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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第二章:仲間とは
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第二十話 暗く湿った檻で

 しばらく待ってみても荷台の持ち主は現れそうもない。ダンジョンに潜るため、馬を別の場所につないでる可能性も考えてみたけれど、近くにそれらしい様子もなかった。やはりこの荷台は放置されてしまったと考えるのが妥当なのだろう。


「お姉様。これって」


 エルが不安げに私を見る。


「ええ。何かの理由でここに放置することになったんだろうけど……状況からみても」


 そして道の先にあるだろう、ダンジョンに目を向ける。あまりいい状況でない予想。


「中、なのかしらね。……そんなに危険はないと聞いていたけれど、気を引き締めないといけないのかもしれない。魔物、最低でもゴブリン程度はいると思ってかかった方がよさそうね。いい、二人とも」


 私の言葉に二人が硬い表情で頷く。


 馬車は近辺の人目につかない木立の陰に留めておくことにした。ここから先、歩いて進むことにする。もし魔物がダンジョンに住み着いているなら、馬車の音を聞かれるのはまずい。相手に準備の時間を与えてしまう。

 しばらく歩くと切り立つ岩肌が現れ、そこにぽっかりと黒い穴が開いているのがわかる。ダンジョンの入り口のようだ。物陰に隠れ、注意深く観察する。

 岩肌は北に面しているだけあり、陰になった部分は苔むしていて幻想的な雰囲気すら感じる。入り口には見張りのようなものはいない。ただ焚火のあとであろう、炭と木くずが無造作に地面に散らばっている。


「これからなるべく音を立てないように進む。ディル、あらかじめ剣を抜いて。金属がこすれて音がしないように、注意して動いて」


 私も抜剣し、ゆっくりと入り口に近づく。


 入り口は私の背丈の倍ほどの高さがある。入り口の横の岩肌に取り付き、聞き耳を立ててみるがが中から音はしない。少し覗いてみてもすぐ暗闇になっていて、奥をうかがい知ることはできない。周囲にはやはり、炭が散らばっているだけだ。みんなで目をあわせる。頷きあい、ハンドサインで順番を決める。先頭からヴァイス、私、エル、殿がディルだ。前進の合図をしつつヴァイスの背中を軽く叩く。

 私たちはゆっくりと、ダンジョンに侵入を開始した。



 外の明かりは数歩歩いただけで届かなくなった。壁はごつごつとしたむき出しの岩でできていて、染み出してくる湧水で足元は悪い。洞窟の中央付近には小川がさらさらと流れている。

 ダンジョンと呼んでいるがここが天然の洞窟であることは既にギルドから聞いている。さほど広さもなく、何もなかったら一時間ほどで探索が終わる程度らしい。

 エルのマジックライトのお陰で、私たちは手に松明を持つこともなく、両手が使える。これは大きな利点だ。


 左右に曲がりはするが、しばらく単調な一本道が続く。

 空気の入れ替えがほとんど起こらないのか、湿度が高くジメジメしていて、カビ臭さが鼻につく。

 時折壁や水際に薬効のあるキノコやコケが生えているので回収していく。そのたびに小躍りしたくなるほど嬉しいのだが、状況が状況だけに素早く、黙々と。

 不意にヴァイスの歩みが止まる。エルが素早くマジックライトを解除し、辺りはあっという間に漆黒の闇に包まれた。

 周囲は仲間の呼吸音、小川のせせらぎ、時折聞こえるコウモリの羽音。そこに新たな音が加わったのは意外と早かった。曲がり角が徐々に光に照らされ始める。


「……やっぱり」


 当たって欲しくない予想はよく当たる。

 やがて曲がり角から姿を現したのはゴブリン二体。一匹が手に松明と片手剣。もう片方は短剣と背中に弓を背負っている。いずれの武器も新しい。どこかの戦利品だろうか。片手剣の方が自慢気に振り回し、もう片割れがうっとうしそうに短剣で払っている。

 アイツらは見回りのようだ。動きも隙だらけ。まさかここに私たちがいるなんて露さえも思っていないのだろう。

 私はヴァイスの背中をなで、一体を任せることを伝えた。私は背中から弓を取り出し、弦の張りを確かめる。矢筒からは二本。外すつもりは全くないが、保険だ。一本は口にくわえ、片手剣の方に狙いを定める。深く息を吸い、止める。そのまま集中。……静かに放つ。

 風がない洞窟の中だとさすがに命中精度があがる。私の放った矢は、寸分違わずゴブリンの眉間を貫き、そのまま倒れた。

 その直後にはヴァイスが飛び出し壁を蹴り、一瞬でもう一体の首をあっさりと掻き切った。

 ゴブリンの手から松明が滑り落ち、再び辺りは漆黒に。静寂が訪れた。


 エルが間もなくマジックライトを点灯してくれたので、ゴブリンの装備を素早く調べる。剣と短剣は使えるので、剣を私が、短剣をエルに持たせる。おまじないだ。

 そして。


「お姉ちゃん……これ」


 ああ……最悪。

 震えるディルの指がさす先には、血のりが付いた「ギルドカード」が鈍く光っていた。


 カードは片割れもぶら下げていた。あわせて二枚。少なくとも二名が犠牲になったということを意味する。生死はわからないが少なくとも襲われ、奪われたということ。革ひもを剣で切り、リュックに入れておく。拾得したカードはギルドに提出するのが義務だからだ。

 目的はもちろん……死亡宣告のためだ。



 二体のゴブリンの死体はとりあえず放置し、このままさらに奥へと進む。しばらく進むと徐々に通路が狭まってくる。身を隠せる岩も所々にあるが、裏を返せば待ち伏せが可能ということだ。神経が磨り減る。しかし幸いなことにそのような知恵の回るものはいなかったようだ。それかまだ存在を把握されていないのか。


 すると再びヴァイスが立ち止まる。エルがマジックライトを消すと、前方に薄暗く明かりがあることがわかる。どうやらかがり火を置いているようだ。覚えていた地図によると、この先には多少開けた空間があったはず。近づいてくる敵は見当たらない。岩に身を隠しながら慎重に歩を進めていく。

 やがて歩みを進めていくうち、前方の空間に漂うおぞましい気配に、否が応でも気づく。この切れ切れに聞こえてくる声は人間の女性の悲鳴。そしてそれをあざ笑うかのようなゴブリン達の愉悦の声。

 近づくにつれその声ははっきりと聞こえてくる。そして目を覆いたくなる凄惨な光景が、岩陰から徐々にその姿を現す。


 抵抗する気力も失ってしまっているのか、時折「もうやめて」などと哀願する女性の声。

 動物のようにつぶやき続ける女性の声。

 広場の中心近くにゴブリンの群れ。十体以上はいる。その輪の中から時折人間の生白い脚や腕が見え隠れする。おそらく二人。広場の奥にはさらに一人の女性が、全裸で打ち捨てられたように横たわっている。


「ひどい……なんてことを」


 エルが小声でつぶやいた。


 急に全身の血液が一気に沸騰するかのような感覚を覚えた。

 その瞬間、過去の忌まわしい記憶が、まるで心の奥底の黒い淵から溢れ出すように。

 一気に私の心を塗りつぶす。


 やめて。思い出させないで。


 ”これは救済なのだ”

 ”福音の儀式をとりおこなう”


 いや。


 ”忌み子にとってこれは唯一の神からの”

 ”ぼく、明日出ていくんだって”


 いかないで。


 ”女は穢れだ”


 やっぱり男に生まれたかった。


 ”いたい。いたいよ、もうやめて”


 痛い。いたい。イタイ。


 ”我が司教にふさわしくない”


 だったらもう、放っておいてよ!


 ”たすけて”


 だれか……だれか助けてあげて。助けて、私を。


 あたまのなか、おかしい。

 声が響いて重なって、ああ、うるさいうるさいうるさい!


 ”この世は魔法がすべてだ”


 うるさい。そんなのわかってるんだよ!


 ”お前たちは哀れな持たざる者たち”

 ”神の恩寵を受けられなかった者たち”


 やめて。やめろ。それ以上言うな。


 ”神の使途たる我らに奉仕せよ。神はそれを”


 ……やめろ。……ちく、しょう。


 ”望んでいるのだ”


 ふざ、けんな……


 ”神の温情。それを喜びとせぬ者には”


 おまえらぜんいん……


 ”穏やかならざる死が待っているであろう”


 ――ころしてやる。


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