よく考えると怖い話
私はその日、母親と家でテレビを見ていた。
画面には昼時の買い物情報番組のようなモノが映し出され、商品が紹介されていた。
「フッフッフッフッフッ・……」
突然横から聞こえる笑い声。私は思わず振り返った。
「どうしたの? お母さん?」
私は不思議になって思わず訊いてしまった。
テレビではなんの変哲もないアップルパイの特集をしていて、美味しい店の紹介をしていたのだった。
どこにでもあるグルメ企画の1つ。美味しいモノを紹介するテレビ番組だった。
「ごめんね。ちょっと前に近所で話をきいて思い出しちゃって……」
そう笑顔で言うお母さんがいた。
要するに今の笑い声は“思いだし笑い”か…。
安堵はするものの『アップルパイ』を見ただけで思いだし笑いをする母。
これは結構面白い話だと思い私は理由を聞いた。
「えっと。Dさん家の奥さんの話なんだけど……」
そこまで言ってまた笑うお母さん。
Dさん家と言われてもイマイチ思いだせない。そんなに近所に住んでいる人の事を知らない私だったがそんな事はどうでもよかった。
「それで何? なにがあったの、面白い話?」
続きが気になり先を急かすように訊いてしまった。
「え~とね、Dさんから直接聞いた話なんだけど――。
Dさん一家でちょっと遠い所に車で出かけたんだって、それで奥さん途中でどうしてもトイレに行きたくなってどっかのデパートに寄ってもらったの、その後、用を済ませたら、すっごくお腹が空いて近くにある洋菓子店でアップルパイを買ったの……『コレ、下さい』って指さして1ホール丸ごと買ったアップルパイなんだけど、家に帰って箱を開けてそのまま食べたら、すっごく固かったの! 確認したらソレ食品ディスプレイだったんですって!!」
お母さんは身振り手振りで説明してくれた。
「食品ディスプレイと間違えるなよ、店員!!」――と、思わず言ってしまう私。
その後、お母さんと一緒に笑った。
「ねぇ、お母さんそれって店員も気がつかなかったの? おかしくない?」
「そうなのよ、コレ下さいって言って、本当にソレをとって渡したの。日本の食品ディスプレイって精巧って聞くけど本当なのね」
「でも、それどうしたの? その食品でディスプレイ。店に返したの?」
「いまでも部屋の中に飾ってあるんだって。初めていった所だからどこか分かんないらしくてインテリアにしてるって」
お母さんの言葉に私は大笑いしてしまった。
「それは凄い話だなぁ~、はぁ~苦しい。よく怒んなかったねその奥さん」
「Dさん、“すっごくおおらかな人”だから。まったくおかしいわね」
結構な笑い話だ、そんな偶然あるのかと言う話だった。店も店ならその奥さんも奥さんと言いたい話だ。
そして――私はこの話のおかしな点に気がついてしまう……。
【※ この話は実話を元に構成しています。本当のノンフィクションです。オカシナ点がお分かりになったあなたは正常な思考の持ち主です。では続きをとうぞ……】
あれ、おかしい、この話おかしいぞ!!
だって考えてもみればお腹が空いていたのなら車に戻ってその場で食べればいいだけの事じゃないか!!
それを家に帰ってから食べるなんで理屈に合わない。
車にのって食べて、気がついて途中で戻る方が理屈に合うじゃないか。
これって作り話ではないのか?
私は疑念を抱き、お母さんに聞く。
「ねぇ、おかしくない、Dさんは車で移動していたんだよね、家族で。それだったらその場で食べるか、車の中で食べて気が付くじゃない? そしてそのまま買ったデパートに戻ればいいんじゃない?」
そう訊いた、倫理的思考からその方が自然だ。
しかし――現実はそれよりも酷かった。
結果だけ言うとDさんの話は本当だ。どこも間違ってはいない。
しかし――大事な“間”が抜けていた。
「ちがう、違う。本当なのよ。Dさんがトイレから戻ると車が無かったんですって。旦那さんが先に行ってしまって、Dさんを置いて旦那さん達先に行っちゃったんですって。それで連絡も着かずに困ったDさんは駅に向かって家に帰る途中で洋菓子店によってアップルパイを購入したのよ。それで、――なんとか家について帰って食べたらアップルパイが食品ディスプレイだったのよ」
母はとんでもない隙間の話をしてくれた。
エッ――なに。つまりこう言う事か。
1;Dさん、トイレに立ちよりデパートに寄る。
2;帰って来たら車が無い。探したけど連絡も着かない。途方に暮れる。
3;しょうがなく駅にむかって歩く、途中、お腹が空いて、件の「アップルパイ」を購入。
4;家に帰り、お腹が空いて食べたアップルパイが食品ディスプレイだった。
と――言う事になる。
アップルパイ事件の他にとんでもない事件が含まれていた。
おいおい、これはなんだ。不幸過ぎるだろDさん。
というか、……色々と言いたい事の多い事件だ。
だって普通に考えたらDさんの旦那さん――D・V(家庭内暴力)だもん。
というか――私のお母さんにも色々と言いたい。Dさんにも色々と言いたい事件だ。
すっごい重要な“間”を抜かしていた。
たしかに嘘はついていない。ただ話をはしょり過ぎて全く別物の話になってしまった。
「ねぇ……お母さん、それって。Dさん家、D・Vだよね……」
「エッ、でもDさん、すっごく面白おかしく言うのよ。それに仲良いみたいだし……」
コレを聞いて、それ以上の詮索は止めておいた。
これはDさんが、おおらか過ぎるのが問題なのか―――しかし、一個人の事なので通報しようにも分からない。完全に家庭内の話だ。
本人が良ければいい話だが……本当にいいのか、まだ疑問に思っている怖い話だ。