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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第三章:失われし伝承
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番外 エドワード編 三話 小さな変化

「か、は」

 鎌の背で腹をしたたかに打たれた彼女は、息を継ぐのもできない様子で横たわる。


「ふ、ファイヤストーム!」

 僕の必殺の魔法はしかし、動揺により具現化せずにくすぶった煙が申し訳程度に出ただけだった。くそ! くそ! こんな時に僕の魔法は、なんて役立たずなんだ!


『おんやぁ~、もう、おねんねかなぁ?』


 唐突にカラクリから女の声がした。このカラクリ、有人だったのか!?


『久しぶりの剣士とのケンカだから楽しかったんだけど……ねぇ、もう起きないの? 起きないなら、次はぁ、こうしちゃうよ?』


 そしてカマキリ野郎はおもむろに、ディルの太ももを鎌で突き刺した。


「うあああっ!!」


 目を見開いてディルが悲鳴を上げた。


「ディル!」

 くそっ! ディルになんてことを!


『あっは。ねぇ、どんな感じ? ねぇねぇ。やっぱ、痛い? ぎゃはっ』


 心底楽しそうにカラクリの乗員が話す。


「あ……うっ」

「ディル!!」


 先ほどの少女が叫び、ディルに向かって駆けていった。


「あなた! 狙いは私なのでしょう!? 彼女は関係ありません、開放なさい!」


 少女の声に、カマキリ野郎の動きが止まった。


『これはこれは、スザンナ・シュワルツ・ミッドフォード殿下。ご機嫌麗しゅう。市井の見回りご苦労様ですぅ。って祭りに誘われて遊びに出てきただけだよね、ぎゃはは!』


 スザンナと呼ばれた少女は唇をかみ、沈黙している。


『ほら、あなた様の戯れのお陰で、祭りはめでたくメチャクチャになりましたよー? どうしますぅ?』


「私を、好きになさればよろしいでしょう」


『いや、そりゃもうお姫様をぶっ殺すのは既定路線だけどー、その前に余興って必要じゃん? このカワイイ女の子が切り刻まれてから死ぬの、見たいと思わない? 見たいと思う人、はい挙手ー!』


 しばし周りに沈黙が流れる。


『……あれ? ったくノリ悪いなぁ。興ざめよぅ』


 コイツ……ふざけるな。

 その時僕は自分の心がすうっと冷めていくような感覚を覚えた。それと同時に押し寄せる、明確な殺意。


『もーいいや、ちょーっともったいない気もするけどぉ、生かしておいたら厄介そうだから、誰だか知らないカワイイ彼女ぉ。悪いけど、あんた今から殺すから』


 ディルを……なんだって?


「おいおまえ。何てことしてくれてんのさ」

『はい?』

「ディルに何してくれてんのかって言ってんだよクソゴミムシ」

『あっは、なになに? 坊や何キレてんの? やだこーわーいー』

「お前は生かしておかない。キッチリ焼いてやるから覚悟しろ」

『いいわよぉ、受けて立とうじゃない、ってさっき不発したへっぽこに何ができるのさ』

「……ファイアアロー」


 火の矢はディルを貫く鎌の手首を確実にとらえ――ぼしゅっという音とともに手首周りを蒸発させた。


『うわっ』


 急に重い鎌を失ったカマキリ野郎はよろよろとよろめきながら二、三歩退いた。


「ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー」


 それぞれの炎の矢は吸い込まれるように膝関節に吸い込まれ、やや間抜けな音とともに次々と関節を蒸発させていく。


『んなあああ!?』


 足を失ったカマキリ野郎は無様に横倒しに転がった。


「しばらくそこでまっててよ」


 僕はそれだけ言い残すとディルの元へ急いだ。ぽかんと口を開けた二人が迎えてくれた。


「ごめん、僕がふがいないばかりに。ちょっと痛むけど、すぐ治すね」


 すぐにディルの足とお腹の治療を済ませ、二人には少し離れていてもらう。


『まいったわね。身動きとれないじゃん。もうっ、隠し玉あるなら初めから言っててよぉ』


 相変わらずの気の抜けた物言いが途切れたと思ったら一転、ボンッ!っという音とともにカマキリ野郎の背中の部品が、黒い煙と共にはじけ飛んだ。まもなくクワワァ~ンという音をたてて部品が石畳に落ちて転がった。


「今日はもうこれで帰るわぁ。お姫様を殺しておきたかったけど、こんな邪魔が入るなんて、もう予定外もいいトコよ」


 頭上から、いや、通り沿いの建物の屋根の上から声がする。見上げるとそこには、全身黒ずくめで長い黒髪を持つ、妖艶な女が立っていた。


「でも、少しは使えるみたいじゃない。あなた、名前は?」

「エドワード。でもこれから死ぬのに、知る必要ある?」

「やだぁドキドキしちゃう! あたしはベルナ。覚えておきなさい。今度抱いてあげるから」

「お断りだよ――ファイアアロー」

「もう、せっかちね。楽しみは後に取っておきましょうよ。じゃあね、ダーリン」


 バシン、と音とともに火が一際輝いたかと思った次の瞬間には、ベルナと名乗った女の姿は掻き消えていた。


「逃げられた、か」


 ふぅ、とため息をついてディルを見る。なんだかすごく驚いたような、泣きそうな顔をしてるんだけど、どうしたんだろう。


 首をかしげているとディルがこちらに向けて走ってくる。僕の手前でけつまずいて倒れこんできたので、慌てて手を差し伸べた。するとディルは僕の腕を取りそのまま抱き着いてくる。


「うわああエド! エド。良かった無事で!」


 僕の首に手を回したディルはそのまま力いっぱい僕を抱きしめてくる。く、くるしい。


「ちょ、く、苦しいよ。ディル、離し」

「いや、いや。離さない。怖かった、怖かったんだから!」

「それはこっちのセリフだよ……でもがんばったね、僕たち」

「うん、うん……がんばったよ」


 ずいぶん時間が経ったような気がしてから、ディルはようやく僕を開放してくれた。


 ここにきて急に気恥ずかしくなったのか、ディルは顔を真っ赤にして横を向き、うつむいた。僕もつられてはずかしくなってきた。そうか、さっきまでディルと抱き合ってたんだ……。

 ふと脇を見れば、スザンナさんがニマニマしながら僕たちを見ている。それを見てますます気恥ずかしさが増してきた。ああ!


 僕は気を紛らわせるため、闘いの前の約束を口にする。


「そ、そういえばさ。うまくいったらお願いがあるって言ってたけど、何?」

「えっ、そ、それは……えっと……」


 そこまで言うとディルは僕の方に向き直り、上目遣いで僕に言った。


「あのね、……二人だけで、お出かけの続き、したいなって」


 少し驚いたけれど、すぐ気を取り直す。僕の答えは決まってる。


「偶然。僕もそうしたかったんだ」


 その時のディルの笑顔はクラクラするほど、とてもかわいかった。やっぱり美人だなぁ、この子。そう思った直後。


「あれっ」


 僕の意識は突然刈り取られた。


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