一ノ瀬 紗奈の失墜 5
一ノ瀬 紗奈編はこれで終わりです。
あの後、学校には「妹が体調不良の様なので少し遅れます」とだけ連絡してから登校する事にした。
それにしても────
「一ノ瀬さんも遅刻する必要は無いんじゃ?? 」
「義妹が体調不良だなんて、放っておけませんからっ!! 」
「うん、勝手に嫁入りしないで」
「あぁっ、すいません。『未来の妹』ですね!! 」
「う〜ん、そう言う事言ってんじゃないんだよなぁ〜」
ダメだ、この人完全に自分の世界に入ってるわ。
「まおくんまおくんっ! 」
「はい、何ですか? 」
「せっかくなので手を繋いで登校しませんか? 」
「嫌です。何されるかわからないので」
「なっ! 心外ですっ!! 何もしませんよ、私!! 」
「・・・・じゃあ、少しだけなら」
僕だって美少女と手を繋いで登校してみたかったしね、欲望には抗えな────
「・・・・あっ♡ 」
「おい、今の声はなんだ」
「・・・・何でもないです」
「なんなの〜、怖すぎるんですけど〜・・・・」
「ふふっ」
一ノ瀬さんがあまりにも不敵に笑うので、僕は勢いよく手を弾いた。
その後も一ノ瀬さんは懲りずに僕の腕に絡ませようとしてきていたが、頭を押し返す事でなんとか防いだ。
☆☆☆
一ノ瀬さんを払い除けつつ、やっとの思いで学校へ着いた。
なんだか、フルマラソン走ったのかと思うほど疲れた。
今は休み時間なのか、どこの教室も喋り声が聞こえる。
そして、僕達の教室に入ると空気が一変した。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!? 」
全員が揃いも揃って叫び出した。
そして、ようやく気付く。
今の僕達が、クラスメイトからはどう見えていたのか。
冴えない男子が、学校一の美少女と登校。しかも、僕と一ノ瀬さんとの攻防戦は傍から見ればじゃれあっている様にも見えるだろう。
「しまった」と思い振り向くと、そこには「計画通り」と言った顔の一ノ瀬さん。
ハメられたっ!
しかし、時すでに遅し。一ノ瀬さんは僕に後ろから抱き着き、
「みなさーーーーんっ! 私、一ノ瀬 紗奈は、昨日からこちらの七瀬 真央君とお付き合いをさせて頂いておりまーーーーっす!! 」
「ちょっ!? 」
「あぁ、昨日は激しかったですよ、旦那様♡ 」
あぁ・・・・
終わった・・・・。
僕の、静かな学園生活が・・・・。
☆☆☆
今日はクラスメイトだけでなく、学校中から質問攻めに合い、本当に疲れた。
「いつの間にか授業が終わってたな〜」なんて考えていると、佑と優太がスタスタと歩いて来て話しかけてきた。
「まおー、ごめんな? 俺が昨日変に気を使った所為で・・・・」
「ん・・・・あぁ、そんな事もあったな」
昨日の事が大昔に感じる。
これが若さか? いや、疲れだな。
「俺も、ちゃんと伝えておけばよかったんだけど・・・・」
「え? 佑、それはどうゆこと?? 」
「佑は知ってたらしいぜ? 一ノ瀬さんの本性を」
な、なるほど・・・・
そう言われてみれば、たしかに色々と納得できる。
昨日の「一ノ瀬 紗奈に気を付けろ」発言とか、優太の告白アシストで一番焦ってた理由とか・・・・
「あれ? でも、なんで佑は知ってたの?? 」
「いや、その・・・・」
「その? 」
「放課後、忘れ物した日にさ。見ちゃったんだよ、一ノ瀬さんが、真央の体操着の匂いを嗅いでる所を・・・・」
「「うわぁ・・・・」」
見てしまったのか、あの光景を。
「いや、ほんと、ごめんな? 伝えたくても、ちょっと、怖くて・・・・」
「わかる。あれは怖いよな・・・・」
しかも被害受けてるの僕だしね。
「俺は羨ましいけどな〜」
「「馬鹿は黙ってろ」」
「ひ、ひでぇ」
お前は実際の光景を見てないからわからないんだ。
僕はあの光景でエ〇ァの捕食シーンを思い出したよ。
「それにしても、被害は大きいな」
さすがにいたたまれなくなったのか、優太が周りを見回しながら呟く。
そこはまるで、テレビとか漫画でよく見る『廃れた戦場跡』だった。
人々は俯き、心を失くしたかのようにただひたすらにうわ言を呟く。
「そりゃそうだよな。学校のアイドルに彼氏が出来たと思ったら」
「その彼氏にあそこまで情熱的な愛を向けてるなんてな・・・・」
こっちは付き合ってるつもりは微塵も無いんだけどね。
あの人、僕が質問攻めにあっている間、手を繋ごうとしてきたり、頬にキスをしようとしたりとやりたい放題だった。
ちなみに、誰も気付いていないようだが、その間僕は一ノ瀬さんに尻を揉まれていた。本当に怖かったです。
「二宮さんも、真っ白に燃え尽きてるしな・・・・可哀想に」
いや、なんで円香も燃え尽きてんの?
昨日一緒にいたじゃん。
「ショックだよな、二宮さんも。真央の為に今まで────」
「優太、それ以上はやめてやれ」
「────ごめん」
? 僕がどうしたって??
まぁ、いいや。
それよりも今気になるのは・・・・
「一ノ瀬さん、どこ行った? 」
そうなのだ。
授業が終わり、後はHRだけとなった今、一ノ瀬さんが見当たらない。
普段なら「先生の手伝いでもしてるのかな? 」なんて思うけど、嫌な予感がしてしょうがない。
僕がこれからの展開に怯えていると、我らが担任の女教師が気怠げに入ってきた。それに続いて、一ノ瀬さんも入ってきた。
「はーい、みんな席につけー」
さっきまでの惨状が嘘のように、ゾロゾロと席へと着く生徒達。みんな、真面目なんだな・・・・。
「じゃあ、一ノ瀬さんたっての希望により、今日は席替えをしまーす」
「はぁっ!? 」
僕は思わず立ち上がってしまった。
いくら何でも急過ぎるだろっ!
ほら、見ろよ!
一ノ瀬さんがさっきからこっちに視線を向けてずっとウィンクしてるんだよっ! 仕込みがあるに決まってるっ!!
「先生、なんでいきなり席替えをする事になったんですか? 」
生徒の1人が代表して質問を投げかける。
「先生、一ノ瀬さんに弱味を握られ────まぁ、いいからやるよ〜」
え? 弱味握られてるんですか? 先生??
何しでかしたんですか? 先生??
「まぁ、公平にくじにしよう」
お、名案っすね。
一ノ瀬さんも「えっ? 」って顔してるし。
あの人のやりたい放題にさせる訳にはいかないですからね。
「はい、じゃあ引いて〜」
その後、 みんなあまり気が乗らないままに一人ずつ引いていく事になった。
絶対一ノ瀬さんの近くは引かねぇぞ・・・・
☆☆☆
「どうして、こうなった」
「やはり私達は運命で結ばれているのですね!! 」
「ちょっと、抱き着いて来ないでください・・・・」
違うのだ。
こんな筈では無かったのだ。
とりあえず経緯を話そう。
僕は、窓側から二列目の最後尾と言う、何とも言えない席を手に入れた。
そして、前の席には右から、円香、優太、佑と言った仲のいい奴らが揃った。
両隣にはあまり話した事が無い2人が座るはずだったのだが・・・・
「あ、あの、すいません」
「何ですか? 佐藤くん?? 」
「一ノ瀬さん、そこの席、僕なんですけど・・・・」
「はい? 」
「いや、だから────」
「はい?? 」
「────差し上げます」
君は悪くないよ、佐藤くん。
相手が悪かった。
そんな感じで、右側の席を一ノ瀬さんが陣取る事になった。
「まおくん、今日は昨日行けなかったケーキを食べに行きませんか?? 」
「嫌です。今日は部活に行きます。円香も睨まないで。いや、ほんとに怖いから」
「・・・・真央君のばかっ」
ぐっ、心が痛い。
先生、やり直しを要求したいのですが。
僕が項垂れていると、左横から
「あははははっ、君達やっぱり面白いねっ」
なんて、心底楽しそうに話しかけてきた。
そこには、若干赤みの強い茶髪をした『美少女』が座っていた。
「はぁ、そんな笑ってないでなんとかしてよ。『生徒会長』・・・・」
そこにいたのは、『六車 茜』。
この学校の生徒会長であり、一ノ瀬さんとトップを争う程の成績優秀者だ。
噂では、親衛隊もいるらしい。
「あははははっ、むりむり。ボクにそんな権限無いしっ」
「茜ちゃんは『面白い事』の味方だもんな〜! 」
優太が振り向いて茜と「ねー? 」と言いながらハイタッチする。
「お前ら・・・・」
「しょうがないよっ、真央クンが一ノ瀬サンの心を射止めてしまったんだからっ。ボクはそれを見守るだけさっ」
「くそっ、『男』の癖に可愛いからムカつく・・・・」
『男』と言う言葉に反応し、スカートをチラッと捲し上げて来る。
あぁ、言い忘れていたけど、この『美少女』、六車 茜は正真正銘の『男』だ。
うちの学校の生徒会長は、『女装男子』なのだ。
茜曰く、「姉に女装を強要されて過ごしてたんだけど、ある日鏡を見た時自分ってもしかして『最高の美少女』なんじゃない? って思ったからこのまま過ごす事にしてるよ。あははははっ」との事だ。
そんなノリで入学してきたもんだから、一年生の時は多くの男子が告白しては散っていった。
今では「まぁ、男でもいいかな? 」なんて奴も増え、そいつらが団結し、親衛隊が出来たらしいが、こいつの所為で性癖を歪められた奴ら、可哀想に・・・・。
「僕が可愛いのは生まれつきだからねっ、今更覆る事実ではないのだよっ。ねっ、みんなっ」
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!! 」」」」
どこから聞き耳を立てていたのか、学校中から歓声が聞こえてきた。
・・・・いつから聞いてたんだろう?
「一ノ瀬さんに彼氏が出来た今、俺達の希望は茜ちゃんだけだっ!! 」
「茜ちゃぁぁぁぁんっ!!!! 」
「結婚してくれぇぇぇぇぇぇっ!!!! 」
「ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!! 」
最後豚が混じってたけど?
ダメだ、やっぱりこの学校にまともな奴はいねぇ。
☆☆☆
放課後になり、部室へ向かう。
もう今日はこの時間がずっと楽しみだった。
今はすごく言葉に会いたい。
あの、煎餅すら噛み砕けなさそうなほんわか少女に会いたい。
待ってろ言葉! 今行くぞっ!!
ガラッ
「いいですか? まおくんは私の旦那様なのです。ここまでは理解出来ていますか?? 」
「うー、いいから、あっちいって」
扉を閉める。
・・・・気の所為かな?
今日一日見慣れた人がいたような。
「なんで閉めるんですか? 」
「うわぁぁぁぁっ!? 」
見間違いじゃなかった! いる!!
ド変態が遂に俺の『楽園』にまで侵略を始めているっ!!
「っ! せんぱい」
言葉は、余程怖い思いをしたのか僕の下へと駆け寄り後ろへ隠れてしまった。
可哀想に、こんなに震えて・・・・
「な、何しに来たんですか? こんな所まで」
「えぇ、実は・・・・」
嫌な予感がする。
「私、まおくんのいるこの福祉部へ入る事になりましたっ! 」
僕の『楽園』は、あっさりと崩壊した。
☆☆☆
僕が平穏を失ってから、一ヶ月が経った。
「まおくんまおくんっ! 日本の法律では女性は16歳で結婚が可能な事をご存知ですか? 」
一ノ瀬さんは相変わらず通常営業だ。
「うん、男性は18歳から結婚出来る事もご存知だよ」
「と、言うことは後1年で結婚出来ると言う事ですよね!! 」
「そうだね、一ノ瀬さんも素敵な男性に出会えるといいね」
「やだもう! 素敵な男性なら私の目の前にいるじゃないですか!! 」
「へぇ〜、誰だろう・・・・」
「・・・・今なら、二人っきりですよ? 」
「違うね、そこで思いっきり言葉が寝てるね」
「私達の赤ちゃんも今なら眠っています。イチャイチャするなら今ですよ! さぁ、むちゅ〜〜〜〜♡♡♡ 」
「一ノ瀬さん、言葉は僕らの赤ちゃんじゃないから。後、僕達はイチャイチャする関係でも無いから。首に腕を絡めてこないで。キスしようとしないで。ゆっくり顔を近づけてこないで。頼むから僕の話を聞いて」
「むぅ、まおくん冷たいです・・・・」
そりゃね、一ヶ月も経てば扱いにも慣れてくる。
いや、慣れた所でいい事なんて何も無いんだけどね?
「はっ! この息ぴったりな掛け合い、もはや夫婦と呼んで良いのではッ!? 」
「良い訳無いでしょ」
ほんと懲りないな、この人・・・・。
でも、あの日から何だかんだで楽しい日々が始まった様な気がする。
こんな日々がこれからも続けば・・・・
あれ? 僕もしかして感覚が麻痺してる??
ダメだ、一刻も早く平穏を取り戻さないと────
「まおくんっ、子供はたくさん作りましょうね!! 」
────どうやら決意を固めて早々に諦める事になりそうです。
「うー、さな、うるさい」
「あ、ことはちゃん! まだ私には『先輩』と呼んでくれないのですね!? いけませんよ、そんなんじゃ!! リピートアフターミー、『さな先輩』っ!! あ、『お母さん』でもいいですよ? 」
「せんぱい、たすけて・・・・」
また迷惑かけてるし!!
ほんと、頭痛くなるし、胃は痛いし・・・・
「あぁ、もうっ! 僕の平穏を返してくださーーーーいっ!!!! 」
読んでいただきありがとうございます。
一ノ瀬さんが真央君に惚れた理由はまだ書かれていませんが、とりあえずおかしな子だと覚えておいてください。
次は幼馴染の二宮 円香ちゃんについて触れます。
次の更新は9月13日です。