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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第二章:仲間とは
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第十六話 再構築への一歩

 双子がウチに来てから数日が経った。パーティーとしてはまだまだかもしれないけれど、着実に実力はついてきていると思う。今後はさらにお互いの信頼感を高め、連携を強化していく必要があると思う。


「アレクシア。アンタいい加減にしな」


 そして私は今、トニエラおばさんに朝一から説教を、いや、有難いアドバイスを。食らって、いや、頂いて静かに耳を傾けている。

 うう、私、正座は苦手なんだけれど……。



 トニエラおばさんは長屋に通うようになってからの知り合いで、お父さんとも仲が良かったそう。お店が取られるっていう裁判の時も一緒についてきてくれた。今は私の代わりにお店を回してくれている。頼りになる人。厳しい人。だけどすごく優しくて。私にとってはもう一人のお母さんみたいな……。


「アンタは人の話を聞いてるのかい!?」


 あぁあそうでした、私、今、怒られてるんでした。


「アンタのその変態性癖、ここで辞めるって誓いな今すぐ!」


 ん? 変態性癖? どれですか?


「え、本の虫ってとこですか? お風呂に入ったら二時間は出てこないところ? それかお酒を飲んだら脱ぎだすところかな? まさかギルドのユリアンナさんと話すネタとか? それとも……」


 途中でどこからか「ひぇっ」という声が聞こえた気がする。

 あ、やばい。トニエラおばさんが茹でたタコみたいになってる……っ! な、なんだろう?


「匂い」

「ん?」

「……年頃の娘の匂いを。か、嗅ぎまわして悦に入るなんざ、お前はおっさんか!!」


 そこかー! あー……うん、まずい気はしてたんだよ、うん。

 すこーし。ほんのすこーしね。

 チラとエルの方に目を向けると、真っ赤な顔でうつむいている。あぁ、これはまずい奴だきっと。


「エルちゃんがどんだけ恥ずかしい思いしたのか、考えたことあんのかい!?」


 確かに少しやりすぎたかもしれないなぁ。いきなり過ぎたかなぁ。おばさんは完全に、かなり怒っている様子だし。これはもう、一筋縄では許してくれそうにないなぁ。


「アレクシア。アンタ、まさか『もうちょっと慣れてからにしたらよかったな』とか考えてないだろね!?」


 うーわ、私の思っていることを先回りして指摘してくる。

 おばさん思考読む魔法使えたんだっけ? 迂闊なこと考えられないわ、これ。


「あのさアレクシア。お前は確かに以前に比べてずいぶん社交的に、明るくなった。かわいいよ。黙ってりゃアンタは今でも十分、街でも十本の指に入るくらいの器量持ちさ。ここまで育ってくれりゃあ、あたしたちも鼻が高いさね。けれどね、この際はっきり言っておく!」


 そういって指を立てて私に突き付けてきた。近いので目が寄ってしまう。つ、つらい。


「あんたには人として決定的に足りないものがある。……何だかわかるかい?」

「わ、……わかりません」

「人との付き合い方を知らないこと……だよ」


 言われて頭が一気に冷えた。

 ……人との付き合い方。それは確かに持ち合わせていない。というかわからない。


 小さいときはずっと一人だった。粗末だったけど二食の食事と、雨露しのげる屋根や寝床を用意してくれる修道女や司祭など、大人の顔色をうかがう毎日で、周りの子供たちとまともに話したことなんてなかった。食事も、寝床も、遠慮なんてしてたら回ってこない、いい場所を確保できない。

 友人なんていない。いるのはライバルだけ。いつも競争だった。話し合いなんて不要。互いに奪い合うだけだった。


 お父さん。心を開くことができた数少ない人。長屋の住人。それが修道院を出てからの私のコミュニティのすべて。みんなずいぶん年上のおじいさん、おばあさんがほとんど。子供はずっと私だけだった。


 同い年の子が何を考え、何を好み、どんな遊びをして、何を夢見る。……そんなこと、何一つわからない。だって誰も教えてくれなかったから。今まで読んだ本のどこにも書いてなかったから。


 私、もしかして嫌われることした? もう二人は許してくれない?


 いやだ、嫌われたくない。


「お、おばさん……わた、わたし。どう、したらいいの?」


 気づけば涙が頬を伝っていた。おばさんは一瞬心配そうに私を見たけれど、また厳しい表情に戻った。自分で考えろ、ってことなのだろう。

 私をみて、双子は不安げな表情でゆっくり席を立ちあがった。

 そうなんだ。ああ。ごめんなさい。ごめんなさい。私、いっぱい嫌なことしたんだね。


「お姉様。いいんです。私、全然気にしてません、だから」

「お姉ちゃん、気にしないで。あたしも大丈夫だから」


 本当に、ほんとにいい子たちだ。私が嫌なことをしてもこんな風に言ってくれる。

 一生懸命笑顔を作って今まで通りの私になろうとするけど、無理。

 どんどん涙があふれてくる。


「エル。ディル。ぐす。……ごめんね。ごめんな、さい。あたし」

「うん。知ってます、お姉様。ごめんなさい。トニエラおばさんから、全部、聞きました。お姉様がなんでこうなのか。……以前、どれだけ過酷な時を過ごしてきたのか」


 え。なに、それ。トニエラおばさんへゆっくりと首を向ける。


「アンタの過去、全部話ちまったよ。そりゃもう一切合切、キレイさっぱりね!」


 トニエラおばさんは肩をすくめた。

 そんな、うそ。嫌われちゃうよ。絶対嫌われる。……こんな汚れた女のことなんて。

 心が絶望に塗りつぶされそう。やだ。やだよ。


「なんで、そんなこというの。ひどいよおばさん」

「何言ってんだい。隠し事してる誰かさんのほうが、よっぽどひどいじゃないか」

「そ、それはだって。話したら、絶対、嫌われる」

「あたしはそうは思わないけれどね」

 おばさんはそう言って鼻を鳴らしつつ腕を組む。


「私が無理にお願いしたんです!」

 突然発せられた大きな声に振り返ると、すこし頬を赤らめているエルと目が合った。

 秘密を知られてしまった。恥ずかしさのあまり、エルを正視できず、視線をはずす。


「……いろんな辛いことがあったと聞きました。人を信じられなくなるのも仕方ないと思います。でも私たちはその上でしっかり自分の意志で立っている、そんな素敵なお姉様が大好きなんです!」

「あたしも好きって気持ちは負けないよ! これから一緒に楽しくしていけばいいじゃない、やろう、お姉ちゃん!」


「……その上でこう言ってくれるんだよ。いい子たちじゃないか。うらやましいね」


 おばさんはそれだけ言うと、キッチンに戻ってしまった。

 私、一人でここからどうやって話をすればいいの? 戻ってきてよおばさん……。


「こんな女、誰も本気で好きになんてなってくれないよ。絶対きら……」


 私が言葉を終える前に、誰かが私の肩を鷲掴みにして、無理矢理振り向かせた。エルだった。


「んもう、だからさっきから言ってるじゃないですか! 私たちは、お姉様を! アレクシアを、大好きだって!」


「で、でも私たち出会ってまだ」


「時間なんて関係ない!! 好きだって気持ち、それ以外に何が必要なんですか! 答えてよ、アレクシア!」


 エルがこんなに声を張るのを聞いたのは初めてだ。目をぱちくりするしかないそんな私の頬を両手でそっと包んで。にっこり微笑んで。


「ね、お姉様。初めて森で私たちを助けてくれた、凛々しいアレクシア。いたずらっぽくてチャーミングなアレクシア。ちょっとおじさんぽいアレクシア。全部、ぜーんぶ。私たちは大好きですよ?」


 今度は優しく語りかけてくれた。

 女神様がいるのなら、きっと二人みたいな人なんだと思う。それくらい、今の二人は神々しくて、あたたかそうで。


「ほ、ほんとにこんなのでいいの?」


 私の子供のような問いかけに、エルとディル。二人はそれぞれにっこりと頷いてくれた。そんな二人を見て、感情が爆発してしまう。


「う、う、うえぇぇぇん! ごめんなさあああぁぁぁいぃ!」


 気づいたら二人に抱き着いて大声で泣いていた。年上なのに恥ずかしい。でもそんなのお構いなしに、とにかく謝りたかった。泣きたかった。


「ほんとにもう、お姉様はしようがないですね」

「しようがないから、あたしたちがずっと一緒にいてあげるよ、お姉ちゃん」


 耳元で二人がやさしく、静かに語り掛けてくれた。



 ◇ ◇ ◇



 随分時間が経ったように感じた。

 私たち三人は床に座り込み。いや、私が押し倒したような格好で二人に抱き着いて座り込んでしまっていた。

 二人に頭を優しくなでられていることに気が付いたと同時に、猛烈に恥ずかしくなってきたので、ゆっくり二人から離れる。そっと。


「あ、ご、ごめんね。二人とも。服……汚しちゃった、ね」


 バツが悪い……。恥ずかしさで二人の顔が見れない。困った。

 しばし沈黙が流れる。えっ、こんな時何を言えばいいの? 今日の天気? お昼ご飯のメニュー? あああ、それともそれとも!


「うーん、ではお姉様こうしましょう」


 そんなとき、エルがポンと手を叩いてから人差し指を立てた。


「私のお友達になってください。だめですか?」

「おお! あたしもあたしも! 友達になろう、お姉ちゃん!」

「え、あ、う」


 ……この子たちったら、もう。社交性半端ない。まぶしいよ、お姉ちゃんは。


「……嬉しいけど、こんな鬱陶しくて面倒くさいのが友達なんかで、いいの?」


 なんとかぎこちないが笑顔で返せた、と思う。最後はどうしても不安な気持ちが出ちゃった。


「私がお姉様と友達になりたいんです! これはもう決定事項ですからね!」

「そうそう。もう三人は友達! いいでしょ、お姉ちゃん」


 冷え切っていたと思っていた心が、どんどん温かいもので満たされていくのを感じる。

 私がこんなに幸せになってもいいのかな? みんなと手に入れられるかな?

 ……私にはそれを望む資格があるのかな?


「……しょうがないなぁ、仕方ない。友達になってあげるわよ。お姉ちゃんが」

 今度は大丈夫、きっと満面の笑みで言えたと思う。


「あ、お姉様。今の上から目線、少し嫌です」

「そうそう。ちょっとエラそう」


 エルが半眼で私をじと、と睨んでくる。ディルはあきれたように肩をすくめてる。

 えっ。本当ですか。 ……すみません、人生経験浅いものですから。


「ふふ、……くくく」

「ぷっ、あはは! やっぱ面白いね、お姉ちゃん! いやぁ、からかい甲斐あるー!」

「えっなに? やだ、からかわれたの、私? もー勘弁してよー」



 それから私たちはそのまま取り留めのない話を続けた。今までが嘘みたいにみんなで一杯話をした。これまでそこそこ話をしていたと思っていたけど、二人も、私も、全然自分のこと、相手のこと、わかってなかった。すっごく、すっごく楽しかった。


 昼からの買い出しがあるのに気づいたのは、トニエラおばさんが昼ご飯をどうするか聞きに来た時。あっという間に時間が過ぎていることに驚き、ディルのお腹の虫が鳴ったのにみんなで爆笑して。

 また夜になってから続きを話そうってことで、みんなでお昼の準備を手伝った。



 そして出かける前に、泣きはらした私の眼を、エルが魔法で治療してくれた。

 やっぱり魔法ってずるい。……でも、ありがと。


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