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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第三章:失われし伝承
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番外 エドワード編 五話 王女と騎士

 ミッドフォードの王城は、豪華というよりも実用的。きらびやか、というよりは要塞という雰囲気の城だ。さすがは工業が盛んな国。王城のなかにも研究機関があり、城壁や建物からはいくつもの煙突が立ち並び、せわしなく煙や湯気が立ち上っている。


 昼前に王城に馬車で入ると、車寄せのところでスザンナ王女が笑顔で待っていた。


「いらっしゃい、お二人さん」ひらひらと手を振りながら、馬車から降りる僕たちにスザンナ王女は話しかけてきた。


「スザンナ王女。本日はご招待いただきましてありがとうございます……ってあなた、なんて格好してるのよ」

 ディルがあきれたような声を出した。失礼ながら、僕もそれはもっともだと思った。ベージュの油まみれの作業着。顔にも油が所々飛んでいる。


「んだって、さっきまで工房にいたんだもの、しようがないじゃない」

 スザンナは顔についた機械油を、ボロ布でごしごし拭きながら答えた。


「私達、客人なのよね? 一応」ディルはあきれた雰囲気を隠しもせず、ずけずけと尋ねる。


「だからここまで迎えに来たじゃない。わざわざ」何かおかしい? と肩をすくめてスザンナが返す。


「それが客を迎えるときのミッドフォードのドレスコードだったとは意外だわ」

 腕を組んでディルが鼻をならす。


「ディルって前からそんなことを気にするような子だった?」スザンナな首を傾け眉を寄せたけど、僕を見て目を細め、「……ああ、男か」との言葉のあと、小さくため息をついた。


「なっ。……レディーとして、当然じゃない」

 ん? なんだかちょっとディルの顔が赤くなった。やっぱりかわいいなぁ。


「そういうことにしとく。でもごめん。また後で工房にいくから、悪いけどこのままで失礼するわね。こっちよ、ついてきて」

 そういうと返事も待たずにすたすたと彼女は歩き出した。


「相変わらずねぇ、スザンナは」

 苦笑しつつ、ディルは彼女の後についた。「エド。なににやけてんの。行くわよ」


「わかったよ、ちょっと待って」あわてて僕もそれに続く。




 昼食はとても素晴らしいものだった。もっとも、ここミッドフォードは質素を美徳とする国。知ってはいたがデュベリアの昼食を想像していた僕にとって、鳥肉を主とした一種類のコース料理だけだったのは意外だった。


「今日私達を呼んだ理由って?」果実のジュースを飲みながらディルが問いかけた。

「ええ、それはこれから工房に行けばわかる……とその前に」とスザンナは僕に向き直り、立ち上がって頭を下げる。


「この間の一件、あなた様には大変お世話になりました。礼を言っても言い尽くせない恩義、わたくしはもちろんのこと、王家一同こころから感謝を申し上げたく」


 そこまで言ってスザンナは頭を上げた。


「エドワード様には私だけでなく、祭りに参加していた多くの民を救った英雄として、叙勲の用意があります。お受けいただけないでしょうか?」


 僕はスザンナが座りなおすのを待ってから口を開いた。


「えっと、それって」

「我が国の貴族として、お迎えしたいの。あなたを」


「ちょ、ちょっとまってよ! そんなことしたらエドは迂闊にミッドフォード(ここ)を離れられなくなる」


 たまらずといった感じでディルが口を開いた。


 そうだ。国の貴族という者は、基本的に国のために存在する。国の危機などひとたび起きれば、真っ先に駆り出される立場だ。


「スザンナ。あなた、強引なところは相変わらずね」


 ディルが詰問するように言葉をぶつける。


「そう? 私は正当な対価を支払おうとしているだけよ? 国の危機を救った英雄にふさわしい対価を」


 しばしの沈黙が部屋を包む。二人の間で視線が絡み合う。


「貴族の称号で足りぬというなら、……私も差し上げましょう」


「なっ」

「あなたの妻になりますわ」


 僕が、ミッドフォードの貴族に? しかもスザンナが僕の……妻にだって? 何を考えているんだこの姫は。 仮にも第二王女、大国との懸け橋になるべき人が僕を選んでいいはずがない。

 スザンナは微笑みを浮かべながら僕を見つめる。


「僕は――」

「そんなの、絶対にダメ!!」隣でディルが叫んだ。

「ディル!?」

「そんなの、そんなの、絶対に許さないんだから! たとえ相手がスザンナでも、絶対だめ。だって、エドは私の」


「ディル」僕は彼女の肩に手を触れる。びくりとディルは震え、口を閉ざすと僕をみた。不安げな表情。大丈夫、わかってる。


「スザンナ王女。大変ありがたいお言葉とは存じますが、僕には過分な報奨かと存じます」


「あらそう?」とスザンナは涼しい顔だ。僕は続ける。


「それに僕には既に、使えるべき主がおりますれば。なにとぞ爵位の拝命はご容赦いただきたく」


 スザンナは「へぇ?」と面白そうな表情をしている。次にどんなことを僕が言うのか、楽しみで仕方ないようだ。くそ、これ絶対わざとだぞ。


「で、主って、誰なんですの?」


 そこで僕は隣の、今にも泣き出しそうな可愛い姫を見る。仕方ないなぁ、この娘は。


「こちらの、ディートリンデル王女殿下です」


「え、エド。どうして」

 立ち上がる僕を目で追いながら、ディルはそれだけ言うのが精いっぱいのようだ。僕はディルの手を取り、立ち上がらせる。そして彼女の目の前に膝をつく。


「殿下。貴女の騎士として、おそばに侍る栄誉を。私にお与えください」


 頭上から湿っぽい声のディルが尋ねる。

「エド、いいの? 貴族の称号だよ? 私なんて、何の取り柄もない、ただの」

「私にとって」


 ぴしゃりと放った僕の声に、ディルの息をのんだ気配がした。


「……僕にとって一番大事なのが、ディル。君なんだ。どうか側に居させてほしい。約束を、果たさせてほしい」


 しばらくして「ありがとう、エド」とディルがささやいた。


「エドワード・クラウザー。ディートリンデル・フォン・リンブルグランドが、その名をもってそなたを我が騎士と任命する。その命果てるまで、我に従い、我に尽くせ」


「近侍騎士の命、謹んで拝命します、ディートリンデル王女殿下。この命、貴女に捧げよう。そして死してなお、貴女を守り続けるとここに誓う」


 ディルが手袋を取り、右手を差し出す。見上げた先には、静かに涙を流す彼女がいた。


「ずっと一緒だよ、ディル」ディルにだけ聞こえるようにそっと。

「ええ、エド。ずっと一緒よ」僕にだけ聞こえるようにそっと。


「我が家名に誓って」


 そして彼女の手を取り、その甲にそっと口づけた。



「あーあ、けっこう上玉だと思うんだけどな、アタシ。あとでしまったーって言っても遅いんだからね?」


 スザンナは頭の後ろで手を組んで、あっけらかんとしゃべりながら前を歩く。

 工房への道すがら、ずっとこんな調子だ。


「はは、そうですね。でも王女はとっても魅力的だと思いますよ」


「えっ、ホント!?」スザンナは嬉しそうに振り返った。

「えっ、なによそれ」ディルは泣き出しそうな表情で立ちふさがる。

 二人がそれぞれ反応する。なんかだんだん面白くなってきた。


「でも、ディルの方が断然カワイイです」

「んにゃっ」ディルの顔が、それこそ音がしそうなほど急に顔が赤くなった。


「はいはい、ごちそうさま。そういうの、帰ってからやってねー」

 そういってスザンナはケタケタと笑って再び歩き出した。


「あいたっ」ディルが肘で小突いた。

「もう、エド、調子乗りすぎ」口を少しとがらせてディルが小声で続ける。


「えへへ……ごめん」

 謝る僕を半眼で睨むディル。


「ゆるさない」そういってディルは腕を絡めてきた。

「帰るまで、こうしてないと、ゆるさない」そういう彼女は耳まで真っ赤だ。


「……わかった」

 スザンナの後を歩きながら、しばしの散歩を楽しんだ。




「さて、これがあなたたちをここに呼んだ一番の理由よ」


 照明が付いた先には。


「……カマキリ野郎」

 祭りをメチャクチャにした張本人のカラクリが、ここに運び込まれていた。


「これね、加工できないんだー」「え?」

「いや、できないは語弊があるか。加工しづらい、が正解かな。切断とか、硬くてすっごくやりずらいの」


 鈍い光沢を発する、すべすべとした筐体を撫でながら、スザンナは続ける。


「そうなんですか」

「なのに君はそれを一撃で関節を壊した、いや溶かした(・・・・)


「このこと一つとっても私があなたを欲しがった理由に、なると思わない?」



 僕はディルを見た。彼女は小さく頷いた。


「実は僕たちも、アナタと話したいことがあったんです」


 スザンナは意外そうな顔をしてこちらを見た。「どうしたの?」


「このままでは、あと二か月ほどで人族が滅んでしまうんです」

 僕の言葉に、スザンナは意外な言葉を返した。


「ああ、私もそう思うわ。時期までは、ちょっとわからなかったけれど」


「えっ。……こんな話、信じるんですか?」


「可能性としては十分にある話よ。原因はおそらく星の運行。タイミングがわからないのは、原因となる天体が、公転をしている恒星系の惑星でないか、もしくは観測不能なほど長大な軌道を取った小天体……そう、例えば彗星」


 傍らの机に置いてあるファイルを取り、資料をぺらぺらとみて何やらチェックしながら彼女は言葉を続ける。


「もたらされる結果は魔法行使に対してのなんらかの障害ね。今までの小規模な影響から推察してもこの予想の確度は高いわ……なによその顔。ミッドフォードの学問レベルをなめてるんじゃないの、あんたたち」


 ポカンとした表情を見とがめたのか、資料を見る手を止め、こちらを見る。


「こっち。ついてきて」


 手に持っていた資料をポンと机になげると、工房のさらに奥の方に案内される。促されるままついて行くと、奥の部屋の棚には、数多くのカラクリが置かれていた。


「これらはみんな、いわゆる『忌み子』の者でも扱える武器よ。そして、魔法が使えなくなったタダの人(・・・・)も使える武器」


 フラフラと棚に近づく。何やら金属の筒に指を掛ける穴とトリガーのような部品。それに握るためのグリップ。僕が試作した『魔光銃』と同じコンセプト。しかしこれはそれより完成度が段違いだ。それにこれは、魔法で駆動しない? 原理はなんなんだ?


「こういうの、欲しかったんでしょ。あなたたち」


 そうだ。まさにこんな武器がないと、人は滅びてしまう。けれど、これなら。


「あなたたち、手を貸しなさい。人が、生き延びるために」


 スザンナは静かに、けれど力強く僕たちに告げた。


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