2話
今日は張り切って書いたので連続投稿します!
シーナという女性がいた。
彼女は、エルミア王国に宿屋の娘として生まれた。
容姿は整った方ではあるが、王国内には彼女よりも優れた美貌を持った女性は吐いて捨てるほどいた。
地位も高くなく、特別な才能を持っていたわけでもない。
そんな人物を多くの国民が知っているのは何故か。
それは、王国の英雄 ウォルフの妻であったから。
王国上層部や貴族たちは猛烈に反対した。
彼等は二人の関係を壊そうと、様々な手段を講じた。
それでも、ウォルフとシーナ 二人は結果的に結ばれた。
長く続く戦乱にあって困難も多かったが、子供を授かる事もでき、当時既にエルミア王国に知らぬ者のいないほどの名声を得ていた彼は幸せの絶頂にいた。
愛する者の為に、守るべき者の為に、戦争の終結まで戦い抜き王都への凱旋を果たしたウォルフ、国民は彼を賛美した。
皆が戦争の終結を祝い、安堵の笑顔を浮かべていた。
中には喜びのあまり涙を流している者もいた。
それにつられるようにウォルフも涙を流した。
人目をはばかる事もせずに。
週に一度の休日、授業の無いこの日、生徒たちは思い思いの時間を過ごす。
女子は友人と草原まで花を摘みに行ったり、室内で授業の復習をする者など、人によって異なるが男子はその多くが訓練用の木剣を振るう。
ウォルフ個人としては、子供達にそのような事をさせたくはないが、強制はしない。
自身で考え行動しているのならそれを尊重するべきだと考えているからだ。
そして生徒たちに剣の扱い方を教える役はミラに回ってくることが多い。
普段授業を行なっている訳ではない彼女が立候補した結果だ。
「ねぇねぇミラ先生! 」
「なんでしょうか? ロイド君 」
男子たちの中でまとめ役である彼の動きは、ミラから見ても非凡さを感じさせた。
今はまだ武器に振り回されている感が否めないが、修練を積めば優秀な騎士になる事も夢ではないだろうと。
「なんでウォルフ先生は僕たちに剣を教えてくれないのかな? あ、いや別にミラ先生が嫌な訳じゃないんだけど! 」
「ふふ、ありがとうございます。 そうですね、ウォルフ様はあぁ見えて色々な事を考えていますからね。
私には分からないかな? 」
「えー、ミラ先生でもわからないの! 」
ミラは木剣で素振りをする子供達を一瞥した後、驚いているロイドへ向け口を開いた。
「ふふ、ごめんね。 じゃあ次は私が聞いてもいいですか? 」
「うん! なーに? 」
「なんでロイド君たちは剣を覚えようとするのですか? 」
「そんなの決まってるよ! 強くならないと大事なものを守れないから! 」
「……何故、そう思うのですか? 」
「僕が昔住んでた村に盗賊が攻めてきたんだ。 あの時、僕に力があれば村のみんなを守れたと思うから 」
「……ごめんなさい、悪い事を聞きましたね。 」
「ううん! 今はもう皆がいるからへっちゃら! 」
そう言ったロイドの顔には曇りの無い笑顔が浮かんでいた。
それから半年後、ウォルフの元を王都からの正式な使者が訪れた。
エルミア王国 王都 エルウェラ 王国の中心地であり、旅人や商人が数多く行き交い、活気のみなぎっていたこの場所だが、今では見る影もない。
表通りは表面上だけは整えられているようだが、人の往来も少なく民の表情にも笑顔は無い。
路地裏に入れば物乞いや死人がそのまま放置されており、とても一国の中心地とは思えない。
戦争の終結後、直ぐに王都を離れたウォルフはその光景に表情を歪ませた。
「たった三年でこうも変わるものだとはね。 これじゃあ僕たちは何の為に戦ったのかと真剣に考えさせられてしまうよ。 」
「王国上層部、特に貴族たちの横暴、そして帝国からの圧力などの結果でしょう。 最近は国境線付近で何度も小競り合いが起きている様ですので。 」
「恒久的な平和なんてものはあり得ないというのは解ってはいるけれど、まさか数年で終わる事になるとはね。 呆れて言葉も出ないよ。 」
口調こそ普段と変わらないが、彼が苛立っている事を付き合いの長いミラは感じ取った。
二人が王都を訪れている理由は、王城へ向かう為だ。
軍職を辞したとはいっても王国領内に暮らしているのであれば、王命を断る事はできない。
嫌々、渋々といった形ではあるがウォルフはミラを共とし向かったわけである。
王都を軽く見回ったウォルフとミラは、王城へと到着した。
案内役の者に先導に続き、柔らかな感触の絨毯を踏み締めながらウォルフは周囲に目をやった。
複雑な紋様の彫られた壁、煌びやかな装飾、所々に置かれた美術品と思わしき物、先程王都の様子を見たウォルフにとってその光景は気持ちの良いものではなかった。
やがて、一際豪奢な両開きの扉の前に到着すると、先導者は一礼し去っていった。
両側に控える兵士の眼光は鋭く、その視線をウォルフへと向けた。
「ウォルフだ。 王命により参上した。 お取次を願いたい。 」
開かれた扉をくぐり、ウォルフは足を進める。
目線の先にある玉座には壮年の男が腰掛け、両側には何人もの人間が列をなして直立していた。
そのさらに背後には真剣な顔付きをした兵士たちが控えている。
玉座の前までたどり着いたウォルフは床に片膝を付き頭を下げた。
「よい、頭を上げ楽にせよ。 」
「はっ 」
頭上から聞こえたその声の主は国王本人のもの。
堅苦しい事を好まない人柄は変わってはいなかったようだとウォルフは内心苦笑いしながら頭を上げた。
ウォルフはこのフランクに接してくる王が嫌いではなかった。
非公式なものではあったが、酒を酌み交わした事もある。
彼の掲げる理想はとても素晴らしく、どちらかというと現実主義者寄りであるウォルフではあるが共感できる部分は多かった。
だが、ウォルフの視線の先にあった国王の瞳には、以前には無かった影があった。
「面倒な話は抜きだ。 エルミアの英雄 ウォルフよ!今一度軍を率い、憎き帝国を打ち破りその力を示すことを命ずる。 」
その内容はウォルフとしては予想済みだった為、特に驚きもなかったが、貴族たちの列の端に立っていた軍全体の頂点である大将軍だけは僅かに動揺を見せていた。
ウォルフも知るその男は実直な性格であり、軍人が政に関わるべきでないと言い一切の干渉を嫌っていた。
故に今回の事も初耳だったのだろう。
戦場を共にした事も少なくなく、目の前にいる赤髪の男に友情に似たものを感じていた彼は、国王のその言葉を聞き思わず口を開きかけた。
それは余りにも都合のいい話ではないかと。そう言いかけた彼よりも早く口を開いたのは、赤髪の男本人だった。
「お断り致します、国王陛下 」
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