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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第三章:失われし伝承
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第四十九話 合流

 エルフの里に来て、三か月が経とうとしていた。私は精霊術を順調に習得し、最初は半端者がと冷やかしていた里のエルフたちも、何も言わなくなった。最近はことあるごとに話しかけられたり、果物を持ってきてくれたりする。


 仲間、と認めてくれたのだろうか。


「……もしやと思っていたが、ここまでとは。もはや精霊術の理論に関して教えることは何もない」


 私が先ほど消し飛ばした岩の残骸を見ながら、ヨルグは拍手をした。

「ありがとう、ヨルグ」

 なんだかくすぐったい感覚。にっこりと礼を言う。


「むー。父さんと呼んでくれて、一向にかまわないのだが」

 ヨルグは不満げに腕組みをしている。


 私は愛想笑いを浮かべつつ、おもわず視線を外した。何と返事をしていいかわからなかった。一度は私を捨てた男。父親などと、考えられない。しかし今までになかったこのモヤモヤはなんだ。私はこの男に、子として心を開こうとしているとでもいうのか。


 そんな私の心の内を知ってか知らずか、ヨルグは話題を変える。

「ま、おいおいでいいさ。それよりお前、かなり筋がいいぞ。さすが、母さんににて美人なだけはあるな」


 今度は手放しでほめる作戦かと思っていると。

「美人関係ないでしょ、ってなんでいちいち頭なでるのよ! んもう、子供じゃないんだから!」


「私の子供じゃないか。カワイイなぁ、アレクシアは」

 ぐりぐりぐり、と私の頭をなでたくる。ああもう、セットがくずれる……。

 そんなやり取りの中で胸の奥にポッと暖かいものが生まれたことに戸惑いを感じると、あっという間に頬が熱くなる。

 私、まさか、うれしいの? 違う、これはそんなんじゃない。


 いくら目の前の男(ヨルグ)が血を分けた肉親だとしても、私にとってのお父さんはボルド。これは変わらないし、譲れない。

 それを許してしまったら、私の中の柱が崩れてしまうかもしれない。私の今までの人生の意味、お父さんとの思い出、すべて消え去ってしまいそうな気さえする。


 だから私はヨルグとクリスティーナを、真の父と母とは呼べないし、呼びたくない。


「んもう、やめてったら」

 私が頭を撫でる手を邪険に払いのけると、ヨルグは微笑みを浮かべつつ、意外と思えるほど素直に手をはなす。くそ、この男の余裕しゃくしゃくなところ、腹が立つ。


「ま、筋がいいのは間違いない。私には風と水の精霊しか相手をしてくれないんだが、お前はどうやらモテモテだしな、やっぱり身体の相性が」

「その言い方やめて」

 私が睨んでやると、ヨルグは首をすくめた。言い方がいちいちスケベなんだから。


「それで、これからいかがする、我が孫よ」

 となりで静かに聞いていた祖父――ユリトスが口を開いた。


「ユリトス様。はい、……あれから考えたのですが、やはり彼らと行動を共にしたいと思います」

 ヨルグを押しのけて、ユリトスに向き直る。おっとと、とヨルグがよろけるふりをするがあえて無視する。


「彼らとは、あの機械バカの国にいる」

 眉毛をわずかに持ち上げ、ユリトスがたずねてくる。


「ええ。あの子たちは今でも大事な仲間です。彼らとともに、少しでも仲間とその周りの人を救いたい」

「一人でできることなぞ、たかがしれとるぞ。それでも行くか」


 鼻を鳴らしながら紡がれるユリトスの言葉はしかし慈愛に満ちている。私はその思いを受け止めつつ、頷いて答える。


「わかってます。私ができることなんて本当に大したことない。けれど、一人でも救える力があるのなら、ここで黙って見過ごせない。それに」


「それに?」

「私、この世界、割と気に入ってるの。だからかな」


「ふっ、そうか。あともう一人はなんとする。海の向こうの自国に帰った者がおったろう」


 そんなことまで知っているのか。エルフの底知れぬ能力の高さに、内心怖れを抱いてしまう。


「……私はあの子に嫌われてしまいました。けれどできれば力になりたい。ミッドフォードの二人と合流してから話し合ってみます」


 私の言葉にユリトスは軽くため息をついた。


「決心は固いか。じゃがくれぐれも気をつけることじゃ。向かってくるのは同じ人じゃが、心は獣となっておるはず。時には己を鬼にする必要もあるじゃろう」


 私はだまって頷く。


「これを持っていくがいい」


 そういってユリトスが差し出したのは一つの指輪。


「これは?」

「エルフの眷属である証。使いどころを間違えんでくれよ。我らとて魔族とケンカはしたいないからの」


 緑色の綺麗な石がはめ込まれた指輪は、あつらえたかのように左手の人差し指に入った。


「今回の”天馬の変”も、エルフ族は手を出さんことにしている。我々はそもそも争いなぞ好まんのだ」


 それは多分、どの種族も同じだ。なにも好んで争いたくはないだろう。エルフがその方針を堅持できているのは、ひとえにこの精霊術の強力さゆえだ。

 強力な武器はつまり、最高の盾となる。エルフ族はそれを体現しているのだ。


「ほんと、エルフ族も参戦したらって考えたら、ゾッとするわ」

「もし参戦したら、どうなると思う」

「そりゃ、人族は全滅」

「その後じゃよ」


 え、と私が言葉を継げずにいると、ユリトスはそっと囁く。


「次に滅ぼされるのは、我々になるじゃろうな」


 どういうことなのかしら。



 帰りは精霊術で移動ができるということで、早速術式を試すことにした。移動のためには移動する先の鮮明なイメージが必要とのことで、私は途中立ち寄ったサウスという街はずれの墓地を意識し、術を行使する。


「じゃあ、また」

「うむ。危なくなったら戻ってきていいからな。たまには連絡してくれよ?」

「わかったわよ、まったく。……さ、ヴァイス。離れないでね」


 ”だ、だいじょうぶなのか?”


「大丈夫よ、……たぶん」

 ヴァイスにウインクすると、彼はびくりと体をすくませ、そっと私に寄り添った。そんな彼に腕を回しつつ契約式句を詠唱する。


「アレクシア・ムジェールの名において命ず。風の精よ。我が身に宿りてその力を示せ。大地を翔る大いなる風をもって、我が身と我が隣人に翼を与えよ」


『承知』という心に直接語り掛ける声を聞いたと思った直後、私の身体は風に包まれ、一気に持ち上げられると、ものすごい勢いで陽に向かって飛んだ。


 ”うおおぉぉぉおい!!”


 ヴァイスが悲鳴のような雄たけびを発しながら私のすぐ隣を飛んでいる。

 上空には正面に陽がさしているので、南に向かっている。術として成功していると思われた。


「……キレイ」


 思わず声を漏らした。それだけ、美しい光景だった。

 流れる雲を更に追い越すほどの速度。はるか彼方に丸く弧を描く水平線とわずかに見える海がキラキラと輝く。徐々に目を落としていけば、ぐんぐんと地平線の彼方からせり出してくる山々や、よくよく見ればエルフの里を訪れる際に通った村や町が、あっという間に視界を流れていく。

 これまでのかなりの日数をかけた行程だったが、今やちょっと近所に買い物に行く程度の時間で目的地に着こうとしていた。おそらく正面に見えているのは目的の街、サウスだろう。さきほどから高度がぐんぐん落ちてきて、街がドンドン大きくなってくる。


 ”お、おい。これどうやって止まるんだ?”


 ヴァイスが不安げに尋ねてくるが、私にだってわからない。

「そういえば、聞いてなかった」


 ”うおおぉぉぉおい!!”


 ヴァイスが何度となく発した雄たけびを、再度張り上げた。




「はー、着いたついた。面白かったねー!」

 ”……生きた心地がしなかったぞ”


 軽く伸びをする私の横で、ヴァイスはぐったりしていた。楽しくなかったのかな。

 結局この目的地に到着する直前で、精霊たちはいい感じに減速をしてくれて、まさにふわり、という表現がぴったりの丁寧な着地をさせてくれた。


 ヴァイスはしばらく落ち着かない様子で身体をしきりに舐めている。何となく可哀想だったので、落ち着くまでしばらくさせるに任せていた。



 サウスの街から王都フランプトンまでは、ヴァイスの足なら半日掛からない程度だ。そのまま移動し、昼過ぎには到着した。



「っとサルヴィオ工房……ここね」


 王都の大通りの一角にその工房はあった。店の前まできて、躊躇する。飛び出していった私を、彼女たちは受け入れてくれるのだろうか。


 ”なんだ、やめるか?”


 ヴァイスがからかうように話しかけてきた。


「じょ、冗談。さ、いくわよ」


 玄関ドアを開ける。チリンチリンと扉につけられた呼び鈴が鳴って、奥から女の子の「はーい」という声が聞こえた。ドキリと胸が高まる。


「はい、いらっしゃいませ。ご用件は、なんでしょうか? わぁ、おっきい犬~!」


 予想に反して現れたのは背の低い、オーバーオールを着たかわいらしい女の子だった。

 ホッとした半面、お預けを食らってしまった気持ちになってしまった。


「あ、すみません。アレクシアと申します。サルヴィオ氏はいらっしゃいますか」

「ええ。少しお待ちいただけますか」

 そういって女の子は一礼して上目づかいでちらと一度視線を私に向けた後、奥に再び引っ込んだ。


「……おじいちゃーん! なんか綺麗な女の人が訪ねてきたヨー!? どこの隠し子ー?」

 サルヴィオさんを呼んでいるようだ。紹介の仕方が少し気になるけれど。


 ”おい、俺は犬じゃ”

 ヴァイスがなにやら言いたげのようだけれど、とりあえず無視。

 しばらくして数人の足音が聞こえてきた。そして。


「お姉ちゃん!!」

 一言叫ぶと胸元に飛び込んでくる女の子。ああ、よかった。避けられていないようだ。

「ひさしぶり……ディル」


「お姉ちゃん……ホントにお姉ちゃんだ。会いたかったよう。なんで私たちを置いていったの」

 私に抱き着いたまま、ディルは泣き出しはじめた。


「……ごめん。でも、あのまま一緒に旅はできないと思って」


「私は! ずっと一緒に行くつもりだった!エルフだろうが何だろうが、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ! それなのに黙って出て行くなんて……ヒドイよ」


「ごめん、ごめんなさいね、ディル。あなたが、そんな風に想ってくれてるなんて思ってなかったから。ありがとう、うれしい」


 そしてディルをそっと抱きしめる。


「もう、何処にも行かない?」

 私に抱きすくめられた格好のまま、ディルがくぐもった声で聞いてくる。

「うん。また、一緒に居てくれる?」


 でもしばらくディルは答えない。

「ディル?」

「……しようがないなあ、お姉ちゃんには私が居ないとダメなんだね」

「あはは。……ディルとまた、一緒に旅がしたいよ。ダメかな?」


 するとパッと顔を上げたディルは可愛くニカッと笑ってくれた。

「もちろん良いに決まってるよ。だって私たち、仲間でしょ。でもしばらくは」


 そういってディルはスルリと私の脇に回って腕に手を回す。


「またどっか行くかもだから、しばらくこうしてる」


「ディ、ディル」

 そんな様子をエドはじっと静かに見ていた。


「おかえりなさい、アレクシアさん」


 おや、と思った。なんだか随分と。


「エド。あなた……なんだか随分と頼もしくなったね」

 すると私の言葉ににへらと表情を崩し、「そ、そうですかね」と笑った。


 あ、私が知ってるエドだ、そう思った瞬間。


「いたっ」とエドが叫んだ。どうやらディルが彼の脛を蹴ったようだ。

「な、何すんのさディル」唇を尖らせてディルに文句を言うエド。


「ふーんだ。お姉ちゃんが帰ってきて良かったわねー」

 私の陰に隠れて舌を出している。

「そりゃ帰って来たらうれしいさ。何怒ってんのさ」

「べっつにー?」

「なんなんだよ、もう」

 へえ。そういうこと。コレはお姉ちゃんとしては応援しないとね。



 その夜は離れて行動していた間の話を互いにした。


 私がいない間に、ここで大きな事件があったようだ。豊穣祭のさなか、エドは何者かに襲われていたこの国の王女、スザンナ姫と偶然出くわし、行きがかり上助力をすることになった。そこで彼は獅子奮迅の働きを見せ、見事敵を撃退したということだ。

 しかも二人のお姫様を守りつつ。優秀な騎士君に成長したエド。急に頼もしくなった理由がわかった気がする。


「エド。あなたやるじゃん」


 私の言葉にひたすらエドは照れている。ディルはというと、今度はずっとエドに引っ付いて甲斐甲斐しく世話をしてる。


 スザンナ姫の話は興味深かった。もしかしたら東大陸はなんとかなるかもしれない。

 ディルとも旧知の仲だったというから王家のつながりも伊達じゃない。彼女はどうやら魔法が使えない人向けの武器を大量に準備しているとのこと。それはまさに『天馬の変』の間を生き抜くための命綱。エドたちが開発に協力した見返りに、それなりの数の武器を譲渡いただけるという。おかげでエドたちの武器の心配も一気に解決しそうだった。



 対して私の話す内容は、相当衝撃を与えたようだった。

 ディルは目を見開き、手で口元を押さえたまま固まっている。エドは顎に手を添え考え事を始めたようだった。


「ミッドフォードのお陰で東大陸は何とかなるかもしれない。けれど残酷なことかも知らないけど、西大陸は――」


「恐らく、魔族に制圧されるだろうな。そうしたら住人は恐らく」

 私の言葉を継ぐように、サルヴィオさんが沈痛な面持ちで呟く。


「そんな、そしたらみんなは、エルは」

 私は沈黙で、ディルの問いかけに答える。


「ダメだよ、そんなの」ディルが焦点の合わない表情で呟く。

「ディル、落ち着いて」

「そんなの、落ち着いてられないよ! だってエルが、エルが!」


「助けるから! 私が行って、助けてくるから」

 ディルの肩に手を添え、言い聞かせるように語りかける。


「お、姉ちゃんが? 一人で?」

 私の言葉で、ディルは若干落ち着きを取り戻したようだ。


「それが一番安全、だから」

「ダメ! また私たちを置いて行くつもりなの!?」

 ディルは私の腕を掴み、食ってかかってきた。


「そ、それは。危ないから」

 私はディルのあまりの気迫に気圧されてしまった。


「だったら、なおの事一人はダメだよ! 私も行く! エド、あなたも一緒よ、分かってるわよね!?」


 彼女の言葉にエドは迷いなく答える。

「もちろんだよ、ディル。僕は君の騎士だからね」


「と、いうわけだから、一人で行くなんて絶対ダメだからね!」

 ディルがなかなかの迫力で私に迫る。


「わ、わかったわよ」

 私はやっとの事でそれだけ返事をした。


「ところで私もミッドフォードのお姫様に会っておきたいわ。お目通りはかなうかしら」

「あ、そうだね! ちょうど明日行くことになってるから、一緒に行こうよ!」

 ディルが早速明日の訪問を提案してくれた。ありがたい。


 けれど気軽に言ったこの何気ない一言が、あんなことになるとは。


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