、は」

「とりあえず姫は(・・)無傷で連れ帰れ、との指示なので――」


 そこで私の意識は途切れた。



 ◇ ◇ ◇



 次に私が目覚めたのは、石造りの狭い部屋の中だった。起き上がると粗末なベッドに寝かされていたのがわかる。周囲の壁はすき間なく組まれた円形となっている。小さなドアがついている以外、手を掛ける場所もないくらい、キレイに組まれている。


 半ばあきらめながらドアの取っ手を押したり引いたりしてみるが、ガチャガチャとかんぬきの当たる音がするだけで開く様子はない。


 ため息をついて上を見る。壁の高いところに小さな窓がある。窓の周りの石材がわずかに赤みを帯びているところを見ると、夕方か、朝方なのだろう。


 部屋には明かりがないため、かなり暗い状態だ。マジックライトをと思い、杖がないことに気づき舌打ちをする。試しに集中して指先を光らせるよう念じてみる。辛うじて光が宿った。だがホッとしたのもつかの間、気を抜くとすぐに消えてしまう。おまけに疲労が半端ない。どっと疲れた割には大した成果もあげられず、深いため息をつき、あきらめてベッドに腰かける。


「どこなのかしら、ここ」

 私のつぶやきに、答えてくれそうなものは何もない。物音ひとつしない部屋で、時間もわからず徐々に焦れてくる。


「兄さまを殺したのは、エルフじゃ、ない」

 そう呟いた瞬間、ずぐん、と心が重くなった。私は、お姉様に、なんてことを。何て冷たい態度を、言葉を投げつけてしまったのだろう。

 お姉様を愛していた? こんな態度で接するあなたがお姉様を愛する資格なんてどこにあるというの。


 最低だ、私は。


「ねえさま。ごめんなさい」

 シンと冷えた部屋にそっと流れた謝罪の言葉は、しばらくたゆたっていたけれど、やがて澱のように石造りの床の底に沈んだ。


「ごめんなさい」

 聞くものなど、どこにもいないというのに。


「ごめんなさい……ディル」

 同じく傷付けてしまった妹の最後に見た表情。

「あんな顔、初めて見た」

 砂にこぼした水は、もう取り戻せない。


 エルフどころか、兄弟が暗殺をしたかもしれないなんて。

 なんて血塗られた場所なんだろう、王城(ここ)は。


「やっぱり、ただの町娘がよかったわ」

 天井を見上げる。頬をひと筋、涙が伝った。


 そのままぼうっと天井を眺めていると、外から徐々に人が近づいてくる気配がする。すぐにドアの前で止まり、ガチャガチャと乱暴に金属をかき回す音がしたかと思うと唐突にやむ。


「エインクラネル王女。どうぞ、こちらに」


 衛士然とした男が部屋を出るように促す。

 ここに居ても仕方ない。言われるがまま、部屋を出ることにする。


 狭い廊下をいくつか曲がり、階段を上がる。その先の重々しいドアを開けると見慣れた景色が目の前に広がった。


「……王城の留置場でしたか」

 と同時になぜ私が留置場に入れられたのかがわからない。


「どうして私が留置場などに入れられないといけないのかしら?」

 先導する衛士は答えず、ただ黙々と前をすすむ。


「なんだかロクでもないことになっていそうですね」


 そうこうするうちに謁見の間に通された。

 そこにはすでに国王はじめ、王妃、王子が一堂に会していた。そして末席にはネイルが、暗い表情でたたずんでいる。睨みつけてやるが、彼の表情は変わらない。


「さて、エインクラネル。そなた、なぜそこに立っているか、理解しているだろうな」

 父上――国王が静かに尋ねる。


「皆目見当も」肩をすくめて答える。だってわからないんですもの。


 ふん、と鼻を鳴らしてから再び開いた口からは、とんでもない言葉が流れた。

「おぬし、騎士をたぶらかし、北部の街で無実の住人に対し、王子暗殺の疑いありと騎士たちに残虐行為を働かさせた上に、反対した騎士たちを手打ちにした、ということだが?」


「は? お父様」「我は王である」

「……我が王よ。いくら私がおかしいとは言っても、人殺しをするタマに見えますか?」


「我もそう思うておる。が、今回は証人もおってな。……これへ」


 証人? それはだれ……ってお前かよ!


 そこに進み出たのは紛れもない、あのネイルだ。


「あなた、私を魔法で眠らせて拉致しておいて! 今度はなに? 冤罪の片棒担ぎなの⁉」

「静粛に! ……さて騎士ネイル。先ほど訴えた内容を、今一度申してみよ」



 ネイルの言うことには、北部の街ウィゲンシュタインで聞き込みを行っていくうちに怪しい住民が数人いた、そうだ。そこで気の短いエインクラネル王女は一人一人縛り上げて拷問をするよう、騎士に命じたそうだ。騎士にもとる行為と、命令を拒んだシェッセ隊長以下騎士をすべて手打ちにした、と。

 王族とはいえ余りのやり様にネイルが処分を覚悟で魔法で眠らせ鎮圧し、王宮に連れ帰った、……ということになっているらしい。


「ずいぶんと雑な話ですこと」


 そして第二夫人、ナターシャ様をチラとみると、顔を青くして口元を押さえている。あれは悪いことをした、と罪悪感にかられているのか、はたまた私の「悪事」に放心しているのか。


「フレディ兄さま――フレデリック王子を殺したのは、黒竜騎士団の暗部ですわ。証拠は……持ってましたけれど、そこのネイルに処分されたでしょうね。ほかの事情を知っている騎士達は全員、私を助けるために盾となってくれました。……残念です」


 ベルナルド兄さまを睨みつけながら語った。私の睨みが効いたのか、一瞬ひるんだ様子だったけれど、すぐに気を取り直したようだった。


「は、はは! 言うに事を欠いて、我が騎士団の者が手を掛けたと⁉ 妹よ、女と思って幽閉程度で勘弁してやろうと思うたが、今の発言は問題だ。正式に裁判を行い、然るべき罪に服してもらう! よいですかな、王よ!」


「ベルナルド兄様。私も始末しようとなされてたのでしたら、裁判などとまだるっこしいことなどやめて、今、この場で成敗なさいな。すでにフレディ兄様を手に掛けられたのです。もう一人増えようがさして変わらないでしょう? 私を生かしておくと、ある事ない事喋り続けることになりますわよ!」


「エインクラネル……貴様、根も葉もない事をそれ以上口にするなら、望み通りこの場で」

 ベルナルド兄さまは顔を真っ赤にしながら、腰の剣に手を掛けた。あの剣はフレディ兄さまと違ってなまくらだろうけど、切りつけられたらさすがに無事では済まないかもしれない。


「やめんか、見苦しい! 控えよ!」

 たまらず王が叫んだ。兄さまも私も、膝を折り頭を下げる。


「エインクラネル、おぬしの嫌疑は今少し審議の上、追って沙汰する。それまで自室にて謹慎しておくように。……ベルナルド、お主もじゃ」


 王の沙汰が想定外だったのか、ベルナルド兄さまが驚いた様子で王を見上げる。

「わ、わたくしもで、ありますか、王よ!」

「王者たるもの、そのような些事に心を乱してなんとする、修行がたりぬ」


 ベルナルド兄さまは、私をものすごい形相で睨んでくる。おお、こわい。


「本日の所は以上とする。皆の者、異論ないか」


 とりあえずは時間稼ぎができたようだけれど、証拠がないことにはどうしようもない。いずれはなにがしかの罪をでっちあげられ、殺されるか、まともに取り合ってもらえない状況に追い込まれるのは確実だ。どうすべきか。


「陛下」その時、側近の一人が王に伝言をもってきた。


「……なんじゃと⁉ すぐ通せ」


 これ以上一体何があるのだろう。後方の扉が開き踏み込んできた人物に、私は心底驚かされた。


「なんとか、間に合ったようですな……やんちゃ姫(・・・・・)


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