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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第三章:失われし伝承
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第四十一話 進化と開放

 野営地を出立し、そろそろお昼の時間になりそうな頃合いだ。すでに二度ほどオークとゴブリンの集団に出くわし、撃退している。昨日に引き続き敵の数が多い。


 それにもうひとつ、朝からおかしいことがある。先ほどから会話の中に別人の声が混じりこんできている。もしかして新手の敵だろうか。ほかのメンバーは気にしていない様子だけれど、この声は気にならないのだろうか。


 よし、ちょっと試してみよう。立ち止まってメンバーに向かって振り返る。


「ねぇ、みんな。ちょっとおかしいところない?」


 すると私の言葉にみんなが反応してくれる。


「ん、そうか? 変わった様子はないようじゃがな、なあ?」「うむ」サルヴィオさん達がいち早く答えてくれた。


「なにがです、お姉様?」これはエルだ。


「なに、エルがおかしいのー? いつものことじゃないかな」ディルが続く。すぐさまエルが「どういう意味よ」とつっこんだ。


「道はあいかわらず、変わりないと思いますが」エド君はあいかわらず、真面目だね。


 “何がおかしいんだろうね、この娘は。あの乳が残念な娘はいつもおかしいだろうに”


 んんっ?


「いつもおかしいって言ったの、誰!?」


 私の突然の声にみな驚いた様子だった。「え、お姉ちゃんのことじゃないよ」とディルが慌てたように告げた。しかし申し訳ないけど、いま構ってられない。どこにいる? ぐるっと周りを見わたしても、そのような人影は見当たらない。

 声の主の正体は、意外なことに、本人からすぐにもたらされた。


 “なんだ、お前には俺の声が聞こえるのかアレクシア。ほら、俺だ。ヴァイスだよ”


「ええっ、ヴァイス。あなたなの」


 私の驚きのまなざしを一身に受け、ヴァイスはまた、私を見ている。彼がゆらりと尻尾を揺り動かしてから、再び声が響いた。


 “そう言ったはずだが。それともお前も、考える栄養が全部乳に持っていかれた残念なクチか?”


 私の中にある騎士君のイメージが、ガラガラと崩れた瞬間だった。


「ち、……胸がどうこうって、失礼ねあなた。それになに? 『お前も』って。どういうことよ」と念のため質問すると。


 “この乳がそこそこでかい娘はまさにそうだろう。栄養が余計なところに回りすぎだ。バカすぎて不愉快だ。なんとかしろ”


 ディルを見ながらとんでもなく失礼なことをいう魔狼(ヴァイス)。これは本人には絶対いえないなあ。私とヴァイスが会話している様子をみて、ディルが興味を持ったらしい。


「へーっ、ヴァイス、話せるんだー。すごいねー」


 “おう、そこそこ娘。お前よりは使えるはずだぞ。試してみるか。つっても聞こえないのか”


「こんなカワイイ顔してて、頭いいんだねー」


 “そうだな、そこそこ娘。お前よりは多分頭の出来はいいぞ”


「私には聞こえないやー。なんでだろうね?」


 “栄養が足りないからじゃないか”


 この一連のやり取りを、ヴァイスは尻尾を振りながらやるもんだから、ディルはすっかりなついているものだと思っているのだろう、ニコニコして語り掛けている。


 どうやら言葉は私にしか聞こえていないようだった。ヴァイスはあらかじめそれに気づいていたみたい。確かに周りの反応を見れば気づくか。彼がさっき私に見せた一瞬の表情。あれ、絶対笑ってた。


 ごめん、ディル。こいつ、中身はかなり俺様ヴァイス様だわ。

 そして基準がすべて胸っていうの、やめて、ほんとに。私の騎士君イメージ返して。

 私ががっくりうなだれるのを、何も知らない三人が心配してくれるのがまた辛かった。


 “騎士君なんて、お前が勝手に言ってただけだろ、アレクシア”


「えっ」これには本当におどろいた。考えていることがわかるの?


 “ああ、強い思念ならな。お前なら念じるだけで俺と話せるはずだ。やってみろ”


 “えーと、こんな感じ?”


 “そうだ。やればできるじゃないか”


 “そりゃどうも。で、いつから話せるようになったの?”


 “今日の朝だ。起きたらもう使えるようになっていた。無事進化できたようだ。魔法も使える。得意なのは雷系の攻撃魔法だ。回復もソコソコできると思う”


「えっ、すごいじゃん。ちょっとみんな聞いて!」




「というわけでセンセイ、お願いします!」


 しばらく進むと沼があったので、そこの魚を取るためにヴァイスに能力の一端を見せてもらうことにした。


 “やれやれ。見世物じゃないってのによ!”


 その瞬間、雲もないのに前触れもなく、大きな音をたてて雷が沼に落ちた。

 直後、魚やワニがぷかぷか浮いてきた。おおー、とメンバーから歓声が上がる。


「ヴァイス、魔狼だったんだ。すごいですね。僕、初めて見ました」


 “おう、メガネ! もっと褒めていいんだぜ。さぁ、褒めろ!”


 心なしか誇らしい様子のヴァイスは、顔を上げ、尻尾をぶんぶん振っている。褒めて使える子。覚えておこう。


「あらら、お姉様盛り上がってるところ申し訳ありませんが。敵です。数は五。オークみたいですね」


 あら、雷の音に気付いたか。はしゃぎすぎた。見るとオークはそれぞれこん棒を持ち、小走りに集団で雄叫(おたけ)びを上げながらこちらに向かってきている。間もなく弓の射程といったところだ。


「エル、エド、まず牽制(けんせい)! おじさん達はエルとエドを援護、ヴァイス、ディル、いつものフォーメーションで行くよ!」


 ハンマーを腰から外すと、オークに向かって駆け出した。


 二人の魔法の効果はやはり絶大だ。牽制とはいえ、初撃で二体は沈黙。ヴァイスが一体をあっさり倒す。進化は伊達では無かったようだった。


 残りの二体も私とディルでヘイト集めと攻撃で連携し倒し切った時、事件は起こった。


「お姉様! 右!!」


 エルの鋭い声に目線を向けるより、前の地面に飛び込むように身を投げ出す。直後背後の地面が爆発したかのように爆ぜ、小石や土が容赦なく降りかかってくる。

 素早く起き上がると、まず距離を取るべく後ろに下がる。


「あ、あれは……オーク、なんでしょうか」


 土煙から姿を現したのはオークだが普通の個体より二回りほど大きいように思える。外見からもその違いは一目瞭然だった。鍛え抜かれた筋肉、体に刻まれた無数の傷は、幾度となく闘い、生き抜いてきた証だった。このような個体をオークリーダーと呼ぶ。

 普通のオークを数体から数十体統率する部隊長だ。

 サルヴィオさんも慌てて後方から駆け付ける。


 “まずいぞアレクシア。あれは強い。どうする、やるか”


 ヴァイスがやや焦ったように語り掛ける。この子も焦ることあるのね。


「この状況で逃げるなんて無理でしょ、やるわよもちろん!」


 横なぎの攻撃をすんでのところでしゃがんでかわしながら叫ぶ。頭の上すれすれを巾広の剣(バスタードソード)が唸りを上げて駆け抜ける。髪の毛が数本、吸い込まれるように引きちぎられた。


「あ、痛った! もう、髪が傷むでしょ!」


 悪態をついてオークを見ると、剣をすでに振りかぶっていた。全身に悪寒が走る。

 避ける間もなく振り下ろされる剣。咄嗟に盾で受け流す。けたたましい金属音を立てて、オークリーダーの剣は地面に突き刺さる。ハンマーを手首にぶら下げたまま胸のナイフを素早く抜き放ち、右足膝を狙って突き立てる。奴は痛みに叫び声をあげた。


 奴の膝が折れない。出血も少ない。急所をわずかに外したか。舌打ちをして素早く距離を取る。左手が痺れている。次は攻撃を受けきる自信がない。


 ヴァイスはというと、この隙に左腕にそれなりの手傷を負わせたようで、奴の腕からは血の筋が地面に流れ落ちていた。


 “やるじゃん”


 “あんなお子様たちと一緒にするな”


 “あなただって十分お子様よ”


 “ふっ。ちがいない”


「牽制魔法、いきます!」


 エルとエドが牽制の炎系魔法を打つと同時に、ヴァイスも雷を落としていた。全身から炎と雷で生じた煙を上げながら、しかしオークリーダーはまだ動けるようだった。


 続けての攻撃を仕掛けるため、ディルと二人で奴に詰め寄った。

 若干動きは鈍くなった気がするが、まだ油断できそうもない一発の破壊力を持っているはずだ。慎重に身をかわし、細かくダメージを与えていく。


「しつこい男は嫌われるんだからね!」


 ディルが膝を狙ってレイピアを突き出したその時だった。

 あっ、と声を上げることもできなかった。奴はディルの右腕をつかみ、そのまま引っ張り上げた。


「きゃあっ!」

「「ディル!!」」

 “そこそこの!”


 右腕を掴まれ、腕一本で体重を支える格好となったディルは、苦悶の表情を浮かべる。

 間髪入れず聞こえてきたのは、鈍い音。続いて悲鳴。

 ディルの腕が握りつぶされた音と、今まで聞いたこともない、彼女の激しい悲鳴。


 彼女の手から離れたレイピアが、まるでスローモーションのようにゆっくりと、地面に突き刺さった。身の回りの時間が、すべてゆっくり流れ始めたような錯覚におちいった。


 不意に言葉が頭の中に響く。この声。ヨルグだ。


 “どうしたアレクシア。お友達がピンチだぞ? そろそろ力を使う時ではないのか?”


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