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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第二章:仲間とは
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第二十八話 消えた令嬢 後編

「すべて……お話しします」


 しばらく間があってから後、ヒルダさんはその重い口を開いた。


「私は脅迫されていました」

「だ、誰に? なぜ?」


 ジーンの問いかけに、ヒルダは弱弱しく首を振った。


「相手がだれかはわかりません。……私がお店の商品の櫛を持ち出したことを、……誰かに見られていたようです」

「それは、あなたが」

「はい。夜に返しておけば問題ないと……出来心で、つい。すみ……ません」


 ヒルダさんは涙をこぼしながら答える。

 この店の櫛。値段を見たがとても高級品だ。ヒルダさんも年頃の女性。つい使ってみたかった気持ちもわかる。


「ジーン様、罰はなんでも受けます! ですから首にだけは」


 ジーンさんに言い募り、必死に許しを請う。


「ヒルダ安心して。ちゃんと返してくれたんでしょ? それくらい気にしないで。でも今度からは私が貸してあげるから、ちゃんと言うのよ?」


 ジーンさんはそういってヒルダさんにハンカチを差し出した。


「はい……はい。ありがとうございます」


 おずおずとヒルダは受け取り、目頭を押さえた。


「それで、何を要求されたの?」

「はい、二階のトイレのごみ箱に女中の服を入れておくように、後は指示されたタイミングで裏門のボディーガードを呼び込んで無人にしろ、と」

「アレクシア、それって」


 ジーンさんが私を見る。


「ええ。今回の犯人とヒルダさん脅迫犯は、同一人物」


 そして私はヒルダさんの目をまっすぐ見る。


「あるいは今のヒルダさんの話が狂言で、ヒルダさん本人が誘拐犯ということもあり得ますね」


 エドワードが私の言葉を継いだ。ディルが恐ろしいものを見るかのように彼を見る。


「そんな、私は狂言など!」


 そしてスカートのポケットから小さな紙を取り出し、私たちに見せる。そこには先ほどヒルダさんが言った脅迫と要求内容のことが書いてあった。


「ジーンさん、判事の所には回答者が嘘をついているかどうかが判定できる魔道具と魔法があります。なんなら行って確かめてみますか?」

「えっ、そんなものがあるのですか? わかりました、すぐ行きましょう!」


 私が裁判所にある嘘を発見できる魔道具の存在を話すと、ジーンさんより早くヒルダさんが反応した。彼女は自分の無実が証明できるならと、いそいそと出かける準備を始めた。


「いえ、それは後にしましょう。ジーンさん、みんな、でかけましょう。ヒルダさんは待っててください」

「え、でも彼女が犯人という可能性も」


 私の言葉にジーンさんがさらに食い下がる。せっかく得た事件へのきっかけ。下手に手放したくないという気持ちはわからなくないけど。するとエドワードが再び口を開いた。


「仮にそうだとしても、逃げないといけないなら、もうとっくに逃げてます。今ここにいるってことは、逃げる必要が今のところないからか、逃げる必要がないからです。そんなことより急ぎましょう。早くしないと面倒が増えます」

 エドワードがそう言い切ると早く出るようにみんなを促した。

 ジーンさんはさらに何か言いたそうに口を開けたり閉じたりしていたが、私が促すとやがて小さくため息をつくと出かける準備を始めた。



 そして私たちパーティーメンバーとジーンさんは、店の外に出た。時間はもうお昼前。周りの店が開き始める時間。街の目抜き通りは徐々に人があふれてくる時間だ。


「さっきヒルダに言ったこと……判事の所に連れて行った方がよかったんじゃなかったの?」

「ああ、あれはもう不要ですよ。本人の態度が潔白を証明したじゃないですか」


 ジーンさんの質問を代わりにエドワードが受けてくれた。


「だって本当に潔白だから、早く証明したくてしようがなかったんだと思いますよ。嘘をついてるならもっと勿体ぶったり、先延ばしにしようとしたりするはずです。……そうですよね? アレクシアさん」


 私が質問ににっこり頷く。するとエドワードの表情が、ぱっと笑顔になる。


「なるほど……確かに。で、どこに向かうの、アレクシア?」

「カーラさんの思い人、ヨルンさんの家に。まだ居ればいいけど。案内していただけますか」


 ヨルンさんの家は街の北はずれにある長屋の一角だという。

「彼の家はさんざん捜索したわよ」というジーンさんの言葉に、


「別に彼の『家』に用事があるわけじゃありませんから」


 と私が笑うのをカーラさんは不思議そうな顔で見てから、肩をすくめて正面に視線を戻した。急がないと。無事であるのは間違いないが、ぐずぐずしてると手遅れになってしまう。


「あ、あの長屋よ。あの奥から二軒め……って、彼よ」


 遠目で見ても恰幅の良い男性。それがヨルンだった。外見は大柄でがっしりとした偉丈夫だが、その外見には似合わず温和そうな顔をしている。今から出かけるようだが、あれは。


「あの恰好。旅装束ね。おまけにすごい荷物。どうするのかしら」


 ジーンさんはいぶかし気に彼を見る。

 大柄な彼を覆いつくさんばかりの荷物を背中に背負い、ヨルンはそんな荷物をものともせずいそいそと北に向かい、街を出るようだ。危うく見失うところだった。


「彼に見つからないようにね。彼にはカーラさんへの道案内をしてもらう必要があるから」


 周りがぎょっとしたような表情をする。そんなに私、変なこと言ったかな。


「え、どういうこと? あの人がカーラの居場所を知っているっていうの?」

「ええ、おそらく」

「ちょっと、詳しく話して」

「それは彼らに話してもらえばいいかと。それに外していたら恥ずかしいですからね」


 そういってジーンさんにペロッと舌を出しておどけてみせた。途端にジーンさんの表情に不機嫌さが混じる。あ、さすがに不謹慎だったかな?

 身を隠しながら追っているが、彼は警戒する様子もなく先を急いでいるようだ。余程急ぐ事情があるんだろう。


 一時間も経たないくらいで東街道の外れに廃れた集落が見えた。何件かの家が主もなく打ち捨てられているようだった。多くが崩れ去り屋根もない状態となっている中、教会だけはある程度原型をとどめているようだった。彼は教会に消えた。


「あそこに、カーラが?」

「いないと、ちょっと困りますね……ま、取りあえず我々もお邪魔しましょう」

「え、危ないんじゃ」


 大丈夫ですよ、と教会に近づく。外から見るといろいろ痛んでいるように見えたが、雨露をしのげる場所はあるようだった。その一角にある、彼が消えた扉をゆっくり開く。


「だれ!?」


 すぐに中から声が飛んだ。そして。


「カーラ姉さん! 姉さんなの? ジーンよ!」


 ジーンさんが叫びながら部屋に飛び込んだ。


「ジーン!? あ、あなたどうしてここに。 ……まさかヨルン、あなた」

「いえ、私たちがヨルンさんを勝手につけてきたんです。彼を責めないであげてください」


 ジーンさんが直後に入ってきたことで、カーラさんは、ヨルンさんがジーンさんを連れてきたものだと勘違いしていたようだった。


「あ、あなた。夕べの……たしかアレクシアさん」


 私が頷いたところで、安心したのか、あきらめたのか。それは定かでないが先ほど腰かけていた粗末なベッドに、再び腰かけた。



 ここは教会の神父が過ごしていた部屋のようだった。調度はあくまで質素。粗末なベッドに小さなクローゼット、机、いくつかの丸椅子がある以外、目立ったものは何もない。

 カーラさん、ヨルンさんはベッドに、ジーンさんと私は丸椅子に。ほかの三人は床に休憩用のシートを敷いて座っている。ヴァイスに至っては外でお留守番だ。

 カーラさんら二人は、早々に見つかってしまったことにがっかりしているようだった。


「私たち、一緒になりたいの。お願いジーン、このまま見逃して?」

「姉さんの願いだからそりゃ聞いてあげたいよ。でも今回ばかりはまずい。大旦那様……父さんに知れたら」


 妹のジーンに想いを伝えるカーラだったが、大旦那様の名前が出た時に肩をびくりと震えさせた。


「まずは、経緯を話していただけませんか。協力できることが、あるかもしれない」


 実際に何が協力できるかはわからない。けれど話すことによって冷静になり、いい判断ができるようになるかもしれない。

 大旦那様――カーラの父親がここにいないことで、少しは安心したのか、今回の顛末を話してくれる気になったようだった。


「彼……ヨハンと出会ったのは、一年前でした。彼がウチの店で働き始めた時でした――」


 カーラは昔から病弱だったため家から出ることはほとんどなく、いつも二階の部屋から中庭や窓から見える中央山地の山々を眺めることしかできなかった。彼女は籠の中の鳥だった。冒険者としても商人としても、成果を上げつつある妹、ジーンを見るにつけ、自分の体はどうしてこんなにガラクタなのかと儚んでいた。

 彼は最初、店の荷役を行う下男として店に入った。最初は怖かったのだそうだ。それもそのはず、周りはほとんど体も鍛えていない魔法使いばかり、対して『忌み子』の彼はがっしりした体躯、力仕事をものともしない、ある意味粗野さを持っていた。

 考えが少し変わったのはそれから二か月ほど経ってからだった。カーラが庭で貧血により倒れた時のこと。意識がもうろうとする中、覚えているのは抱きかかえられて自室のベッドに優しく寝かせてくれた彼の力強さとやさしさ。

 それからというもの、無意識に彼の姿を目で追うようになっていた。中庭で汗をかきながら庭仕事をする姿。厩で馬を優しく世話する姿。店先の馬車から大きな荷物をいくつも抱えてみんなを驚かせる姿。店の前で、街の子供たちと一緒になってコマで無邪気に遊ぶ姿。カーラに話しかけられて、恥ずかしそうにする姿。自分が準備したご飯をおいしいといって食べる姿。そして、抱きしめられたときに感じた、えもいわれぬ安心感。この人なら、いつまでも私を守ってくれる。そう思えた。


 思い切って父に告げた。この人と一緒になりたいと。けれど父は反対した。『忌み子』の、それもただの平民に、大店の長女をやれる道理がどこにあると父は冷徹に言い切った。それどころか次の日には彼を首にし、ガードマンも増やされ、それから逢うことが極端に難しくなってしまった。

 どうしてジーンは自由に外を歩けて、私は鳥かごの中に押し込められているのか。ジーンがうらやましい。このような脆弱な体にどうして生まれついてしまったのか。あの子のように、自由に生きていける強い身体さえあれば、私は今の生活などいつだって捨てられるのに。どうして私は選ばれなかったのか!

 ……鬱々と考える日々が続いたときふと思った。駆け落ちしかないと。

 幸い手紙を書くことは許されていたので、手紙で計画を二人で練った。作戦には最低協力者が一人必要だったが、幸いそれはすぐに見つかった。店の商品を持ち出していることを知っているとほのめかしたら彼女はすぐに言うことを聞いた。


 血液は庭で罠を張って捕まえた猫の物を使った。庭は彼が辞めてから手入れをする者がいなかったから問題なかった。血を抜いた“残り”は麻袋に詰めて食堂のごみ箱に捨てた。

 実際に使おうとしたらほとんどが固まっていて焦ったが、何とか目立つくらいには床を汚せた。

 メイド服を用意させたのは一階を自由に歩くためだった。一階のお店から当座の生活に必要なものと路銀を集め、部屋に持ちかえった。そして窓から庭に降りた後女中が勝手口からガードマンを引き離す隙を使い、家を出た。

 街はずれで彼と待ち合わせ、教会に潜んで一晩過ごした後、彼は早朝に自宅にいったん戻った。いきなり二人で姿を隠さない方が、彼が疑われることがないと踏んだからだ。

 そしていったん彼への嫌疑が晴れてから、ゆっくり移動しようというつもりだったのだが。


「しかしどうしてです? 浮遊魔法が使えるのなら、こんな面倒臭いことせずともそのまま窓から出ていけばよかったじゃないですか」


 エドワードの最後の疑問は、しかしあまりにあっけらかんとした回答だった。


「黙って出て行ったら、みんな諦めないじゃないですか。私は出ていくのではない、新しい生活のため、死なないといけなかったのですし」


 たったそれだけの理由だったのか。あきれた空気が広がる中、カーラさんはさらに言葉を続ける。


「……でも、あっさり見破られているなんて、本当についてないわね、私は」


 最後に、自嘲気味にカーラさんは笑った。


「……ホントに、ついてないです。私」


 私も盛大にため息をついてやった。


「こんな世間知らずのお嬢様の、おままごとに付き合わされて。本当についてないです」

「な、……ちょっとあなた」


 カーラさんの顔にさっと朱が入った。


「わたしが、どんな気持ちでこんな。……あなたにはわからないわ!」

「ええ、わかりません。さっぱり」


 そしてキッとカーラさんを見据える。


「あなた、悲劇のヒロインぶってますけど、今回の陰でどれだけの人を傷つけて、迷惑をかけているとお思いですか? あなたの言いたいこと、わからなくはないですが同情はできません。なぜならば」


 ここで一旦言葉を切って、立ち上がってお嬢様の顔を指さして差し上げる。


「あなた、ぜんっぜん、自分で戦ってない。そんな人の主張、だれも共感しない。そんなに欲しい未来があるなら、せめて自分で勝ち取ろうと、もがいて見せるくらいしなさいよ」


 カーラさんは放心したように私を見つめていた。

 最後の方は私自身への再確認。そうだ。勝ち取るためにはみっともなくとも、泥水をすすろうとも、もがいて、もがいて、もがき続けるんだ。



 結局カーラさんはそのまま家に戻ることになった。ヨハンさんはカーラさんに頼まれて付き合っただけ、とカーラさんが衛士に言ったため、かるい嫌味程度で済んだようだ。

 となると基本的には娘が家出をしたということと変わらないため、特にだれにもお咎めはなかったそうだ。


 一面を見れば『忌み子』との報われぬ恋に生きようとした悲劇の令嬢が、親の力の前に恋をあきらめた、という構図に見えなくもないが、事情を知っている我々にはとてもそうは思えない。せいぜい親に絞ってもらえばいい。親がいるだけましだ。


 今回の事件。フタを開ければ事件というほどでもなく、単なる箱入りの“深窓の令嬢”の初心な幻想に過ぎなかった。

 お嬢様に振り回されるのはどこも同じのようだ。


「アレクシア。今回は本当に申し訳なかった」


 ジーンさんが本当に申し訳ないように謝ってくる。しかしジーンさんも言ってみれば被害者のようなものだ。責められるものでもない。


 そんな後味の悪い幕切れで、“令嬢の誘拐”事件は幕を降ろした。


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