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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第二章:仲間とは
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第二十七話 消えた令嬢 中編

 食堂には我々パーティーメンバーだけとなった。ジーンさんは先ほど調べ物があると言って出かけた。おそらく街と、衛士の所に行くのだろう。


「お姉ちゃん、そろそろ整理してみない?」


 調度品の品定めに飽きた様子のディルが切り出した。その言葉に合わせるかのように、エルとエドワードの視線も集まる。


「そうね、現状を整理しよっか。まず犯行現場……と言っていいのかな? カーラさんのお部屋。まず窓からいってみようか」


 私の仕切りに、まずエルが手を上げる。


「窓からの侵入は難しいと思うんです」

「どうしてそう思う?」


 質問をしてエルの言葉を引き出す。


「外からこじ開けるのなら、何かしらの道具を使って力をかけてやらないといけないでしょう? でも窓の下の屋根には苔たくさん生えていて、人の足跡なんてまるでありませんでした。魔法で浮きながらってのも考えましたが、私が言ったように足場はどうしても必要ですし、杖を持ったまま別の道具を使ってこじ開けるなんて芸当は無理だと思うんです」


 エルの言葉にみんなが頷く。


「じゃ、どうやって侵入しようか。はい、ディルさん」

「えっ。……うーん。入り口はガードマンがいるから普通に入ってくるのは無理だよねー。……そうだ! 中庭に飛んできて、中庭から連れて飛んでいけばいいんだよー!」


 ディルはどうだ? すごいだろ、といった感じでみんなの返事を待っている。だけれど。


「えーと、ディル……さん。浮遊魔法っていうのは、だいたい自分の体重くらいまでしか浮かせられないんです。自分以外のものを動かすにしても、離れて移動させされるのもせいぜい自分の身長分くらいで。……つまり」

「中庭から華麗に脱出! ……ていうのは無理ってこと? なんだ、魔法って意外と不便」


 エドワードが丁寧に浮遊魔法の特徴を説明してくれた。意外と不便って、結構便利だと思うよ? ディルちゃん。


「じゃ二階の屋根を伝って……ってのも、無理なのかな?」

「誘拐犯が二人以上いたら可能かもね」


 新たな推理を展開するディルに、今度はエルが答える。


「じゃあ、一人が屋根の上からもう一人を浮かせて、浮いている人がカーラさんを連れていけば!」

「人さらいの前にサーカスの職をお勧めしたくなるわね」

「うう」


 盛り上がるディルに対し、エルは冷たい。


「ねぇ、そしたら血痕はどう説明するのかしら? 賊が魔法の使い手なら、そもそも傷つけなくてもいいんじゃないかな。拘束魔法があるんだからさ。寝てる間なら簡単でしょ」


 ディルは私の言葉を聞いてから、ポカンとした表情でゆっくり視線をめぐらして。


「そうだよ! だから犯人は魔法が使えない人!」

「はい、残念」

「えっ」


 今度は驚いた表情で私を見るディルちゃん。うふふ、かわいい。


「確かに血痕を前提としたらそうなるよね。けれどそしたらどうやって外に連れ出す?」

「う、うーん?」

「まだまだあるよ。窓の外には足跡もない、それにそもそもあの血痕。あの量だと今頃カーラさん危ないよ。それだと誘拐にならない。それにあれだけ派手に流れてるのに、窓にも、廊下にも、ただの一滴も垂れてない。元々殺すことが目的で運ぶだけだったという可能性は否定できないけど、そうすると流れている血の量が少なすぎるしそれに、」

「お、お姉ちゃん」

「ん? なに?」

「こ、こわいからそれぐらいにして……それに」

「ああ、ごめん、つい。……それに?」


 ディルが気まずそうに指さす先を振り返ると、そこには青い顔をしたジーンさんがいた。しまった。


「こ、殺されてしまってるの?」

「い、いえ、可能性の話をしただけで。それにおそらくあり得ません」


 慌てて私は殺されてしまっている可能性を否定する。……いや、正確には可能性はゼロではないが、おそらくは私が魔法を使えるようになるより可能性は低い。


「……ね、ヒルダさん」


 ジーンさんを追うように食堂に続いて入り、お茶の準備をしていた彼女に話を振ると、びくりと体を震わせた。


「え? ヒルダがどうしたの? あなた何かしって」


 私は手でジーンさんの言葉をやんわりと制してから続けた。


「その前にジーンさん。 以前こちらで働いていたとかいう男性はどうでした?」

「え、ヨルンの家に行っていたとなぜ……? いや、他にアテなどないか。うん、何もなかった。彼も凄く驚いていたよ」


 ジーンさんは私がカーラの思い人の男性――ヨルンという――の家に行ったことを言い当てられて、少し驚いた様子だった。


「彼に部屋の様子を話しましたか?」

「ええ。話しているうちに落ち着いてきて。帰るときには『早く見つかればいいですね』、と」

「それだけ?」

「それだけだけど……それが?」

「なるほど」


 ということは彼に関しての可能性は二つ。答えはヒルダさんに聞けばわかる。

 ジーンさんは私の態度に首をかしげている。説明するのもいいけれど、今は時間が惜しい。

 そして今度はヒルダさんの方に向き直った。


「さてヒルダさん、夕べ複数の足音と、重いものを置いたような音を聞いたということでしたが、もう一度詳しくお話しいただけますか?」


「物音……ですか? 物音にふと目覚めたら、二階から何人かの足音と、重いものを置いたような音がしました。でも起きたばかりの状態でしたから、はっきりそうだといえません、とお話ししました」


 先ほど話した内容をなぞるように、左上を見て、人差し指で口元を押さえながら答えてくれた。


「二階。それはカーラさんの部屋からですか?」

「おそらくそうだと思います」


 そういってヒルダさんは首肯した。……そろそろ絞めていこうか。


「なるほど。ヒルダさん。なぜ嘘をつく必要があるのでしょうか」

「私が嘘を? 何のために?」


 少し驚いたようにヒルダが返す。何かを守るように、手を胸の前で固く握る。


「何のためかは後で伺うとして、なぜ、夕べは起きたんですか?」

「どういう、ことですか?」


 言葉にしにくそうに、ヒルダさんは途中で息をのんだ。喉が渇いているのだろうか?


「普段眠りが深く、起きれないあなたが、なぜ昨日の物音に気付いて目覚めたのですか?」

「それは……音が大きかったものですから」


 握った両手を組みなおし、指をもてあそびながらヒルダは答える。


「眠りがいつも浅いヘレナさんは、まったく音を聞かなかったと言っていますが」

「そ、それは……」


 あちこち視線を走らせながら、ヒルダはくちごもっていく。


「同じころ廊下で女中姿の何者かを見たという証言があります。これはあなたですか?」

「……はい、そうです。お恥ずかしい話ですが、私、トイレが近くて」


 しばらく答えをためらっていたが、あきらめたように白状する。苦し紛れの回答。


「なるほど。女性にはよくある話ですね」

「それでトイレに立った時に音を聞いたのです」


 私の言葉にすがるように言葉を紡ぐ。嘘を隠すため、私の話に乗っている。


「そういうことですか。やはり音はカーラさんの部屋から?」

「はい。カーラ様の部屋の中から聞こえました」


 私の期待する答えのために、私は質問を作る。

 そしてヒルダさんは私の誘導する通り、ここでミスをしてしまった。

 さて、お時間です。


「ヒルダさん。その主張には無理がありませんか?」

「……はい?」


 突然のことに顔をあげ、怪訝そうな表情で私を見るヒルダさん。


「このお宅は重厚なつくりで非常に立てつけもいいですね。先ほど大旦那様がご立腹の様子で二階に上がって行かれましたが、お部屋に入った途端、執事の方との会話が聞こえなくなりました。防音はキッチリされているようです」

「あ……」

「もう一度伺います。物音は、したんですか?」

「…………」


 私の質問に答えられないヒルダさん。足元を視線が彷徨う。どのように言い繕うかを考えているようだが、その様子をみている私たちに、このあとどのような言葉を継いだとしても信憑性を持たせることはできないだろう。


「ヒルダ!」

「……すみません、ジーン様」


 ジーンさんの鋭い一言に大きく身を震わせたヒルダさんは、少し逡巡したあと、半べそをかきながら謝罪の言葉を口にした。




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