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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第一章:家族とは
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第十二話 父の店だったところ

 長屋での生活が始まった。


 初日の夜は私の歓迎会の後、私のお風呂を覗こうとしていたおじさんと、それを見とがめて袋叩きにしたおばさんの、深夜にわたる説教を子守歌に、久しぶりに気持ちよく眠ることができた。


 武器に関しては、すべて持ち出すことはできなかったけど、いくつかを先に移していたので、当面武器に関して困ることはなさそう。たまたまだったけれど、自分で自分をほめてあげたい。


 防具は現在でも必要とされるものなので、ある程度流通しているし、この街にもそれなりのお店が数件、店を構えている。現状は今ある物が使えそうなので、必要なときに見て回ればいいかな。


 一番褒めたいのは、例の一番きれいな武具! たまたま倉庫の大掃除をしようと思っていて先月こちらに移していたのだ。これがあの変態に渡らなかったのは、まさに不幸中の幸いと言えるだろう。まだ私の体格では使いこなせないけれど、将来使いたい。


 そんな感じで冒険者としての装備は何とかなりそう。


 ただ問題というか、以前からわかっていたことなんだけど……矢じりが調達できない。矢柄や矢羽は何とかなるけど、先端の刃となる加工が難しい。


 今の世の中、あまりにも魔法が進化し一般化したから、基本的にそういった武器の類は作れる人間が極端に少ない。剣を打てる人なんてこの国に居るなんて聞いたことない。


 腕のいい防具職人なら、あるいは可能かもしれないけど、そんな知り合いなんて――。


「おるよ? 防具職人。ワシの弟」


 お茶を配る手が思わず固まった。なんですって?

 ここは恒例の井戸端会議の場。今日は私の当番で、みなさんにお茶を配って回っている。

 そんな中、長屋の長老のおじいさんが事も無げに言ってのけた。


「今度紹介してくださいね。お礼は腰のマッサージです」と告げると、おじいさん達がにわかに色めき立った。……なぜ?


「それより嬢ちゃん。聞いたかい、ボルドさんの店。今どうなってるか」


 店を追い出されてから二か月。店がある表通りはあれから通ってないから、どうなっているか知らない。


「古本屋じゃ無くなったんだよ! なんかいかがわしい酒場になってるってよ!」


 えっ。酒場? 古本屋を続けるんじゃなかったの? だとしたら親に言われて店を任されたっていうのはなんだったの?


 ――今度私がこのお店を引き継ぐことになってね――


「店を継ぐって話は、……嘘だったんですか!?」

 思わずお風呂覗きおじさんに詰め寄る。


「ちょちょちょ待て待て、俺がやったんじゃねえよ! ……どうやら最初から、古本屋を続けるつもりはなかったみたいだね」


「そんな、ひどい。父の大事な、店を」


 どこまで馬鹿にすれば気が済むの、あの変態!

 ……とここに来ておじさんの胸倉をつかみ、鼻が付くほど近づいていることに気づき、あわてて手を放し離れる。

 おじさんやめて。顔を赤らめてニヤニヤしないで。こっちも恥ずかしいんだから!


「だからあたしゃ最初から怪しいと思ったんだよ。甥だっていうのもありゃ怪しいね」


 そうだね、裁判の時もおばさん言ってたもんね。わたしの脇が甘かったせいでこんなことになっちゃって。


「でもあの人には続柄の証明書が……」


 アイツを弁護するつもりはもちろんないけど、自らが論破された証拠が動かしようもないことを伝えたかったのだけれど。


「そんなもん、いくらだって偽造できるだろう。それとも判事は裁判の時、『真実の天秤』を使って質問したかい?」


 お風呂覗きおじさんが鋭い指摘を入れる。このおじさんはお酒が入っているときはとんでもなくスケベなおじさんなんだけど、素面の時は多少まともなおじさんになる。


『真実の天秤』。回答した者の虚偽を見破るための魔道具。

 判事だけが持つその道具を使えば、回答した者が嘘をついているかがわかる。ただし運用に相当の魔力を必要とするため、実際の裁判で多用することはない。


 利害が混在し、判然としない案件などの場合によく使われるが、表向き単純な案件については魔力使用量を抑えるために、あえて使わない場合も多いと聞く。私の場合もそうだった。


「使わなかったさ。この子が最初から嘘をついている体で話はついてたんだろうよ」


「こりゃ資料を準備したっていう行政官もグルだね」


「ということはつまり……?」


 答えはもうわかってる。けれどその答えに肯定をしたくない自分がいる。


「嬢ちゃん。こりゃあ最初から、ボルドさんの店を乗っ取ることが目的だったのさ」


「確かにあの場所は酒場をやるなら一等地さね……」


 わかっていたその答え。その疑問に、あそこで暮らしているときに、あの男が店に来た時に、なぜ気づけなかったのか。そんな自分がたまらなく嫌で、未熟さを痛感させられて。周りに生かされていることを痛いほど思い知らされ。

 唇をかみしめ、こぶしを握ることしかできない無力感に押しつぶされそうで。


 ……殺してやりたい。


 そう思ってしまった自分のどす黒い部分にハッとして思わず手で口を塞ぐ。途端に涙があふれだしてきた。


「……悔しいね、わかるよ。でもね、今はどうしようもない。チャンスを待つんだよ」


 チャンス。そんなもの本当に来るんだろうか。



 ◇ ◇ ◇



 あれから更に一月。

 ジークルトの店は大盛況らしかった。全く鬱々した毎日を過ごすことになったけれど、奴に一矢報いるチャンスは、唐突に、意外なところから訪れた。


「どう? きもちい? ねね、きもちい? うりうり~」


 長屋の玄関の前でヴァイスのブラッシングをしている。狼も、毛の手入れは好きなようだ。毎回気持ちよさそうにされるがまま。フワフワの尻尾がゆったり動くのを眺めながらのんびりブラシを運ぶこの時は、何も考えずのんびりできる、お気に入りの時間だ。


「今度はわしが嬢ちゃんのブラッシングをしてやろうか」


「私は犬じゃありませんから結構です。またそう言って、いやらしいことしようとしてるんでしょ。おばさんに言いつけますよ」


 フン、と鼻を鳴らして顔を背けると、冗談だよ、勘弁してよと、いつものバカみたいなやり取りが始まる。ひとしきり笑ったところで、不意に背後から声がかかる。


「ちとすまぬ。ボルドさんの娘さんがここで暮らしてると、ギルドから聞いてきたんじゃが……?」


 突然の来客に長屋の入り口を見ると、見知らぬ一人の老人が長屋に立っていた。


「あんたは?」


 近くの安楽椅子でパイプをふかしているおじさんが、老人に問いかける。


「ワシはボルドの知り合いでサルヴィオという。二十年ぶりに親友を訪ねてみたら店は無くなっていて本人はおらんで、ギルドに様子を確認に行ったらボルドは死んだと抜かしよる、娘が居るから詳しくはそいつから聞けと……だがそもそもアイツに娘なぞおったかの? すわ、隠し子か!? と思うてな。いやはや居ても立っても居られんようになって、ギルドからすっ飛んできたわい。がはは! んで? 娘ってのは誰だ?」


「は、はい……私が娘のアレクシアです、が」


 なんだなんだ、やけに元気なおじいさんだけど。


「なんじゃえらい若い娘じゃの! あいつも頑張りおったの! がはは! だとしたら再婚か? ん? じゃあ嫁は誰だ?」


 そういって今度は周りを見回す。忙しいおじいさんだなぁ。


「いやいやじいさん。義理だよ。義理の娘」


「は? そうなのか? ……ほう、なるほど。可愛いのう。嫁さんの面影を見たか。ほうかほうか。んで娘さん、あ奴の店はなんで飲み屋に化けとるんだ? あ奴が死んだからもう店はやめたのか?」


「いえ……今は父の甥を名乗る人が経営していると聞きます。最初は古本屋を続けていたのですが、どうやら最近あのように変えたようです」


「は? 甥、じゃと? なんじゃそうか。ジークルトもこの街に居るのか」


「え、おじいさん、あの人をご存じなんですか?」


「そりゃボルドの甥だしな。オムツも変えたことがあるぞ。おやじに似ずにチンチクリンのビール樽みたいに育ちやがったけどな、ドワーフなんじゃないかってみんなでからかったもんさ。それから」


 んん!? 懐かしむように顎ひげを撫でつけながら目を細めているところ、本当に悪いんですが、話、折らせてもらいます!


「あのおじいさん? それっておかしくないですか?」


「わ、……何がだ? ま、そりゃそうだな、人間からドワーフが生まれるわけ」


「そこじゃないです。私たちが知っているジークルトという人は、長身の痩せ気味な変態おやじなんです」


 食い気味に否定して、質問を変える。


「はぁ? 変態かどうかは知らんが、アイツが長身? 痩せ気味? 絶対ないぞ。今日の酒代をかけてもいい」


「……ではあの人は誰なんですか?」


 あのジークルトを知る者は、一斉に顔を見合わせた。


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