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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第二章:仲間とは
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第十九話 騎士と眠り姫

 天幕の外から聞こえるヴァイスの唸り声で目が覚めた。先に休んでたのですぐに目は冴える。

 ……どうやら悪い予想が当たったようね。思わずため息が漏れる。


「ヴァイス、どうした……の……」


 エルがヴァイスに声を掛けたかと思うとその声は突然途切れ、ドサリという音がした。

 それと同時に強烈なめまいのような感覚が私を襲った。あわせて意識を刈り取られるような強烈な眠気。


「くっ……」


 唇を噛み締めて抵抗する。意識を甘くやさしくとろかす感覚。

 おそらく眠りの雲。対象を睡眠状態に落とす魔法。胸元を見ると宝石の一つが淡く光り輝いている。状態異常を防ぐ効果が効いているのか。

 永遠に続くかと思えた眠りへの誘惑は、しかし唐突に途切れた。霞んでいた意識が急速に覚めていく。エルは抗しきれずに眠りに落ちてしまったみたいね……。


「おい、あの犬効いてねぇぞ」


 少し離れたところで声を殺した男の声。動かずに手探りで傍らの剣をつかむ。

 ヴァイスは短く一声鳴くと声がした方向に走って行ったようだ。彼の足音が小さくなっていく。


「わっ、こっち来たぞ」


 先ほどの男とは別の男の悲鳴じみた声が聞こえた。残念ね。

 さらに遅れて遠くから男の短い悲鳴が聞こえた時、反対方向から天幕に近づく足音が聞こえる。天幕の前で足音が止まった。……こっちも残念だわ。


「おい、アイツら大丈夫か? 逃げたほうが」

「チャンスじゃねぇか! その枯れ木みたいな貧弱なガキはほっとけ。あの生意気な女と乳がでかいほうのガキが先だ。さっさと攫って逃げんぞ」


 くぐもった声が天幕のすぐ外から聞こえたかと思えば、その直後天幕が開く布ずれの音がする。エルが聞いてたらお尻に魔法の火矢でもぶち込まれるわね、きっと。


「こんばんわ……大丈夫ですか?」


 おそるおそるといった感じで声をかけ、ゆっくりと天幕に忍び込んでくる気配。何が大丈夫ですかー? よ。


「よし、寝てる。……うっひょう。やっぱたまんねぇな、この女」


 マジックライトを使ったのか。周囲が明るくなった。


「おい、俺が先に目つけたんだから俺が先だぞ」

「ちっ。分かったからそっちのガキをとりあえず担げ、ほら早くしろ。犬が帰ってきちまう」


 そういいながら一人が近づいてくる。勝手なことを。


「こんな夜更けに何の用かしら?」


 唐突に私がかけた声にぎょっとする二人の男。その隙に剣の鞘先で手前の男の腹を突いた。素早く立ち上がると鞘のまま勢いをつけ、全力で横なぎにする。男はカエルのような声で呻きながら折れ曲がり、うつぶせに倒れた。殴ったのは私だけれど、これは痛い。


「ひぃっ!」突然殴られて沈んだ仲間を見たもう一人は、情けない悲鳴をあげて背中をみせた。


「ちょっと、仲間が倒れたんだから助けてあげないと」

「冗談じゃねぇ、バケモンが」そう捨て台詞をはくと脱兎のごとく天幕から逃げ出した。

「バケモンて失礼ね」すぐに後を追う。


 相手は男。けれど日ごろから鍛えていない人間を追うことなど苦にもならない。こっちは魔法なんて便利なもの、何一つ使えないからね。身体を鍛えるしかないのよ。

 すぐ追いつき、腹いせに思い切り背中を突いてやる。


「ぐは」走る勢いで見事に顔から地面に倒れこみ、息ができずにあえいでいる。

 とどめに”軽く”剣で小突いて気絶させた。


「お……お姉ちゃん、大丈夫? なんか男の人が転がってるんだけど」

 騒ぎの大きさに、さすがに眠り姫……ディルは魔法から覚めたようだ。軽く頭を振りながら天幕から出てきた。

 するとすぐに足元に倒れているエルに気づく。


「やだ、エル!? どうしたの!? ねぇ、エル!」


 肩を取ってガクガクゆさぶる。ちょっと、そんなに揺らしたら可哀そうよ。


「う……うーん。なに、もう朝……? まだ暗いじゃない」

 エルはよだれをたらさん様子で声を上げたが、まだ空が暗いことに文句を言いつつ寝返りをうって背中を向ける。


「エ……、もう! 何寝ぼけてんのよ!」ディルがペシッとお尻をはたく。

「あたっ。……あれ? 私確か見張りの途中……あ」

「うん、そういうこと」腕を組んで寝ぼけたエルを見下ろすディル。


 ディル。エラそうにしてるけど、あなたもぐっすりだったじゃない。

 心の中で突っ込んでみるけど、当然この天然娘に私の声は届かない。


 先ほどの騒ぎを聞きつけたのか、少し離れた周りの天幕からも、数人出てきて様子をうかがっている。


「ヴァイス!」私は騎士くんを探すため名前を呼んだ。すると少し離れたところから鳴き声がしたので、エルたちに寝ている男二人を縛るようにお願いしてそちらに向かう。



「どう、ヴァイス……ってうわー……」

 そこには血まみれになるほど両手を齧られた男が二人、並んで震えあがっていた。

 これだけ手を痛めつけられていれば魔法は使えない。

 後はどうしてやろうかなと思っていたら、近所で野営をしていた他の冒険者が次々に集まってきた。


 事情を話すと、周りの冒険者たちは意外とすんなり受け入れてくれた。

 こちらが女ばかりのパーティーであることが大きく影響しているのかもしれない。

 後ろ手に縛られ、並んでしょんぼりしている男たち。

 それを見下ろす女性冒険者たちの視線は暗く、そして冷たい。


「このまま埋めればいいんじゃない?」

「丸裸にしてゴブリンの巣に投げ込めば?」

「野犬のエサにでも」

 その様子を見たエルたちは、別の意味で震えあがっている。……女性を怒らせたら怖いのだ。


「怖かったでしょ? 後はあたしたちがするから、あなたたちは休みなさい」

 一人の女性冒険者から優しい言葉をかけられて、初めて相当危ない橋を渡っていたことに気づいた。何とかお礼だけ言って、自分たちの天幕に戻り、三人と一匹で寄り添うように眠った。震える体を互いに支えるように。暖かかった。




 翌朝。夕べの件について女性冒険者のお姉さんにお礼に行くと、ちょうど例の男たちが馬車に縛られ歩いていくのが見えた。街に戻るパーティーがいたため、そちらに衛兵への引き渡しを依頼したとのこと。

 冒険者に対しての違法な攻撃魔法使用、女性への暴行未遂などで冒険者資格のはく奪はもちろん、かなり長期の懲役刑が課せられるそうだ。

 それはすなわち、女性冒険者に対する事件がそれだけ多く、強力な抑止力が必要である証左なのだろう。連中を気の毒とは思わないが、やるせない気持ちにさせられる一件となった。


「最近の件も、案外アイツらの仕業かもね」


 お姉さんが大森林の中に消えていく馬車を見送りながらポツリと漏らす。

 ん? 最近の件?


「それってなんですか? お姉さん」

「ジーンでいいよ。……ここ最近この街道沿いで、たまに人さらいが発生しててね。魔物に食われてんじゃないのかって話だったんだけど。ほら、この前もあったでしょ、大森林でさぁ。ほら、ゴブリンの巣ができてたってやつ」


 杖を軽くふりながら話を続けるジーンさん。噂話が好きなタイプっぽいな。長屋メンバーと気が合いそう。


「なるほど。案外そうかもしれませんね。私たち、連中とは最初に森の中で遭いましたから」


「え? そりゃ危なかったね! キミたちツイてたね、良かった良かった」


 そうやって頭をナデナデしてくれた。撫でられるのには弱いなぁ。えへへー。


「で、君たちはこれからどこへ行くの?」

「ダンジョンに行くの! この近くなんでしょ?」


 そこにはディルが反応する。よっぽど行きたいんだなぁ。尻尾がついてたら、きっとものすごい勢いで振られているだろう様子が目に浮かぶ。


「ああ、あの何もないところ? 何しに行くの?」


 何もないところに行くということで、逆にジーンの興味を引いたようだ。


「訓練です。私たち、ダンジョンに入ったことなくって」


 嘘をついてもしようがない。実力に見合った行動を。『イモリのしっぽ』は決して無茶はしないのだ。……さっそく昨日の夜はしたけれど、あれは事故だ。


「なるほどね。あそこなら居ても野犬程度だから、度胸試しにはいいかもね」


 そこでジーンさんがパーティーメンバーに呼ばれたようで。


「じゃ、君たちも頑張ってね! 私たち、森の街を拠点にしてるの。寄ることがあったらギルドにおいでよ。歓迎するよ! ……そこの騎士君もね!」


 ヴァイスがそれに答え一鳴きした。

 ジーンに別れを告げ、いよいよダンジョンに挑むべく馬車を進める。



 ここから街道から離れ、東の国境に向かう小道に入る。

 だんだん山に向かって緩やかな傾斜がついてくる。草原の真ん中を小道が稜線にそってなだらかなカーブを描く。のどかな風景だなぁ。


「ジーンさん。いい人だったなぁ」

「そうですねー」と私の言葉にエルが同意する。


 森の街。ドルンズバッハを拠点にしていると言った。名前のとおり大樹に囲まれた天然の要塞と称され、樹と水が見事な調和をみせる美しい街らしい。機会があったらぜひ行きたい。いや、行く!


「でもお姉様、よく『眠りの雲』に抵抗できましたね。やはり宝石の力でしょうか」


 エルの言葉に私は夕べのことを思い出し、胸元に目をやる。


「うーん、確かに宝石はうっすら光っていたんだよね。もしかして効いていたのかも」

「だとしたら私はなんであっさりかかってしまったのでしょうか……」


 エルは睡眠に落ちてしまい、役に立てなかったことを気にしているようだった。


「そりゃ決まってるでしょ」


 そこにディルが参戦してきた。……姉妹喧嘩の未来しか見えないよ、ディル。


「……何ですか」

「最初から寝てたんでしょう? ぷふっ」

「な! 寝てません! 確かに、少し眠かったのは認めますが……でも寝てません!」

「はいはい、わかりまちたよエルちゃん」


 あーもうそろそろやめてー。 ダンジョンにつくよー。

 またゲンコツが欲しいのかなー?


「いたた。痛いってエル。……ん? あ、あれ? ちょっとエル、あれ」

 耳を引っ張られて涙目のディルが、前方に指をさしながらエルに声をかける。

「なに、ごまかそうったって……ん?」


 んん? 確かにちょっと様子がおかしいぞ?

 誰のか知らないけど、何だって馬車の荷台だけ置いてあるの? 


 しかも荷が乗った状態で。


 ……また悪い予感しかしない。


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