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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第二章:仲間とは
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第三十一話 思わぬ転機

 久しぶりの我が家はやはりいい。


 みんなのんびりしている。


 エルはディルと二人、お店のおかみさんのトニエラおばさんにくっついて、昼食を作っている。香りからすると、ミートパイだろうか。ときおり二人が言い合って喧嘩したり、協力したりして、結構楽しそうにやっている声が漏れ聞こえてくる。


 エドワードは店の椅子に腰かけ、本棚の魔導書をテーブルに積み上げ、むさぼるように読んでいる。一本足のテーブルだから、重みで足が折れないかが心配だ。


 ヴァイスはさっきから私の枕だ。立てば私の身長をはるかに超えるぐらいに成長した彼は今、私を包み込むように丸くなっている。

 そして私はといえば、お店の奥に設えている、少し床の上がった板の間に寝そべって本を眺めている。なぜならば、書いてある字が読めないからだ。


 この本のことを思い出したのは森の街からの帰り道。ギルドの貸金庫に保管してある残りの宝石で、エド君の装備を充実してあげようかと思った時に思い出した。あの時は書いてある字が全く分からなかったため、そのまま金庫に戻した、お父さんが残した本。


 開いてみると、それは森の街で見た遺跡のレリーフに刻まれた文字と同じような字で書かれていた。トニエラおばさんをはじめ、お店の人にも見せてはみたが、結果はみんな首を振るばかりだった。


「お父さん、この本は、なんなの」

 正体不明の本に目を落としながらつぶやく。お父さんはこれに何を見たんだろうか。私に託して、私にどうしろと言っているのか。けれど解読不能な本は、何も答えてはくれない。東の果ての国で手に入れたと、お父さんの手紙にはあった。そこまでいけば、あるいは何かがわかるのだろうか。


「お昼ができたよー。ごはんにしよう」

 ふいにかけられたディルの元気な声に、私は思索の淵から引き戻された。途端にまわりの音が鮮明に届きはじめる。




「で、お姉ちゃん。あたし、昼から鍛冶屋さんに行きたいんだけど、だめかな」


 ミートパイを食べ終わり、摘まんだ指をなめながらディルが聞いてきた。エルが「やだはしたない」と顔をしかめている。

 そういえば武器防具の手入れがまだだったと気づく。


「そうだね。じゃみんなで行こうか。ちょうどエド君の装備も強化したいって思ってたところだったし」

「やった。じゃあ、すぐ片付けてくるねっ」


 ディルはうれしそうに手早く食器を集め、台所に消えた。二言三言トニエラおばさんと話している気配がしたかと思うと、すぐに飛び出してきた。


「じゃ、行こうよ。ほら早く早く」

 気が早いんだから。まぁいいか。気分転換にもなるかな。

 そうだ、サルヴィオさんはミッドフォード出身って言ってた。確かずいぶん東の国と聞いている。本をちょっと見てもらおう。




 鍛冶屋に着くと早速、武器防具の手入れをルドルフさんにお願いし、私はサルヴィオさんにお父さんの本を見てもらうことにした。面倒くさがられるかと思ったけれど、意外なことにすんなり受け取ってくれた。

 サルヴィオさんは本を早速開き、数ページぺらぺらとめくっていく。


「ああ、こりゃずいぶん昔の言葉じゃな。ロズの時代のものだろうな。千年前くらいか」

「ロズというのは国の名前ですか」

「うむ。かつて東大陸にあったとされる伝説の国のことじゃな」


 サルヴィオさんが答えながら、本を差し出してくる。受け取った私は次の言葉を継ぐ。


「伝説なんですか。それにしても言葉はあったんですから、実際にあったんですよね」

「そのはずなんじゃがな。ほれ、当時を示す資料の類がことごとく失われておるからの、よく知る者がおらんのだ。言葉も大きく変わっておるしな」


 そこで一旦話を切ったサルヴィオさんは、自身のあごひげを撫でつける。


「それに何やら怪しげな団体がおってだな。古い時代の物を徹底的に排除する連中が、本などを片っ端から処分していると聞く。お前の店にも来たじゃろう。ああいう手合いじゃ」


 瞬間、店を一時期ながらも乗っ取られた、あの憎い男の顔が浮かんだ。今は忘却魔法の影響で、幼児のようになったまま収監されていると聞く。


「まぁそういう連中の影響もあって、いま千年以上前のことを詳しく知っている者はほとんどおらんじゃろうな」


 ひげを撫でるのに飽きたのか、今度は寂しくなった頭頂部を撫で始めた。


「言葉ななぜ失われたんでしょう」


 今度はエドワードが口を開いた。双子の二人もうんうんと頷いている。私もサルヴィオさんを見て、答えを促す。


「正確な時期はわからんが、ロズの国は滅んだ。その際にいくつかの国に分裂し、それぞれの国で独自の言葉が発達した。それぞれの大陸では言葉は似通ってはいるが、西と東では言葉はずいぶん違うからの」

「えっ、でもおじさんはこっちと同じ言葉、話してますよね」


 エドワードが驚きの声を上げる。

「ワシはこう見えても世界をボルドと旅してたからの。ほとんどの国の言葉は話せる」


 今度は両手を腰にあて、わずかに胸を張る。すごい。十種類はあるだろうそれぞれの国の言葉を使いこなすのは容易ではないはず。方言などはさすがに無理だろうけど、各国の標準語だけでも話せるというなら本当にすごい。


「ふわー、おじさん見かけによらず頭いいんだねー」

「ディル、あなた失礼よ」


 私がたしなめるとディルは肩をすくめて舌を出した。


「はっはっ。正直でいいわい」


 そこでサルヴィオさんは思い出したように話題を変えた。


「そういえば嬢ちゃんたちには言ってなかったな」

「え、何をですか」

「ずいぶん長居してしまったが、そろそろ季節も一巡りする。ワシはそろそろ国に帰ろうかと思うてな」


 そうか。お父さんが居なくなってからもうそろそろ一年か。色々あったなぁ。

 そう思うと感慨深い。サルヴィオさんにもずいぶんお世話になった。


「でだ。お嬢ちゃん達に興味があるなら、だが」


 そういうとサルヴィオさんは私に向き直り、両手を膝に置いて続けた。


「東の大陸を見てみたいと思わんか」


 あまりに突然の申し出に、すぐに言葉を継げなかった。東大陸。隣の国にさえ行ったことのない私にとって、海の向こうの大陸なんて想像もつかない。でも、お父さんの本を解読するためには、それが一番の近道だと思った矢先の申し出。受けたい。それにいまだ見たことのない景色を見てみたい。広い世界をもっと知りたい。


 お父さんは言った。「世界を知れ」と。

 おじさんの言葉が波紋のようにどんどん広がって、力強く、私の心を衝き動かす。


 でも――


「でも、二人にとってはどうなのかな」


 エルとディルを見る。国から逃れてきた二人。リンブルグランド王国は西大陸から東大陸へ向かうための、海路の玄関口。避けては通れない。


 二人は国を逃げ出してきた身だ。またあの国に入るのは危険が伴う。様子をうかがうと案の定、彼女たちの顔はさえない。


「あ、あのお姉様。私たち――」

「サルヴィオさん。お返事は、明日まで待ってもらえませんか?」


 私の言葉に、サルヴィオさんはかまわんよ、また店まで来てくれと言ってくれた。




 お店に戻って、ホールのテーブルで少し話すことにした。トニエラおばさんが気を遣ってくれて、紅茶を持ってきてくれた。


「お姉様、すみません。急な話で、その」

 相変わらずエルは申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にするので、私は指でエルの唇をそっとおさえる。息をのむように言葉を詰まらせた彼女は、一度目をぱちくりした後、私を見上げた。


 私は彼女を安心させようと、精いっぱいの笑顔で話す。

「あなた達の事情は理解しているつもりよ。だから無理強いはしない。二人のやりたいようにして欲しい」


 そこまでいって肩をすくめる。

「でも私としては、あなた達と一緒に旅がしたい。一緒に東大陸に、行きたいなって思ってるけどね!」


「私も、もちろんお姉ちゃんと東の大陸に行きたいんだけれど」

 ディルが少し困った表情を浮かべながら話し出す。それはそうだ。彼女は自分の国に戻ったら、下手すれば無事ではすまないお尋ね者だ。だからこそ無理強いできない。


 そんなディルの言葉に真っ先に反論するのは、やはりエルだ。

「ディル、あなた何言ってるのかわかってるの? 国に戻ったのがバレたら無事じゃすまないかもしれないんだよ?」


 普段は言い負かされるディルも、今回は引く様子を見せない。

「わかってる。けど見てみたいじゃない。見たこともない物とか食べ物とかいっぱいあるんだよそんなとこ」


「バカッ!」エルがディルの言葉を遮り、突然叫んだ。


「……なによエル。いきなり」対するディルはあきれた様子だ。


「ディル、つかまったら死んじゃうかもしれないんだよ? それなのにそんな……食べ物なんて、どうでもいいじゃない!」


「な、ちょっと冗談だって」


「冗談なんて言ってる場合じゃないよ! だって死ぬかもしれないんだよ!? それなのに、そんな簡単に言って……それでディルに何かあったら、わたし……!」


 途端にエルは涙声になり、手で顔を覆ってうつむいた。

 私はあわててディルを見るけれど、彼女は柔らかく笑って頷き返した。

 ディルは立ち上がり、エルの傍らに立つ。


「大丈夫だよ、そんな簡単にやられるつもりないし。それにエルも行きたいでしょ? 東大陸」

 ディルはエルの肩に手を置いて、優しく諭すように話しかける。


「それは、そうだけれど。でもディルを犠牲にしてまで行こうと思わない」

 手で顔を多い、いやいやをするようにくぐもった声を出す。


「それは私も一緒だよ。私も、エルの気持ちを犠牲にして行かない、なんて選択はできない」

 中腰になって、エルの耳元でディルは話し続ける。

 エルは無言のままだ。


「だからさ。いつもみたいに、私を守ってよ、エル」

 ディルがへへっ、といつものように照れ笑いをして、エルにお願い、と言った。


「ディル、……大丈夫なの?」エルは顔を上げてディルを見る。泣いたせいで目と鼻頭が赤い。


「エルが守ってくれるでしょ? それにほら、お姉ちゃんやヴァイスもいるし。あれでかなり強いじゃない? 大丈夫だって」


 おどけた様子でディルは話す。

「あれでって……ずいぶんね」私は合わせて笑っておく。


「ぼっ、僕も頑張りますよ!」エドワードがとってつけたように胸を張る。

「ぷっ。わかった、期待してる」ディルが噴き出しながら笑う。


「ディル……わかった」

 顔を上げたエルはディルに手を伸ばす。ディルはニコッと笑ってエルの背中に手を回して、二人は優しく抱き合った。


「ぜったい、守るからね」「大丈夫だよ、みんなで助けあえば」


「ホントに、エルちゃんは泣き虫だなぁ」ディルが子供をあやすように言うと、

「うるさい、バカディル」とエルは照れたように文句をいう。

 エルはディルの背中を拳でポカポカと、やさしく何度か叩いた。




 しばらくそうしていた二人だけれど、やがてゆっくりと離れた。


「……決まったかな?」

 私の言葉に二人は私に頷き返してくれた。


「うん! 私達も行くよ、東大陸に」ディルが笑う。


「不安でないかといえば、嘘になります。私たちもできればあの国に再び入りたくない。けど」エルが後を継いで話す。


 そして二人見つめあって頷いて。


「私たちも見たいです、東大陸」

「それにその本の内容も、気になるしねー」


 淀みなく言い切ってくれて、そして二人ともにっこりと、ニカッと、満面の笑みを返してくれた。


「ぼ、僕ももちろん、行きますよ。東大陸には西とは違う魔法体系があると聞きますし」

「えーっ、そうなの」


 エルが驚いた表情で声を上げる。はい、とエドワードが頷く様子に、エルの目つきが変わった。


「それじゃ、みんな。我ら『イモリのしっぽ』は、東大陸に大遠征に行くことに決定しました。みんな、それでいいね」

「いいよー、すっごく楽しみー」

「はい、よろしくお願いします」

「もう、水臭いですね。私はお姉様の行くところだったら、どこへだってついて行きますよ」


「よし、じゃ早速準備にとりかかろう」

「「「おー」」」


 突然決まった東大陸行き。どんな旅になるんだろう。どんな景色が見れるだろう。

 本の謎も、解けるといいな。


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