第五十一話 因縁
緑の草原に場違いな、低い城壁のような壁が長く続いている。
そこはかつて古い都市だったという。ロズの時代の街だ。この辺りは魔族との激戦が行われたところと聞く。私たちは遺跡を見渡せる小高い丘の、森の中にいったん身を隠した。
パーティーは総勢十名。スザンナ王女、騎士五名、ディル、エド、ヴァイス、それに私。予定では騎士達は見学だけでお帰りいただくことになっている。
「さて斥候の報告によると、敵はこの都市を統治していた、伯爵の屋敷跡を根城としているようです。オークが十体ほど。リーダーなど優等個体はいないようです。あと正体がよくわからないのが三体、だそうですよ」
昨日のドレス姿とは打って変わり、サラサラの髪をアップにまとめ上げ、冒険者然とした衣服と革の鎧に身を包んだスザンナ王女が端的に話した。
「正体がよくわからない?」
「フード付きのマントで全身すっぽり身を隠しているからよくわからないそうよ。ただ体格的には人のそれみたいだから、獣人の類だと思われる、と」
「それくらいなら私たちで何とかなるかもしれませんね」
私がディルに目を向けると、ニカッと親指を立てて笑った。この子は冒険となると本当にイキイキとする。
「またオークだけど大丈夫?」一応たずねてみるものの、
「あのおっきいのはいないんでしょ? だったら大丈夫だよ!」とディルは自信満々の様子だった。
「敵方には見張りのようなのはいないし、正面から行こうか」
「え、お姉ちゃん、見えるの? あんな遠いところ」ディルが驚いて聞いてくる。
「見えるわけないじゃない。土と風の精霊にね。たずねるのよ。『敵はいませんか』って」
冗談めかした私の言葉に、ディルは不思議そうな顔をした。
索敵をお願いしていることは、冗談ではないのだけれど。
身を低くして、なるべく草に身を隠しつつ近づいていく。魔物の気配がしないことは精霊たちに確認済みだけれど、目のいい個体がいるかもしれない。油断はできない。
遺跡に近づくにつれ、かつてここで行われた戦闘の激しさを、遺跡は雄弁に語りだした。
城壁と思しき壁には大小いくつもの穴が開き、石造りの柱も刀傷だろうか、大きく削れたような跡を持つものがいくつも見られた。
正面の門をくぐれば中央に大通りがある伝統的なつくりの街であったことがわかる。当時は美しかったであろう、切りそろえられた石畳。しかし時の流れによる痛みはひどい。雑草やところどころ木が育ち、持ち上がったり割れたりしていて、見る影もない。
ゆっくり油断なく、音を立てずに進む。建物であったろう場所はすっかり壁が崩れ去り、一部の壁を残すのみとなったところがほとんどだ。時折落ちている食器などが、かろうじてここが街だったことを伝えている。
ほんの数えるほどだけ残った建物の一つが伯爵家の屋敷跡だった。残ったといってもかろうじてといったほうがいい風貌だ。屋根はとっくの昔に失われ、おそらく雨露をしのげるのは一階だけだろう。窓にはすべて鎧戸がついており、中を伺いしることはできない。
風によれば、正面のホールに二匹。門番的な役割なのだろう。外で立哨をしていないとは、よほど油断しているとみえる。
後の連中、二匹は次の間に、残り九匹は一階の奥の広間に固まっているようだ。
「人数は報告通り。あっているみたいですね」
この結果をお姫様に伝えると、困惑した表情を返した。
「な、なんでそんなことわかるんです?」
精霊たちに聞いてます、と答えると「精霊術って便利」まで言ったかと思うと、口を手で押さえた。
「こほん。えー、そんなこと言って、我々をだますつもりではないですよね?」
「私たちが先に飛び込むのに、あなたがたをだます必然性がどこに?」
私の言葉に一瞬目を泳がせ、そうですわね、とまた一つこほんと咳をした。
「まず入り口の二人を外から眠らせます」
お姫様は無言でうなずいた。
「お手並み、拝見ですわ」
「入口の二匹が倒れたら、入るよ。エド、隣の二匹がホールに来たら眠らせて。みんな、準備はいい?」
ディル、エド、ヴァイスの顔を確認する。私は頷き、詠唱を行う。
「アレクシア・ムジェールの名において命ず。風の精よ。我が敵に向かいてその力を示せ。彼の者どもの周りより火の空気を奪え」
まもなく中から倒れる音が聞こえた。素早く正面の大きな扉を開け、中に入る。埃っぽい。
すばやくホール全体を観察する。鎧戸が閉じているので薄暗い。二階へ続く階段が正面にある。階段の先がやけに明るいが、これは屋根がないからだろう。やはりほかに敵はいないようだった。
やはり音に気付いたようだ。しかし敵襲とは思っていない様子、やけにのんびりしている。大方寝ぼけて倒れたくらいに思っているのだろう。私たちは開くであろう扉の死角側に移動した。
エドはすでに事前詠唱を終えている。後はキャストするだけ。
扉がのんびりと開く。
一匹がため息のような声を出した。二匹が倒れた二匹のもとに近づく。
「眠りの雲」エドの溶けるようなささやきがそおっと部屋に溶けた。
やはり落ち着いている時の、エドの魔法の効きはすさまじい。声も上げず、二匹とも眠りに落ちた。ついでに気絶しているだけの先の二人にも念のためかけてもらった。
「ここまではお見事、とでも言っておきましょうか」
余裕の笑みを浮かべたスザンナ王女様から、お褒めの言葉を賜った。
「残りは九。さすがに全員の意識を一気に刈り取ることはできないので、ここから戦闘になる。急襲して半分は削りたい。ディル、剣を抜いて」
剣を抜きながら指示を出す。時間との勝負だ。慎重に、大胆に。
次の間を進んで奥の扉を慎重に開く。いないのはわかっているけれど、下手に音で気づかれたくない。慎重に過ぎるかな。
やがて九匹がいる大広間に続く扉までたどり着いた。中からは雑談でもしているのだろうか、ガヤガヤと聞こえてくる。緊張感のかけらもなさそうだった。
「エド、氷系魔法。また事前詠唱よろしく。ヴァイス、できれば二体、お願い。準備できたらいくよ」
皆の顔を見てそれぞれ頷く。最後に私が頷き、扉を静かに、素早く開いた!
のんびりした顔が一斉にこちらを向く。その表情がスローモーションのように驚愕の表情に変わっていく。
脇から白い影が風のように駆け抜け、押し倒し、隣のもう一体の喉を掻き切ったと思えば、ディルのレイピアは喉元を的確に貫く。
エドの槍というより丸太のような氷の槍は驚愕の表情そのままに串刺しにし、私のブロードソードは敵の胸を刺し貫き、命を刈り取った。
まずは五匹。ほぼ同時にオークたちはその場に倒れこむ。
残りを索敵している時、想定外の事態であることがわかった。
「な……! 人じゃないの、アレ!」
どうして魔物と人が同じところに!? どうして。
「おやぁ? 誰かと思ったらスザンナ王女様じゃありませんかぁ。こんなところで、奇遇ですわね! それに……ダーリンもいるじゃない~。なになに? やっぱりアタシに会いたくなったわけ? やだもう素敵!」
また想定外のセリフが飛んできて、一瞬面くらった。
「お前! あの時の……確かベルナ!」エドが女を指さし、驚いているような表情。
「や~ん、名前覚えててくれたのね? 嬉しい!」
腰をくねくねさせながら、きわどい服の女――エドワードがベルナと呼んでいる――が叫んでいる。
「アレクシアさん、こいつです、豊穣祭をめちゃくちゃにした張本人!」
「やだ、ひどい誤解だわ~。私は逃げるお姫様を追いかけてただけだから、悪いのはお姫様よ? 逃げなきゃあんなに街、めちゃくちゃにならなかったんだから」
「何て言い草!」スザンナがたまらず叫んだ。
「あら? そっちの可愛い子は……あっは、やっぱこの間、私が殺し損ねた子だ~。案外しつこいね? 粘着質な子は、男の子から嫌われちゃうぞ!? なんてな、ぎゃはは!」
私は黙って投げナイフを投げつける。ベルナと呼ばれた女に命中する――そう思った刹那、素早く動く何かに弾き飛ばされ、遠くの床に転がった。手元に戻ったそれは鞭だった。彼女は鞭で、私のナイフをはたき落したのだ。
「初めて見るお嬢ちゃん、初対面のお姉さんへのあいさつとしては、コレは少し無粋じゃないかしら? お姉さんがっかりだわぁ」
はたき落したナイフのほうをチラとみて、顎をしゃくったあと、私を見つめてペロリと唇をなめた。
「少しお仕置きが必要なようね」






