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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第三章:失われし伝承
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第四十七話 魔族の企み

「あなたのその中途半端な気遣いのせいで、私達が今どういう状態なのか。まさか知らないとは言わせないわ」


 睨みつける私の目線を、ヨルグは涼しい顔でまっすぐに受け止める。それがまた腹立たしい。


「……言ってる意味が分からないな。あの時放置していたら、あの娘。死んでいたぞ」


 伸ばしていた手をもとに戻し、ヨルグは口の端に笑みを浮かべた。


「それに関しては感謝しています。けれどアナタが直接手を下してくれていたら」

「今でも仲良く旅をしていられたのに、か? ……だがいずれは殺されていただろう」

「そんなこと」

「そんなことない、ってか? いやあるね。お前たちは早晩、少なくとも『天馬の変』が始まれば、あっけなく終了だ」


 次の言葉が継げなかった。確かにそうかもしれない。あれ以上の敵が現れた時、私達は無事に対処できただろうか。あの時単にヨルグに助けてもらってしまって(・・・・)いたら、私は今、生きているだろうか。


「実際のところは、()ってみないとわからないけど。……まとにかく、私はお前の父だ。これからは敬うように」


 父。お父さん。その瞬間いろいろな思いが一気に溢れてきた。同時に涙が出そうになるのを懸命にこらえる。


「……私にとってのお父さんは、ボルド。ただ一人よ……」

 結局、それだけ絞り出すように言葉にした。


「ふむ、そうか。……ま、今はそれでもいい。気が向いたら父とよべ。そうでないなら、まぁ……パパって呼んでもいいんだぞ?」


「パっ……! だっ、誰が!」


 思わず声が大きくなってしまった。なんだか頬も熱くなって、ムカツク。


「はっはっはっ! 今はヨルグでいい、今はな。ただ……いつか、父と呼んでくれ」

「ふん、いつか気が向いたらね」

「そうそう。思い出すように言うことじゃないかもしれんが、お前の母もずいぶんお前を気にしている。話してみるか?」


「えっ!? どうやって話すのよ。相手はレンブルグの王女様でしょ?」

「ああほら、私がお前と話したあれだよ。風の精霊を使役して遠くの者と会話できる」


 私を産んだということは少なくとも三十台前半だろう。その年で結婚をしなかったのなら、おそらくこの先も独り身だろう。この男性――ヨルグをただ一人の伴侶として。


「ん? なんだ私に惚れたのか? でもすまん、私はお前の母親にぞっこんだ」


 いつの間にか私はヨルグを見つめていたようで、その様子に何を勘違いしたのか、彼はからかうような視線を私に向けた。


「そ、そんなこと誰も言ってないじゃない」

 面と向かってのろけるな。


「それで、クリスティーナと話すか?」

 少し考えて首をふる。

「そんな、いきなり言われたって」


 何を話せっていうのよ。十七年よ。想い出話もなければ記憶もない。わずかに覚えているのは匂いだけ。ひなたの匂い。


「まぁいい。そっちも気が向いたら言ってくれればいい。ただ、クリスティーナはいつもお前のことを気にかけている。少しでも話してくれたらうれしい」



「じゃ、次の質問に答えようか。『天馬の変』で世界に何が起こるのか、だが」


 私は無言で頷く。


「起こることをざっくりいうと、巨大なほうき星、『彗星』がやってきて、その影響で一定期間、魔法が使えなくなる。過去の例から、だいたい二か月間くらいと考えている(・・・・・)


「考えている? 誰が?」


「魔族が、だよ。その間に、人間を滅ぼす……んだそうだ」

「そ! ……本当なの?」


「ああ、そのために魔族は周到に準備をしてきた。普段の『魔法を使える人間』には勝てないからな、魔族は」


「で、でもちょっと待って。『天馬の変』は過去にも起こったはず。けれど人間は今でも生きてるわ」


「そう。前回の『天馬の変』の時も魔族は人間に勝てなかった。人間が魔法を使えなかったにも関わらずだ。なぜだと思う?」


 なにかしらの知恵があったのだろうか。いずれにしても方法がわからない。私は首を振るしかなかった。するとヨルグは私を指さした。


「『忌み子』だよ。魔法は使えないが体力と技で相手を屠る……昔は”戦士”とか”剣士”とか呼ばれていた存在だな」


 私はしばらくヨルグの指先を見つめていたけれど、不意にバラバラだったものがカチリ、と組み合わさるような感覚を覚えた。


「あ! ……だから『忌み子』を……作ったんだ(・・・・・)


 ヨルグは黙って頷いた。


「忌み子の制度を流布したのは魔族だ。長い期間をかけ人族のコミュニティに浸透した。そして魔法使いが優勢であるという思想誘導をして、魔法を使えない人たち、元々は戦士や剣士としての適性のある人たちだな……彼らを迫害するように仕向け、社会から徐々に排除していったんだ」


 ヨルグはカップを傾けたが、すでに飲み干してしまっていたようで、中を覗き込んでから机にコン、と置いた。


「やがて要職や軍隊に戦士、剣士といった適性の人間はいなくなって、ますますその社会、思想は強固なものへと変わっていく。……社会的な排除から、物理的な排除へ向かうのもそれほど時間はかからなかったよ」


 武器の類も急速に失われ、製造方法もミッドフォード王国にわずかに残るのみとなった。サルヴィオさんと巡り会えたことは、幸運と言わざるを得ない。


 考えてみれば当たり前のことだ。魔法が使える人がいるなら、使えない人もいる。それは神の恩寵(ギフト)なんかでなく、人それぞれの特性だ。

 勝てる戦いをするためにかけた千年に及ぶ長い時間。その遠大な戦略に魔族の執念とも思えるものを感じ取り、私は戦慄を覚えた。


 かつてロズの七賢人、三英雄と称された偉人たちが建国した国々。その末裔たる為政者が、今や魔族が仕掛けた巨大な罠にはまり、疑うことなく『忌み子』を迫害する。特に西大陸の差別意識は東のそれとは格段に違う。


 レンブルグ、デュベリアでは棄民。リンブルグランドに至っては死か隷属だ。


「すると……リンブルグランド王国が行っている奴隷制度は」

「殺人制度……だったらまだ胸糞悪い話で片が付いていたんだが、現実はもっとひどくてな」


 思わず唾を飲み込んだ。

「ひどいって。どういう」


「忌み子として奴隷化された人間たちは皆、最終的には西の魔物の島に集められた上、魔物に洗脳され、闘いの尖兵として……今度は人間を殺しにくる」


 そこで私はおもわずあっ、と叫んでしまった。


「ちょっと待って、忌み子を奴隷化することを奨励しているのは」

「そうだ、リンブル聖教。お前たちがありがたがっている宗教の親玉だな」

「まさかリンブル聖教って」

「今まで聞いていて、まともな存在でないことだけは確かだろう?」


 私は全身の力が抜けるような感覚を覚えた。ひどいなんてもんじゃない。このままだと完全に詰みだ。人族はいまや死の時を迎えようとしているのだ。さらにその片棒を、世界の半数が信奉する宗教団体が担いでいる。一体これはどんな冗談なんだ。


「今度の戦いは、まずは人間同士の戦いなんだよ。そしてそれは一方的な虐殺になるだろう」


 ヨルグが囲炉裏にかけてあるポットを取る。カップに注ぐと湯気と再びハーブのいい香りが辺りに漂う。

「ん」とヨルグがポットを掲げたので手に持ったカップを差し出すと、コポコポと温かいお茶を注いでくれた。


「ただ間違えてはいけないことがある。今回の原因を作ったのは魔族じゃない、欲にまみれたロズという国の連中――人族だ。……その経緯は、あの島の婆さんあたりから聞いたんじゃないか?」

 ポットを囲炉裏に戻しながら、ヨルグは再び口を開いた。


 そう。かつて存在したロズという国が、元々魔族の土地だった西大陸に攻め込んで、土地を奪ったことで、長い争いの歴史が始まったのだ。


「それは聞いたわ。けれどだからって」

「いいか、魔族は自分たちが住んでいた土地を、ただ取り戻したいだけだ。そこのところを間違えると」

 急に鋭くなったヨルグの眼光に息をのむ。


「お前も、戦にただ飲み込まれるだけだぞ。そうなったら俺はお前を……」

 私は何も言いだせなかった。再び部屋は沈黙に包まれた。


「まぁそんなことは無いと信じてるよ」

 いつもの軽い口調でヨルグはつづけた。私は急に息苦しくなって深呼吸した。いつの間にか息をとめていたらしい。


「さてアレクシア。ということでお前には新たな武器が必要なはずだ。それも圧倒的な力が。まずはお前にかけられた封印を解く。それでお前も魔法が使えるようになる。ま、二、三か月後の実際の戦いでは役に立たんだろうがな。それから」


 そこでいったん言葉を切り、私に向き直る。


「精霊と契約を果たせ。魔族と戦うために」


「でも『天馬の変』の期間は魔法は使えないのに、契約に意味があるの?」


「ある。精霊術はほうき星の影響を受けない、魔法にとって上位の存在だからだ」

 そこまでで言葉を切ると、口を湿らせるようにハーブティーのカップを少しだけ傾け、話をつづけた。


「魔法とはそもそも、それぞれの属性の精霊に願いを伝え、具現化してもらうことで効果を現す。ここまではいいか」

 初めて聞く概念だけれど、納得はいく。ヨルグの言葉に軽くうなずいた。


「理解が早くて助かる。……事象の具現化には願いのイメージの明確化と供物としての魔力と生命力が必要だ。そういう関係で、精霊が上位で術者は下位となる。また生命力を与えるため、濫用は術者の寿命を縮める」

 ふとお父さんの姿が脳裏に浮かび、苦い気持ちが広がった。この知識があれば、お父さんはまだ長生きできたのだろうか。


「さて次にほうき星と精霊、それと魔法の関係性だ」

 ヨルグは囲炉裏の火をいじりながら説明を続ける。


「ほうき星は人と精霊のつながりを阻害するというのは、すでに経験で知っていると思う」

 その言葉に私は頷く。今日だって何人か助けてきたしね。


「なぜほうき星が魔法の発動を阻害するのか、実のところわかってない。これはもう想像に過ぎないが、精霊にとって、ほうき星はとても魅力的に映るのだろうな。きっと人間の言うことなど聞いている場合ではないくらいね」


 そしてヨルグはウインクをした。

「もしかしたら、精霊たち(かれら)はいつか(そら)をかけるほうき星になりたいと、願っているのかもしれない。……この答えは、ロマンティックすぎるかな?」


 そのしぐさがあまりに滑稽だったので、思わず吹き出してしまった。笑うなよ、とヨルグは苦笑いを見せた。


「……続けるぞ。あー、対して精霊術は、精霊そのものと契約して、使役(・・)する。そのため互いの都合などお構いなし。契約で強制され、実行される。精霊と術者は対等、もしかしたら術者が上かもしれない」


 契約は(いにしえ)の盟約により、血を受け継ぐもののみが行える。私も(ヨルグ)の血を受け継いでいるため、問題なく契約できるはずと説明を受けた。


 この契約には、さしものほうき星も邪魔する余地はないらしい。


 私は最後に、もっともな疑問を口にした。

「あなた、魔族でしょ。なぜ私にこんなにも手助けを」


 ヨルグはいともあっさりと、当り前だと言わんばかりに、

「決まってるだろう。娘が死ぬところなど、見たくないからだよ」

 そう答え、私の頭をポンポンと撫でた。


「それに、そういうお前も半分魔族じゃないか。仲間を助けるのは、なにも人族だけじゃないぞ」

 その答えに素直に喜べない自分がいた。


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