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忌み子と彗星  作者: ずおさん
第一章:家族とは
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第十一話 父の思い

 金庫の中には入れ子の箱が一つ入っている。私にとって少し高い位置に設置されているため、少し取りだすのに苦労したけど、何とか取り出し、備え付けの机にそっと置く。


 慎重に、する必要はないんだろうけど、何となく。蓋を開ける。

 中にはものすごく古い本が二冊、小さな木箱が三つ、金属の板が一枚、そして……一通の封書。自然に手は封書を手に取る。


 ……おとうさんの字だ。


 ”アレクシア。愛しい私の可愛い娘へ。


 月並みだが、これを読んでいるということは、私はもうこの世にいないのだろう。

 お前を置いて先に逝くのは心苦しいが、天命には逆らえない。せめてお前が困らずに生きていけるように、できる限りのものを遺すことにする。


 金属の板はお前の「ギルドカード」だ。いずれ冒険者になるために必要なものだ。

 クエストを受注するなど、ギルドシステムを利用するためにはこの身分証が必要になる。おそらくお前をお前と証明できる唯一のものだ。大切にしてほしい。

 多くはないがギルドに金を預けている。このカードで引き出し可能だ。本当は一生静かに暮らせるほど遺してやりたかったが、少し時間が足りなかった。すまない。


 木箱のうち、二つは宝石をいくつか入れている。加護付きの武器防具を作るときに使える。壊れない限りは使い回しができるから、もし装備が壊れた時でも石だけは外して持ち帰れ。いくつかは私が冒険者をやっていた時の装備に使っていた年季物だ。効果は折り紙付きだからな。


 もう一つは獅子の紋章入りの徽章(きしょう)だ。昔、私がとある国でもらったものだが、街の宿や店の交渉に困るときは見せてみろ。有利に働くかもしれん。だが見せる相手には気を使え。力の強い物ということを意識しろ。お前は頭がいい。きっとうまく使えるだろう。


 古い本は私が冒険者だったころ、東の果ての国で手に入れたものだ。約千年前の大災厄について書かれているらしいが、結局私には読めなかった。東の果ての国は元々私たちの国々とは言葉が大きく変わるが、今の時代の言語とも違う。なぜこれほど言語が変化しているのかもよくわかっていない。

 時間はかかるかもしれないが、重要なことが記載されているはずだ。お前にはこれを解読し、危機が迫るなら逃げおおせてほしい。


 最後に。

 アレクシア。お前は薄々気づいていただろうが、私はお前にラウレの面影を重ねていた。最初、店の前で倒れていたお前を助け上げた時、私に体中に電流が走ったような気がした。それほどあまりに雰囲気が似ていた。だがお前がケガをして担ぎ込まれたあの日まで、私はお前が男だと本気で思っていたから、自分をなんとかごまかせていた。

 しかしお前が実は女だったと気づいたとき、いや、本当は前から気づいていたのかもしれない。それから私はお前をもはやただの同居人とは思えなくなった。

 私にとってお前は、もうすでにかけがえのない家族になっていた。大切な娘、そして妻の生き写しのように捉えてしまっていたのだ。

 だからいろいろ干渉し、お前には居心地の悪さを感じさせてしまったかもしれない。つまらないことで命を落としたりして欲しくなかった。いや違うな。私が失いたくなかったのだ。完全に私のエゴだ。息苦しく感じていたのなら謝りたい。すまなかった。

 そしてありがとう。私の元に来てくれて。短い間だったが、お前を暮らすことができて、私はとても幸せだった。



 本当にお前を遺していくことが、辛くてたまらない。寿命を延ばす禁呪を試す誘惑にかられたことも一度や二度ではない。しかし手は出さないことに決めた。

 人の心を失ってまで得る寿命など、何の意味も持たないからだ。

 なぜなら、生きた屍としてでなく、人として、お前と過ごしたい。そう思ったからだ。

 だから私は先に逝く。


 アレクシア。強く生きてくれ。

 私はラウレとともに、お前のことを見守ることにするよ。

 そして同じ境遇の子供たちを見つけたら、同じ不幸に身をやつす彼らに出会ったら。

 できるだけでいい。お前が導いてあげなさい。それがお前の心の重りを軽くすることにもつながるだろう。


 アレクシア。技を鍛え、真の友を得て、街を出なさい。そして世界を知るのだ。

 お前にとって世界は、厳しいが優しい。自らの眼で見て、肌で感じて、見定めよ。


 世界はお前のためにある。


 お前を愛する父より”




「おとうさん……」


 ぽたり。ぽたり。


 涙が手紙に一つ、二つと染みを作っていく。

 そしてぎゅっと胸に手紙を押し抱いて。


「ありがとう。……私も、愛してるよ、おとうさん」


 祈るようにしばらく胸に抱いていた。

 また丁寧に折りたたんで、箱に戻しておく。


 木箱の方は、今は無用の長物だと思う。一応中身を確認したけど、よくわからない様々な宝石が綿の上にきれいに並んでいた。

 鮮血を流したようなピンクがかった赤。

 深海の淵のような深い青。

 太陽のような輝きの黄。

 風に吹かれる草原のようなさわやかな緑。

 怜悧な月のような光の白。

 燃え盛る炎のような、オレンジをまとった情熱的な赤。

 どれも吸い込まれるような美しさを持つもので、時折輝きの奥が蠢くようにゆらめく。それはまるで今にも躍りかかってきそうな獣の瞳のよう。正直綺麗すぎて、持っているのが怖いくらい。だからこちらも、時が来るまでしまっておく。


 ギルドカードはすぐにでも使えるだろう。名前の欄に私の名前が書かれている。

 だがおそらく冒険者登録はまだなのだろう、冒険者ランクなどの欄は空白になっている。純粋に身分証明と銀行の機能だけ使えるようになっているのだろう。

 何気なくひっくり返した裏面を見て目を疑った。一生は無理だろうけど、数年は不自由なく暮らせるほどのお金の額が刻まれている。おとうさんに感謝し、なくさないよう首から下げ上着の内側に入れる。


 本は随所が金属で補強された革づくりで、鍵付きの立派な装丁となっている。ただし鍵は壊れており、掛かってはいない。後世に残すため、さぞや腐心した結果なのだろう。

 開いてみたが、確かに見慣れない言語のようだ。ただ、一部の似たような表記を八百年前くらいの古文書の中に見た記憶がある。いくつかの古文書を組み合わせれば、あるいは読めるようになるかもしれない。


 おとうさんは「大災害」と言った。千年前、なにか大きな事件があったことは間違いがないらしい。しかしその内容の伝承が今の人々の間から失われている。歴史は繰り返す。そうおとうさんは危惧していたんだと感じた。


 本はバックパックにしまい、来るべき時に宝石などは活用させてもらうと心に刻み、金庫を再び閉じた。



 地上の受付に戻り、当座のお金の出金を依頼する。


 受付嬢は私のギルドカードを見ると少し眉を上げたが、そのまま手続きを続ける。

 私のカードとサインで問題なく行えた。少しほっとした。


「あの、それと。冒険者登録をしたいんですが」


 これにはさすがの受付嬢も眉を顰めた。


「アレクシアさん。私がこう言うのもなんですが、お勧めできませんよ」


 魔法が使えない私を気遣ってかあるいは別の理由か。最初は登録を渋っていた受付嬢も、私の熱意にとうとう折れ、何とか手続きをしてくれた。


「はい、これで登録は完了です。……が、一言、どうしてもお伝えしておきます」


 登録が済んだギルドカードを一旦引っ込め、受付嬢は言葉を続ける。


「私は以前、ボルドさんにとてもお世話になりました。その娘さんなのであえてお話しします。明らかに受付としては余計なお世話をしている自覚があります。本来ギルドは一人の冒険者への過干渉を良しとしません。でも、これはボルドさんへの、私なりの恩返しと受け取ってください」


 先ほどまでのにこやかな表情から一転。真剣に語り掛けてくる様子に、この人の誠実さ、おとうさんへの畏敬の念を見た私も、真顔で首肯する。


「わかっていると思いますが、あえて言わせていただきます。……魔法が使えないあなたをパーティーに加えようとする、そんな物好きな冒険者はいません」


 生き死にに直結するんです、考えなくても当然です。……ですが面と向かって言われると、少しへこむ。思わず苦笑いが出てしまう。


「もし仮にいたとしたら、それは単なる荷物持ちや、その……別の目的を持った勧誘なので十分に気を付けてください」


 それもわかる。経験の浅い若い女性冒険者が、キャンプ中に仲間の冒険者の慰み物になるというのは容易に想像できるし、実際よく聞く話だ。女性冒険者の敵は、何も魔物などだけではない。


 かくいう私も、この間はヴァイスがいなかったら正直危なかった。魔法が使えない私には、魔法に抗うことはとても難しい。対抗魔法を紡げないからだ。


 情けないかもしれないけど、私にとって彼は本当の騎士のようなものだ。図らずも彼の母に止めを刺してしまったことを彼が知ったら。そんな彼を利用している私は、許されるのだろうか。


「……あの、アレクシアさん?」


 いけない。話の途中だった。彼女に向き直ると、怪訝そうな表情の彼女と目があった。


「はい、ご心配ありがとうございます。最初からパーティーに入るつもりはありません、気長に、気の合う仲間……できれば同じ境遇のメンバーを探したいと思っています」


 その言葉にホッとした様子で、再び微笑みを湛えた素敵な表情に戻った。

 くそっ。キレイ。うらやましい。


「そうですか。それならば私も安心です。……こほん。それでは改めまして」


 そして姿勢を正した彼女は一際にこやかに。


「ようこそ。冒険者ギルドへ、冒険者登録おめでとうございます、アレクシアさん。私はユリアンナ。あなたの担当になります。これからよろしくお願いします」


 そして金属製のプレートを私に差し出す。受け取ろうとする私の手にユリアンナがそっと手を添える。


「……無理しないでね。お姉ちゃんだと思って、なんでも相談してね」


「ありがとうございます、ユリアンナさん。こちらこそ、よろしくお願いします」


 お前が思うより、お前は周りに愛されている。ふとおとうさんの言葉が頭に響いた。



 様々なものを私に託した「父」。

 見たことすらない。けれどとても親近感のある「母」。

 二人にはどんな世界が見えていたのか。

 そんな好奇心をとても抑えられず。

 私は二人の後ろ姿を追う決心を固めた。


 お父さん。お母さん。

 今日、私は一人の冒険者、アレクシアとなります。

 ……まだ”見習い”だけどね。

 見守っててね、”先輩”!


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