第二十二話 代償
捕らえられていた三人のうち、一人はダメだった。
二人には湯を沸かし、体を拭いてあげて、着替えと暖かいスープを用意した。
手遅れだった人もキレイに拭き、服を着せた。ひどい目に遭ったんだ。最後くらい、人としてしっかり送ってあげたい。
本当はすぐにでもここを出たいけど、エルとこの三人を一度に動かすには無理があった。
なのでディルとも話し、エルの体調が回復するまでいったん留まることにする。
ゴブリンの死体はなるべく端に寄せ、彼女たちの目に触れないようにした。
身を清め、暖かいものを口にしてから、二人はポツポツと話しだしてくれた。
二人と亡くなった一人は、仲の良い五人パーティーだったそうだ。全員王都出身の十五歳。私と同い年だ。
半年前、まだ見ぬものを探そうと冒険を始めたばかりだったという。そのまま王都で仕事を得れば何の苦労もなしに所帯を持ち、安穏と過ごせたはずなのに。私の中で黒い感情が少し頭をもたげた。だがその言葉は決して口には出せない。
あの馬車が置いてあった近くで野営中、寝込みをゴブリンに襲われたらしい。
五人のうち二人は男性。女性は人質となった。そんな彼女たちが見ている前で、二人はなぶり殺され、その後彼らの食料となった。
女性たちはそのまま生け捕りにされ、この洞窟まで連れてこられた。そして先ほどまで蹂躙され続けていた、ということだ。
亡くなっていた女性は、襲われる直前に隙を見て武器を奪い一体倒した。その後自らの喉を突き、自殺したらしい。先に亡くなった男性の一人と、将来を誓い合った仲だったそうだ。夫となるはずだった男性が目の前で殺される様を見てしまった彼女の悲しみ。怒り。そして操を立てるため自らの命を絶つ覚悟。その無念はいかばかりだっただろうか。想像するだけで胸が痛い。
私は死ねなかった。ポツリと漏らす彼女たちを、いったい誰が責められるのか。生きていくにしても、それなりの覚悟が必要だ。どちらが良かったかなど、他人にどうこう言えるものじゃない。
私は入り口近くでゴブリンから回収したギルドカードを取り出し、彼女たちに手渡した。二人寄り添うようにそれを見て。また静かに泣いた。
ひとしきり泣いていた二人だったが、やがて疲れたのかどちらともなく横になり、すぐに眠りについた。余程疲れていたのだろう。無理もない。
小さな焚火がちろちろと燃えている。
湧き水の小川で転がるようにして体を清めていたヴァイスも、ひとしきり毛づくろいをして満足したのか、焚火の前に丸くなっている。大量に浴びていた返り血もすっかり落ち、いつもの白銀の美しい毛並みに戻っている。
エルはあれから更に落ち着きを取り戻したようで、今は安らかな寝息を立て眠っている。お手製の解毒剤は奏功したようだ。
今回も危なかった。魔法を使えるのが実質エルだけ。普段はそれで問題ないためさほど気にならなかったけど、今日のような状況に陥った場合、全滅の危険もある。
安全に旅を続けるためには、せめてもう一人魔法が使える人を仲間に加えたい。
周りにはだれもおらず、ディルと二人だけになった。こういう組み合わせも珍しいなと、普段から思っていることを尋ねてみようと思った。
「さっきはごめんね。勝手に飛び出してしまって」
「ううん、いいよ。でもびっくりしたよ。いきなり走って行ったから。数が多かったから危ないと思ったんだけど、お姉ちゃん滅茶苦茶強かったね、すごかったよ」
「あはは……ありがと。しかしディルたちって本当に仲がいいよね。今日もすごく真剣に心配して」
ディルは私の言葉に、少し困ったような顔をした。
「うーん……ま、仲がいいっていうのかな? まぁ周りから見たらそうなのかもね」
「違うの?」
私が小首をかしげると、
「んー、なんていうかさ。エルって何でもできるでしょ? であたしはできない。魔法が使えない。だから国を追われたんだよね。へへ」
ディルは頬を掻く仕草をしながら、何かをごまかすように早口で話す。
「私なんていない方がいいと思うんだよね。 だけどエルはそんなあたしを放っておけないって。ついてきて……」
そこまで言うと、ディルは両手を後ろの地面につき、天井を仰いだ。
「ホント、わかってない。私のことなんて、なーんにもわかってない」
「え?」
天井を仰ぎながら、吐息交じりの、あきらめたような声色で。
私にとっては意外な答えを紡ぐ。
「私ね。エルのこと、嫌いなんだ」
そして静かに語りだす。
「小さい時からずっとエルと比べられてた。エルは何でもできて私はあまりできなくて。……魔法も使えなくて。それがたまらなく嫌だった。エルはこんな私にすっごく優しくて。どんだけドジで失敗しても『お姉ちゃんだからね!』っていって庇ってくれて。……バカだよね、だって双子なんだよ? 一緒に生まれたんだよ? なのにほんの少し先に生まれたからって、こんな……」
そこまで言って顔を起こし、ディルは膝をかかえて焚火に目を移す。
「こんな『忌み子』なんかのために国を捨てて。こんなところでゴブリンに毒もらって死にそうになって。ホント、……バカだよ」
焚火にくべた枯れ枝のはぜる音が、にわかに大きくなった。
私は無言で次の言葉を促す。ディルは身動きせず、次の言葉を紡ぐ。
「あたしね、さっきすっごく怖かった。エルが倒れて、お姉ちゃんはなんだか変になっちゃって。このままエルがいなくなったらどうしようって。あたし、エルに何も返せてない。何の力にもなれてない。なのにこんなとこでいなくなっちゃったら」
ディルはそこでいったん言葉を切り、小枝を焚火にくべる。
数本くべたところで枝を持ったまま手が止まる。
「私、エルが嫌い。そう思い続けていれば心が休まった。嫌いな子がどれだけ苦労してても平気だから。表面上ニコニコしてて、仲よさそうにしておけば周りは仲がいい双子だと、いろいろ良くしてくれる。お姉ちゃんのことだって、ある意味利用したんだよ?」
そこでディルは寂しそうに笑って私を見る。
私はウインクして軽く肩をすくめる。わかっているよ、ってね。
ディルは微笑みながら目を少し伏せると、手に持った枝を焚火に放り込む。
「でも……でも。誰にも必要とされない家の中で、エルだけがかまってくれた。怒られる時も一緒になって庇ってくれた。魔法が使えないあたしに、いろんな人に探してもらって、私のことを秘密にしてくれる剣術の先生を見つけてきてくれた。……処刑が決まった時、一緒に逃げようって言ってくれた。そんな、エルのこと、」
ディルの声が急に湿り気を帯びてきた。
様子をうかがうと、ディルは静かに涙を流していた。
「あた、あたし。きらいになんて、なれない。なれないんだよぉ……」
ディルは乱暴に袖でぐしぐしと目をこすると膝に顔をうずめた。
「エルのこと……大好き。失いたくないの。だから、はやく元気になってほしい」
くぐもった声でそれだけ言うとディルは黙ってしまった。
しばらくは川のせせらぎの音と、時折はぜる焚火の音だけが響いていた。
しばらくして落ち着いたのか、眼を真っ赤に泣きはらしたディルが顔を上げた。
「……ごめん、今の忘れて。エルがああなって、ちょっとびっくりしたんだよあたし。へへ、バカだからさ」
無理に笑顔を作っちゃって。かわいいな、もう。
「ディルの気持ち、わかるよ。私だってそうだもん。でも比較されるのは、ある意味当たり前のことだと思うよ?」
「え?」意外そうな顔でディルがこちらを向く。
「だって人それぞれ違うんだもの、違いを理解しておかないと付き合い方も、役割分担も、なにもかもできないじゃない。区別をするためには比較は必要だよ。だって私たち、魔法使えないからさ」
そこでわかりやすく私は力こぶをつくる。
「これで生きていくしか、ないじゃない?」
「ぷっ。そうだね。確かに。お姉ちゃんらしい答えだよ」
「なにー? らしいって?」
「何でもないよー、あははっ」
そしてようやくいつものディルの笑顔になった。
ディルに中を任せ、馬車をダンジョンの前まで引いてくるため一旦ダンジョンを出る。外へ出ると、陽の様子から、お昼を少し過ぎたころのようだった。
言われて改めて彼らの荷台の周りを注意深く観察すると、荷台から少し離れたところに、確かに野営の跡が残っていた。それと大量の血痕。もっとしっかり周囲を観察しておけば、対処もまた変わったかもしれない。エルにケガを負わせることがなかったかもしれないと思うと、悔しさがこみあげてくる。
けど仮に状況が整理できていて、冷静でいられたとして、あの時あの群れに飛び込むことができたのだろうか。不幸な彼女たちを、救うことができたろうか。
誰か別の冒険者を集めてきた方が良かったのでは。いやそれでは時間がかかる。彼女たちを救えなかったかもしれない。
結局何が正しかったのか。わからない。
再びみんなが休んでいる部屋に戻ると、みな目を覚ましていた。
「エル……大丈夫?」
「はい、お姉様。ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
腕を見るとすっかり綺麗になっている。いない間に魔法で治療したみたい。
「あ、お姉様もほら、傷だらけ! なんで放置してるんですか!?」
「あー、あはは、忘れてたわ」
「んもう、治療しますから、そこに座ってください!」
「はいはい」
いつものエルだ。良かった。
そして最後の懸案について、質問をする。
「で、お二人はどうされますか? あと、……こちらの女性はどうされますか?」
話し合いの結果、亡くなった女性は洞窟の外の見晴らしの良い場所に埋葬し、ギルドカードや残ったものを王都の親御さんに返すこととなった。確かに遺体を運べるような距離ではない。ほかの男性のカードや遺品も同様にしたいとのことだ。
そして小高い丘の上に丁重に埋葬したあと、前日の野営ポイントで夜を明かし、翌日ヴィルバッハへと戻った。
さらに翌日、二人の女性はギルド職員に付き添われながら、乗合馬車で王都へと帰っていった。
彼女たちは王都に戻ったら修道女になるつもりだといった。神に仕え、願わくは同じような境遇に合う者を減らしていきたい、と。神云々に関しては思うところがあるけど、彼女の思いは大事にしたい。今回ばかりは神様に彼女たちへの加護を祈った。
私たちのはじめての遠征、はじめてのダンジョン探索は、こうして幕を閉じた。






