第二十三話 女優と哀れな追跡者
「で、お姉様。あれはどういうことだったんですか? キッチリ説明してください」
初めてのダンジョン攻略から二日経ち、救出した女性二人が乗った乗合馬車を見送った直後、振り返りざま。にこやかなエルが放った言葉がこれだった。
「え、あれって、どれのこと?」
思い当たる節が多すぎて一つに絞れません! わかりません、エルさん!
「ゴブリンの集団を見て、いきなり大声上げて飛び出していったアレです」
うん、それだよね。私もそう思う。
あの時は本当にどうかしていたとしか思えない。あの光景を目の当たりにして、いきなり心が真っ黒に染まっていく感覚に戸惑っている間に意識を失って。気が付いたらディルがエルの名前を呼んでいる場面で。私は血まみれ傷だらけで。あれだけいたゴブリンはみんな死んでて。
「覚えて……ないんですね」
「ええ。戦っている最中のことは、ほとんど何も覚えてないの」
でも結果としてエルに大けがをさせてしまった。
「ごめんなさい、エル。私が暴走したせいで、あなたを危ない目にあわせてしまった」
本当に申し訳なく、エルの顔をまともに見れない。理由はなんにせよ、私の独断専行がもたらした結果だ。謝るしかない。
「いいえ、それはもういいんです。みんな無事だったから。……それにー、その」
えっ。怒ってないの? とエルの顔を見つめると、なんだか顔を赤くしてもじもじしている。ど、どうしたの?
「お、お姉様と。き、キスしちゃいましたし」
更に熟れた果実と見紛うほどに真っ赤になったエルさん。いや、ちょっと待って。
ああ、両手の人差し指同士でつんつんもじもじしないで――!
「おお、そうだったね、そういえば! あたしも必死だったから忘れてたよー。エルはお姉様に抱きしめられ、見つめ合い。やがて熱いベーゼを……んー、むふっ」
おーい、ディルさんや。キミも何をいってるのですかね? あ、悪い顔してる。絶対わかってやってるなコイツ。あとでお姉ちゃんがキツイの一発食らわせてやる。
「わたし、その……初めてだったもので……どうしたらいいか」
「いやいやいや、救助活動だよね、あれ。救命措置だよね!?」
回数に入らないでしょ! って何必死になってんの私。ていうかいやいやいやいやいや! そんなうるんだ目で私を見ないで! そして恥ずかしそうに眼を伏せないで!
「お、お姉様がよろしければ、私はその、いいつだって」
「いやいやその申し出はおかしい」
「えっ。……所詮枯れ木のような貧相な私には興味ありませんか」
私の言葉に明らかに落胆の色をにじませたエルの言葉が罪悪感を呼び起こす。なので、
「そ、そんなこと、ないと、思うけど?」
などと逃げ場をふさぐフォローをつい入れてしまう。
「それじゃお姉様!」ハッと顔を上げたエルは私に一歩近づく。それに合わせて思わずのけぞってしまった。
「あいやそういうわけじゃなくて」
と思ったところで我に返る。そういえばここって街中だった。
「あー、その前にさ、エル」「なんですか?」
「天下の往来でこういう話、やめようか……」
気付いたら周りの人たちにすっごい見られてる。ほとんどは何やら汚物を見るような目で。一部のご婦人からは何やら熱い視線を。
「あっ。ご、ごめんなさい。少し、不謹慎でした」
うん、少しじゃないからね?
軽く握られた両手を胸元に寄せて恥ずかし気に目をそらすエル。うん、乙女だよ。とってもかわいい。手放しでほめてあげたい。その対象が私に向いてさえいなければ。
私たちの寸劇が終わったことを知ったやじ馬はやがて興味を失ったかのように歩き出す。そんな中、何気なく目に入ったフードを目深に被った人物がついと向きを変え、路地に消えていった。なんだ? 気のせいか?
まずはボロボロになった武器防具の修理を依頼しなければと、市場の防具屋さん改め鍛冶屋さんのルドルフさんの所に向かう。
以前からこの街に滞在してくれている、お父さんの友人のサルヴィオさん。実は凄腕の鍛冶師だったということで。この街の鍛冶師であるルドルフさんに武器の作り方を教えてくれている。
ルドルフさんも凄い。初めて作る武器なのに、ひと月くらい教えてもらっただけで作ってしまった。
「何となく形になってるな!」
と辛口評価のサルヴィオさんだけど、結構認めてるっぽい。ルドルフさんもこの街ではもちろん一番だけれど、国じゅう探しても五本の指には入る名工って聞いたことがある。
手に職系というのは恰好いい。
「私も鍛冶師を目指すのも悪くないかもしれないね?」
可愛い女の子が弟子入りしてあげてもいいんだよ? とからかい半分に言ってみたものの、
「いや、お前にゃ無理じゃ。なあ、サルヴィオさん」
「そうじゃな。なんせお前さんは壊滅的に不器っちょじゃからなぁ。防具もすーぐ壊すし」
「お前、ほんっとに道具を大事にせんもんなぁ」
傷だらけの防具を見ておじさん二人は盛大にため息をついた。
「いやはは。 先日ダンジョンでゴブリン十数匹と大立ち回りをやらかしたもので」
「なんだ、足ついてるじゃないか。生きとったんか、しつこいのう」
ルドルフさん、相変わらず辛辣です。もっと私のこと、心配してもいいんだよ?
「おじさんの防具のお陰だよー。ありがとう、たすかったよー」
ディルは持ち前の明るさ全開でおじさんに礼を言う。途端におじさんたちのまなじりが下がる下がる。私じゃダメなんですかね!?
「ははは! そうか、それならしようがねぇな! んじゃ夕方までには仕上げておいてやっから、その辺ぶらついとけ」
「おじさんありがとー。だいすきー!」
ディルちゃん有能。いい仕事したよ! ……あ、孫だ。じいさんと孫だこれ。
「剣はどうだ」
サルヴィオさんがぶっきらぼうに尋ねる。この人も職人気質っていうんだろうか、無口なんだよね。私は腰に下げている片手剣を外し、おじさんに渡す。
「なんだ刃こぼれだらけじゃないか。えらく派手に使ったな」
抜き身の刀身を眺めながら、半ば呆れたようにサルヴィオさんが言った。相手も剣を持ってたから、とか言い訳を始めてしまう私も何だか情けないけれど。
「相手の剣を剣でまともに受ける奴があるか。お前、もしかしてバカなのか?」
とそんなに身も蓋もない返され方をされたら、心の装甲がちり紙以下の私はたいそう傷つくんですよ? 私、これでも十五歳の多感な女の子なんですからね?
「はー……しようがねぇ。ワシが新しいのを打ってやろう」
「え、本当?」
「明日の夕方取りに来い」
「やったあ、おじさん大好き!」
ついついうれしくてサルヴィオさんに思わず抱き着いてしまった。
「おいおい、あぶねぇだろ。ったくしょうがねぇな」
口調は相変わらずだけど、まんざらでもなさそうだ。
代金もいらない、初遠征成功のお祝いに、だそうだ。ふひひ、私も捨てたもんじゃない。
そうやって重さ、重心、刀身の幅など好みを聞かれたあと、しばらく鍛冶師のおじさんたちとじゃれてたけどそろそろ商売の邪魔になりそうだったので退散することにする。
「じゃあ次は布地を補充に……」
そこで視界の端に感じた違和感。さっきのフードの人物。私が正体を確かめようと振り向いた時には人込みの中に紛れていた。
「どうしました? 早く行きましょうよ、お姉様」
少し先に進んでいたエルが振り返り、私に声をかける。
「ああ、ごめんごめん」と謝りつつ彼女たちのところまで小走りでいく。
やっぱりなんか見られてるような気がする。
目的の布生地も入手し、最後にギルドに寄ろうと裏路地を歩いているとき。
尾行されている気配を感じた。
「ねぇ二人ともちょっとこれ見てー」
そうやって私がやるのは”集合”のハンドサイン。二人がぎゅっと抱き着くようにくっついてくる。
ち、ちょっと動きづらいんだけど。
「え、なんですかお姉様? わっなんですかこれ」
エルも芝居に乗ってくれた。ディルはこういうのが苦手なのでいつも黙ってる。
「これさっきの店で買ったんだけどさー」
尾行がついている。次の路地を右に入ったらすぐ隠れて尋問を掛ける。と小声で続ける。
「あっ、それ私が試したいです。いいですか?」
おいおいお嬢さん、やる気だねぇ。
「いいよー、じゃ帰ったら早速」
そう談笑しながら右折した直後音を消して走り少し先で待ち伏せ。エルは短杖を取りだし素早く詠唱。魔法でふわりと浮き上がると、通路脇の家の屋根に飛び乗った。……ホントいつ見ても便利よねー。あたしだと外壁掴んで上がらないとだからね。スマートさが違う。
尾行者はすぐに現れた。
「あれ? どこ行ったんだろう……」
小走りで角を曲がってきたが、私たちが消えたことに戸惑っている様子だ。想定と違う間の抜けた言い回しに若干の違和感を覚えたけれど、尾行しているのは変わらない。エルさんや、やっておしまい。
登った時と同様の魔法だろうか。今度は音もなくふわりと尾行者の背後に降り立ち、腰のナイフを取り出すと。
「止まりなさい」
「ひっ」
エルが背後から相手の顔の前にナイフを突きだし、警告する。
追跡者はそのままびくりと静止する。相手は両手手ぶら。つまり魔法も使えない状態。
「ゆっくりフードを取りなさい。両手で、ゆっくりと」
「えぇ!? ち、ち、ち、ちょっと待ってくださいよぉ! ボク、怪しい者じゃないですよぉ!」
いや、十分怪しいだろ! と私たち全員思ったはず!
「いや、十分怪しいでしょう? フード、取りなさい。さもないと……」
「ふわぁぁ! わ、わかりました、取ります、取りますからぁ!」
追跡者は慌ててフードを取ろうとした。
「ゆっくりっ!!」
「はいぃぃ!!」
意外とエルちゃん厳しい……。
震える手でゆっくり取り払われたフードの中には、以前見た顔が隠れていた。






