番外 エドワード編 二話 王都豊穣祭の死闘
「やばっ……」
ディルが立ち上がろうとしたとき、カラクリの鎌が横なぎに振りぬかれた。鎌は屋台を巻き込み盛大に木切れや商品をまき散らしながらディルたちに迫る。
「頭さげて!」
ディルが少女を押し倒しつつ前に倒れこむ。そのすぐ上を禍々しく光る凶器が恐ろしい速度で通り過ぎ、遅れて吹き飛ばされた木切れや布切れが一斉に彼女たちに降り注いだ。
カマキリ野郎は一度白い煙――蒸気だろうか――を背中から吹き上げ、彼女たちに再度向き直る。そしてシュー、という音を立てながら再び鎌を振り上げようとしている。
「危ない!」
僕は咄嗟にファイヤウォールを展開する。カマキリのカラクリと彼女たちの間に立ちふさがるように設置された炎の壁は、ほんの少しだけ彼女たちに逃げるチャンスを与えてくれるだろう。炎に刃を通すのを嫌ったのか、それとも見えないため無駄だと考えているのか、二の太刀はこない。
「ディル! あっち!」
僕はカラクリが入り込めそうもない路地を指さした。彼女は素早く頷き、少女を引っ張り起こして駆け出してきた。
「ロナ! 君はおじさんの所へ!」
「で、でも」
「いいから! 行って!」
ロナが不安そうにこくりと頷くと、工房に向かって走りだした。
先ほどから周りの人間は上へ下への大騒ぎとなっている。皆、羊のようにカラクリから逃げ出し、その波にのまれるように、ロナの姿はすぐに見えなくなった。
できれば僕も逃げたいけれど。と炎の壁を一瞥し、ディル達を追った。
僕が路地でディルたちに追いつくと、ディルが路地の傍らに跪いていた。隣には顔を青くした先ほどの少女。まさか!?
「ディル、何かあった!?」
「あ……ごめん。ちょっとヘマっちゃった、へへ」
見ると右上腕に深々と金属の棒――短剣か――が突き刺さっていた。吹き飛んできた商品の中に紛れていたのか、倒れこんだ時かわからないけれど、運が悪かった。
手早く傷の状態を確認する。骨はかわしていることが確認できたので、少し安心した。骨に影響があると、治療に時間がかかる場合がある。
「大丈夫。すぐ治せる。えっと、君。魔法の準備ができたら合図するから、この剣、抜いてくれる?」
「え!? わ、私がですか?」
お願い、という僕の言葉にほんの少し迷ったようだけれど、辛そうなディルを一度見てから僕を見て、「わかりました」とうなずいてくれた。そのまま僕は精神集中に入る。
「いくよ……今!」
少女は掛け声の瞬間に「ごめんねっ」とつぶやくと、刺さっている剣を一気に引き抜く。
「うああっ!」
襲ったであろう苦痛に、ディルが苦悶の表情を浮かべた。引き抜かれる剣の後を追うようにして少なくない量の血が溢れ出るが、治癒魔法ですぐに収まった。
「ホントに、無茶するんだからディルは」
治療がうまくいって、ほっとした。そんな僕にディルは「エドがいるから、無茶できるんだよ」と荒い息をつきながらも笑った。不意打ちのような彼女の笑顔に、僕は状況も忘れて見とれてしまった。
ガリガリガリッ!!
カマキリが路地の両側の家を削りつつ、ガラガラと破壊し迫る音に我に返った。
「あん、もう! しつこいなぁ!」
ディルはすっくと立ち上がると膝小僧についていた土を払ってカマキリを見据えた。
僕たちは「逃げよう!」という彼女の一声で再び動きだした。
再び別の大通りに出た時、人々がちょうど周りから逃げ出し始めたところだった。
「のんびり見物してる場合じゃないだろ!」僕は悪態をついた。
「おじさん、これ借りるねー」ディルが近くの露天から両手剣をつかみ上げた。抜き放った鞘は店の棚に戻す。
路地を左手に見て、出てくるところを迎え撃つ。周りをみると、何人かも短杖を取り出し応戦の構えをしている。
「あたしが止めるからさ、エド。あなたが仕留めてよ」背中を向けたままディルが言う。
「そんな。僕も一緒に」
するとディルは振り返り、あきれたように笑った。
「バカなこと言わないの。エド、腕力ないじゃん。こういうのはあたしの出番なんだから、アナタは気にしないで魔法をぶっ放すことに集中して」
「でもそうだなぁ」と再び背中を向けたディルがつぶやいた。
「うまくいったら……お願い、一つ聞いてくれる?」
「あ、ああ。いいよ」
「やった! ……じゃ、そろそろ行くよ!」
来る、と思った瞬間、建物が爆ぜた。
煉瓦や石、木切れや何かの道具やらが一斉に大通りで待ち構える僕たちに襲い掛かるのを、あらかじめ展開しておいたマジックシールドでかわす。魔法の盾に様々なものが降り注ぐ。
途端に周りは悲鳴と怒号に包まれた。もうもうと立ち込める土埃からぬうっと現れたのは、まるで生気のない逆三角形の顔のようなもの。
カマキリ野郎は少し辺りを見回すそぶりをみせたが、僕たちの姿を認めたとたん素早く間合いを詰め、手前のディルに襲い掛かってきた。
上段から振り下ろされる鎌を彼女は剣で受け流した。鎌は軌跡を若干曲げられ、石畳に弾かれ、金属質の音と共に、硬い石畳がアッサリ削られる。
彼女が腕の関節あたりを狙い、剣を構えて振り下ろそうと気合を入れたまさにその時、もう片方の鎌が横から襲い掛かってきた。
「あぶない!」という僕の声と彼女の動きは同時だった。鎌の動きを認めると、しゃがんで躱し、今度は足の関節に切りつけた。わずかにぐらり、とカマキリ野郎の巨体が揺らぐ。
その隙に再び彼女は僕たちの前にもどり、剣を構えなおす。
ダメージが入っている様子はなく、再び切りつけんと鎌を持ち上げる。
周囲から様々な魔法がカマキリ野郎に集中するが、それらもダメージを十分に与えているとは言えそうになかった。
「エド! ぼーっとしてないで準備して!」
ディルが鎌をかわしながら叫ぶ。カマキリ野郎は間断なくディルに襲い掛かる。一太刀の重みよりも手数で押す作戦に切り替えたようだ。
ギン、ギャリン、ギャン! と切り結ぶ音がしばらく続いている。
「いくよ! 避けてディル!」
集中を高めまさに魔法をキャストしようとした瞬間。
パキィン!
切り結んでいたディルの両手剣が、まるでガラスを割ったかのような音で砕けた。
直後ディルは鎌の峰で横なぎにされ、いきおい飛ばされた彼女は一度跳ねてから、まるで木の葉のように石畳をゴロゴロと転がっていく。
遅れて刃を失った両手剣の柄がガラン、と石畳に落ちた。






