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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第二章:仲間とは
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二章 プロローグ

 大森林と呼ばれる森がある。


 レンブルグとデュベリア、両王国の国境にまたがるその広大な森は、多くの野生動物や魔物が跋扈する危険な森として知られている。まともな冒険者だったら、準備もなしに踏み込むようなことはしない。


 ――だがまさにそのただなかを駆け抜ける影が二つ。


 一人が剣をふるい、時折藪を払いながら進み続ける。フードを目深にかぶり、コートに身を包んでいるため様子をうかがい知ることはできない。

 この辺りは特に森が深く、昼間であるにもかかわらず、森の中は薄暗く鬱蒼としている。時折鳥の鳴き声がしているが、二人の立てる音に呼応して静まっていく。

 長い距離を走り続けているのだろう。一人はすでに息が上がっている。


「はぁっ、はぁっ、 ま、待って! はぁっ、……もう、はぁっ、走れない……!」

 杖を持つ方がたまらず声を上げた。


「がんばって! 早くここを抜けないと! もうすぐ森も……っ!」


 言いかけて何かを察知したのか、藪の一角に切り込む。

 ギャン!! と野太い悲鳴が聞こえたと同時にゴブリンが転がり出てきた。それと同時に大振りの犬が派手に血を吹き出しながら倒れこんでくる。

 剣使いはいずれ死体になるであろう犬には目もくれず、起き上がって頭を振っているゴブリンを袈裟切りにした。


「囲まれた……!」


 短く状況を仲間に伝える。

 杖を持つ、おそらく魔法の使い手だろう。懸命に息を整えようとしているが、日ごろの運動不足のせいなのか、ひどく消耗しているようだ。

 剣使いは油断なく周囲を見渡す。

 追ってきたのは犬に乗ったゴブリン。その数はさっきのを含めて六体。残り五体と五匹。絶望的な数だ。先ほどうっかりゴブリンの縄張りの近くを通り、見つかってしまった。間抜けなことだが今さら悔やんでも仕方ない。


 奴らは油断なく囲みを狭めてくる。

 音もなく背後から飛びかかってきた犬が爪を振り上げる。若干気づくのが遅れた魔法使いだったが、フードを切り裂かれただけで辛うじて身をかわす。その直後、ゴブリン達から歓声が上がる。


「オンナ、オンナ!」

「オレ、ツカマエル! オレ、イチバン!!」


 フードから現れたのはアッシュブロンドの長い、艶やかな髪。年のころは十三、四といった、幼さが残るが美しい少女の姿だった。


「エル! 大丈夫!?」

「ディル! 大丈夫! だけど……」

「ああ、ちょっとまずいことになった」


 追っていた人間が女だったことを知ったゴブリン達は興奮の度合いを高めた。

 さっきまで殺す勢いで振り下ろしていたこん棒の勢いが、明らかに武器を弾くように、武器や手首を狙ってきている。殺すのではなく、捕らえることに目的が変化しているのは明白だ。


「くそ、邪魔だ!」


 剣使いも視界を妨げるフードつきのコートを取り払う。この際、容姿を隠したところでメリットはない。死ぬよりマシだ。死ぬよりもっと酷いことに遭うより、もっとマシだ。

 脱ぎ捨てた後には、先ほどエルと呼ばれた少女と同じアッシュブロンドの美しい髪。違うのは彼女とは違い、ポニーテールにまとめている、先ほどの少女に勝るとも劣らない、健康的な美しさを放つ少女。


 その手にあるコートを手近な一体に投げつけ、そのまま突きを繰り出す。不意を突かれた格好のゴブリンは、為す術もなく喉を貫かれ犬から転げ落ちた。ディルと呼ばれた剣使いはそのまま大きく一歩下がる。突然主を失った犬は、目の前に被せられたコートを嫌って激しく首を振る。


「エル!」

「まかせて! ……氷の槍よ、わが敵を貫け!」


 その直後氷の槍が現れ、コートを振り払おうと一生懸命だった犬を的確にとらえ、命を奪った。

 だがその隙に背後に回り込んでいた別のゴブリンがエルを背後から突き倒す。身構えていない彼女はあっけなく倒れ、慌てて身を起こそうとしたときには首筋にナイフを押し当てられていた。


「ウゴクナ! ウゴイタラコイツ、コロス」


 ニタリと笑いながらディルに向け言い放つ。彼女は音がするほど歯ぎしりをした。

 エルは目の前に突き付けられた錆びたナイフを見つめ、青ざめた顔のまま身じろぎもできない様子だ。


 このまま戦ってもエルは死ぬだろう。ディルとて一匹は何とかできるが、二匹目、三匹目には倒される。今は投降し、チャンスを待つしかない。投降することが何を意味するのかも、理解はしているはずだ。


「だめ、ディル、にげて」

 エルがかすれた声で逃げろという。ディルは小さく首を振った。


 ディルはしばし考えを巡らしていたようだが、やがて手に持った獲物を放り投げた。愛用の片手剣が地面に落ちるとき、カチャンとわずかな音が立った。


 ナイフを構えたままのゴブリンが不快な笑い声を立て、エルは力なくうなだれた。

 背後のゴブリンも犬から降りる気配がした。そのまま無造作に下品な声を立てながら近づいてくるのがわかる。


 エルにナイフを向けているゴブリンが、エルの衣服に手をかけた。


「ひっ! 何をする、この外道!」

「やめろ!」


 ゴブリンが満足そうに眼を細めた。その時だった。


 藪からキラリ光るものが見えた気がした刹那。音もなく何かが飛び出し、ナイフを構えたゴブリンの頭部を撃った。そのままゴブリンは悲鳴も上げないまま仰向けに倒れこんだ。頭部には深々と矢が突き刺さっている。狙いすました弓矢の狙撃。


 その直後藪から飛び出てきたのは。白い風。

 白い疾風はそのままディルの脇をすり抜け、背後のゴブリンに襲い掛かった。

 同時に現れ、一匹目の犬を剣で屠ったのは、ゆるいウェーブがかかったプラチナブロンドを、髪留めでキレイに纏め上げた凛とした少女。


「二人とも、大丈夫!?」


 目線は油断なく残りの犬に向けたまま、二人に声をかける。


「は、はい」

 ディルは返事をするのに精一杯のようだ。


 白い疾風は美しい毛並みの狼だった。ゴブリンを前足の一閃で屠ると勢いそのままに犬の方に向かっていく。犬はどうやら戦意を喪失し、逃げを打っていたがあっという間に追いつかれたようで、少し離れた藪の向こうから短い悲鳴が聞こえた。

 やがて何事もなかったかのように森に静寂が広がった。


 残りのゴブリンは、新手の出現に慌てて逃げたようだった。


「ふぅ。こんなところで女の子二人で危ないじゃないの。ケガはない?」


 敵がいないことを確認し、剣を鞘に入れてから、ようやく少女は砕けた口調になった。

 エルは「あ、ありがとうございます」と礼を述べつつ、差し出された手をつかんで立ち上がる。


「特にケガはありません、大丈夫です。助かりました。私はエル。そしてこっちは」

「ディルです。あの、なんとお礼を申し上げれば」

 胸に手を当て名乗りをしつつ、上目遣いにお辞儀をする二人。


「あぁ、いいよいいよそんなの。それよりなんでこんな所にいるの?」

 少女は笑いながら手をパタパタ振ったあと、腰に手を当て二人に尋ねた。


「た、旅を急いでいたもので。……そういうあなたこそ」

 探るような目つきでエルが恐る恐るといった感じで答え、そして尋ね返す。

 慎重な性格なのだろう。あれだけの目に遭ったのだ。ここで初対面の人間を素直に信じるようならば、今頃ここに立ってはいないだろう。


「私? 私は薬草とか獣の皮とかの素材集めにね、よくこの森に入るんだー。あ、ウチの街ここから一時間ほどだから寄って行ったら? なんなら一緒に行く?」


 いつの間にか戻ってきていた狼を「ありがとう」と声を掛け、しゃがんで撫でながら二人の答えを待っているようだ。


 二人は顔を見合わせる。やがて互いに頷きあう。


「決まった?」

 立ち上ると先ほどを同じような、人懐っこい笑顔を浮かべながら少女は口を開く。


「はい、お供させてください。それで……あの、失礼ですがお名前は……?」


 その言葉にあからさまにしまったと表情に出しつつ。


「あ!……あはは、ごめんごめん。そういえば名乗ってなかったね」

 頭をかきつつバツが悪そうに苦笑いをした。が、すぐに気を取り直したように二人を見つめた。

「えと。私はアレクシア! この子はヴァイスっていうの。よろしくね!」

 そしてひまわりのような笑顔を咲かせる。つられたかのように、二人も笑顔になった。


 そのあとエルは少し頬を染め、ディルは不思議そうな表情で、それぞれアレクシアと名乗った少女を見上げた。


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