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▶︎ カレダの街から2(幸野由佳の考察)

河湾都市カレダの北に広がる森林を抜けるには、かなりの実力と準備が必要だと分かった。

木材の切り出し場までは安全な街道があるが、以降には整備された道がない上に、多くの魔物が生息しているからだ。


森に入ろうとするのはベテランの冒険者でも危険が伴う。

時間がかかるが、森林を迂回して貸し馬車で北上するのが最も安全で早いコースなのだとか。


「結局の所、冒険者登録してもランクを上げないと動き用がないってことかよ」


晃誠くんが机に突っ伏して、茶色に染めた頭を抱える。

その頭を隣に座った金髪美女が撫でていた。


「それって何年かかるのかしらねえ」

「港が復興して流通が回復する方が早そうですよ」


私も後輩の柿谷くんも、同じようにお手上げ状態で息をついた。


森林を迂回して馬車で北上するのはいいとして、二つほど問題があった。


まず、私達は単独で旅ができるほどこの世界のことを知らない。


ルーさんも王宮から出たことがほとんどないらしく、学術的な知識はあっても、一般的な常識が皆無らしい。

残念なことに、彼では水先案内人にはなれないのだ。


二つ目に、お金がない。

実はこれが一番の問題だった。


もちろん先立つものは必要だと思っていたので、王宮から出るときに申し訳ないとは思いつつ、小物を拝借して旅費に当てるつもりだった。返すあてはないんだけど。


元々その資金も私と晃誠くんの二人分の旅費のつもりだったし、晃誠くんは将来的には冒険者してお金を稼ぎながら日本へ帰る方法を探すつもりだった。


それが、いつの間にやら5人の集団だ。

宿泊費も食費も馬鹿にならない。

そして今の所、新たに入ってくるアテはない。


その上、予定通り冒険者になってお金を稼ぐ選択肢は、見通しが良くない。


低ランクの報酬が低すぎて、お話にならないのである。

かといって、そう簡単にランクが上がるわけではない。

命をかける冒険者という職業が、ゲームや漫画のように簡単であるはずなかった。

それに関しては、学生である私も晃誠くんも、現実社会を甘く見ていたのだと思う。


働いてお金を稼ぐのが容易な訳がない。


「ドラゴン討伐で一気にCランクまで上がる冒険者もいるっていうのにさあ。俺だって、ドラゴンに遭遇できたら、倒せるかもしれないのに。そうしたら、今の悩みなんか全部解消じゃん!」


不遜な台詞を吐くのは柿谷くんである。

確かに、彼の火の魔法はすごい。


晃誠くんの体でではあるけれど、王都の港を壊滅状態に追い込んだのは、何を隠そう彼の火の魔法なのだから。


とはいえ、そんな上手い話がそうそうある訳がない。


「現実見よう?」


途端に口を尖らせる後輩くん。


「由佳先輩って、夢が無さすぎ」

「だって、できないこと言ってたって前に進まないでしょ。できることからコツコツとやってたら、ちゃんと前に進めるものなのよ」

「先輩、所帯染みてる。JKじゃねーよ」

「残念ながら、歴とした女子高生なんだなあ」


なんだろう、憎らしいのに何故か愛嬌あるこの感じ。

弟と話してるみたいなホッとする空気。


「あのさー、先輩の背負ってる荷物の中って何が入ってんですか? 売れるものないの?」


彼が指摘しているのは『内館日向』さんの赤いキャリーバッグだ。

唯一の日本との接点のような気がして、どうしても手放せなかったもの。

ずっと晃誠くんに持ってもらっていた。


「鍵かかってるし、開けられないよ?」

「人様の物、壊すわけにもいかないしなあ」

「先輩たち、おかしいんじゃねー? 持ち主がこの世界にいるわけでもなし、誰のものかわからない時点で、放棄されたもんじゃん。鍵壊して開けちゃえよ」


確かに、後輩くんのいう通りではある。


異世界に来ている緊急事態で、知らない人の放置された持ち物に気を遣っている場合ではない。


私が納得しかけた時、晃誠くんが躊躇いがちに意見する。


「とは言ってもなあ。もし開いたとして、中に入ってるのは俺たちの世界のものだろう? どんなものでもこっちの世界じゃオーバーテクノロジーで、始末に困るんじゃねぇの?」

「それこそ中身見ないと判断できねぇっすよ。ゴミにできない荷物持ち歩くのも面倒じゃないっすか」


心情的には晃誠くんよりなんだけども、後輩くんの反論の方が一理も二理もあるように聞こえるのよね。


「開けちゃう?」


後輩くんの意見に惹かれつつあった私は、無意識に言葉を零していたらしい。

晃誠くんが私を驚いたように見、後輩くんが我が意を得たかのように身を乗り出した。


「そしたらやっぱ、鍛冶屋じゃねえ? 向こうの通りに何でも屋っぽい鍛冶屋あるじゃん。行こうぜ、センパイ」


ということで、鍛冶屋に行ってみたのだけども。


それは何度目かの破壊行為。

鍵を壊すなんて穏当なやり方ではびくともしないキャリーケースに郷を煮やして、鍵ではなくキャリーケースそのものをどうにか壊そうと、鍛冶屋の主人が色々な道具を持ち出してキャリーケースの側面をハンマーで打ち付けた時だった。


「時空間が異なるため破壊不可」


私が赤いキャリーバックの上に出てきた文章を読むと、みんなそれぞれに珍妙な表情を浮かべる。

キャリーバッグを壊そうとしていた鍛冶屋さんも私を振り返って手を止めていた。


「あ、ごめんなさい。今突然見えたから」


鍛冶屋の主人が一瞬眉をひそめた後、


「嬢ちゃん、加護持ちかい」


と、不思議がるでもなく尋ねてきた。


「えっと……」


迂闊な自分に後悔しながら、ルーさんに目を向ける。

どんな態度を取ればいいのか教えて欲しかったのと、できればフォローして欲しかったからだ。


なのに、彼は何故か唖然として固まってるではないですか。

ていうか、やっぱりルーさんポンコツなのかなあ。


「いや、こんな変なものを持ち込んでくるんだ、聞くまでもねえな。遺跡の出土品しかねえな」


鍛冶屋のおじさんは、一人で納得してうんうん頷いている。


「すまねえな。破壊不可ならわしにゃあどうにもならんわ」


さも当たり前のことのように口にする。


「いえ、こちらこそありがとうございました」


慌てて答え、私達は鍛冶屋を後にした。


「破壊不可なんて、普通レジェンドとか、超レアアイテムに付いてたりするもんじゃないのかよ」


行く宛なく一番近い広場に腰を下ろして街ゆく人をぼうっと目に映していると、肩を落としてボヤいたのは柿谷くんだった。

意気揚々と鍛冶屋に乗り込んだ後輩くんの見事な意気消沈ぶりに反して、キャリーバッグを担ぎ直した晃誠くんはホッとしているようだ。


「現代日本の物なんだから、超レアで間違いねえよ?」

「こ、こ、この世界のものではありませんから、と、と特殊なものであることは確かです」


晃誠くんとルーさんが同じことを言う。


まあ、そうだよね。

この世界の基準からすれば超レアアイテムだよね。


……あれ?

破壊不可なのは、この世界のものじゃないからなの?


「検証必要かもなんだけど、もしかして、私たちがこの世界に来たときに着てた制服とかも、破壊不可だったりしない?」


ふと思いついた仮説が、ぽろっと溢れた。

瞬間、晃誠くんと柿谷くんが口をつぐみ、顔を見合わせる。


「……確かに! 変わらないと言うことは破れたり穴が空かないって事だよな」

「それって、防具としてはすげー優秀なんじゃね?」

「いや、殴打の力が伝わるなら、一概にもそうとも言えないか」

「でもさ、ナイフで切ったり突いたりには強いって事でしょ?」

「防弾チョッキみたいな感じかな。弾自体の貫通は阻止できるけど、衝撃は逃せられないから骨折してしまうって聞いたことがある」


にわかに活気付いた私達に、躊躇いがちな声でルーさんの指摘が入る。


「あ、あの。みみ皆さんの荷物は王宮に置いてきているのでは?」


あ……、そうでした。


盛り上がっただけに、その後の落胆は目に見えて酷かったようだ。

ルーさんだけでなく、晃誠くんにしか興味のない翠さんでさえが私と柿谷くんを慰めるぐらいには。


二人に慰められながら、私は気持ちを浮上させるために大きく息を吐いた。


「まあ、あれですね。できることからコツコツと。案外それが一番の早道なんですよ、きっと。真面目にやっていれば、たまにご褒美で一発逆転なんてことが起こるかもしれないですしね」

「結局、そこに戻るわけだな」


晃誠くんの言葉に、柿谷くんがバッと立ち上がった。


「んじゃ、やっぱり冒険者登録してコツコツ金貯めていかねーと。コツコツ頑張りながら、一発逆転を狙ってくって事だよな? なあ、ユカセーンパイ?」


私、そんな意図で言った言葉ではないんですけども。


元々は登録でなけなしのお金は無くなるし、冒険者になったところで、私たちにはメリットが薄いって話だった。

冒険者ギルドとは言っても、実情は職業斡旋所だからだ。


「そうだよな。やっぱ、登録するべきだよな。でもなあ、持ち金がなあ」


と、頭を抱えながら堂々巡りしてるのは晃誠くんである。

それが、彼はしばらくしすると顔を上げてきっぱりと宣言した。


「うん、冒険者登録しよう」


彼は後輩くんのようにミーハーで冒険者になりたいという性格ではない。この突然の心変わりは何だろう。


「そんな怪訝そうな顔しないで、幸野さん。さっきの鍛冶屋でのやりとりで思ったんだけど、冒険者で加護持ちなら、大抵の不思議な事柄は受け入れてもらえるってことだろ?」


晃誠くんの指摘に、私は先程の鍛冶屋のおじさんを脳裏に浮かべる。


確かに、何も言わなくても加護持ちであることに気づいてから、勝手に冒険者であることに当たりをつけて結論づけてくれた。

私達を不審に感じている様子もなかった。


「だからさ、当初の予定通り、冒険者に登録して生活費稼ぎながら日本への帰り方を探そう」

「でも、そしたら登録料でお金なくなっちゃうよ」


私は不安になってそう告げる。

一家の生活費を預かっていた身としては、財布に生活費がない恐怖は中々のものなのだ。


「うん。でも、冒険者登録すれば日銭は稼げるかもしれないし、それ以上に、余計な詮索をされないっていうのは俺たちにとっては大きなメリットだと思う。それに、初めは俺か柿谷だけ登録してもいいんだし。出来ることからコツコツとなんだろ?」


一人当たりの登録金額が高いから、人数を絞ると言うことなのだろう。だったら。


「柿谷くんがまた晃誠くんに入ってしまえば一人分で済むのにね。登録料も宿代も」


私がそう言うと、柿谷くんは顔を硬らせた。


「勘弁してください、由佳先輩」


泣きそうな顔をしている後輩に気づかず、晃誠くんは真剣に考慮し出す。


「でもまあ、どうやってあんな状況になるのか条件わからないし、こっちの意思で自由にならないから無理だよなあ。それも考えてみないとなあ」

「ホントにやめてよ、センパイ〜」


戯れる二人を横目に私は自分の体を見下ろして、先程の破壊不可の話題を思い出す。


制服や学校のカバンは王宮に置いてきたけれど、下着とインナーは身に付けてるんだよね。

翠さんに手伝ってもらって、今度試してみよう。


美咲ちゃんに連絡取れれば、王宮に置いてある荷物の検証してもらえるのになあ。

遠距離を一瞬で移動できる魔術があるんだから、電話みたいな魔術があってもいいと思うんだけど。

スマホならみんな持ってるんだし、スマートフォンを媒体にして会話する魔術とかって、美咲ちゃんが発明したりしないかな。

王宮にいた偉い魔術師さんの力を借りてとか。

彼女って、魔術師と精霊使いの二つ名があったんだよね。


まあ、誰でもいいから、遠距離通話できるようにしてほしいわ。


ふとそんなことを思って、ポケットに入れていたスマートフォンを取り出してみる。

いつバッテリーがなくなるかわからないから通常電源はオフにしているけど、時計機能が使えるから持ち歩いていた。

もちろん電波がないので通話、インターネット通信など、殆どのアプリが利用できない。


「あ、そうか。書いてないけど、これも破壊不可かも」


今見えている説明にそういった文字はない。


「ゆ、ゆかさんの世界の物ですので、そうかもしれません。さ先程のように、壊そうとしてみれば、特性の表記が出るかもしれませんね」


私の手元を覗き込みながら、赤髪の鑑定士が呟きに答えてくれる。


「あ、さっき突然説明が増えたのって、そういうことなんですか」

「私もたまに経験しますが、新たな特性が認知されるだろう状況において説明が増えますね」


なるほど。

でも、試してみて本当に壊れては敵わない。

新しい機種にしてからまだ半年も経ってないのだ。


逡巡する私の背後から白い手が伸び、スマートフォンに軽く触れた。

ルーさんが慌てる傍らでびっくりして振り返ると、翠さんが綺麗な緑色の瞳を大きく開いて、驚いた様子でスマートフォンを見ていた。


「あ、あ……」

「本当に不壊なのね」


声もなく口をぱくぱくさせているルーさんなど意に介さず、彼女が淡々と言葉を紡いだ。

その感想を受けてスマートフォンを見ると、説明文にキャリーバックと同じ一文が追加されていた。


時空間が異なるため破壊不可。と。


「す、翠さん? 今何をしたんですか」

「壊してみたの。壊れなかったけど。力を反射された訳でも、方向をずらされた訳でもなく、そのまま吸収されてしまった感じかしら」


それ、下手したら私が死んでませんでした?!


ルーさんが顔面蒼白で膠着している理由が分かって、私も血の気が引いていく。


そんな私達に、晃誠くんと柿谷くんは今更ながら気づいたらしい。


「……晃誠くん!」


きつい口調で彼の名を呼ぶ。


翠さん、本気で怖いから!

内心では半泣きだったが、彼に向ける顔は蒼白のままだ。

私は僅かに怒気を含んだ声で吐き捨てる。


「危険物からは目を離さないでください!」

「はい!」


彼はキョトンとした表情のまま、慌ててお行儀良い返事をしたのだった。


この後、私の機嫌は半日ほど元に戻らなかった。


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