第十四話 双子の姉妹
西大陸。
私が住むレンブルグ王国を含む三つの国を合わせそう呼ぶ。レンブルグが一番西で、大体横並びに真ん中がデュベリア王国、その東にリンブルグランド王国が続く。
更に海峡を挟んで東には東大陸と呼ばれる広大な大地が広がり、さらに五つほどの国に分かれる。東大陸で一番大きな国はミッドフォード王国であり、お店乗っ取り犯逮捕の功労者である、サルヴィオおじさんの母国でもある。
他にもいくつか島があり、大小合わせて十余りの国により、成り立っているのが、人類が知りうるこの世界だ。
そんな世界の辺境の、さらに辺境ともいえるわが街ヴィルバッハに、何の用事で来なすった、お嬢様方よ。
というのも、さっきそこの森の中で可愛い女の子を二人も拾って、もとい、助けてしまったのだ。しかも双子だ。
……しかしなぜあのような所をこんな子たちが。いくら急いでいたといえど、あまりに妙な話だ。
「でもそんなに急ぐ旅なの? 大変だねー。 ちなみにどこから?」
「あ、お隣のデュベリア王国から、こちらの王都のレンブルンに」
「ええ!? ウチの街からでも馬車で二日半はかかる距離だよ? あのまま走っていくつもりだったの?」
嘘だ。デュベリアからなら街道をそのまま通ってくるのが一番早い。あの大森林の中を通らなければならないマトモな理由などない。関所を通れない何か理由があるのだろうが、そのようなこと、詮索したところで仕方のないこと。話したければ勝手に話すだろう。
「まぁ、今日は街でゆっくりして、明日の朝、乗合馬車で行った方がいいよ」
「は、はい」
双子といったがずいぶん体格がちがう。小さい子の方。姉のエルといったか。ずいぶん恐縮した様子で返事を返す。単に警戒されているだけだろうか。そして大きい子の方。妹のディル。無言で睨んでくる。それとも目鼻立ちがくっきりしている美人さんな関係で、そう見えるだけだろうか。
そうこうしているうちに街にたどり着いた。門番のおじさんに挨拶をすると、へらっと相好を崩した後、後ろの二人を見て目をみはった。「お、おい嬢ちゃん」というおじさんの言葉を無視して二人に問いかける。
「さぁ着いたよ。ようこそ、ヴィルバッハへ! さてこれからどうするの、君たち」
「えと。……とりあえず、宿を取ろうかと」
「あ、そうだよね。……うーん、じゃさ、ウチに泊りなよ! 部屋余ってるからさ」
「え、でも」
エルは視線を彷徨わせる。警戒してるのだろうか。女の子二人旅。無理もない。とはいえこのままでは埒があかない。
「心配ないって、私一人暮らしだから! まぁまずはウチでちょっと早いけど夜ご飯食べようよ、決めるのはそれからでもいいでしょ。ね、いこ?」
「そんな。……悪いです」
「えー、いいじゃん。おいしいよー?」
これではただのナンパだ。心の中で苦笑した次の瞬間。
ぐきゅぅぅうううううぅ……くきゅ。
「……ん?」
盛大に。盛大に鳴いた……! 腹の虫が!! そして音の主に目を向ける。
「……」
そこにはお腹を抱えるようにして身をややかがめ、耳まで真っ赤にしながら目をそらす、ディルの姿があった。
「……じゃ、いこっか?」
そして捕獲に成功した女の子二人を、お店に連れてきたわけだ。
「はい、ウチここだよ。さ、入った入った」
「ちょ、すすすすみません。ここ、お店ですよね?」
そういって店の正面を見上げる。『カフェ&バー 月下のイモリ亭』。
「ん? そうだけど、私のおうち」
「いやあのその、実は私たちその……あまり、持ち合わせが、なくて」
「あー、うん。知ってる。ごちそうするから、ほら、おいで」
半ば強引に二人の手を後ろ手で引き、ドアを蹴り開ける。
「かわいいお嬢様、二名様ごあんなーい」
◇ ◇ ◇
そして今。満足気にハーブティーのカップを両手で包むエルとディルが目の前にいる。初めて見る無防備な表情。とてもかわいい。
「さて、落ち着いたかな?」
対面に座る二人の横に椅子を運んで腰かける。我に返ったように居住まいを正し、頭を下げる二人。
「この度は命を救っていただいただけでなく、素晴らしい食事もいただき、感謝してもしきれません。本当にありがとうございました」
そういってディルが改めて深々と頭を下げる。意外とキチンとしていることに驚いた。
「丁寧にありがとう。お粗末様でした。ディルちゃん、おいしかった?」
「はい、とっても! アレクシアさんて、強いだけじゃなくて料理もお上手なんですね! 美人だし、素敵です、尊敬します!」
カップをそっと机に置いてから、ディルは胸の前にこぶしを作り、頬を紅潮させながらほめてくれる。
「そ、そんなに褒められると……いやはや照れますなー。……てへへ」
今日の料理、作ったのはほとんど長屋のおばさんたちなんだけど、黙っておこう。たまには役得があってもいいでしょ? ……いいよね?
このお店『月下のイモリ亭』は、元はお父さんの古書店だった。
それから偽物の叔父に店を奪われ、一度いかがわしい酒場に変えられた。でもお父さんを知る多くの人たちの協力で、なんとか店を取り戻すことができた。
本当は元の姿に戻しても良かったけれど、お父さんを偲ぶ人たちとの交流の場になったらと思って、みんなと相談してこうした。
昼はカフェ。夜はちょっとした料理を出せるバーとして。
壁一面には私が選んだ色んな本を並べている。お客さんにはお茶を飲みながら本を楽しんでもらったり、語らってもらったりと自由にしてもらっている。
従業員はというと、長屋のおばさんとかが結構暇だということで、そんなに高い給金でないのに働いてくれている。
「みんなの場なんだから、半分ボランティアさね」
お手伝いしてくれるおばさんたちはそう言って笑う。
本当にお父さんはいい友人をもっていると、私は尊敬の念を新たにするのだ。
「本当に今日はありがとうございます。アレクシアさんがいなかったら今頃は」
エルも深々と頭を下げ、謝意を伝えてくれる。
「もう、それは気にしないで。……さて、今日はウチに泊まるとして……」
とここでこの話題に持っていくのは少々卑怯かなとも思うが、このままこの子たちを放置するのも私にはできない。私は椅子の横に座っているヴァイスの頭をひと撫でしてから言葉を継いだ。
「なんでこんな辺鄙なところの、あんな危ないところにいたのかな?」
私の言葉を予測していたのだろう、当然だ。少し間があってからエルが短いため息をつく。
「隠しても仕方がありませんね。お話しします。私たちは東のリンブルグランド出身の者です。詳しい出自についてはご容赦ください。私たちは国から逃れてきました」
「できれば理由は聞かせてほしいんだけれど」想像がついているがあえて聞く。
「それはその……ディルの」
言い淀むエルに、ディルが言葉を継ぐ。
「私が『忌み子』だからです」
「ディル!」
そんなエルに対しディルが軽く手を挙げて制する。
「いいから。……私たちの国では十歳を過ぎた『忌み子』は生きていけません。殺されるか、奴隷商に売られるか、です」
リンブルグランド。この国より選民主義の非常に強い国と聞く。しかし殺すか奴隷送りか。この国以上にひどい。
「私は今、十三歳です。幸運にも当局の眼を三年近く欺くことができていました。しかし先日、その秘密もとうとう露見してしまいました。……私は処刑されることになりました。そんなとき、エルが私を逃がしてくれたのです」
そこまで語り、ディルはエルを見つめた。
ディルの視線をしっかり受け、微笑んだ後、エルが言葉を継ぐ。
「当たり前でしょ。血を分けた姉妹なのですから。……そして乗合馬車を乗り継いでデュベリアを東へ東へと進みましたが、国境手前の街で路銀が底をついて、通行税を払えませんでした。そこでやむなく森を抜けようとして」
「そして何とかなった、と」
少し意地悪な言い方だったかな?
「ふふ、本当ですね。……ありがとうございました。御恩は決して忘れません」
エルは柔らかく笑った。その上品さ、私にも分けてほしい。
「なるほど、わかったわ。きっとまだ話せないことがあるんだろうけど……」
ディルがギクリと体をこわばらせる。素直な反応に吹き出しそうになるのをこらえる。
「今は聞かないでおくわ。で、これからどうするの? 今の話を聞く限り、王都まで行く必要はないんじゃないのかなって思うんだけれど。それにあの大森林を抜けて生きているなんて誰も思わないだろうし」
「そう……そうですね。あえて先に進む必要はなさそうです」
エルが一瞬視線をめぐらせ、頷く。
「なら私からの提案。あなたたち、ここで働かない?」
「「えっ」」
姉妹が見事に同期して驚く。
「ここで働きながら、私やヴァイスと一緒に近場の狩場やダンジョンなんかを巡っての冒険者稼業。どうせあなたたち、国には帰れないんでしょ? 今日見てたけど、戦闘はなかなかのモノだったし。どうかな?」
「えっ。えっ……と」
エルが視線をさまよわせる。この子は迷っている様子がわかりやすい。腹芸はできない子なんだろう。素直な証拠だ。
「パーティーの件はともかく、路銀は必要でしょ? まぁ明日の朝まで考えてみてよ! 王都に行くなら行くでもいいしさ」
せかすつもりはない。けれどお金がない今の状態では、王都に行ってもすぐに困ることになる。何の用事があるのかは知らないけれど、どうも急いでいるようには見えない。単に国から逃げたかっただけなのではないか。だとしたら、しばらくここに留まるのも悪い提案ではないはずだ。
「あ、はい。……では妹と話し合ってみます」
ディルと視線を交わしたあと、エルは答えた。
今夜はそのまま二階の一部屋を二人で使ってもらった。
夜更け過ぎまで二人が話し合っている、そんな気配を感じながら眠りについた。
この出会いが、この提案が、私たちの今後の運命を大きく変えることになるとは、この時全く想像していなかった。彼女たちに出会っていなければ、私は片田舎の役立たずの『忌み子』として一生を終えていただろう。
彼女たちはあの時、私を命の恩人だといって感謝してくれた。しかし私の方こそが、感謝してもしきれない恩を受けたのだ。彼女たちこそが、暗く狭い穴ぐらで這いずり回っていたちっぽけな私を掬い上げ、広い世界を見せてくれた大切な恩人なのだから。






