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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第一章:家族とは
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第十三話 我が家

 翌日。

 夕べ店に行ったというサルヴィオさんが再び長屋にやって来た。

 店の様子を私たちに伝えに来てくれたのだ。


「まず初めに、あれはワシが知っているジークルトではない。別人だ。体形はもちろんだが故郷に関する説明が細かい部分でデタラメだ。良く調べてはいるが、な」


 やはりそうだったんですね。そうすればやはり。


「あの……ということは本物のジークルトさんは」


「ああ、おそらく土の下だろうな。……なぁ嬢ちゃん。人一人、もしかしたら二人始末してでもやらなきゃいけないことって何だったんだろうな?」


 渋い顔をしてサルヴィオさんが答える。残酷なことを私に話すことをためらっているのか。

 そこまでしてもやらねばならない動機。


「え、お店を……乗っ取ること、ですか? いや、でもそれはいくら何でも」


「そう。……間尺が合わない」


 そうだ。古本屋の価値と言っても所詮は本。大した額にはならない。あとお金になるとするなら骨董の剣の類だけど、それだってたかが知れてる。人をもしかしたら二人も殺めることと、得られる利益が釣り合わない。


 思い出して、私。

 あいつは何をしていた? 私に何をさせた?

 本の整理と処分。私には処分方法は”任せる”と言った……もしかして。


「店を閉じること」


 私のやや気の抜けた言葉にみんなの視線が向く。少し面喰いながらも言葉を続ける。


「……店を閉じることそのものが本来の目的だった、としたら」


「なんだそりゃ? 閉じることが目的ってなんだよ?」


 おじさんの一人が肩をすくめて私に聞く。そうだよね、私もよくわかんない。


「よくわからないけれど、とにかく古い本を処分したかった。で、あらかた処分できて用事が済んだから、店を閉めた」


 私はみんなに、あの店にあった大多数には無用の長物と思われている、古書の価値について、思うところを伝えた。



「なら嬢ちゃんのところに再び姿を見せないのは何でだ? そこの部屋には古い本がたっぷり詰まっとるだろうに」


 当然の疑問。みんな私が普段本に埋もれるように生活していることを知っているだけに。


「あの人はこの部屋のこと知らないから。店さえ何とかなれば、私のことなんて気にもならないんでしょう。ほら、子供ができることなんてたかが知れてるし」


 周りから失笑が漏れる。

 そう。侮られてるんだと思う。『忌み子』の私はそういうの慣れてる。でも今回は相手の間抜けさに感謝するほかない。


 ……でも古い本を処分しなければならない理由はなんだろう。もしかしてあれを探していた?


 思い至るのは金庫に入っていたとても古い本のこと。


 一度読んでみようとしてみたけど、昔のもの過ぎて見たことない言語で書かれていて。あまりの難解さに頭が痛くなったのでそのままにしてあるけど。


「ま、どのみちここからは大人のお仕事だわ、アレクシア。大人しくヴァイスと待っててくれよ」


 思考の海に潜っている間に、おじさん達の間では話がついてしまったようだ。


「え、そんな、私も!」


 あわてて立ち上がってみるも。


「あのな嬢ちゃん。たまにはワシらもカワイ子ちゃんに良いトコ見せたい時があるんじゃよ。だからここは、な。ゆっくりしとれ」


 そういって肩をポンポンと叩かれた。

 消化不良となることは明白そうだけど、みんなにやんわり止められた以上、私の出番はなさそうだ。仕方ない。



 私は部屋で悶々としながらヴァイスを撫でたくっている。こういう時、彼はされるがままでいてくれる。ありがたい。


 せっかくのチャンス、美味しいところを持っていかれた感がぬぐえない。できればこの手で捕まえて留飲を下げたかった。


 このモヤモヤした気持ちを紛らわせるため、部屋に置いていた剣を引っ張り出して手入れをすることにした。状態が気になったものだから。


 というより、何かしてないと落ち着かない。


「……こんなもんかな」


 一通り手入れが終わった時点でひとしきり眺め、鞘に納めた。

 でも全然落ち着かない。


「……ヴァイス」


 うん? という感じで顔を上げる相棒。


「……お散歩行こうか?」



 突然だけれど、時々私って、運がいいんだか悪いんだかわからなくなる。

 なんせ街をしばらく歩いていると。


「おっとと! あぶねーな、気をつけ……ろ」


 そこには居るはずのない、忘れもしないアイツ、ジークルトが。

 私と認めた途端、奴の顔が下卑た笑いに変わっていく。

 ね、こういう状況に遭遇するから。


「よお、アレクシア。まさかまだこんな所をうろついていたとはな」


 その時ヴァイスが飛び出し、そのままの勢いでジークルトにとびかかる。が。


「おっと。そうそう何度も同じ手に引っかかるかよ」


 ひらりを身をかわしながら笑う。

 ヴァイスは身を低くし唸り声を上げ。

 私は手に持った剣を鞘から抜き放った。……腰に下げててよかったー。


「うえ、ちょ、ずるくないか、それ? 剣って……おっかねー」


 軽口を叩きながらもじりじりと間合いを取っていく。やはり戦闘のプロではないにせよ、素人じゃない。


「……あなた、誰?」


 剣を両手で正眼に構える。


「は? お前のパパの甥のジークルトだよぉ? ……って白々しいか。さて、誰でしょう? ま、どうでもいいでしょそんなこと」


 男はゆっくり後ずさりながら腰のあたりから短杖を取り出した。


「なぜ、ここにいるの」


「怖いおじさん達がいっぱい店に来てさぁ。慌てて裏から逃げてきたのさぁ」


「話、聞かせてもらえるよね?」


「さぁ、どうか……な!」


 背後から飛びかかったヴァイスをひらりとかわすと。


「……だから同じ手は食わんと! ……エネルギーボルト!」


 その瞬間、手のひらから魔力の塊が矢となってヴァイスを打った。

 ギャン!と一声鳴いてそのまま道に倒れこむ。


「ヴァイス!」


 叫んだ瞬間、走っていた。低い姿勢からの切り上げ。男はたまらず杖で受け、真っ二つに折れ飛んだ。勢いそのまま両手に持ち替え、切り下ろしで男の肩を狙う。


 本気の、殺人の打ち込み。


「はぁっ!」


「ぬぅっ! 調子乗んな! ……エネルギーボルト!」


 瞬間、左肩を魔力の奔流が貫いた。瞬間刺されたような痛みが走り、体は魔法の威力で吹き飛ばされてしまった。

 あまりの痛みに意識が遠のくが何とか踏みとどまった。


「くっ……」

 左腕を血が流れ落ちてくる。どんどん力が抜けていく。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、……は、はは。もう剣は使えんだろぉ。なぁ?」


 そういって男は無造作に私の左肩を踏みつける。


「うっ! ああっ!」


 私の悲鳴が男の嗜虐心に火をつけたようだ。


「あっはぁ。なんだよ、カワイイ声出すじゃんかよ。ほら、どうだ? いい感じか?」


 そうやって私の肩をさらにグリグリと踏みにじる。


「ああっ! っく!」


「いいね、いいねぇ! このまま飼ってやろうか? イイコトしようぜぇ!」


 男はよだれを垂らさん勢いで地面に転がる私に顔を近づけてくる。


「……ふ、ふざけないで。死んでも、お断りよ」


 私の態度が気に入らなかったのか、急に声色が下がった。


「へぇ。そうかい。じゃあとりあえず、死んどけよ……とどめだ」


 ゆっくりと腕を上げ、私に向けピタリと止めた。くそ、これは避けられない。


「……エネルギーぼる」


 詠唱は終わらなかった。ヴァイスががっしりと、伸ばした男の手首に噛みついたから。


「あああ! ちっくしょうまたお前かこのクソ犬ぅぅぅ!!」


 私は剣を投げ捨て地面を蹴り、男に渾身のタックルをする。

 思わず夢中で左肩から行ってしまったので、痛みが再び走るが何とか我慢する。その勢いで男は仰向けに飛んで頭をしたたかに打ったようだ。しばらく動けそうにない。

 すぐ起き上がり、腰のナイフを抜いて。



 一瞬男の首元に視線が吸い込まれる。


 刺したい。こいつだけは、殺したい。


 両手で持つナイフの切っ先が震える。


 息が、動悸が、早鐘のように鳴り響く。うるさい、うるさい。


「くっそぉぉぉぉっ!」


 そして体重を乗せて振り下ろす。




 結局、手のひらを道路に縫い付けた。


「ひぎぃやあああああ!! ……あ」

 手のひらを刺された男は一際大きく悲鳴を上げたが、あまりの痛みで気絶したようで、カクリと力が抜けるとそのまま動かなくなった。


 私に人を殺す度胸など、ありはしなかった。



 周りが騒がしくなり、衛士が駆け付けてきたのはそれから間もなくのことだった。



 ◇ ◇ ◇



 それからのおじさんたちの動きは速かった。

 なんとその日の夕方にはジークルトと手引きした行政官、弁護人が捕らえられた。

 手際の良さといったら、普段からこんな感じで働けばいいのに。っていう出来栄え。

 そしてすっごい謝られた。そして感謝された。

 取り逃がしたこと、そして逃亡を阻止したこと。


 でもどうやったらこんなに早くことが進むんだろう。謎だった。

 そしてお風呂覗きおじさんのところに衛士の人たちが代わる代わる挨拶に来て、最敬礼して帰っていくのは何だろう。謎だ。


「まぁ、年寄りには秘密の一つや二つあるってもんさ」


 他のおじさんたちとカードゲームに興じる様子はただのちょっとエッチなおじさんなんだけど、ニカッと笑顔でそれは秘密です、なんて言われたら……気になって仕方ないじゃない。



 結局正体は明かしてくれないお風呂覗きおじさんだけど、後日事件の内容は少し教えてくれるということで、声をかけてくれた。

 最初、事が事だけに私の部屋で話すっていったけど、なんもせんからと、しつこい様子に少々貞操の危機を感じたので、


「別の事件を起こす気ですか? おばさんに言いつけますよ?」

 とおばさんを引き合いに冷たく言い放つと、結局いつものように部屋の表の机で話すことになった。皆さんとは仲良く過ごしたいものだ。


「……といってもなぁ」


 とおじさんは頭をかきながらバツの悪そうな雰囲気で言葉を選んでいる。

 なんでもよくわからない事件だそうな。

 古本屋にあった残りの本は結局すべて裏庭で焼いたらしい。新しいものも、古いものも全部。やはり本をすべて廃棄し、店もつぶすことが目的だったのかも。

 そしてそのあとは国の貴族や高官などを酒場の女性などを使って篭絡し、政治の中枢にパイプを作る工作活動を行っていたとのこと。


「そこまでは取り調べもスムーズだったようだ」


 だがいよいよ動機の追及に差し掛かろうとしたとき。


「で、『なぜこのようなことを? 理由はなんだ?』って趣旨の質問をした時さ」


 そこでおじさんはおもむろに頭の横に手をやり、頭から何かが抜けるような動きを見せた。


「ぬかったねぇ、まったく。……マジック・トラップさ。奴さん、背後の何者かに、忘却の魔法を仕込まれていたのさ」


 すると今ジークルトと騙っていた男は。


「記憶のほとんどを消されちまったあいつは、だいたい五歳児くらいに退行しとるそうだ。結局犯行動機、背後関係ともに不明。意外と根の深い事件なのかもな。……まったく、だとするとなおの事。とんだ不手際だなぁ。すまんな嬢ちゃん」


「そんな、あやまらないでください。むしろお礼が言いたいんです。私ひとりじゃ、こんなの絶対解決しなかった。なので、ありがとうございました。おじさん」


 私の礼に気をよくしたのか、申し訳なさそうな雰囲気はどこへやら、いつものスケベスマイルに切り替わった。いつもの調子が出てきたようで結構なんだけど、これはこれで油断ならない。


「そうかそうか、それならひとつ……」


 早速両手で何かを揉みしだくような動きをさせつつにじり寄ってくる。ああ、ダメだこいつ。


「ダメです」


 両手で胸をかばい、半身で睨みつけてやる。


「……まだ何も言っとらんが?」


「おじさんの顔がすべてを語っています。健全なヤツでお願いします」


 結局、今日のおじさん夫妻の夕食を作り、一緒に食事することでケリがついた。

 不覚にも一度、おじさんにおしりを触られてしまったので、同じくおしりに蹴りを食らわせてやった。



 ◇ ◇ ◇



 お父さんの甥の名を騙っていた男とその一味はそのまま有罪となり収監された。

 主を失ったいかがわしいお店は廃業となった。


 私の方の裁判はやり直され、私の名誉は回復された。ま、『忌み子』に名誉なんて、最初からあって無いようなものけどね。ただ『盗みを見とがめられた』などという嘘は我慢がならなかったので、素直にうれしい。



 そして今。

 私は再び、お店のカウンターで紅茶を飲んでいる。かつてお父さんが古書店を営み、飲み屋にされてしまった店だ。


 けばけばしいかった内装はすべて取り払い、昔の内装にできるだけ戻した。壁にかかる照明は魔法を使わない、植物の油を用いるオイルランプ。


 落ち着きのある深い茶色の内装の、オイルとワックスが作り出すなまめかしさ。その重厚な柱や壁をゆらゆらと柔らかく照らすランプ。その揺らめく炎にあわせうごめく飴のような照りが、私は昔から大好きだった。


 本棚がない代わりにいくつかの丸テーブルと椅子が並んでおり。その分とても広く感じる。

 ここに一杯に並んでいた本たちが居ないのはそれなりに寂しいけれど、戻れたことをまずは喜ぶべきだと思う。


 ……なんだけど。


「あの。……あの! ちょっと静かにしてもらえませんかね!?」


 私がたまらず叫ぶと、丸テーブルに陣取るおじさんおばさん達が一斉にこちらを見た。

 なんでこの人たち、昼間っからお酒なんか飲んでるかな!?


「ええじゃないか今日ぐらい。嬢ちゃんの思い出の場所が取り返せたお祝いなんじゃ! おい、もっと飲むぞー!! かんぷぁーい!!」


「「ウェーイ!!」」


 今日何回目かわからない乾杯が交わされたあと、よくわからない酒が、よくわからない速さでそれぞれの腹に流し込まれていく。そして再び騒ぎ出す酔っ払いたち。


「ほんともう静かにしてよ……」


 頭を抱えそうになったが思いなおす。

 そうだね、そうだよね。今日は特別な日だ。うん、今日くらいいいよね。


「ただいま。帰ってきたよ、お父さん」


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