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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第三章:失われし伝承
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第五十二話 共闘

「あ! てめえ、あの時の女!」

 隣のやせぎすの男が私を指さした。なに、私?


「えっ、お姉ちゃん、あんなおっさんとなんで知り合い?」

 ディルが嫌そうな顔で私とおっさんを見比べる。


「ちょっと、どこのおっさんなんですかアレ!」

 エドが泣きそうな顔で叫ぶ。


「ちょ、知らないわよ、あんなおっさん」

 あわてて私も否定する。って何を慌ててるのよ私は。


「誰がおっさんだ! これでも俺はまだ三十……! いやそんなことよりベルナ様! アイツです、この間邪魔をした女!」

 そう言われて気づいた。エルフの里で女の子を攫おうとしていた連中の一人だ。


「へぇ。そういうことなら、ちょっとばかしお礼をしないとねぇ」

 そう言ってベルナが指をパチンと鳴らすと、轟音とともに土煙が上がった。


「風よ!」私の掛け声でざあっと晴れた煙の向こうから現れたのは、私の身長の数倍はあろうかという巨大なカラクリ。もう一体残っていたオークは、哀れカラクリの下敷きになっている。


『さぁてー。それじゃあ、いつぞやのリベンジといこうかねぇ。ジョハン! バッセル! 準備はいいね!』


『合点!』『ばっちりでさぁ、姉御!』

『ちょっ、姉御って呼ぶなっていつもいってるだろう!』

『あっ、す、すいません、姉御!』

『だぁかぁらぁ!』

『ひぃぃ、すいません、すいません!』


 巨大なクマのようなそれは手足をバタバタさせながら何やらもめている。このカラクリ、三人で動かしているのだろうか。


『よ、よし。改めて、行くよ! ジョハン、クローブレード!』『あいよ!』

 するとクマの両手に爪のような刃がせり出した。爪といってもあれは、私の剣とほぼ同じ長さの巨大な鎌のようなものだ。それが四枚。両手で八枚。


 そしていきなり振りかぶってきた。

「危ない!」

 皆が散開したところにクマの手が降ってきた。近くにあった机が、なますのように切り刻まれて木切れが派手に飛び散る。今度は横なぎにし、かすった爪は壁の一部を殴り壊した。建物が揺れ、埃がバラバラと落ちてくる。ぽっかり外の景色が見える穴があいた。


 ブシュー! カラクリからけたたましい音ともに、白い排気が立つ。

「こいつも蒸気機関ですか!」エドが目を輝かせて叫んだ。いやいや、そんなこと感心してる場合じゃないから!


「建物の中で、無茶苦茶だわ!」腹ばいになったスザンナが頭を押さえながら叫んだ。


「いったん外に出よう! 行くよ!」



 騎士団含め、全員石畳の通りに出てきたところで、クマものっしのっしと壁を壊しながら出てきた。壁や柱を失った建物は、首を折るようにして崩れた。出てきて正解だった。


「もうこれは試験中断ですわね。……騎士たちよ、殲滅なさい!」

 スザンナの掛け声に合わせ、騎士たちは次々に抜剣し、隊列を組んだ。マジックシールドを多重展開し、じりじり近づいていく。


『ほら、いくわよーん』というベルナの能天気な掛け声とは対照的に、クマの攻撃は鋭かった。爪の攻撃は予想以上に強力なようで、マジックシールドにはあっという間にいくつもの傷が刻まれていく。


 次々に火属性や雷属性の魔法が命中するも、クマに効いている様子はなかった。それどころか、パキィィン! バリィン! という澄んだ音を残しマジックシールドが一枚、また一枚と破られていく。ついには『そうらよっ!』とトドメとばかりにひと際振りかぶられた爪に、最後のシールドがあっけなく剥がされ、一人の騎士が殴り飛ばされた。


「総員後退、陣形を整える!」騎士団の隊長が指示するも、『遅い』とつぶやいたベルナに、騎士たちはひとなぎにされた。


 その様子に呆気を取られていると、いつの間にか距離を詰めていたクマがスザンナに向け腕を振りかぶった。

『じゃ、姫様のお命いっただき~』


「へっ」スザンナが信じられないものを見るかのようにつぶやく。


「土よ! 我が隣人を守る盾となれ!」


 瞬間、スザンナとクマの間に土の壁が現れ、クマの爪をがっしりと止めた。ズドォォンという音と振動。遅れて土煙。


「あ、あなた……私を、助け」

「そんなの後でいい! 距離取って! エド!」


「はい! ……ファイアストーム!!」

 途端にクマを巨大な炎の柱が包み込む。これならどうだ!


「ヴァイス、姫様を安全な所へ!」

 私の騎士君はスザンナの首根っこをくわえ、「ひゃああぁあぁ」という彼女の悲鳴だけを残し、駆けていった。


『やっぱすっごい威力ねぇ。ゾクゾクしちゃうわ。さすがね、ダーリン』

 炎の中でクマのシルエットがゆらりと動く。炎が収まっても、そこには変わらぬ姿のクマがいた。どうやら熱対策はばっちりのようだ。


「来るわよ、気を付けて! ……アレクシア・ムジェールの名において命ず。土の精よ。我に従いその力を示せ。我らを守る人形(ひとがた)をなし、我が敵を退けよ!」


 ズゴゴゴゴ……

 低い地鳴りともに地面から湧き上がるのは岩でできた人形。通称、ロック・ゴーレム。


「グルォォォォ!」

 ゴーレムは雄たけびを上げ、両腕を上げ、その後ズシッ、ズシッ、とクマに近づいていく。ゴーレムが歩くたび、身体にはっきりと振動が伝わる。


『うはっ、なんてもん出してくんのよお嬢ちゃん! それズルくない?』


「あなたに言われたくないわ! さ、行って、ゴーレム!」


「グォウッ!」

『お、やる気ねぇっ。お姉さん頑張っちゃうからぁ』

 両者互いに両手をつかんで力比べの体勢となった。グギギギ、バキッ、とどこからか音がする。どうやらパワーでは互角のようだ。


『なめないでよ、ねっ』

 クマは右手を離し、ゴーレムにパンチを繰り出していく。いくら固い岩といえ、刃でガリガリと削られる巨体。


『なんだぁ、見掛け倒しかぁ』

「グォッ!」その言葉に反応したのかどうかはわからないけれど、ゴーレムの目が一瞬光った……気がする。


 ゴーレムが放ったのはゆっくりに見える左パンチ。クマはそのまま右腕でガードする姿勢を見せた。しかしその質量は並ではなかったようだ。ゴーレムはクマのガードごと殴り飛ばした。ひしゃげる右腕。腕を振りぬいたゴーレムが左足を地面に着くと、一際地面が揺れる。


『うわわわわ!』

 勢いは止まらず、そのままクマはあっさり倒れこみ、地面を二回、三回と転がった。やったか、と思ったその直後。


『くっそ、これでもくらえ!』

 寝転がったまま、ジャキッ! っと右腕をゴーレムに向けたクマから、直後すさまじい蒸気の噴出と同時に拳が飛んだ。稲妻のような速さの拳はゴーレムの頭部と思しき場所に当たり、吹き飛ばした。


 ゴーレムはゆっくりと仰向けに倒れこむ。今までで一番地面が揺れた。

『いやったぁ! ざまみろ石人形!』

 金属のひものようなものでつながっている拳は、ひもを巻き取ることによって回収できるようだった。カチン、という音とともに元の位置に戻った腕で、片手だけのガッツポーズをするクマ。


「ええっ、ゴーレム負けちゃったんですか!? まずいですよ、アレクシアさん!」

 エドがわたわたと慌てだす。


『早く立つんだよっ! 何やってんのよぅ、バッセル!』

『ちょ、ちょっと待ってくださいよ姉御、蒸気圧が下がりすぎて』

『姉御はやめろっていってんだろっ!』

『あだだだだ! ちょっとあね、いやベルナ様、あだだ!戦闘中、せ・ん・と・う・ちゅ・う~!』


 敵はなんかじゃれてる。これはチャンスだ。精霊の力は失われていない。これなら。

「大丈夫、まだゴーレムは死んでない」

 するとすぐに、ゆっくりとだがゴーレムは身を起こした。そのまま悠然と立ち上がる。


「首、ないのに動いてる? なんで?」ディルがポカンとゴーレムを見上げる。

「顔は飾りみたいね」よくわからないけれど、大丈夫らしい。


 そして意外と素早い動きを見せたゴーレムが、起き上がろうとするクマの片足を踏み潰す。ゴシャっと鈍い音がして、また大量の蒸気を股関節あたりから吹き出し、クマは動きを止めた。ゴーレムはそのまま転がったままのクマを殴りつける。ガイン、ゴイン、と金属音が響く。


『やだもうっ! バッセル! 立て直してぇ!』

『無理っすベルナ様ぁ。右上腕と左脚が動かねぇ』

『なに言ってんのよ、負けちゃうじゃない!』

『まずいっすよ、それどころか、このままじゃ捕まっちまいますよ。親方に迷惑が』

『……っち! 仕方ない、出直しますわ』


 そういうが早いか、クマから今度は黒い煙が噴き出し、辺りは一瞬で煙だらけになった。

「お嬢ちゃん、今日のところは引いておくわぁ。つぎ会うときを楽しみにしておくことね。……借りは必ず返すから」


 私が風を起こして煙を吹き飛ばした時には、「おぼえてらっしゃい!」という捨て台詞を残し、ベルナたちの姿は掻き消えていた。

 ふぅ、と息をついて振り向くと、三者三様の表情で迎えられた。


「すごい……すごいよお姉ちゃん! なにあのでっかい人形! ごーれむ、っていうの、かっこいいー!」

「アレクシアさん、さすがです。精霊術のすごさを肌で感じることができました。これなら『天馬の変』も乗り越えられますよ、きっと!」


 ディルとエドがまとわりついてきたので、よしよしと頭をなでていると、目を見開いたまま固まっているスザンナが、ヴァイスの背中に乗って戻ってきた。


「あの、スザンナ様? ……姫様!?」

 最初私に声をかけられたことに気づかなかったようで、強めに声をかけると「ひっ」と短い悲鳴を上げてこちらを見た。


「あ、あの? ひめ……さま?」

「ど、どうして」「はい?」

「どうして……私を助けたのですか」スザンナは青ざめた表情で私に問いかける。


「そんなの決まってるじゃないですか」と腰に手を当てて答えてやる。


「パーティーメンバーだからってのもありますけれど、なによりディルの幼馴染だから助けました。ってか目の前で死にそうになってるんだから、助けるの当たり前でしょ」


「へ。たった、それだけ?」ポカンとした表情のスザンナ。

「ほかに理由、必要です?」私は肩をすくめ、逆に聞き返した。何が必要なんだほかに。


 しばし沈黙が広がった。廃墟を抜ける風が心地いい。


「ぷっ」

 沈黙を破ったのはスザンナだった。


「ふふふ、あはははっ」

 突然笑い出したスザンナを見て、ディルと顔を見合わせて互いに首をかしげる。


「アレクシアさん……あなたって、本当に甘いわね」

 目じりを押さえながらスザンナがおかしそうに話す。


「え、そう……ですかね、やっぱり」たはは、と苦笑いする。

「気を付けないと、その甘さは自らを滅ぼすわよ。……けれど、その甘さ。私は好きよ」


 そう言ってスザンナは宣言した。

「私はあなたを信じることにします。この難局を共に乗り越える、仲間として!」


「え……ホント? スザンナ様」

「ええ、もちろん。あ、仲間になったのだから、私も呼び捨てでお願いしますわね、アレクシア!」

 そういってにっこり笑いながら、スザンナは右手を差し出した。


「わかったわ。こちらこそ、よろしくね。スザンナ」

 彼女の手を取り、固く握手を交わした。



 倒れた騎士たちは装備のおかげか、全員奇跡的に命があった。

 私たちは彼らの治療をしたのち、王都への帰途についた。


 帰る道すがら、スザンナとはたくさん話した。私の出自を話すと「三国会議ですね」と彼女は笑った。


 打ち解けた彼女は、今までの冷たい雰囲気が嘘のように、とても話し好きだった。

 年頃の女の子が好きそうな話題、どういう服が好きだとか、お菓子はあの店がいいだとか。好きな異性はいないのかとか、どんな髪型がいいかとか。そういうお話が大好きな、いってみれば普通の女の子だった。


 今週の星占いの話題になったら途端に食いついて、

「わ、わたし今週の恋愛運、最高だったはずなんですけれど~。どこかにすてきな王子様、落ちてないですかね~」なんていうものだから吹き出してしまった。


 そして「あっ、居た!」とか言ってエドに抱き着くもんだから、またディルと一触即発な雲行きにしたりとか。


 ディルとギャンギャンやってる姿。きっとこちらが本来のスザンナなんだ。

 生まれた環境がそうさせるのか。こんな少女ですら、私に見せた氷のような対応を取らねばならない。それが王家に連なるものの宿命なのか、はたまた役割だとでもいうのか。


「こんなことしなくて済むような世の中に、なればいいのになぁ」

 誰に言うともなく、ぽそりとつぶやいた。


 ”なんだ。だったらお前が作ればいいじゃないか、アレクシア”

 隣を歩くヴァイスが、そう言って私を見上げる。


「冗談。私なんかにそんな大それたこと、できるわけないでしょ」

 私は笑って受け流す。


 ”そうか? 案外できるかもしれんぞ”


 地位も名誉もない。力は……多少はついたかな? そんな私に大きな事、できるわけないでしょ。


 まずはフランプトンに帰ろう。

 風にサワサワと揺れる草原を眺めながら、バカな話をしながら帰ろう。


 今日は少しの間でも、戦いのことを忘れていたかった。


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