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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第一章:家族とは
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第三話 いろんな大人

 再び春になった。僕は生き延び、十一歳になった。


 相変わらず古本屋の店員をしながら古い本を読みつつ、試したいことを街の外で試してはおじいさんに叱られてる。よくいえば「実践型の本の虫」。理論と実践の両立こそ意味があると僕は思っている。


 今日はまた角ウサギと対決した。

 まだ剣は少し怖かったので、メイスっていうかっこいいこん棒みたいな武器で。殴るだけだから剣ほど難しくないところもいいと、おじいさんに持たされた。


 今度は落ち着いて戦えた気がする。相手をよく見て、飛んでくるのをかわしてからの後頭部への一撃狙い。運が良かったら一撃で動かなくなるっていうから、剣より難しくないっていうのは正しいのかもしれない。


 そうこうしているうちに、角ウサギが今にも飛び掛からんとジリジリ間合いを詰めてきた。こいつは唯一といっていい武器である角で突き刺そうと飛びこんでくる。攻撃が直線なので読みやすい。タイミングと身のかわしさえ間違えなければ怖い相手ではない。


 ――来た!


 お約束のようにまっすぐ飛んでくる角ウサギ。横にステップを取ってかわしてから、腰の回転と遠心力を使ってメイスを振りぬく。余計な力は入れないで。握り締めないで。当てる瞬間に目を閉じちゃダメ。しっかり見続けて、外してしまうから!


 固いものを割り抜いた音と感覚。動きを僕の打撃の軌道に無理矢理変えられた不幸なウサギは地面に乱暴に叩きつけられた。手ごたえ十分。


 殴ってから気づいたけれど、これ多分、いや絶対、相当痛い。殴られないようにしようと肝に銘じる。


 ともあれ、今夜もウサギだ。シチューかな? それともグリルかな?

 今日は大成功だ。うまくいきすぎて怖いくらいだ。


 その後しばらく僕のメイン武器はメイスになった。



 ◇ ◇ ◇



 お店に来るお客様は千差万別。

 おじいさんのお友達やお知り合いの方たちはとてもいい人ばかりで、『忌み子』の僕にも分け隔てなく接してくれる。


 でも当然そうでない人もいるわけで。


「それじゃねぇよ、もひとつ上の棚のやつだよ、その赤い装丁の! ……っち、ほんとに愚図だなぁ『忌み子』は!」


 三日に一度は訪れて、買いもしない本をあれやこれや取り出させ、一瞥しては戻させるという作業を強いるおじさん。名前は知らない。

 僕、魔法使えないからはしごで登って取らなきゃいけないんだけれど、見ててわからないのだろうか。

 多分わざとだろう。お仕事などが、うまくいっていなくて不満が溜まっているのかもしれない。うまくいかなさ加減で僕が負けるとは思えないんだけれど、この穴を掘ってそのまま埋めさせられるような作業は地味に堪える。


「あいかわらず品ぞろえがシケてんな!」

 などと毎回のように捨て台詞を吐いて先ほどお帰りになった。古本屋(ここ)にはけ口を求めないでほしい。



「あんたみたいな子に店番させるなんて、何考えてるんだろうね、ボルドさんは!」


 先ほどから口角からぽろぽろと焼き菓子のカスを飛ばしながらしゃべり続けるこの人は、毎日おやつ時に来ては店でお茶をして帰るおばさん。名前はたしか、ポポさん?


 ちなみにボルドというのはおじいさんの名前。おじいさんの名前を知ったのは実はつい最近だったとはとても言えない。


 ところでお客さんのお話を聞いていたら何となく分かってきたのだけれど、おじいさんはかつて、すご腕の冒険者だったみたいだ。そういえば倉庫にもかなり武器が置いてあるけど、その割には飾ってはいない。

 おじいさんは魔法が使えるのに、どうして武器が必要だったのだろうか。

 魔法使いさんが普段持っている杖の他に、剣とか盾などが店の奥にある。大体埃をかぶってて。あ、でも一揃えだけ、すごくキレイに手入れされているものがある。高そうだから、きっと家宝ってやつだね。うん、触ったことないよ、あんな重い武器。でもあれって……。


「あんたみたいのはいつか店の――」


 ああしまった。おばさんのお小言の途中だった。少々頬が引きつる感覚があるけれど、そのまま笑顔を貼り付けておばさんを見る。お願いだから、口の中の焼き菓子を僕に飛ばさないでね。


「アレクが、何か粗相をしたかね」


 おばさんに意識を向けたとき、不意に背後から声がした。少しびっくりしました。


「ボルドさん、居たのかい。いやなに、この子みたいな子がいたら安心だねぇって話さ」


 振り返ったら後ろののれんからおじいさんが顔をのぞかせてた。

 いつからそこに? 全然気付かなかった。


「フン、あまり店員をいじめてくれるなよ」


 そのままのそりとおじいさんがお店に入ってきた。


「そ、んなことしないさね。じゃ、また来るよ」


 おじいさんが入ってきたのに合わせ、おばさんは腰を上げた。はぁ、ようやくお帰りだ。


「たまにはなんか買ってけ」ボソリと嫌味をひとこと。


 そんなおじいさんの言葉はどこ吹く風。ポポさん、だったと思うけれど。


「品ぞろえ次第だよ、またね」

 そういっておばさんは僕を一度にらみつけてから店を出ていった。


「大丈夫か」僕のほうに向き直っておじいさんが問いかけてきた。


「なにが? おばさんの食い散らかした惨状を片づける、このお仕事のこと?」


 汚し方が半端ない。わざとじゃないかと疑いたくなる。


「客扱いじゃよ。あー、お前がその、辛いんだったら」

「大丈夫だよ? こんなの。修道院にいたころを考えると天国のようだよ」


 だから気にしないで。


 あそこは神さまの御名の元、教会が作った救済の砦。という名の生き地獄。あれに比べれば、馬小屋でも納屋でも上等だとおもう。なにせ自由だし。

 アイツらが都合よく語る天国なんてものは信じてはいないけど、あるとするならここがきっとそのうちの一つだよ、おじいさん。


 そして僕は本当に久しぶりに、昔の記憶に思いをはせる。



 ――はじめての『福音の儀式』の日、これは救済なのだと司教は言った。


『忌み子』は本来、神の寵愛を受けられない者たち。

 それら恵まれない子らにも、等しく福音を与えるのが我の務めであると。


 それが大人の務めであると。


『福音の儀式』はほとんど毎晩あった。『忌み子』は日替わりで儀式に呼ばれた。

 頻繁に呼ばれる子もいた。神さまが特に気に入られたのだと司教は言った。

 そういった子は、十歳を待たずにこの牢獄から出て行くことが多かった。


 僕はその『儀式』が本当に嫌だった。

 でも大人はみんな、有難いことなのだと言う。

 受ける痛みは夜ごと薄れていったけど、心の奥のドロドロは全然晴れなかった。


 それに『儀式』を受けるたび、なぜだか涙がこぼれて止まらなかった。

 そんな僕を見ている大人はとても満足そうな表情だった。

 それが余計に悔しくて。逆らえない自分が歯がゆくて。


 この目の前の醜悪な肉塊はなに? 誰が、何を、どこから救済してくれるの? 神さまがいるんだったら、なぜ僕はここでこうしているの?


 誰か、僕を、ここから出してよ。

 けどそんなふうに願ったところで、『忌み子』の願いは叶うはずもなかった。



 ――うん。ここは本当に天国だよ。おじいさん。




 このころにはずいぶん動物は狩れるようになっていて、夕ご飯のメインディッシュを、僕の獲物が飾ることも多くなってきていた。


 そう。少し調子に乗っていたところもあったんだ。神様なんて信じてないけれど、きっと罰が当たったんだ。あんなことになるなんて。


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