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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第一章:家族とは
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第四話 持たざる子

 今日もお店にはいろんな人がやってくる。


 毎日店にやってくるけど全く本を買ってくれないおじさん。


 お茶を飲んでお嫁さんの文句を言って、僕に嫌味を言うだけでやっぱり本を買ってくれないおばさん。


 あとはたまに魔術書を物色してはお前には無用の長物だなとニヤついてくるお兄さん。

 でもいつも何かしら買ってくれる大事なお客様だ。


「い、『忌み子』は魔法が使えない哀れな人種だからな! 我々がほ、施しを与えてやらねば生きていけない身の上だからして! こんなはした金で喜ぶなぞ、安い奴だな!」


 そういってこのお兄さんはいつも少し多めにお金をくれる。ありがとうってお礼を言ったら顔を真っ赤にしてお店を出て行く。


 おばさんはたまに夕ご飯の一品を置いて行ってくれる。もっとたまに朝ごはんも置いていってくれる。


 本を買ってくれないおじさんからの紹介で来てくれるお客さんもいるようだし。

 そんなモノ好きさんたちのおかげで、この古本屋は支えられているのかもしれない。




 そういえば僕がここに来てから、だいたい二年近くが経った。

 相変わらず魔法は使えないけど、その代わり古い本の知識を頑張って覚えている。

 おじいさんは少しちいさくなったように見えて。蚤の市なんかへの出店も今年で最後かのう、なんて年寄り臭いことをいっている。

 ……十分年寄りか。


 勉強の甲斐あって回復薬は作れるようになったし、体術も少しは様になってきたと思う。練習相手がいないから、本当に使えるのかはわからないのだけれど。

 あと練習しているのは弓。野生の生き物はとても賢く、とても臆病だ。剣を持っていくら注意して近づいても、気配で逃げられてしまう。だから遠くから狙えるようにしたいと思ったからだ。

 幸いお店の裏庭には弓の練習ができるくらいのスペースはあるから、バカにされずに心置きなく練習できるのはありがたいところだ。


 でも最初の頃は全然当たらなくて、ついには「正面を狙わん方が当たるんじゃなかろうか」なんておじいさんがひどいこと言うものだから頭に来た。


 そんな調子でイライラしながら射た矢が、脇で見物していたおじいさんの顔を掠めて壁に突き刺さるっていうちょっとした出来事があってからというもの、僕の練習を見に来ようとしない。ホントひどい。



 そして今日は薬草の採集と、少し狩猟をやるつもりだ。

 最近は自分が使う分の採集を午前中に、街の近場でやっている。そして午後からは店番をしつつ本を読むっていう過ごし方が普段の生活として定着しつつある。


 うまくいったら、今夜は豪華にお肉料理にするからね、おじいさん!


 いってきます、とおじいさんに声をかけて、店を出る。腰には倉庫で見つけた短めの片手剣と背中には弓矢。後はナイフを一本。


 そしていつものように門番のおじさんに「重装備だな!」とからかわれて街を出る。

 今日は森の入り口まで行ってみようと思う。



 ◇ ◇ ◇


 気候もずいぶん穏やかになってきたため、薬草も順調に育っている。採集もはかどり、目標の量はあっという間に確保できた。次は、狩猟の練習だ。


 しばらく慎重に森の入り口あたりを進んでいると、森に面する小川で、小ぶりのワイルドボアが水を飲んでいるのに気付いた。

 ワイルドボアは家畜である豚の祖先だ。豚より二回りほど大きくなり、発達した牙で身を守る。また場合によっては人間に襲い掛かってくるときもあり、油断がならない相手だ。 

 どうだろうか、仕留められるだろうか。相手は一頭。基本的には弓で頭を打ちぬけばいいのだけれど、たとえできなくても首を切れば勝てる。よし、やってみよう。


 慎重に、音を立てずに風下に。弓の張りを確認してから身を低くして音を立てず、できるだけ近づく。


 獲物はまだ気づく様子はない。水芋を見つけたようで、一心不乱に食べている。チャンスだ。視線を外さず、慎重に矢筒から矢を取り出す。念のために三本。二本は柔らかい土に突き刺しておく。


 弓に矢をつがえ、ゆっくり引き絞る。狙いをつけつつ、息を整える。


 ひときわ深く息を吸い、止める。


 その瞬間、視界がぐっと狭まり、獲物に吸い寄せられる感覚になる。

 手のブレが止まったとき、放つ。


「ピギャアアアァ!!」


 矢は風に流され、足に当たった。急いで二射目をつがえ、射る。今度は腹だ。致命傷にはならない。射止めるのはあきらめ、片手剣を抜いて駆け出す。

 ワイルドボアは逃げるつもりか不器用に走り出そうとしたけど、痛みのためかすぐにその場に倒れこんだ。そのままのたうち回っているため、一気に畳みかける。


 上段から勢いをつけ首にたたきつける。一回、二回、三回。

 ゴリッ、ゴスという、剣が骨に当たる音が響きわたる。暴れるため、なかなかいいところに剣が入らない。

 ブーツも何度か蹴られて焦る。早くとどめを。もたもたしていると仲間が来てしまう。早く殺さないと。


 早く、殺せ、殺せ、殺せ。



 苦しさに気づいたのは、ずいぶん経ってからのような気がした。


「ぶはぁっ!」いつのまにか止めていた息を吐きだし、大きく吸った。


 ふと見下ろしたワイルドボアの眼からは、すでに輝きは失われていた。

 血なまぐさい。周辺一帯血まみれだ。僕の防具にも返り血が大量に飛び散っている。帰ったら洗わなければ。


 終わったと思った瞬間、身体から力が抜けた。片膝をついた姿勢で剣を地面に突き立て、何とか体を支え、その場で息を整える。後になって全身を震えが襲ってくる。


 そうして横たわるボアを眺めながら休んでいると、だんだんと勝利の実感が湧き上がってくる。やった……やった!


「いやったー!! ワイルドボア、たおし」


 そこで意識が飛んだ。



 ……



「……ピーッ、……ピギーッ……」


 うーん、うるさいなぁ。なんだよ朝か、ら……?

 うっすら開けた目に映った先には、体長一メートルはあろうかという大きなワイルドボア。


 気を失う前、突然横からの衝撃を受けた気がする。

 どれだけ気絶してたんだろうか。頭にかかったもやが、徐々に晴れてきた。

 気付かれないよう、ゆっくり体を起こそうとした時だった。


「いった!……あ」

 すこし動かしただけで襲い掛かる激痛。肋骨が何本かやられた、かな。

 息が……できない。浅く短い息づかいで痛みをいなす。

 多分意識がなかったのはほんの数秒。助かった……今のところは。


 大きいワイルドボアは、さっき仕留めた小さい奴を鼻でつついて起こそうとしている。

 僕が動かないからとりあえず身内の心配をしているのだろう。

 ごめんね、その子、もう起きない。


 それより自分のことだ。

 右腕……動く。

 左腕……力が入んない。折れたかな。

 右足……うん、大丈夫。

 左足……少し、くじいてるけど大丈夫。走れる。

 剣はまだ握ってた。


 眼だけで周囲を確認する。街道の方向は真後ろ。

 まずは物陰に身を隠して……。と思ったけれど、さらに事態は悪化した。


「うそでしょ……」


 おもわずつぶやいた。だってそこに、野犬の群れも現れたんだから。ざっと数えても十匹以上いる。彼らは油断ない目つきでワイルドボアを囲みだした。

 威嚇の声を発しながら近づく犬を追い払う。しかしその隙に別の犬が、僕が仕留めた小さいほうを引っ張る。追い払う。また別の犬が引っ張る。別の犬は大きいほうの尻にちょっかいをかけ、さらに混乱させていく。やっぱり犬は頭がいい。


 しかしこれは逃げる絶好の機会じゃないか? というかこれを逃したら、確実にワイルドボアか野犬、どちらかに殺される。幸いまだ犬たちは僕を食料と認識してはいないみたいなので、この機に乗じて逃げないと。


 機会をうかがっていると、ワイルドボアが一際大きく鳴き、犬の一匹を鼻で突きあげた。犬たちの意識が一斉に向かったそのタイミングで、僕は立ち上がり、飛びそうになった意識を奮い立たせると、その場を離れた。


 街道に向かって駆け出す。と言ってもあちこち体が痛む中、足取りは重い。

 いつもの薬草採集コースがこんなにも遠く感じることはなかった。

 背後からは追手が来る気配は今のところないけど、肋骨の奴は容赦なく痛めつけてくるし、腕はしびれて力が入らなくて。とにかく息が、もう、無理。


 意識も朦朧としだした中でやっとのことで街道にたどり着くと思わず振り返る。追手はかからなかったようだ。ほっと胸をなでおろすとさらに痛みが体を刺す。


「治療薬……」


 作った薬が早速役に立つなぁ……。震える手で何とかポーチから治療薬の缶を取り出し、濃緑色のペーストを脇腹の傷口に塗り込む。焼けるような痛みが一瞬起き、思わず声が出そうになるのを何とか抑える。おかげで流れ出ていた血は一応止まったみたいで少しだけホッとした。

 でも骨折までは治せない。それにはより上級の薬が必要だと本に書いてあった。材料はこの地方では手に入らない。


 不意に視界がゆがんだ。やるせない思いが駆け抜ける。静かに涙が流れた。

 そう。心の底から悔しかった。非力を恨んだ。でも今は悔しがっている時間はない。街に帰らないと。後悔もできなくなっちゃうから。


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