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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第三章:失われし伝承
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番外 エル編 二話 疑惑の敗戦

 無辜(むこ)の民を救う。そんな大それたことを考えていたわけではない。

 国を守る。そのような崇高(すうこう)な信念を持ち合わせているわけでもない。


 ただ伝えたかった。迫りくる危機を伝え、来るべき時に備える。その一助となればと。私はただ、伝えたかった。それだけなのに。



「……ま、予想はしてましたけれどね」

 自室のベッドにダイブした格好で独り言ちた。


「エインクラネル様。またそのようなはしたない」

 お付きの侍女があきれたような声で小言を言うのを背中で聞いた。


 私の話を、王もベルナルド兄さまも一笑に付した。おとぎ話のほうがまだ出来が良いと。


 おとぎ話なら、どれだけ良かったことか!


「そんなことより嫁入りしろ、ですって? ……『そんなこと』なんですか? 私がもたらした知らせは!」


 私達の冒険は、その結末は! ……あの人たちにとって、私の結婚話より軽かったのか。

 そしてベッドを思い切り叩く。ぼふん、と間抜けな音を立てると同時に、いくつかの枕がはねた。


「エインクラネル様。ナターシャ様よりの伝言が届いております」


 重要な話があるから部屋に来てほしい、との内容だった。

 ナターシャ様が? 私に何の話があるのだろう。




「呼び立ててしまってごめんなさい、エインクラネル」


 ナターシャ様の謁見の間に入ると、彼女は既に部屋にいた。私が来たのに合わせゆっくり振り向き、まずは謝った。

 私がご無沙汰しておりますと返すと、「エルちゃんも大人になったのね」と少し寂しそうに笑った。


 第二夫人である彼女は、三人の妃の中でも淑やかで大人しい雰囲気の方だ。特に私の母――ヴィクトリアは燃え盛る太陽のよう、ナターシャ様は夜の月のようと形容される。


「話は聞きました。あなた、冒険者のパーティーを抜けて戻ってきたんですって?」


 私が一番触れられたくない話題にいきなり切りこんできた。


「アレクシア……だったかしら、あの娘。エルフ……だったらしいわね、ハーフの」


 顔を上げられない。ナターシャ様は何を言いたいんだろう。勝手に王家を飛び出した私を笑うために呼んだのだろうか。彼女はそんなつまらない遊びをする人だったろうか。


「フレデリックのことを思わない日はないわ。あなたも、今でもあの子を?」


「敬愛する、大切な兄さまでした」


「……ありがとう。エルフはあの子の仇と言われているわけだけれど……」


 ナターシャ様は私に背を向け、窓の外を眺めた。


「もし。もしも。仇がエルフでなかったとしたら……あなたはどうしますか」


 その言葉に私は弾かれるように顔を上げた。エルフが兄さまの仇でない!?


「そ、そんな可能性がある……のですか?」

 私の言葉に彼女は振り向かず無言で頷いた。


「とある筋から、その可能性の示唆を受けています。しかも信憑性が高いと」


「敗戦の報を知らせてきた通信兵はどうなったんですか?」

 ナターシャ様の背中に向かって質問する。あいつに聞けば、詳細が掴めるはず。


「あの後すぐに職を辞し国を離れたと、ベルナルド王子から聞いています」


「ベルナルド兄さまが? っ、どうして重要な証人をいともたやすく」


 確かにそんなこと、ナターシャ様が気づかないはずがない。真っ先に確認しただろう。

 するとナターシャ様は振り返って私を見た。


「エル。我が王子の騎士達とともに、戦場とされた地域を調べてくる気はありませんか?」


 それは今まさに願い出ようと思っていたこと。


「! ……行きます! 行かせて、ください」

「いいの? 私はあなたを利用しているかもしれない……いいえ、利用しているのよ?」


 私はぐっと拳を握る。


「わずかでも光明が見えるなら。仇が他にいるというならば、私は」

 私の言葉を受け、ナターシャ様はいまにも泣き出しそうな表情で私の頬をそっとひと撫でした。


「これは秘密裡に行う必要があるため、大規模に人を出せません。せいぜい十名程度。なので信頼のおける者を用意しました。――彼をこれへ」


 侍女が一礼をして下がる。


 しばらくすると、扉が開く音がしたので、立ち上がりそちらを振り返った。


「姫様。ずいぶん見違えましたぞ。やんちゃ癖は治りましたかな?」


 それは見慣れた、とても懐かしい壮年の男性だった。


「シェッセ! あなたも壮健で! お会いできて嬉しく思います。……でも、やんちゃはおやめいただけますか?」

 おもわず歩み寄り、シェッセの手を取った。


「はっは! ずいぶんと流ちょうに世辞も。もう立派なレディですな」


 このシェッセ。フレディ兄さんに仕えていた元・北天騎士団副団長。今は退いて後進の育成に努めているという。当時は城の留守居を任されていたため、難を逃れた。


「あの時はなぜ留守居を受けてしまったのか、ずいぶん自分を責めてしまいました」

 この壮年の騎士は今でも悔いている。ずっと心にわだかまりを抱え生きているのだ。


「今回はこちらに控えているネイルはじめ、小隊八名で姫様をお守りします」

 紹介に合わせ、三十代と思しき騎士が一礼した。副隊長格なのだろう。


「いいえ。何かあれば私も戦います。九人目の戦力として使ってください」

「……わかりました。ですが、本当に危ないことが起きたら、その時は迷わずお引きください。いいですね」


「意外と私、役に立ちますよ?」


 私の言葉に壮年の騎士は、「どうやら、やんちゃは健在でしたかな」と笑った。



 ◇ ◇ ◇



 現場に向かう道すがら、私は今までわかっている情報をシェッセから聞いた。


「一報は、北部の街ウィゲンシュタイン近くの森にエルフの部隊が現れ、街を襲うため移動しているというものでした」


 シェッセが当時を振り返る。その報を受け、軍事を預かるベルナルド兄さまが、北天騎士団の出陣を指示したのだ。


 その一週間後、一度ウィゲンシュタインに入り軍備を整えてから、翌日問題の森に出撃し全滅したというのが公式の記録だ。唯一情報を持ち帰った通信係の証言だ。




 ところでリンブルグランド王国には、王家の騎士団が四つ存在する。


 一つ目は白鷲騎士団。第一王子のベルナルド兄さまが率いている。主に王都とその周辺警護を行っている。いわゆる最後の砦的役割だ。


 二つ目はフレディ兄さまが率いていた北天騎士団。主に北部地方を担当する。今は第四王子のジャスティン兄さまが率いている。


 三つ目が第三王子リカルダ兄さまの南天騎士団。主に南部を受け持っている。


 最後が国王直轄の黒竜騎士団。国王の親衛隊的側面を持つ。

 地方都市にはそれぞれ小規模な騎士団を配し、各々が治安維持に努めている。


 実は騎士は剣を使い、魔法も使う。魔法が主流のこの時代では限りなく珍しい。だがこと対人戦ともなると、魔法使い同士の戦いは基本、決着がつかない。魔法が対魔物戦闘に最適化された影響で、互いが相手の魔法を無効化する方法論が確立している。そこでものをいうのが刀剣術。魔法が実質役に立たない状態では物理攻撃が逆に大きく優位に働く。


 私は騎士が剣を扱う理由を、暴動鎮圧や他国との戦争に備える為と聞かされてきたし、そう信じて疑わなかった。お姉さまに出会うまでは。


 魔法使いというのは基本、お姉様のような剣士と言える方々の後方で、魔法行使のみに集中できるような配置で戦うことが、パーティ戦の基本であるような気がしてならない。私達のパーティーがまさにそうだった。


「まさに理想的なパーティーだった、ということじゃないのかしらね……」

「姫、何か?」

「いいえ、なにも」


 通り道の北部の街や村はどこも平和そのものだった。こんなところで魔族との戦闘があったとは、少し考えづらかった。




「出撃していない? どういうことなのですか?」


 私は思わず声を荒げた。シェッセがまぁまぁとなだめようとしてくるが、本人もその返答は予想外だったようで、「どういうことですかな」と尋ねていた。


 王都から約一週間かけ、ウィゲンシュタインにたどり着いた私達は、さっそくこの街の騎士団の詰め所に赴いた。当時の状況を聞くためだ。


 困惑気味にたたずんでいるのがこの街の騎士団長だ。


「ええ、繰り返しになりますが、お尋ねの期間に我が騎士団が魔物討伐へ出撃したという記録がありません。別の街のことではないのでしょうか?」


「そんなバカな! この近くの森にエルフの部隊が現れ、今にも襲われると王都に連絡してきたのはそなた達であろう」


 私の問いかけにも「それはウチではない、別の街ではないのか」の一点張り。

 北天騎士団においても、この街に立ち寄ったという形跡がないという。目的地であったにもかかわらずだ。


「その時期に、近場でエルフが目撃されたという連絡も?」

 シェッセが続けて質問すると。


「そんな大事件、仮に起こればすぐに報告します」

 当然だとばかりに回答をした。なんなら記録を改められますか? と台帳を指し示し、そんな事実などないと街の騎士団長殿は続けた。


 おまけに王都からの後日派遣されたとされる調査団も、この街に訪れていないという。


「これは姫様。相当妙ですぞ」シェッセが真剣なまなざしで私をみる。ほかの騎士たちも動揺を隠せずにいた。


 なら北天騎士団はどこへ向かったというのか。


「ひとつ前の街に戻りましょう。そちらで改めて聞き込みです」


 騎士団の足取りを追うことが先決と考えた。私は皆に声を掛け、周辺の街を探索することを提案した。シェッセ達も同意見のようで、互いに頷きあった。




 翌日、隣町のトラウゼンに移動した。王都に向けて一つ近づく方向の隣町だ。以前ここを通った騎士の部隊について聞き込みを行う。情報は意外とすんなり見つかった。


 シェッセが声をかけた者が当時のことを知っていた。

 二年ほど前、この街に北天騎士団は来た。北のウィゲンシュタインに向かう途中で野営をしたのは確からしい。

 ところが翌日、いざ出発となった段で急に慌ただしくなり、ウィゲンシュタインへの北の道でなく、ここから東の川をさかのぼるように移動していったという。


「なぜ急に進路変更を?」

「夜のうちに連中が移動した可能性もあります」

「だがその情報はどうやって手に入れたんだ?」

「そもそもウィゲンシュタインの連中は防備すらしていなかったんだぞ」

「常に斥候を貼り付けていればあるいは」


「あー、ちょっと皆さん、少しよろしいでしょうか!」

 途端にシェッセはじめ小隊の中で侃々諤々(かんかんがくがく)と始まったものだから、私はたまらず割って入った。すると騎士たちは怒鳴るように話すのを急にやめ、私をじっと見つめた。一瞬たじろいだけれど、気を取り直して言葉を続ける。


「……北天騎士団の行方の件、どうも出撃自体が罠であった可能性も出てきました」


 皆一様に頷く。


「ただ東に向かったという証言は複数得られていますから、おそらく間違いないのでしょう。なぜ東に向かったかは、不明ですが」


 そこでいったん切ってみんなを見渡す。


「そして私は、ここで東に向かうのは危険だとも思っています」


 その言葉に皆一様に緊張感を高めた。


「それは姫様。待ち伏せなどを考慮されているということでしょうか」


 シェッセが目を細めて尋ねる。私は首肯(しゅこう)で答える。


「しかし今は手掛かりが残念ながらこれしかない。危険を承知でいくことになります。普通考えたらこのまま王都に戻るべきです」


 そこで一度話を切った。そして語気を強め、私の想いを伝える。


「おまけに今回は正規の任務ではありません。何かあっても事故扱いです。けれど私は現場に行きたい。拒否してくれてかまいません。それでも皆は一緒に行ってくれますか?」


 私の言葉に皆が沈黙した。無理もない。今回の件、割が合わなすぎる。そんなとき、騎士の一人が口を開いた。


「私……昔、王子に助けられたことがあるんですよね。で、代わりに王子が叱られて。すごく優しい方でした。そんなお方のあんな最後に全然納得がいっていないのです。そこにこの状況。行かない理由などありません!」


「僕もそうです! 訓練の際、オークの群れに襲われたとき、危なかったところを助けてくださいました。たかがヒラのいち騎士に過ぎなかった僕をです!」


「泣かないでください、姫様。俺たちは俺たちの意思で、姫様について行く! さ、王子の最後をしっかり見定めましょうや!」


 皆、異口同音にフレディ兄さまを慕う言葉を口にする。私は知らず知らずのうちに涙を流していたようだ。「ありがとう、みんな」というのが精いっぱいだった。


「ふむ。やんちゃ娘を一人でウロウロさせられませんからな!」


 シェッセが締めて、場は決した。



 改めてみんなの顔を一人一人確認する。みな一様にいい顔をしている。最後にシェッセを見て、「やんちゃ娘はひどくないですか?」と言ってやった。


 シェッセは肩をすくめ、「失礼。やんちゃ姫でした」と言って笑った。


 ホントにもう。みんなバカなんだから。


「では、参りましょう!」


 私は笑顔で、皆に号令をかけた。


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