第十八話 世界の入り口
「ダンジョン? え!? 楽しそう! 行きたい行きたい!」
私の提案にディルはすぐ賛成の声を上げた。エルも少し迷ったようだったけど、すぐに頷き返してくれた。
私たちのパーティー『イモリのしっぽ』は現在総勢三名と一匹。私とエル、ディル、そして私の騎士くん、ヴァイスがメンバー。
「でもやっぱり『イモリのしっぽ』って変じゃないですかお姉様? 私苦手なんですよイモリ、というかあの手の生き物全般」
「ふふふ。そんなこと言ってキミ。イモリはとてもエライ生き物なんだよ?
トカゲの尻尾切りっていうよね? あれは身に危険を感じた時、尻尾を自分で切ってそれを囮にして逃げるための生きるための仕掛けなんだよね。
似たような外見のイモリは自分で尻尾を切ることはできないんだけど、その代わりすごい機能を持っている。尻尾だけじゃなくて手や足を無くしても復活させることができるのさぁ。ほら、すごいでしょ?
私たちは社会とか国からトカゲのしっぽのように扱われた。だけれど自分たちで卑下する必要はないと思うんだ。イモリのように、どれだけ虐げられても、傷つけられても復活する、そんなイモリのようにしたたかに生きていきたいと思って、私はこの名前に決めたんだ。
……っていう説明を夕べもしたけれど……だめ?」
ゆうべ私はエルから「押しが強すぎる」点を注意されたため、なるべくお願い口調で、上目遣いでエルに迫ってみる。するとエルはちょっと赤くなって困ったような表情で私から目をそらした。
「そ、そんなにお姉様が言うなら……ま、まぁいいかなって」
「ホントちょろいなぁ、エルちゃんたらぁ」
「う、うるさいバカディル」
殴りかかろうとするエルの拳をひらりとかわし。
「やだぁ、エルが暴力ふるってくるぅ。お姉ちゃん助けてー」
などと起伏のないセリフ回しでディルが私の腰に絡みついてきて、私の背後から顔だけ出す。
「こ、こ、こっこっこのー!」
そして真っ赤になったエルとしてやったりの表情のディルが私の周りをぐるぐる回るのです。……あー、二人とも。そろそろやめておくれでないかい。目が回るよ。
◇ ◇ ◇
「はいそれでダンジョンの件です話を進めていいですか」
「「……はい」」
仲良く頭にたんこぶをこしらえ、お店のテーブルに並んで大人しく座る二人。
「はい、説明するよ、よく聞いてね」
今回のダンジョンはヴィルバッハの街から北に広がる大森林を抜けた先にある。森のほぼ中心を南北にレンブルグ東街道が走り、森の街ドルンズバッハを経由して街道は港町ベルグへと至る。ベルグまではここからだと馬車一週間ほどの行程になると聞く。
ダンジョンは途中のドルンズバッハの手前、片道一日といった場所にある。ギルドのユリアンナから聞いた話では、つい最近も内部の掃討を行ったため、魔物の存在の可能性は低いという話だった。よほど安全ではないかということらしい。
私たちは野営の準備をし、馬車を使って向かうことにする。
移動に丸一日かかってしまうので、ダンジョンの近くで野営することになる。本当はベテランの人に同行してもらうか、パーティーに加えてもらうのが定石なんだろうけれど。
私たちの事情を知って快く迎えてくれるパーティーはないだろうし、手放しで受け入れてくれるパーティーには恐ろしくて加われない。なので私たちだけで行く。
「なるほどよくわかったよ、お姉ちゃん! よし、行こう。今行こう、すぐ行こう」
「ぷっ。ホントにわかってんの?」
あまりにディルがキラキラ目を輝かせてせがんでくるもんだから、思わず吹き出してしまった。様子を見て危ないようならすぐ戻ればいい。無理せずゆっくり成長していければ。この子たちとならできる。そんな気がしている。根拠はないけれど。
◇ ◇ ◇
次の日、装備を馬車にまとめた私たちは、いよいよ初の遠征へと出立した。
街を出ると森はすぐに見えてくる。以前双子が逃げ回っていた森がここだ。思えばあれから一月も経っていないんだと思うと、ずいぶんいろんなことがあったなぁとつい感慨に浸ってしまう。
「ほら、この森」
「ええ、なんだか懐かしいですね。ここでお姉様に救ってもらいました」
私の意図を汲んでくれたようで、エルはさほど経っていない出来事に思いを馳せているのか、眼を細めて森を眺めている。
「あ、あのゴブリンどうなったのかな!?」
ディルが唐突に、あわてて思い出したように私に聞いてくる。
「あれ? ……打ち合わせの時に話さなかったっけ?」
あれから。すぐに私はギルドにゴブリンの巣の可能性を伝えていた。すぐに調査隊が編成され、数日後には全滅が確認されたと聞いている。
巣の規模はその時点で五十体ほどになっていたといい、捕らえられていたらまず無事では済まなかったということを後で聞き、震えたものだ。
「今、森の中はかなり安全なようだから、そこまで警戒する必要はないと思うんだけど、念には念をいれないとね。訓練にもなるし、索敵には気を使ってね」
「了解」「わかった」
ヴァイスもこちらを振り向き、「まかせろ」といってくれた気がした。
やがて馬車は森に差し掛かる。
大森林というだけあり、周囲の森とは一線を画し大樹が生い茂る、まさに樹海だ。そのほぼ中心を切り裂くように街道が続く。
街道はいつの間にか石畳から土に代わり、間断なく続く振動にすぐにお尻が痛くなってくる。それを防ぐために藁で作った敷物をお尻の下に敷くのが長旅のコツだと、トニエラおばさんが人数分持たせてくれた。
周りの音はほとんどない。風と葉擦れの音。馬のひづめがたてる規則正しい音。車輪がたてる音。それらが調和し、一つの音楽のような錯覚を覚える。
森はやがて街道を包み込み大森林の名を表すようになる。葉の隙間からキラキラと日の光が降り注ぎ、街道に切り絵のような枝葉の形を落とす。
「まるで光る緑の洞窟。……きれい」
エルが御者席の私の隣に座りながら洞窟の天井を見上げ、嘆息する。
ディルは荷台の最後部に後ろを向いて腰かけ、森の入り口側を眺めているようだ。
森は様々な表情を私たちに見せてくれる。
深く薄暗く、沢が流れ、苔むした岩場を跳ね回る鹿の親子のダンス。
かたや突然開けた場所に静謐な清水を湛えた池と、水を求め集まる小動物の群れ。水面を走る小魚の群れ。それを狙う水鳥。
「すごいね、……これが外の世界」
私は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。こんな近所の森でさえ、こんなにも素敵な表情をたくさん持っている。私はなんて無知なんだ。
知りたい。もっとこの世界のこと、知りたい!
「まだまだ素晴らしい場所はたくさん、本当にたくさんありますよ。絶景も。怖くなるような景色もたくさん。……楽しみですか? お姉様」
エルがいたずらっぽい笑顔で私を覗き込んでくる。本当にこの子は私の考えていること、なんでわかるんだろう?
「うん、そうだね。すっごく楽しみ」
ここは正直に乗っておこう。だって本当に楽しみだし。
ちょっとしたイベントはお昼休憩に起こった。
お昼の時間帯に丁度いい広場があったのでそちらで休憩を取ることにし、お弁当をみんなで囲っていた時だ。
ヴァイスの唸り声で、誰かが近づいてくることはすぐに分かった。
振り返ってみると、両手を肩まで上げてひらひらさせながら、若い男が近づいてきた。少し離れたところに数人……三人立って、一人はにっこり手を振っている。全員来ないのは、私たちを警戒させないため?
「やあ、こんにちは。ああ、待って。敵意は無いから安心して。ほら、丸腰だろ? 結構な重装備だけど、君たちだけで旅の途中なのかい?」
素早く装備に目を走らせても、確かに手や腰に装備の類は見当たらない。本当に話にきただけのようだ。
「ええ。そんなとこ」
私のぶっきらぼうな回答に、男は肩をすくめた。
「頼むから警戒しないでよ。少し話したかっただけだからさ。どこに行くの? 森の街かな? だったら俺たちも同じだからさ、一緒に行動しないか? 女の子だけの旅は何かと物騒だしさ。まずはとりあえず一緒に食事でもとりながら、さ」
なんでこの男、半笑いで話すんだろう? 話す間にも私を値踏みするかのようにあちこち視線を走らせる。ああもう、胸を見つめながら話さないで。気持ち悪い。
それに。
私は相変わらず唸っているヴァイスをチラと見ながら「女の子だけじゃないしね」と独り言ちた。
「せっかくの申し出だけど遠慮するわ。私たち急ぐからもう出なきゃ。食事するならすぐどけるわ。二人とも、行くよ」
二人が無言で手早く弁当などを片づけ、馬車に乗り込む。私も素早く御者席に着くと。
「では良い旅を」
一言告げると馬車を進ませた。
しばらく背後の気配を気にしていたが、追ってくる気配はなさそうだった。
遠くで男たちの仲間内で笑いが起こっていた。大方、ナンパに失敗したメンバーをバカにでもしているのだろう。
◇ ◇ ◇
午後からは特に問題といったものはなく、様々に表情を変える森に夢中になれた。初めて見る景色に、驚きっぱなしのとても楽しい移動となった。
そういった時の時間はあっという間に過ぎてしまう。陽が徐々に傾いてきたと同時にどうやら森も終わりに差し掛かっているようだった。若干名残惜しい気もしたけれど、次にどんな景色が待っているのかを考え、頭を切り替えることにした。森を見るのならば、帰りもできる。
森を出たところで野営に都合がいい場所を選び、野営の準備を始めた。まわりにはぽつりぽつりと野営のパーティーが見られた。注意深くメンバー構成を見てみたが、男女混成のパーティーがほとんどだ。これなら大丈夫か。
天幕を張り終わり、食事の準備をしていると、あまり歓迎していない連中の姿が目に入った。ホントついてない。先ほどの男が懲りずに近寄ってくる。
「やあ、また会ったね。今日はここで野営かい?」
「ええ。パーティー会場でも作っているように見えた?」
「見えないな」
「じゃあ、あなたたちも早く準備したほうがいいと思うけど。もう日も暮れるわ」
「そうする」
それだけ言うと、あきらめたような感じでお仲間の方に戻っていった。待っていた連中からはぶしつけな視線を容赦なく受けてうんざりした。
男たちは下品に笑いながら離れていった。
「なんだかあの人たち、嫌な感じだねー」
ディルが汚いものを見るような目で男たちを見送った。
「ねぇ、今日は見張りを立てよう。三人で三時間ずつ。エルが一番目、私が二番目、ディルが三番目。いい?」
二人は頷いた。そこまで言って私の太ももをつつく存在に気づく。
「うん、ヴァイス。今日は……悪いんだけど、一晩私たちを守ってくれないかな? 頼りにしてる」
しゃがんで撫でてあげると、私の頬を舐め返してくれる。ありがとう、お願いね。
ホントは何も起きてほしくないんだけど。多分その思いは裏切られそう。






