第二十四話 父との約束
「またキミなの? エドワードくん」
「あのその、すいません……」
ギルドのカウンターでは、大いに不機嫌そうな妖……ユリアンナさんが直立不動のエドワード、と呼ばれた男の子をその物騒な雰囲気を隠さず睨みつけていた。
対する小柄で眼鏡をかけた気弱そうな彼は、足を内股ぎみにもじもじしながら指をもてあそんでいる。
「しかも今度は私の大事なアレクシアちゃんがターゲットだったなんて」
珍しく怒り心頭といった感じの我らが愛すべき受付嬢は、これまたカウンターに強く拳を叩きつけ、フロアに響き渡らんばかりの盛大な音を立て、周囲の冒険者の視線を一身に受けていた。
「えっと、私の大事なーとか、正直迷惑なんでやめていただけますか?」
「ええー。いいじゃないホントのことなんだからぁ」
私の明確な迷惑発言もどこ吹く風。手を胸のあたりに当てて腰をくねって艶っぽく話すその愛らしい様子。他の人に向けられたものなら少しは可愛いとか思えるかもしれないけれど。私に向けられるのは本当に迷惑なのでやめてほしい。
「もう、わかりましたから。それでこの子、なんなんです?」
「あぁあ、すいません、すいません、悪気はなかったんです」
ユリアンナさんのお遊びもソコソコに切り上げるように促して本題に行く。私が隣の尾行者、エドワードを親指で差すと彼はあわてたように謝りだした。
「ただ……」と今度は上目遣いで私を見上げてくる。
「ただ?」私は上半身を引き腕組みをし、少し首をかしげて彼の言葉を待ってみることにする。
「少し、……アレクシアさんとお話ししたくて」
「はぁ? なんなんですか、それ? 話したくて付け回したっていうんですか?」
私が話す前にエルが乗り出して突っかかる。
「う、はい。そう……なりますか、ね。はは……」
「ユリアンナさん。こいつ、投獄してください。いや、今すぐ処刑してください」
エドワードの申し訳なさそうな雰囲気と対照的に、エルが彼をまっすぐ指差し、有無を言わせない気迫でユリアンナさんに訴える。おいおい、物騒だなー。
「ええっ」「ちょ」
エドワードだけじゃなくてディルまでびっくりしてるじゃない。私は少し……面白くなってきたと思ってしまった。ごめんなさいと心の中で舌を出す。
「こんな害虫にお姉様と同じ部屋の空気を吸わせることすら許せません。なんなら私が害虫駆除を」
このままではエルに害虫よろしく本当に駆除されてしまいそうな勢いなので、ここらでそらさないと。
「はい、ちょーっと待って」
「なんですかお姉様?」
もうちょっと感情を込めて話してもいいんだよ、エルさんや。
「ちょっとくらい話を聞いた方がいいと思うけど」
「無駄です」
「ほらー、訳ありかもしれないし」
「ありえません。害虫にそんな知能ありません」
「重要なことを伝えてくれるのかもよ?」
「ゴミ虫がもたらす与太話より、私たちの今日のお昼ごはんを何にするかの方が、よほど重要な案件です」
「あー、もー! 私が気になるから聞く! いいよね、文句ある?」
さすがに面倒になってきたので少し語気を強めてさえぎってみたら、エルが一瞬目をぱちくりさせて。ってだからなんで顔赤らめるのさ!
「え……まぁ、こほん。お姉様がそうおっしゃるなら、仕方ありませんね。でも二人っきりはダメです。私たちも一緒です」
「ははっ。もちろんよ、エル。ディルもいいよね?」
ディルは「いいよー」とニコニコして答える。ああ……なごむよ。
「んじゃユリアンナさん。ロビーのテーブル借りるよ。あと紅茶、人数分もらえますか」
「あ、あたしミルクと砂糖たっぷりで!」
「ふふ、はいはい」
ディルの元気な追加注文に、ユリアンナさんは笑って答えた。
私たち四人は、四人掛けの丸テーブルに腰かけた。目の前には先ほど頼んだ紅茶が良い香りを漂わせている。私の正面に彼、左にエル、右にディル。
早速ディルがミルクティーを一気飲みして、「ぷはー」ってやだ、おじさんぽい。
「あなた、数日前、この机で怖ーいお兄さんたちに囲まれてた子よね?」
私は紅茶を一口。カップを戻してから口を開いた。エドワードはうなずいて見せた。
「どうして私を知ってるの?」
「大森林での野営場襲撃事件のとき、ぼくもいたんです、あそこに」
「犯人として?」
もう、エルはこういう時、ホント意地悪。
「ちっ、違います! ほかのパーティーのメンバーとしてです! ……そ、そこでのアレクシアさんの強さが印象に残ってて。その、『忌み子』なのにすごく強いんだなぁって」
「キミ、可愛い顔してずいぶん失礼なこと言うんだね」
女性に対して強いんですね、って。誉め言葉じゃないし。『忌み子』なんて面と向かって言われてうれしいわけないし。
「あ! すすいません! なんだかこういうの、慣れてなくて緊張してて」
そしてちらちらと双子を交互に見てから私を上目遣いで見る。ああ、女の子に囲まれるのに慣れてないのか。
「で、そのパーティーとは今は?」
「はい。昨日首になりました」
「ああー……」
そうして頭を掻きながらまいったな、と独り言ちていたら、
「アレクシア、ちょっと」
カウンターからユリアンナさんが声をかけてきた。それにあわせて席を立ちカウンターに向かう。
「ごめん、エル、ディル。少し二人に任せていい?」
二人に少し任せようと振り返り、声を掛けたら。
「わかりましたお姉様。きっちり白状させますんで!」
「まかされたー」
「ふぇぇ!?」
三者三様の返事が返ってきてちょっと笑っちゃった。
声を落として話したかったから、カウンターに立って身を乗り出してユリアンナさんに対し耳を貸せと手でジェスチャーする。なのに彼女の耳に顔を寄せようとしたらこの人、目を閉じて唇突き出してくる。「んー」って。もうわけわかんない。とりあえずカウンターの上のカエルの置物とでもキスさせておこう。ちなみにカエルはもちろんゲン担ぎだ。生きて帰る、ってね。
むちゅ。
「うむー。……ひどいよアレクシア」
「あの子、しょっちゅうパーティー追放されてるみたいだけど、なに、マゾなの?」
カエルの置物を元の場所に置いて、声を落として話す。
「ぷっ、まさか。それだったらとっくに私が可愛がってるわよ~」
「なに? じゃあ役に立たないとか?」
「そっちの方は試したことないからわかんないわぁ~」
「ごめん、振ったのは確かに私だけど、真面目な話、しようか」
「あら、そうなの。じゃ」
そういってユリアンナさんはカウンターの下から書類の束を取り出した。ってさっきからそう言ってるだろ!
「んーっと、……あ、あった」
どうやらユリアンナさんが見ているのはギルド所属メンバーのプロフィールのようなものか。そこにパーティー参加脱退の記録もあるようだ。理由も書かれているのだろう。
私がのぞき込もうとすると、開いたファイルをそのまま胸に押し当てて。
「これはダメ。……んーでもお姉さんの言うこと聞いてくれたら、見せてあげても」
「いえ結構です」
食い気味に遠慮します。職権乱用はいけませんよ、受付嬢さん。
しばしのやり取りで分かったこと。それは。
「……つまり、あまりのおっちょこちょいっぷりに役に立たなかった、と」
「表現の違いこそあれ、おおむねそういう評価ね。ということはいわゆるアレね」
「「悪い子じゃないんだけどねー」」
ふたりで盛大なため息。
「ま、心配なのは確かなのよ。あの子とこの間面談したことがあってね。あれでも一生懸命でさ。必死について行くんだけど、肝心なところで失敗するんだって。泣きもせず怒りもせず媚びもせず、私に淡々と語るのよ。たまんないわ」
その言葉に私の胸はズキリと痛んだ。この子も苦しんでいる。魔法が使えるこの子も、私たちと同じく、苦しんでいる。当たり前のことに、そのことに気づかなかった、気づかないふりをしていた。
そうだ。誰かが手を差し伸べなければ、彼は。
「ちょっと彼とメンバーとで話をしてみるわ」
「えっ、ダメよアレクシアに悪い虫が」
「そろそろそういう発想から離れようか」
ホントこの人ぶれないわ。
「でも大丈夫、アレクシア?」
「だって、なんかほっとけないじゃない。あの子、あたしたちと一緒。行き場所なくて」
「でもでも、今までのパーティーでは」
「今までの、でしょ? 大丈夫、うちには優秀な『調教師』もいるしね!」
そこまででユリアンナさんとの会話を切り、エドワードを私たちのお店に誘った。彼はもちろん、ディルも驚いたし、何よりエルの驚きっぷりというか怒りっぷりはすごかった。
わかってる。ユリアンナさんがすごく私の事、心配してくれていること。
でも失敗を恐れていたら何も進まない。目の前で困っている子がいるならできるだけ力になってあげたい。だってそれがお父さんとの約束だもん。
だから私は、この子の力になる。みんなが私にしてくれたように。
お店に帰ってきてもエルのご機嫌は絶不調だった。ギルドで座っていたように、四人掛けに四人。トニエラおばさんは好奇心を隠さず、
「誰のコレだい? ま、まさかこんなかわいい顔して三又かい!?」
なんてぶっ飛んだ勘違いをしていたので慌てて訂正したんだけど、ニヤニヤしながらあれやこれや食べ物を持ってくるあたり、絶対信じてない。厨房の入り口から頭半分出してこっそりこちら側を伺っているおばさんに対し、「しっしっ」と手で追い払う仕草を見せるけど退散する気配すら見せない。これはアレだな。夜は質問攻めだな。
「『調教師』。それが私の新たな職業なのでしょうかお姉様?」
いつもは天使のような笑顔が素敵なエルさんですが、今は表情が無い。すいません、正直怖いです。ここは平謝りしつつエルちゃんのご機嫌を取る作戦。これ一択だ。
「ごめん! でもこんなことできるの、エルしかいないと思って」
「そんなこと言って。そんなにこの子が気になるなら、お姉様がなさればよろしいじゃないですか」
ツンと澄ましたまま、エルはおばさんが並べ立てた料理を一つ取り上げ、優雅に口に運んだ。私は椅子から立ち上がり、エルの背後にまわり、彼女の背中にそっと手を添える。エルの肩がピクリと震える。
「ホントだよ。エルじゃないと無理なんだよ? あたし魔法も使えないしさぁ。ねぇ、頼むよぉ」
これじゃまるでヒモ男がお小遣いねだってるみたい……。いやいやこらえろアレクシア。ここが正念場だ。こうなったらダメ押しで、耳元でささやいてやる。この状況を打破するためには、私は何だってやる!
そして肩に添えた手に、気持ち力を加えて。私はエルの右耳に顔を近づける。
「ね……エルだけが頼りなの。おねがい。私を助けて?」
ふふふ効いてる効いてる。ビクリと震えるエルちゃん、耳まで真っ赤だぜ。かわいいっ。
そしてそのままエルの言葉を待つ。ほどなくして。
「ま、まぁ、魔法を使えるのも私だけですし? やるなら私しかいないわけですが」
よっしゃ落ちたぁ!
「うわぁ、やっぱりエル頼りになる! ありがとっ」
ここぞとばかりにエルに抱きつく。
「も、もう、わがまま聞くのは今回だけですからね。こ、今度は私のわがままも……」
「というわけでよろしく、新入り候補のエドワード君!」
「あ、ちょ。 ……もうっ」
ん? エルなにか言いかけた? なんで私を見上げてむくれてんの?
「はい、エドワードです。今回は拾っていただいてありがとうございます。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」
ぺこり。とまるで糸人形のようにしっかりと礼をして、上げた顔はまるでマリーゴールドのような笑顔。やばい、弟くんパワー全開だ。きゅううぅんってなる。
「くっ。これが弟くんの力か……」
エルちゃん何言っちゃってんの? 仲良くしてね。
「じゃあ、なんで毎回パーティーから追放されていたか、その理由は自分なりにどう考えてるか、教えてくれるかな?」
私はさっき座っていた席に戻る。エルは何か言いたそうだったけど、しばらくしたらため息を一つついて私を見て苦笑していた。
「えと。僕、しっかりこなそうと頑張るんですけど、頑張ろうと思えば思うほど集中できなくて、魔法に威力が乗らなくなるんです。でますますまずいって思って失敗して」
一生懸命さはよく伝わるよ。なんだけど、原因はよくわかんないなぁ。
「まぁ一回試してみればわかるんじゃないかなー?」
ディルがあっけらかんと言う。この子のこういうところ、ホント助かるわ。
「そうだね、んじゃ行ってみようか。ヴァイスー! ちょっと軽く狩りに行くよー!」
すると二階から風のように私の騎士君が現れるやいなや、エドワードを一瞥し「お前誰だ」って顔で彼を睨みつけた。
「ひっ。おおかみっ!」ばたり。
一声悲鳴めいた言葉を発した直後、エドワードは椅子にだらしなく腰掛けるように、気絶したように動かなくなった。
「え、ちょっと! どうしたのよ!?」
「まさかこの人……ヴァイスを見て気絶したの……?」
エルとディルが信じられないものを見るかのようにエドワードを眺める。
ほんと。信じられないんだけれど、これがエドワードとの出会いだった。






