第四十六話 エルフの里
“なぁ、どうするんだアレクシア。さすがにこれはまずくないか?”
「大丈夫よ、あの女の人が見ていたんだから、すぐ誤解は」
「こら、女! 静かにしろ!」籠を小突かれたので、首をすくめておとなしくした。
“……誤解はとけるから大丈夫よ。……たぶん”
“ああくそ、頭に血が上がって、クラクラする”
手足を縛られ、棒にぶら下げられた状態で数人の男性のエルフに運ばれているヴァイスは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。ツタで編まれた籠の中に入れられ、同じく数人のエルフに運ばれている私も、その様子を見て苦笑いをするしかなかった。
ゆらゆら揺れながら私達は、細い山道を登っていく。
“ま、馬車に乗っていると思えば”
“アレクシア。お前、意外と度胸あるな。けど俺は血が。そんなのんびり構えてられんぞ”
実のところ、ヴァイスのボヤキも先ほどから適当に聞き流してしまっている。さきほどの賊の捨て台詞がどうにも引っかかるのだ。何が気になるのだろう。
――魔物の分際で人間様にたてつくとどうなるか――
魔物呼ばわりされたのはちょっと癪だけど、あながち間違いでもないから仕方ない。
――我らが神聖なる全知たる神よ――
そうだ。そうだよ。これだ。
なんで全知たる神なの? そんなに神様の事情に詳しいわけじゃないけれど、たしか神様っていっぱいいるんじゃなかったっけ。一人しか居ないように聞こえたけれど……なんなの、アイツ。
あれこれ思索を巡らしているうちに、私たちはエルフの里にたどり着いた。
入り口はエルフ族らしく、森の中に里が作られている。自然の木を町づくりに有効に利用し、大きな木の上に家を建てるのが一般的なようだ。空中に作ることで、外敵からはかなり身を守れるだろう。
家同士に渡り廊下をしつらえているのも特徴的だ。確かに隣の家に行くのに、いったん木を降りてまた登るという手間は掛けたくないからだろう。だが彼らは浮遊の術も使えるのだから、そもそも不要なのでは……とここまで考えて必要な場合もあるだろうなと思い直した。風の精霊と契約していないエルフもいるだろうし、私のような客人もいるからだ。
渡り廊下をよく見ると、布や衣類がはためいていたり、果物やキノコのようなものがつるされていたりしているのが見て取れた。物干しの機能も果たしているようだ。
里の中心には、ひときわ大きな木がそびえていた。おそらくこの里の守り神としてあがめられている神木なのだろう。美しい木だ。樹齢は軽く千年は越えているだろう。にもかかわらず枝葉は瑞々しく天に枝を張り巡らし、青々とした葉をその手いっぱいに茂らせ、ゆるやかな風に揺れている。
幹に目を落としても全く衰えをみせない。千年も生きていれば、一部は朽ち、大きな洞や裂け目などあってもおかしくないのだけれど、この木にはそれがない。偉大な木の精霊の依り代となっているのだろうか。
観光気分もここまでだった。その大きな木の前で籠は降ろされ、早速枝に吊り下げられる。
ヴァイスはぶら下げられた格好で手足をひとくくりにされ、吊るされた。
“ますますヤバそうだぞ、本当に大丈夫か?”
木の周りには好奇心からだろうか、多数の住人がやってきている。
ほとんどが子供だが、その中に先ほどの女性のエルフもいた。
「あ! あなた。皆に説明して。私が襲っていたんじゃないって」
けれどその子はビクリと体をこわばらせると、物陰に隠れてしまった。
“俺、このまま丸焼きにされるんじゃないか?”
ヴァイスの言葉に笑うしかなかった。
日は間もなく落ちようとしていた。周りには相変わらずかわるがわる見物に来るエルフで常に人だかりができていた。
こりゃあ強行突破するしかないかなぁと半分あきらめた時、どこかで聞いたような声がかかった。
「なんだ、ははは。こんなことまで来て何やってんだ。見世物になる趣味でもあるのか、アレクシア」
弾かれるように声の方を見ると、泉で見たエルフと寸分たがわぬ姿の男性がそこにいた。
「ヨルグ! ああ、よかった会えて! 趣味だなんて、そんなわけないでしょ、貴方に会いに来たの! ね、ここから下ろすように言って」
竹籠をつかんで話したものだから、籠がゆらゆらと揺れた。
「へぇ、そうなんだ。ちょっと待て」とヨルグは手近な男性に事情を聞いているようだった。身振り手振りを交え、時折私を指さしながら説明する様子は何とも頼りない。
「……あん? お前、里の娘を襲ったのか?」
いぶかしげに私を見上げる。
「なんで私がそんなことしなきゃならないのよ! 逆よ、私が襲われてたのを助けたの。とんだ誤解だわ!」
籠がさらに激しく揺れるものだから、だんだん気分が悪くなってきた。
「そうなのか? おーい、レオーナ。本当か? ……なんだ、早く言ってやれ。あの狼なんざ逆さでぶら下がりっぱなしだぞ?」
レオーナと呼ばれた私達が助けた女の子は、オドオドとした様子でヨルグになにやら説明すると、ヨルグは納得した様子で周りに声をかけた。
「済まなかったな、どうやら行き違いがあったようだ。今から降ろすよ」
“やれやれ。晩飯になるのだけは避けられようだな”
ヴァイスが安堵した様子でこぼした。
「ようこそ、エルフの里へ」
やがて降ろされた籠が開けられ、ヨルグが笑って手を差し伸べた。
「熱烈歓迎、どうも」
すこし乱暴に彼の手を取り、立ち上がると数時間ぶりに体を伸ばした。こうしておよそ半日に及ぼうとしていた籠の中のお姫様体験は終わりを告げた。
「すまなかったな。ここ最近、村の者が何者かに襲われたり、攫われたりしているものだから、よそ者には特に敏感になっている」
ヨルグの家に迎えられ、囲炉裏の前に向き合う格好で座っている。隣にはヴァイスが、昼間のストレスを晴らすかのように伸びて横たわっている。
「どうして襲われたりなんか」
「なんでも魔道具の材料とされるものに、我々の生き血なんかが必要らしくてな」
「生き血!?」
「ああ。本当に、人ってやつはロクなことを考えつかない」
吐き捨てるようにヨルグがつぶやいた。
「すまない。長老に代わり、住人を救ってくれて礼を言う。ありがとう」
「たまたまだから、気にしないで。……少々手荒い歓迎は受けたけど」
「それに関しては済まなかった。……で、今回ここを訪ねた訳を、聞かせてくれるか」
私は南の島の導師様との会話の内容を伝えた。
ヨルグが言った言葉の意味、導師様が語った言葉の意味を知るためにここに来たと。
「ふむ。それで私のところに来たか。当然だな」
そう。聞きたいことは山ほどある。二ヶ月後何が起こるのか。その結果どうなるのか。私はなぜ力を使えなくなったのか。そして私の出生について。……なぜ私は捨てられたのか。
「……まずお前の出生のことから話そうか」
ハーブティーが入ったカップを差し出しながらヨルグがつぶやく。それを受け取りながら、私は頷く。
――私がヨルグの子供であることは事実ということだった。もっとも、私としては確かめようがないため、彼の言葉を信じるほかない。母はクリスティーナ・ルシア・フォン・レンブルグ。レンブルグの王女だそうだ。以前一度だけ、巡幸でヴィルバッハに来た時にチラッと見たのを覚えている。表情に常に陰がある人だという印象が強かった。
最初の出会いは森の中だったそうだ。父親の鹿狩りに付いてきていたクリスティーナに、ヨルグが一目惚れしたらしい。
最初は時折城の自室のテラスにやってくるエルフに警戒していたクリスティーナであったが、彼の一途な想い、気さくな態度に次第に心を開き、やがて親たちの目を盗み、森で密かに逢瀬を繰り返すようになった。
そしてついには子を身ごもってしまう。私だ。
当然のように王に王女は詰問され、ついには関係が露見すこととなった。
それからしばらく、王女は城から出ることを許されることはなかった。
生まれてきた赤子は、魔法を使う能力はもちろんのこと、精霊術や魔物と交流できる力など、およそ人間が持たない力を多く備えていることがわかった。
周囲の大人は恐れた。このままこの子が大きくなれば、王家にどんな厄災を運んでくるかわからない。
やがて王は決断する。王女からその子を取り上げると、数々の封印魔法により全ての力を封じ、修道院に預けた。直接手は下さない。けれど穢れた血は絶やさねばならない。修道院を出て無事で済む子供の方が珍しい。間接的に、王はその子を殺すことを決断したのだ。
ヨルグは手を出すなと言われたという。その時はお前もろとも子を始末すると脅された。
自分に何かあれば、エルフの一族と人間の国家との戦争になる。迂闊に手を差し伸べるわけにもいかなかった。
王女は泣き通しだったそうだ。無理もない、我が子を奪われ、どこにやったか、生きているのかも教えてもらえなかったのだ。十数年たった今でも彼女は、父親と話そうとしないそうだ――
「無理矢理にでもお前を奪ってこの里で育てることも考えたんだが」
そんなヨルグの言葉に私はゆっくり首を振る。
「そんなの、いまさらよ。確かにその時は仕方なかったんだと思う。でも、これでよくわかったよ。私は結局、大人の都合で生まれて捨てられ、放置されたということが」
「それは違う、私たちはお前のことを」
そういってヨルグは私の肩に手を伸ばした。
「触らないで」
ぴしゃりと拒絶した私の声に、ビクリとヨルグの手が止まる。






