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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第一章:家族とは
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第一話 忌み子

 この世は魔法がすべてだ。


 魔族に立ち向かうことはもちろん、日々の生活の糧を得たり、建物や町を作ったり、闇を払う夜の明かりに至るまで、人々の生活は魔法ですべて完結し、依存している。


 魔法は強い力を持つ。なので刀剣や弓矢などの武器の類は大昔に廃れてしまったらしい。理由は単純、不要だからだ。


 普段使いの包丁などの刃物は存在するが、その程度なら魔法で簡単に作れてしまう。したがって刃物を生業にする人もそうそういない。あるのは大昔の刀剣を取引する一部の骨董商くらいと聞く。飾る分にはとても綺麗だからだ。


 そんな魔法づくしの世の中だが、少数ながら『忌み子』と呼ばれる人たちがいる。彼らはいわゆる魔法が一切使えない人たち。

 考えてみてほしい。魔法がすべての世の中で、魔法が一切使えないことの恐ろしさを。


 本当に、全く理不尽だけれど、僕もかくいう『忌み子』の一人。当然魔法は使えない。


 両親の顔は覚えていない。


 僕が『忌み子』と分かった時点で修道院に放り込んだって聞いたのはずいぶん後になってからだ。参考になるかわからないけれど、預けるためには少なくない”浄財”が必要なんだそうだ。免罪符というのだろうか? それを買うような感じで、気軽に有料でゴミを捨てるような感覚で。


      挿絵(By みてみん)


 僕は両親に捨てられたのだ。


 食事は固いパンと、少しの野菜とくず肉の入った、あまり味のしないスープだけ。

 それでも物心ついたときには毎朝毎晩、ご同類の子供たちと奪いあい、先を争うようにお腹に流し込んでいた。


 そんな修道院生活も十歳まで。それを過ぎると全員、「世のために奉仕しなさい」などと最後の説教があった後、順番に“卒業”していく。


 僕も先週、ついに十歳を迎えることができた。だから僕も今回、修道院から“卒業”する番だ。毎日繰り返される、あのおぞましい日常から逃れたい。その一心でここまで何とかやってきた。だから「あなたは来週“卒業”することになります」と聞いたときのうれしさといったらなかった。


 そしてその日、僕も“卒業”を迎えた。最初こそわくわくして説教を聞いたけれど、思っていたのと少し様子が違うことにだんだん気づき、気分が沈んでくる。

 終わったころには陰鬱な気持ちになっていた僕は、“卒業の品”を言われるがまま受け取り、出口に向かった。

 持ち物は一そろえの着替えのほか、一食分のパン、あとはたった三枚の銀貨。


「それではあなた方に神のご加護があらんことを」


 大きく重い音を残し、修道院の扉は固く閉ざされた。

 なけなしの銀貨は一つ目の角を曲がったときには”卒業生”に取り上げられた。


 実感した。また僕は捨てられたことを。

 最後に門を閉めるとき、修道女の先生が僕に投げつけた蔑むような冷たい視線が、今でも脳裏に焼き付き離れない。



 ◇ ◇ ◇



 唐突だけど、僕はものすごい強運の持ち主なのではないかとさえ思える。

 それほど最初の一週間は本当に地獄だった。


 普通『忌み子』でなくても、着の身着のままで町に放り出されたら、たぶん一週間も持たないと思う。食べ物はない。生水は飲めない。たかだか十歳の子供に、何ができるだろうか。

 何が「世のために奉仕せよ」だ。奉仕できるのは、それだけの余裕があるからだ。


「こんなんじゃ、奉仕する前に死んじゃうよ」


 花冷えのする夜。花見に興じる楽し気な人々の声が遠くで聞こえる中、吐く息がうっすら白くなる空に向かって、僕はひとりつぶやく。


 二日目。一緒に出てきた”修道院仲間”の一人が、路地裏で大人たちに袋叩きにあっているのを見かけた。通行人たちはあまりに無関心に、みんな笑顔で明るい表通りを歩く。表通りからたった数歩。そんな薄暗い路地裏で、彼はズタボロになっていった。


 それを見てみぬふりをして逃げる僕はまるで、あわせて始末されるのを恐れ、逃げ惑うドブネズミのようだと、自分自身を心の中で笑った。


 その時ふいに確信した。確信してしまったのだ。僕たちは初めから社会から必要とされていない。死んでも良い種類の人間なのだと。

 それなら納得がいく。社会に不要な僕たちを、誰が助けてくれるだろうか。理由も、メリットも無い、そんなことをしてくれるのは、それこそ神の使いくらいだろう。だったらそれは無理な相談だ。

 なぜなら僕たちは、その神の使いの修道院から見放されたのだから。

 しかも魔法が使えない。ただそれだけの理由で。


 生きている以上、お腹のやつは察しが悪い。食べ物が無いなんて事情はお構いなしで、毎日減るもんはへる。というかずっと減っている。

 苦い野草を摘んで食べたり夜中にこっそり民家の庭の果物を盗んで犬に追いかけられたり。食堂のごみ漁りもした。

 夜はまだ冷える。橋の下とかは同じような人たちが居て怖かったから、墓場の目立たない隅っこで震えながら夜を明かした。


 知らないだろうけれど、墓場は意外と居心地がいい。寒いことを除けば。ほとんど誰も来ないから、寝込みを襲われる心配をあまりしなくていい。もっとも襲われたとしても、なにも持ってないのだけれど。

 最もおすすめする理由は、先立たれた人たちが日々置いていくお供え物を拝借したりできるからだ。それを知ってから、墓場にいることが多くなった。目下のライバルはカラスと犬だ。


 ただ夜は息をひそめないといけない。ここには深夜になっても意外と訪問者がある。

 僕は墓荒らしとなるべく出くわさないために、新しい墓のそばには近づかないよう、それだけ注意して過ごした。


 そして一週間。何度か危ない目には遭ったけれど、僕はしつこく生きていた。でもそろそろ限界が近いこともわかっていた。


 どこをどう歩いたのかもわからない。朝日がやたらにチカチカまぶしかったことと、とにかく食べ物をと、重い体をむりやり引っぱたいて街に降りたことだけは覚えている。


 周りの人間がさーっと、羊が走って逃げるように僕を避けていく。

 一歩一歩が、とても、重い。歩を進めるごとに視線が大きく左、右、左と大きく揺れる。見える景色もぼやけてきて、そして。

 何もないところでつまずいて転んだ。手でかばう余裕なんてない。肩から倒れこんだけど、不思議と痛みは感じなかった。


 身体が、動かない。ああ、僕はここでしぬのかな。

 そうしたら、次に視界がゆがんできた。まずは目が見えなくなるのかなと思ったけれど、そうじゃなかった。


 僕は泣いていた。


 でも声もすっかりかすれてしまって、満足に泣くことすらできない。そう考えると更に悲しくなって。涙がどんどんあふれてくる。僕のどこに、そんな水分があるというのだろう。


 なんでこんなところで僕は。野垂れ死なないといけないんだ。

 何のために生まれたんだ、ただ慰み者になって、たった十年で死ぬだけに生まれたのか。


 ああ、でもなぜだか心地いい。ここでもういいかと思った。

 地面にはいつくばって見る、壁に家がはりつく横向きの世界。

 春の日差しが柔らかく降り注ぐ路地。

 ここを僕が見る最後の景色として、目に焼き付けようと決めた。


 うごめく春のもやにサラサラと反射する光を。

 石畳の間に咲く、名前も知らない草の、白い小さな花を。

 遠くの抜けたような青空を翔ける渡り鳥たちを。

 それらをぼんやり眺めながら、徐々に削りとられていく意識を他人事のように感じながら。

 そして一人近づいてくる人影に気づいたのを最後に、僕はついに意識を失った。


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