第三十話 盾の事情
ジェフリーが「いいところがある」と案内したお店は、確かにいいところだった。
そこは表通りから少し入った路地の奥にあった。幾重にも曲がる長い階段を上がった先の入口は狭く薄暗く、なんだか廃坑のような外観をしていた。
最初はどこに連れていかれるのか、もしかしたら私たち騙されているのかと心配になったけれど、中に通された先は崖だった。いや、崖という表現はいささか違うかもしれない。通路は床から壁、天井に至るまで全てつなぎ目のない木でできていることに気づく。私たちはさっきまで、大樹の幹にくり貫かれた通路を通っていたのだ。
崖に見えるのは、その大きな木の幹の中腹に出たからだ。そこから幹に張り付くようにいくつもの階段や廊下が続いている。見れば頭上や、はたまた足元にせり出すようにいくつもテラスがしつらえてあり、そこでお客が三々五々、食事を楽しむ姿が見て取れる。
更に頭上を見上げれば、高いところに雄大に羽を広げるかのように枝が伸び、青々とした葉が、天の陽を求め我先にと手を伸ばしている。そのさらに高いところを鷹だろうか。大きくゆったりと弧を描きながら空をなでつける。
地面にはゆったりと澄んだ川が流れており、陽の光を反射しまるでそれ自体がキラキラと輝いているようだった。
それは一本の大樹をそのまま客席にしたレストランだった。
「……前のパーティーの人、こういうところが鼻についたんじゃないですかね」
エルは不信感を隠す様子もなく、先を飄々と歩くジェフリーを見る。……うん、そこは私も同意する。
もしかしたらヴァイスは怖がるかもしれないと思ったけど、気にすることなかったみたい。むしろエルの方が高いところは苦手なようだった。
「うわー! すっごーい! すごいね、エド君!」
「そうですね、本当にすごい。……そう思いませんか、アレクシアさん」
エドはディルと並んで歩いているが、時折私に声をかけてくる。ほら、ディルが頬を膨らませて機嫌悪そうだから、ちゃんと相手をしてあげて。
気を遣わなくても私そんなに寂しがり屋じゃないし、そもそもこっちも隣のエルがたいがいうるさいし。
「ん? 何かおっしゃいました、お姉様?」
「え、なにが? 何もないよ?」
やはり心を読む魔法ってあるんじゃなかろうか。
私たちの席はそれからすぐのところにあった。さすがに高いところの席は予約をしないといけなくって、しかもなかなか取れないらしい。
「それに無駄に高い」
ジェフリーがウインクして笑う。席料を要求するお店なんだ。大丈夫なのかな、エド君……のお財布。あ、ジェフリーさんがなにやら耳打ちしてる。……あ、安心したような顔になった。大丈夫なんだ、良かった。
サラダやらパスタ、肉など、各々が好みに任せて注文したものがテーブルに並んだ。みんな食べたいものをシェアしようということになったからだ。
ヴァイスには犬専用の料理があるということだったのでそれを頼む。
「まずは俺たちの出会いに乾杯!」
昼間からエールのジョッキを天に捧げたジェフリーが、機嫌も良さそうに音頭をとった。
みんなもバラバラと飲み物を掲げる。律儀だね。
「で、なんで追放されたわけ?」
私は理由を知ってたけど、あえて聞いてみる。
「ま、端的に言うと盾役が仕事をし損ねた、ってことなんだけどな」
そこで一旦言葉を切り、ジョッキを傾けた後、何があったかを、身振り手振りを交えて話してくれた。
要約するとこうだ。
おとといクエストをこなす時に魔物と遭遇戦になった。いつもの様に盾役として出たが、リーダーから敵を押し出せと指示があった。いつもと違い妙だなと思ったが、指示に従った。すると防御の隙をつかれ、敵がメンバーの一人に襲いかかり、負傷させた。女性のメンバーだった事を重く見たリーダーは、役に立たない盾役を追放した、と言うことだ。
「それだけですか? それだけで追放なんて、ちょっと穏やかではないですね」
さすが追放サレのプロ。エドワードの言葉は重い。
「大方、パーティーの女の子たちに、ちょっかいかけてたからじゃないんですか?」
冷ややかな目つきでエルが後を追う。
「おいおい、こんなナリだけど手を出したことなんてないぜ? ……少なくとも俺からは。それにメンバーに傷を負わせたのは確かだ。パーティーを守る、それが俺の仕事なわけだからな」
「でも、それはパーティー全体の問題では?」
「そうだよー。みんなで助け合う、それがパーティーじゃないのー?」
エドワードとディルが続けて当然の疑問を口にする。
「それはそうだけどな。……でもそもそも『忌み子』の俺をパーティーに入れる理由なんてそうないじゃないか」
「理由って……なに」
私はジェフリーの物言いに、そろそろ我慢ができそうになかった。
「役割通り、盾代わりだよ。魔法の遣い手たちがそれぞれ手に持たなくていい、ね。パーティーがやばくなったらそれこそ囮になってパーティーを救う、最後の盾さ」
「あなた、それどういう意味?」
ジェフリーは私の言葉に目をみはった。
えっ? って顔すんな!
「盾代わり? なにそれ。最後の盾? 何カッコつけてんのよ。本人がそんな調子だから、パーティーからもそんな扱い受けるんじゃないの?」
ジェフリーはあんぐりと口を開けたまま、ゆっくりとジョッキをテーブルにおろす。
そんな様子にさらにカッと来た私はそのまま感情に任せてつづけた。
「あんたみたいのがいるから、普通の人たちからはいつまでもバカにされるし、使い捨てみたいな扱い受けるんでしょ! どうしてくれんのよ!」
「ど、どうしてくれるって言われてもなぁ」
「ああもう! 腹立つ。あんた、私たちと一緒に来なさいよ」
エルが横で盛大にため息をついているが無視。私はジェフリーの眼前に人差し指を突き出して言い放ってやった。
「私が、あんたのその根性。叩き直してやる!」
ジェフリーは私の指を寄り目で見つめ、ぱちくりしていた。
「なんでそうなるんですか……」
エルの大きな独り言が聞こえた。
◇ ◇ ◇
「はぁぁ~、何言ってんだろ、あたし……」
夜空に私の情けない声と、湯気が消えていく。宿の露天風呂には今、めずらしく人がいない。湯船の岩に頭を預け、空を見上げながら今日のランチでの出来事を思い出し、後悔しきりなのだった。
「ほんと、お姉様は少し口を慎むことを覚えるべきだと思います」
「エルにいわれたくない」
「まぁ」
エルがわざとらしく、意外だといわんばかりの声をだす。
「私は、実のところお姉様が、あの方に気があるのかと疑っているのですが」
「えっ。そんなわけないでしょ。ないない」
エルは時々とんでもないことをいうわね。
「でもさー。実際ああ言われたら、聞いてるこっちがつらいよねー。最後の盾とか、重すぎー」
ディルは仰向けでお湯に浮かびながら、のんびりと私の言いたいことを言ってくれた。そのおかげで私は少し、落ち着くことができた。
「そうなのよ。……パーティーってそんなもんじゃないって思う。確かにディルと私が前に出て、エルとエドワードが後ろで火力を出してくれるっていう今の私たちの隊列も、言ってみれば盾って言えなくもないけど。でも」
「私がお姉様をサポートすることも、もちろんありますしね」
エルがそっとフォローしてくれる。
「そう! 互いにたがいを気遣いあってフォローする。それがパーティーなんじゃないのかなって、今まで私思ってた。……それを全否定された気がして」
「私たちは違いますよ。互いに必要としてる。戦い方もそう。……お姉様。私も、お姉様がいうパーティーの形が、あるべき形だと。そう思っていますよ」
「エル……ありがとっ」
私は本当にうれしくなってしまって。そのまま水しぶきが上がるのもかまわずに、エルに飛びついて、ぎゅっと抱きしめた。
「あ、わわわ、お、お姉様! ななにを……ご褒美ですか? ご褒美なんですか!? あぁ、やわらか~い……」
「あ! ご、ごめん……うれしくて、つい」
あわてて離れる。しまった、何も考えずにエルに抱き着いてしまった。よく考えたら裸だった。
「あん……もっとギュッてしてくださってていいのに」
「いやあの、なんかごめんね。……さて、あがるか!」
恥ずかしさをごまかしたくて、わざとおじさんぽく立ち上がる。
「……気づいてはいましたけれど、やっぱりお姉様、スタイルがいいですね。うらやましいです」
うーん、ほめられてもなんだか、あんまりうれしくない。てかそんなうっとり見ないで!
……と思ったら急に真面目な顔して、どうしたの?
「あの、失礼ですがその脇腹の傷は?」
「ああ、これ? あなたたちと出会う前、森でワイルドボアにちょこっと突かれて」
「……ちょこっと突かれて、ってレベルじゃないですよ、この傷。でもなんでこんな傷跡に? 魔法で治さなかったんですか?」
「あー、うん。その時私一人だったから、とりあえず血を止めるために治療薬を使ったからね。それで」
「そうなんですか……私がいたら、こんな傷、残しはしませんでしたのに」
エルはそういっていきなり私の脇腹を指でつつつ、と撫で上げた。
「ひゃっ!? ちょ、なにすんのやだあはははは!」
「お姉様……意外と弱いんですね」
「やはははは、やめ、やめてっ……やめぇ!」
エルの頭にげんこつを食らわせ、そのまま逃げるように露天風呂を後にした。
ジェフリーもここに宿を取っていると聞く。このまま彼をおいていくのは、あまり得策でないような気がしている。できれば仲間に迎え、前衛職としての自信をつけてほしい。
ところが次の日。
「昨日の話な。あれ、やっぱ無理だわ」
ジェフリーは朝食をとるため、宿の一階にある食堂にやってきた私たちを、見つけるやいなやこう切り出した。
「俺には冒険者、向いてないのかもしれないって思ってさ。国に帰ろうと思う」
「そう」
予想していた答えと違ったので、少し動揺してしまった。きっと「仕方ないから一緒について行ってやるよ」くらい言ってくると思っていた。
「残念ね」
「じゃあ、またいつかな。今度はもっといい女になってろよ。んで、もう少し優しくしてくれ」
なんて言おうかと少し悩んだけれど、ここで引き留めても格好悪いし、それにそうする義理もない。
「ええ、またいつかね。でもつぎ会った時に優しくするかは、その時次第だけど」
彼は、最後にキザったらしく一度ウインクして笑うと、手を振って宿を出て行った。
私は、意外とがっかりしている自分に軽く驚いた。
「いっちゃったねー」
ディルの言葉が頭のなかに響いてから、それからしばらく、あまり何も考えられなかった。
ようやくまともに話せるようになったのはお昼にさしかかろうとした時だった。
「しかしお姉様。先ほどまで本当にポンコツでしたよ」
「えっ。そんなことないと思うけど」
本当の所、全然覚えていないのでそう言われても仕方ないと思っている。
「いえいえ。こちらが何を言っても『そうね』しかおっしゃらないものですから、いろいろ質問して遊んでしまうくらいでしたよ」
「え、ちょっと待って。何、質問されてたの私」
「ひどいお姉様。私に愛の告白までされたのに。『私のこと、そんなに愛してくださってるんですね』って聞いたら『そうね』って」
そしてエルはいつの間にか取り出したハンカチで、これ見よがしに目頭を押さえ。
「それなのに。よよよ」
わざとらしく、さめざめと泣く演技をして見せた。なんだか頭が痛くなってきた。
ま、勧誘に失敗したのだから仕方ない。彼のことは忘れよう。それにここでの目的は達成した。ヴィルバッハに帰ろう。






