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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第二章:仲間とは
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第三十六話 聖人の国 王族たる役目

 昼食会は華やかなものだった。王様、王妃様はもちろん、エルやディルの兄妹も多数参加し、ちょっとした王族だけのパーティーの様相だった。


 代わるがわる来る質問と緊張のあまり、食事に到底手を付けることができそうにないが、それより気になるのはその場にエルが現れなかったことだ。

 周囲の関心がサルヴィオさんに移った瞬間に、私はディルを呼んだ。


「ね、ディル。っとディートリンデル王女殿下」


「やだお姉ちゃん。ディルでいいよ」


 苦笑しながらも、公の場でいつもの呼び方をしろと強要する王女殿下。せめて周りの目を気遣って欲しい。


「いやでも」


「いいから」


「わかった……ディル。えと、エル。エインクラネル王女、っあー、もう呼びにくい。はどうしたの」


「ディル」と呼ぶ所は心持ちトーンが下がってしまった。案外私は常識人だったようだ。

 しかし言ってしまってから気づいたけれど、後に続けた自身の言葉で、私の常識はあっけなく自壊した。


「ぷっ、だから無理しなくてもいいって。それが、部屋から出るなって言われてて。多分お姉ちゃんと会わせないつもりみたい」


「そんな」


 そこで私の言葉を手でやんわりと遮ると、周りを何気なく見まわしてから、ディルが小さくつぶやいた。


「今はちょっと話しにくいから、終わってから私の部屋に来て。あ、お姉ちゃんだけね」



 ディルの部屋に訪れると、女中らしき女性が取り次いでくれた。「ありがとう、下がってください」と彼女が告げると、無言で会釈し部屋を出た。扉を閉めるときに私に向けられた、冷ややかな視線が昔の記憶を呼び起こし、少し気分が悪くなった。


「まずはこれ。さっきまともに食べられなかったでしょ」


 ディルの部屋で腰を下ろすやいなや、目の前にサンドウィッチが乗った皿が突きだされた。


「ありがと、助かる」


 苦笑してお皿を受け取り、サンドウィッチを一つ取り、皿を机に置く。正直、お腹が空いてなにか入れたかったので遠慮なく口に運んだ。


「お茶入れるね」


 ありがとう、と答えながら部屋を見渡してみる。白い壁に大きな窓が二つ付いていた。窓はそのままベランダに通じるようだ。


 調度品は思ったより質素で、それでも三人は優に眠れそうな、薄い若草色が基調の大きな宮付きのベッド。三人掛けのテーブル。こちらも意匠は凝っている。後はクローゼットが一つ。高そう、といっても庶民に全く手が届かなそう、というほどでもない。奥の扉は衣裳部屋に続くものだろうか。足元に目を落とすと、じゅうたんは薄い緑を基調に濃い緑で規則的な模様が刻まれている。


「お姉ちゃん。意外としょぼいな、って思わなかった?」


 ディルがカップに紅茶を注ぎながら笑って尋ねてきた。

 答えに戸惑っていると、「いいんだよ、事実だから」と続けた。


「勝手なイメージだけど、天蓋ってついてるのが当たり前なのかなって思ってた」


 仕方なく思ったことをそのまま伝えると、「ああ」とベッドを一瞥し、目線をすぐにカップに戻す。


「エルのはついてるね。天蓋。部屋もすごいよ。この部屋の倍の広さで、いちめん薄い桃色の調度で。小さなベッドくらいの机とかもあるしね」


 紅茶のカップを私によこしながら、


「これが魔法を使える者、使えない者の差なんだよ」


 自分の分のカップを手前に置くと、ディルは腰かけながら少し寂しそうに笑った。気持ちはわかる。けど、今そこに同情しても、彼女の心が晴れるわけでもない。


「エルのことだけれど」


 話題を変えようと、あえて本題を切り出した。


「うーん、陛下のあの様子じゃ、なかなか難しいかもなぁ」


 あごの下に人差し指をとんとん、と当てながらディルは悩む様子もなく答える。


「やっぱそうか。私からお願いしてみても」


 その私の思い付きの言葉に、ディルは紅茶のカップを口につけながら肩をすくめ答える。


「無理だろうね。今回の件、聖人様と相談して決めたって言ってたし」


 聖人様? あのクソッタレ宗教の関係者かしら。


「あ、謁見の時、お姉ちゃんから見て左奥にいた背の高い人、覚えてる?」


 私が首をひねっていると、ディルが気を利かせてくれたのか、言葉を継ぎ足してくれた。

 覚えている。やけに背が高く、その割には細身の人だなあと思いながら眺めていた。


「あの人、リンブル聖教で一番偉い人。大司教様。みんな聖人様ってよんでる」


 私は謁見の場での出来事について、少し記憶を思い起こしてみる――。




「いや、それにしてもまさかサルヴィオ卿が居られたとは、これならば我らも二人のことをここまで心配せずともよかったやも知れぬの、はっはっはっ!」


 王様はサルヴィオさんと話せたことでご満悦な様子で、膝を叩きつつときおり笑いも飛び出していた。


「王よ。そんなにはしゃがれては。ほら、客人も驚いておるではないですか」


 ふと左に目を向ければ、初老の男性が王様に向かい、たしなめるように話しかけていた。

 ゆったりしたチュニックのような服とマントに身を包み、羊毛と金糸で織られた帯状の飾りを肩からかけている。手には杖を持ち、頭には王冠よりわずかに質素な大きな冠が載っている。神官の類と思われた。


「お、おお。これはつい興が乗ってしまった。いや、皆かたじけない」


「高貴なものは、むやみに感情を出してはならないといつも言っているでしょう。それに私は騒がしいところは好みません。あまりにこのようなことが続くようでしたら、登城についても一考させていただかざるを得なくなりますよ」


「いやいや、それには及ばん。そうヘソを曲げてくれるな、大司教ユストゥル三世よ。そうだ、御喜捨についてお話をさせてもらおうかの」


「あなたは本当に調子がいいですね――」




 思い出した。大司教、ユストゥル三世。クソッタレの親玉だ。少なくとも私の中では。


「ま、あのクソ――大司教様に頭、上がらなさそうだったしね。ディルは旅に出て、大丈夫そうなの?」


 そんな私の問いに、ディルはカップを両手でつつみこみ、眼を閉じて時折声色を変えつつ、語り続ける。


「大丈夫だよ。さっきも『お前はがんばってこーい』って言われたし。厄介払いできて、ちょうどいいって思ってるよ、今ごろ。それに」


 そしていったん言葉をきり、カップをソーサーにおいた。そのままカップに視線を落とし、指でカップのふちをなぞりながらつぶやく。


「私はさ、『忌み子』だから。王家としては不要なんだ。景品にもならないからさ」


「景品って……」


 あまりの彼女の言葉に二の句を継げずにいると、彼女は私のつぶやきにも似た返しに答えてくれる。


「え、だって三位とか四位とかの王女なんて、スペアか論功行賞の景品だよ、ふつう。おまけに国として『忌み子』は殺すか奴隷にするって決まってるんだから、王族だけ例外、なーんていったらさ、暴動おこるよ? フツー」


 ディルが自らの置かれている不遇な立場を、あまりにもあっけらかんと、まるで他人事のように話すその姿に、私は今までの彼女をどうしても重ねることができなかった。


「あなた、ディル、よね」


「え、当り前じゃない。何言ってるのよ、お姉ちゃん」


 でも、とっても泣きそうな顔をしながら、ディルは言葉を続ける。


「たださ。ここにいたら、壊れちゃうんだよ。ココが」


 そういってディルは寂しそうに笑い、胸にそっと手を当て、目をとじる。


「だから私たちは城を抜けだした」


 ディルは不意に立ち上がり、窓際にあるいていく。


「私達さ、王族に生まれて、心底嫌なんだ。できるんだったら、街のおなじ歳ごろの女の子と、立場変わってあげたいくらい。何も難しいことなんてないし、王家の人間にしかできないことなんてない」


「ディル」


「代わりなんていくらでも用意できると思うよ。それに景品を欲しがる貴族の連中だって、別に私たちが欲しいんじゃない。王家とのつながりが欲しいだけ」


「やめて」


「特に私とだったら、魔法が使える子だったら王家のほうもさ、案外喜んで入れ替えにさんせ」


「ディル、もうやめて!」


 私はディルを後ろから抱きすくめる。びくりと小さく彼女が震えた。


「いたいよ、お姉ちゃん。どうしたの」


「そんなこと言っちゃだめだよ。ディルはディル。ほかの誰でもない」


「でも、私は王家には不要な」


「でもじゃない! 私にとって、ディルは。大事な、妹だよ。不要だなんて、そんな悲しいこと、いわないで。ね、お願い」


 いや、それは私の願い。世界があなたは不要だというなら、私にはいったい、どんな価値があるというのか。やはり、生きる価値も無いのか。


 そのままの姿勢で立ちすくむ。沈黙の時間がしばし流れる。

 どれくらいの時間が経ったか。つい、とディルが私の手に、自らの手をそえた。


「こんな色々面倒臭い姉妹に引っかかって、お姉ちゃんも大変だ」


「ディル。そんなことない。あなた達は大事な、かわいい妹たちよ」


 しばしの沈黙。

 背中を向けているディルの表情はわからないけれど、抱きしめる私の手に、暖かいものがときおりポタポタ落ちてくる。


「ごめんなさい、お姉ちゃん。そうだった。私、お姉ちゃんの妹だったよね。えへ」


 震え声でディルが無理に笑う。私は彼女をよりしっかりと抱きしめる。

 ディルが私の手を強く握ってきた。


「そうよ。だからこれからも、みんなで冒険するんだからね。エルも一緒に」


「もちろん私もエルと一緒に冒険したいよ。でもどうやって」


 私の腕をゆっくりと外し、ディルが私と向き合う。その瞳には悲しみ、希望、あきらめがないまぜになった色が浮かんでいた。あの時とおなじ。エルがゴブリンの凶刃に倒れ、命の危機に瀕していたときに見せたあの表情。私にすがる、この不安げな表情。


 ああ、この子は私と同じだ。六年前、十歳で放り出された、頼るものもなく、ただ運命に流されるままだったあの時の私。


 エルを救ってあげたい。それは私も同じだ。望まぬ結婚、しかも愛されるかもわからぬ相手との。そんなところに彼女を置いておくなんて、できない。


 でも。私は一つ生唾を飲み込む。下手をすれば、これで私も国家からのお尋ね者だ。

 けれども私はこの子の、この子たちの願いに答えなければならない。なぜって、それは。


 私がこの子たちのお姉ちゃんだからだ。

 いや、それもあるが、何より私たちは“仲間”だ。見捨てることなどできようか。


「また、城を抜けだせばいいじゃない」


 ディルは唐突に発せられた私の言葉を、すぐには理解できないようだった。


「え、お姉ちゃん、本気」


「今度はエルが一人抜け出せればいいわけだから、前より楽なんじゃない?」


 私の楽観的にも程がある言葉に、ディルは一瞬きょとんとして、それから吹き出した。


「あ。あは。そう、そうだね、うん! お姉ちゃん、大好き!」


 そして今度はディルから私に抱きついてきた。少し私の方が背は高いから、私の首に一生懸命腕を伸ばして抱きついてくる。それがまた可愛くて。


「きゃっ!?」


 逆に私が脇を抱えて、少し持ち上げてやるとディルは驚いたような声をだした。そしてそのままくるくるその場で回ってやる。


「夜が明ける前に宿からずらかるよ。いいね!?」


「あっははは! わかったよ、お姉ちゃん!」


 さっきまでの沈んでいた雰囲気は一変。ディルは満面の笑みで答えた。



最後までお読みいただきありがとうございます。


次回は王都からの脱出行となります。

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