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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第三章:失われし伝承
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番外 エドワード編 一話 サルヴィオ工房

 アレクシアさんやエルと離れ、ここサルヴィオさんの工房にご厄介になるようになってからひと月が経とうとしている。僕にはいま、とても夢中になっているものがある。


「はい、エド。お茶」

 快活とした少女がにっこり微笑みながら、僕にお茶を差し出してくれる。


「ありがとう、ディルさん」と僕はちょっぴり照れながらそれを受け取る。


「やだ、さん付けはやめてっていったじゃん。それにあたしはこれぐらいしかお手伝いできないんだから、気にしないで!」

 お盆を胸に抱いて、ディルはにっこり笑う。

 夢中になっているのは彼女――ではなく、『カラクリ』――歯車やばね仕掛けの機械づくりだ。ここにきてサルヴィオさんのスパルタ指導の下、カラクリの武器づくりに勤しんでいる。


「ほんと、気にしなくていいんですよ、お姫様は。エドワードさんと私で、すっごい武器作っちゃいますから!」

 隣でドンと胸を叩くのはロナちゃん。サルヴィオさんのお孫さんだ。歳は僕の一つ下の十三歳。背は僕より少し低いかな? 茶色のくるくるくせ毛のポニーテールと黒いくりくりした目が特徴の愛嬌のある子だ。オーバーオールがトレードマークで、いつも顔には機械油がついている。


「え、でも二人にだけ。なんだか悪いよー。何かお手伝い」


「大丈夫ですから! ほら、おじいさんとお話でもしててく・だ・さ・い!」


 そういってロナはディルをおじいさんのいる事務所へと押しやった。「あわわ、じゃ、じゃあまたお昼にね、エド」とディルは事務所へと消えた。



「姫様、元気になってよかったですね、エドワードさん」


 工房に戻ってきたロナは一度事務所を振り返ると、そっと僕にだけ聞こえるように囁いた。


 最近こそああやって元気にふるまっているが、ディルは一時期、ものすごくふさぎ込んでいた。それを言ったら僕もちょっぴりショックだったけれど。


 彼女にしてみれば姉を一気に二人、失ったようなものだ。そのショックはいかばかりだったろう。おまけにエルにはかなり色々言っていたのは聞いている。あれだけ仲が良かったエルと、あのような別れ方をした彼女の心中を察するに余りある。


「さ、お昼までにこれ組みあげちゃおう。ディルを驚かせよう」




 今日は魔光銃というものを試作した。空間中の魔力を集め、光系統の魔法に変換して打ち出す武器だ。これだと魔法が使えない人……たとえばディルでも魔法が使えるようになる。もちろん、属性は光属性一つなのだけれど。


「うん。そうだね、確かに驚いたよ。エド」


 顔を煤だらけにし半眼で見つめるディルが僕に言った。けほっ、と背後でロナがひとつ咳をした。遠くでサルヴィオさんの大笑いする声が聞こえる。


 うん、そうだね。僕もまさか、爆発するとは思わなかった。


「でも……ふふっ」


「確かに……ははっ」


「あっはは! あー、怖かった! けど面白かった!」


「はははっ! 爆発するなんてっ……! ほんと、何の冗談だっていうね!」


 突然二人で笑い出したものだから、ロナは僕たちを驚いたような顔で交互に見比べていた。




「多少改良の必要があるようだね」


 顔をタオルで拭きながら僕が言う言葉に「多少……?」と同様に顔を拭く手を止め、突っ込みを入れるロナ。


「発明には多少の犠牲が必要なんだよ!」


 そうだよ、偉大な発明の前には、おびただしい失敗。いや、成功しない方法の発見がつきものなんだよ!

 僕の思いを込めた言葉に、ますますロナは苦虫をかみつぶしたような顔になっていく。


「できれば、犠牲はなしの方向でおねがいします……」


 気持ちはわかるが、やむを得ないのだよ。理解したまえ、ロナくん。


「そういや今日の豊穣祭(ほうじょうさい)、お前ら行かんのか?」


 サルヴィオさんがパイプをくゆらせながら聞いてきた。そうか、もうそんな季節なんだ。


「あ、あのエド。良かったらあた」


「エドワードさん、お祭り行きましょう! 色々美味しいものがあるんですよ、早く着替えていきましょう!」


 ロナが僕の手を取って引っ張っていく。ちょ、ちょっと待って。


「ちょっとロナ、待って。待って!」


 何とか彼女の手を振りほどき、立ち止まることができた。きょとんとした表情でロナが振り返る。僕は彼女を一瞥すると、後ろを振り返る。


「ディル。僕たちと一緒にお祭りに行こう」


 機嫌が悪そうだったディルは途端に笑顔になり、「わかった、すぐ支度してくるね!」と風のように工房の二階へ続く階段を駆け上がって行った。二階の彼女の部屋に着替えにいったのかな。


「んもう~。せっかく二人きりで行こうと思ってたのに」


 背後からの声に振り返ると、ロナが頬を膨らませていた。その頬をちょんとつついて、「みんなで行こうよ。その方が楽しいよ?」って誘った。


「ホント、エドワードさんてば、ずるい」


 頬をおさえて、それだけ言い残すとロナも自室に戻った。


「……ずるい?」


「エド。お前もなかなかやるのう」


 サルヴィオさんがにやにやしながら僕を見ていた。何のこと?



 ◇ ◇ ◇



 祭りは大変な賑わいだった。


 街の通りという通りには屋台が所狭しと並び、食べ物を始め小物や雑貨、鍋釜などの必需品にとどまらず、射的などの遊戯などもこれでもかというほど。


 繰り出す人の数もまた尋常じゃない。この通りにいる人たちだけでヴィルバッハの住人くらいはいるんじゃないかとも思うくらい。

 ものすごい人。人。人。そして喧騒、笑顔、そして喧嘩。それを取り囲むやじ馬たち。これはもう、人のごった煮だ。


 あの田舎祭りとは全然違う。ううん、故郷のヴィッテンよりもよっぽど規模の大きなお祭り。これがミッドフォードの首都の豊穣祭。


「すごい人とお店だね、エド!」


 ディルが楽し気に話す。心なしか声のトーンも一段高い。これは、アレクシアさんと話していた時のディルの声。そんな彼女の声をきいて、自然と僕のテンションも上がる。


「そうだね、すごい、楽しそう!」


「あちらがメイン通りですよ。行ってみましょう!」


 そうロナが指を指した先から、一人の女性が走ってくるのが見えた。

 あれ? なんだろうと思っていたら、通りの向こうから悲鳴が津波のように広がり、大きくなる。次の瞬間。


 ドガシャアアアン!!

 通りの角の住宅と屋台をいくつか吹き飛ばし、何やら黒い塊が曲がり角の向こうからこちらに躍り出るや、辺りは一転、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の極みにつつまれた。

 周りには吹き飛んだ建物や屋台の破片、店の商品などが散らばり、一部の人はケガをしているようだ。数人通りに突っ伏し動けない者もいる。


「なんだい、あれは……」


 まがまがしい形のカラクリ、なのか? ずんぐりした胴体には六本脚。細い胴体から伸びる二本の手のような部分には大きな鎌がそれぞれ一本ずつ。胴の上には逆三角の顔。

 あれではまるで――。


「おおきな、カマキリ」


 直感でヤバそうだと理解できる。あんなもの、祭りの出し物にしてはちょっと大げさすぎるでしょ!


 そうこうしているうちに走ってきた少女がこちらまで駆けてきて、僕たちの目の前で倒れた。慌ててディルが助け起こすと、彼女の目が大きく見開く。


「あ……あなた、なんでここに?」


「えっ……え! あなたこそ、どうしてこんなところに」


 そのまましばし固まる二人。


「あの、ちょっとお二人さん! いま旧交を深めるにはちょーっと時間が足りないと思うよ! ほら、前! まーえー!!」


 慌てるロナが指さす先には、鎌を掲げた黒いカラクリが、その複眼を怪しく輝かせ立っていた。


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